表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
109/266

長い一日の始まり(2)

「きちんとした女性の服は久しぶりです。髪も短いですし、いまのわたしにはあまり似合わないと思うんですが」 


 セリスは月の国の姫として、身なりを人に整えられることには耐性がある。

 自分を目利きとは思っていないが、かなり上等の服が選ばれたことにも気付いている。しかし男装していた期間が長かったので、瀟洒で清楚な装いをすることに、ひたすら違和感があった。

 ちょっと違いますよね、という気持ちでセリスはアルザイへと目を向ける。


「アッラシード。惚けてないで何か言ったら」


 隣の立った女性に肘でつつかれたアルザイは、気まずそうに「ああ」と言ってから顔を背けて、女性が手にしていた小箱に視線を落とした。


「あの目には翡翠だな。耳を傷つけないものを。首飾りはやめておこう。どれも負けそうだ」


 どことなく沈んだ声音で、それだけ言う。女性は大げさな溜息をつきつつ、小箱から緑の石のついた耳飾りを摘まみ上げてアルザイの手に押し付けた。


「つけてあげればいいじゃない」


 受け取ったはいいものの、アルザイはしばし手の中の耳飾りを見つめたまま無言だった。


「もう十分ですよ。無駄なお買い物はやめておきましょう」


 セリスは思い余って声をかけた。

 いささか特殊な離宮育ちをしているとはいえ、長旅を経験した身。厳しい金銭感覚がしみついている。一日の遊びにこんなにお金を費やすべきではないとの思いから意見をしてしまったのだが、「あのなぁ」とアルザイには機嫌悪そうに唸られた。


「男が女にお金を使うときには、素直に使わせておけばいいのよ。あなた、その男の為に着飾っているのよ。せっかくだから、付き合ってあげなさいよ。このひと、見立ては悪くないわ」


 中年の女性にも横から言われて、そういうものかなぁとセリスは首を傾げる。

 アルザイは、まあいいかと思い直したのか、セリスの前まで大股に近づいてきて視界を塞いだ。

 長い指が、器用にセリスの耳に片方ずつ、耳飾りをつけてくれる。


(散財させてしまった)


 セリスが困り顔のまま見上げると、アルザイがふっと視線を逸らした。


「支払いは後で人に届けさせる。良い出来だ」


 アルザイは中年の女性と、やけに顔を火照らせて得意げな三人の少女たちににこりと微笑んでから、セリスの背中に軽く手を回してきた。


「行くぞ」

「はい」


 アルザイの表情は、強張ったまま。


(どうしたのでしょう。洒落にならないくらい、わたしには似合わないんでしょうか)


 不安になりつつも、置いていかれまいと歩き出す。

 そのときふと、アルザイの歩みがいつもよりもゆっくりであることに気付いた。セリスが早足でなくともぴたりと寄り添ってくれている。

 故意なのか偶々(たまたま)なのかはかりかね、横顔を伺ってしまった。急に体調でも悪くなったのかと心配になったせいもある。それが顔に出たのか、ようやく視線を流してきたアルザイに呆れたように言われた。


「そんな顔でオレを見るな」

「こんな顔で申し訳ありません」

「こんな顔、か。そうだな。これまで何度か目にしていたのに、不覚にも気付いていなかった」


(不覚、とは。何に気づいていなかったと?)


 そこまで言われてしまっては、「良い出来」というのは店の者に対する社交辞令であって、実際は不満なのかもしれない、とセリスは落ち込んだ。

 忸怩(じくじ)たる思いでいっぱいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ