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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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往来での一瞬(2)

 エスファンドは、むっとしたようにリーエンを見上げ、酔いに染まった目で睨みつけた。


「これはなぁ、私の故郷の酒だぞ。この、微妙にまずくて悪酔いするところが堪らな」

「もう一度言います? 脳が腐るからやめろって言ってるんですけど。酒全般。先生、節度がないから」

「何を言う。古来から酒は百薬の長と」

「先生、先日ご自分で言ってましたよ? 『今も昔も、ほどよく酒を嗜む層は、それなりの富裕層。具合が悪くなれば医者にかかっていたから長生きしていたんだ』って。『酒そのものに薬効なんかねえわ!』とも言っていたかな。『傷口を洗う用途には良い』も。うん。言っていましたよ? 飲む必要は、なくないですか?」


 ふふ、と笑みをもらしてリーエンは卓上に投げ出されていたエスファンドの手に手を重ねた。

 うえ、とエスファンドが変な声をもらした。


「先生、帰りましょうね。身体と頭に良い料理を、ご用意しますから」

「どうしても……?」

「嫌なんですか?」

「嫌というか、頭に良い料理ならまずは弟子たちが食べるべきだ。リーエン、さっさと師を超えなさい」


 リーエンは、笑顔のまま皆まで言わせずにエスファンドの胸倉を掴み、引きずるように立たせた。ガツガツと身体を卓や椅子に打ち付けるような鈍い音がしたが、リーエンには気にした様子もなかった。


「先生、一緒に食べましょう。一匙ずつお口まで運んで食べさせてあげますから。泣いても逃がしませんよ」


 けふ、とエスファンドは咳込みつつ、軽く腰をかがめて倒れた椅子を元に戻す。

 先生ー、また今度なー、とはやしたてる周囲に愛想をふりまきつつ、エスファンドはリーエンに引っ立てられるようにして歩き出した。

 場を離れてから「逃げないよ」と呟いて、胸倉を掴んでいるリーエンの細くて力強い指に手をかけた。


「たまの休みくらい、私にも自由を。今日は大きな隊商がこの街に到着するということで、街が浮足立っていてね。こういうときは、よく見ておかねば。歴史の変わり目かもしれないよ」


「大げさな。だいたい、先生は羽目を外しすぎるんですよ」


 引っ掴んでいた手を離されたリーエンは、そのままエスファンドの指に指を絡める。逃げないという言葉を根本的に信じていない様子に、エスファンドは嘆息して言った。


「お前も外せばいいんだよ、羽目ってやつを」

「生憎、そういう性格じゃないんです。その道でも先生が良き師匠ならついていったんですけど、エスファンド先生は、私生活は駄目過ぎます。長生きできないですよ」


 並ぶと背の高さがほとんど変わらない。間近で目を細めてにこりと笑うリーエンを見て、繋がれた手をはなすこともできずにエスファンドは「はいはい、そうですか」とつまらなそうに言った。

 そのまま、二人でぶらりと市場をひやかす形になった。

 色とりどりの布を天井に、道に品物を並べる露店を見るとはなしに見つめつつ、リーエンが言った。


「それで先生。市井の輩に対して、無料でなんの講義をしていたんですか」

「私を物好きのように言うな。対価は酒で頂いたさ。話していたのはここ最近の星の動きだ。西の大帝国で政変があり、交易に影響があるって商人の間で噂になっているらしい。星はなんと言っているか、と聞かれてな」

「占星術ですか。僕の故国でも太陽と月と五つの惑う星……『惑星(プラネット)』で人の運命を占う『誕生占星術(ゲネトリアロギア)』はありましたけれど……。先生は暦作りもされていますし、占星術師でもありましたね。西の帝国の政変も星で見通せるんですか」

「さて。地上の人間の動きを、天空の星がいちいち再現などするものか。星もそこまで暇じゃないだろ」


 嘯いて肩をそびやかすエスファンドに対し、占星術師なのに、とリーエンは小声で呟いた。

 そのとき、場違いなまでに明るい声に呼び止められた。


「もしかして、そこを行くは『その発言に反論の余地なき者』知識において並ぶものなきと名高いエスファンド導師ではありませんか!?」


          

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