一夜を過ごす(3)
迎えた朝、アルザイとセリスは、ほぼ同時に目を覚ました。
セリスは寝台の端で丸まって寝ていて、アルザイは中央に堂々と身を横たえていた。二人の履いていたサンダルは、寝台の横にどう見ても脱ぎ捨てた状態でてんでばらばらにひっくり返っていた。
「よく寝た」
アルザイの満ち足りた声に、セリスの意識は微睡みから覚醒にいっぺんに到達して、跳ね起きる。
「おはようございますっ」
「おはよう。良い朝だな」
ごろりと寝返りを打つように横向きになり、アルザイはセリスに向かって微笑む。
「さて。ラムウィンドスの反応が見ものだな」
「反応……?」
何故いきなりその名が、とセリスは警戒をあらわにした。
アルザイは自分の黒髪を指でくしゃくしゃに遊びながら、言った。
「姫は、あいつをいささか誤解しているようだ。あいつは自分の女に手を出されて黙っているほど、間抜けじゃない。俺がどうして、王宮からアーネストを遠ざけたと思う。血を見るからだ」
真剣に聞いていたセリスだが、果たしてどこにどう食いつけばいいのかわからない。言葉は平易なのに、難しいことを言われた気がした。
(自分の女に手を出されて……? ラムウィンドスが黙らない? だからアルザイ様がアーネストを?)
これはおそらく、明らかにしてはいけないことだ、と気づく。
しらばっくれるしかないと、セリスは破れかぶれの謎の強気を発揮して、突っぱねることにした。
「誰が誰の女で、誰が誰に手を出されたんです?」
アルザイはとえいば、にやにや笑いが止まらない。
「それを俺に言わせて良いのか? そのままラムウィンドスにも言うぞ。戦争が起きる」
「アルザイ様、滅多なことを仰らないでください。こんなつまらないことで戦争などしている場合ではありません。アルザイ様は僕に男だ女だ貞操云々と言いますが、僕としてはあくまで男性として侍っている心積りでした。代わりは務まりませんが、たとえばゼファード兄様のように」
或いは、アルザイの世話を焼くラムウィンドスの代わりのつもりで。
ごまかしを許さないアルザイは、鼻で笑って取り合わない。
「つまらなくはない。姫は『幸福の姫君』であり、男を覇王へと導く女だ。姫をめぐって争う男は、この先も数多いるだろう」
「ですが予言は」
(イシス様のものであって、わたしは偽物です)
言えない言葉を飲み込む。たとえセリスが偽物なのだとしても、喧伝されてしまっている以上「対外的にはそういうこと」になっているのだ。嘘か本当かなど、この際大きな問題ではない。
にやにやと笑っていたアルザイは、不意に寝台から身を起こして絨毯の上に降り立った。
伸びやかに体を伸ばし、腕を突き上げてから、セリスを振り返った。
「それにつけても、姫は男の装いも似合うが、このままでは自分が女であることを忘れてしまいそうだな。今日の休暇は女装で過ごせ。それがいい」
「女装ですか? しかし王宮で、わたしが女性であることが露見してしまうわけには」
(あえて身分を隠してきたのに、いたずらに問題を起こすわけには)
セリスはその意味で言ったが、アルザイは決然として言った。
「王宮になど、こもっているものか。街に出る。ちょうどいい、アスランディア神殿にも寄ろう。アーネストが元気にしているか、姫も気になるだろ?」