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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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ひとめあなたに

 二人のやりとりを、遠く意識の隅に聞きながら。

 セリスは騎乗のひとである彼の姿を見ていた。 


 凪いだ表情をしている。感情の在り処をうかがわせぬ、静謐に満たされた顔だ。

 それはセリスの心の多くを常に占めている、超然とした無表情。

 彼が、意外なほどに明るく笑うのを知っている。困ったように向けて来る弱ったまなざしも、欲望に濡れた瞳も知っている。どれをとっても、思い出すたびに胸をしめつけられる。


(……わたしを見て。見ないで。目が合ったら、見つめられたら、息が止まってしまう)


 ゆるやかに、だが確実な足取りで隊列は進んでくる。

 先頭の二人は、時折会話をしているようだった。街道沿いに並んだ人の好奇の目を、気にする様子もない。

 しかし、さすがに頭上に渡された橋には多少注意はひかれたのだろう。

 ラクダの上の男が目を向け、つられたように馬上の青年も顔を上げた。


 視線が絡む。


 唇が微かに動いて、青年は声なき言葉を紡いだ。

 姫、と。


 ほんの一瞬だった。

 永遠のような一瞬。


 青年は再び、肩を並べて進む男に何事かを話しかける。

 まるで空中の橋を決して話題にのせぬまま、その下を潜り抜けようとでもするかのように。

 セリスもまた目を伏せて、橋の縁から身を引いた。


(姫、と言った。あの目にわたしは確かに映った)


 うつくしく飾り立てられたこの姿。しばらく男装をしていたがゆえに、心もとなく寄る辺ない、自分のあるべき姿からかけ離れてしまったかのような女性の姿を、あの人はどう見たのだろう。


(………………()()()


 じわりと胸の中に広がる黒い染み。

 それはあの人にとっても、特別な意味を持つ名なのだろうか。もしそうならば。()()()は。


「そうか。なるほど、彼は『太陽の遺児』か。あれが噂の」


 イグニスが額をおさえて独り言のように言った。

 アルザイは厳しい視線をその顔に注いだままだ。


「サイード王子に会ったことがあるのか?」


 問いかけには、確信が満ちている。イグニスは額に手をあてたままアルザイを見た。


「ある。似ている。私が以前会ったときが、あのくらいの年齢なのかもしれない」


 セリスは大きく息を吸い込んで、吐き出した。会話は耳に届いていた。聞かなかったことにはできない内容だ。


「サイードとは、どなたですか」



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