表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
123/266

往来での一瞬(3)

 薄汚れて埃っぽい旅装に、日差しを避ける布で頭部から首まで覆い隠した青年である。

 顔は見えなかったが、声は若かった。

 エスファンドをかばうように、リーエンが前に出ようとする。エスファンドはその動きを制するように、繋いだ手を外して一歩踏み出した。


「帝国人か」


 ひゅうっと、口笛で答えられる。


「すごい、いまの一言だけで!? 気を付けたつもりなのに。決め手は発音の癖ですか?」

「そうだな。やけに単語が綺麗だった。文法と単語を別に覚えて組み合わせているような話し方というか」


 青年はすらりとして背が高く、目元にわずかに燃えるような赤毛がこぼれている。瞳は青空よりも濃い群青。色の組み合わせが、確かにこの地域では珍しい。はるか遠く西の帝国を思わせる。

 警戒するリーエンをさておき、青年は親し気な口調で続けた。


「へぇ。天才ってこういう感じなんだ。さっきまで飲み屋にいたって聞いて、まさかと追いかけてきて良かった。七歳のときに『医学典範』を七度読んで、記憶をたどって一字一句間違えずに書き記したとか、帝国までその名は轟いてますよ、エスファンド導師。マズバル王宮に逗留しているとは聞きましたが、まさか街でお会いできるなんて」


 腰に帯びた短剣の柄を掴んだリーエンの手を、エスファンドの手がそっと包み込んだ。


「用件は」

「特には。顔を見てみたかっただけです。いずれ助力をお願いするかもしれませんので」

「帝国が、私に?」

「天才に、国境など意味をなしません。せっかくの天才が、国や人などに活動を縛られては勿体ないですよ。あなたほどの方なら、いずれこの地で学ぶものは何もなくなるでしょう。その折にはぜひ帝国へ。大歓迎です」


 青年は、胸に手をあて、優雅に一礼をする。

 顔を上げたときに、ちらりとリーエンを見た。何か言いたそうに、目に怪しい光が一瞬閃いた。

 エスファンドは、面白くもなさそうに言った。


「あなたはまるで、帝国の代表のようだ」

「あははは。意外とそうかも」


 軽やかに笑い飛ばして、赤毛の男は「ではまた今度、ゆっくり」と続けた。


「今度があるのか」

「この出会いを大切にしたいのはやまやまなんですが、今、人を追っていまして。昼間に現れたきまぐれな、月。太陽の光の中でも輝きを放つ……あちらはあちらで、見失うわけにはいかないので」


 いかにも名残惜しい口ぶりで言いつつ、青年は軽く会釈して歩き出した。現れたときと同じく、風のように立ち去る。

 その後ろ姿を見ていたエスファンドは、悩ましげな溜息をついた。


「先生?」

「うん。なんだろうね、この胸騒ぎは。あまり良い感じはしないな。私は腕が立つわけではないし、お前にも無理をさせるつもりはない。ああいう手合の相手には、ラムウィンドスかな」


 国の要職にあり、その剣の腕には定評のある男の名をさりげなくあげて、エスファンドは空を見上げた。

 何のためらいもなく口にされたその名に、リーエンは目を見開いた。


「ラムウィンドス様ですか? 今の男に、それほどの何かが?」


 帝国から来た人間が、何やら怪しい動きをしている。それをラムウィンドスに直に伝える必要性があるとすれば、それはもはや軍を動かす必要性を想定しているということだ。

 エスファンドは、リーエンの手を掴んだまま歩き出す。

 耳元に唇を近づけ、ごく小さな音量で呟いた。


「今日は、どうも街の空気がおかしい。君は、私からあまり離れないように」 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ