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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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一夜を過ごす(2)

(アルザイ様に「惚れる」? わたしが?)


 この返事は慎重にしなければと思う一方で、その動揺を悟られまいとして、セリスは早口に言い返した。


「惚れるというのでしょうか、感服してます」


 ふっ、とアルザイが笑みをこぼした。


「そこは素直に、惚れたと言っておけ。俺が喜ぶ」

「しかしこの感情は、そういう軽い言葉で表してはいけない気がします」

「わかった。姫に冷静さを失わせていない時点でオレの負けだ」


 アルザイはセリスとの会話を終え、再びしどけなくその場で寝そべった。


「負けとは思いませんが……。疲れているようには見えます。あれだけお酒を召し上がれば眠くもなりますよね。僕はそろそろお(いとま)します」

「ほう。この状態の俺を置き去りにする気か」

「ということは、寝台にお運びすれば良ろしいですか。僕一人で支えられるかな……。取り落としたりしたくないんですけど、アルザイ様、ある程度はご自分で歩けますか? それとも、ここに人を呼んでも良いですか」


 相手がセリスで、話す内容に注意を払っていたせいか、アルザイは人を下がらせ給仕の者すら近づけていなかった。とはいっても、呼べば護衛兵なり侍従なりが側にいるはずだ。


「人は呼ばなくていい。……姫に肩を貸してもらおう」

「この貧相な肩でよろしければ」


 セリスひとりで大柄なアルザイを支えられる気はしなかったが、アルザイが立ち上がる動作は意外なほどに速やかであった。


(ご自分で話されているほどに、酔ってはいないのかもしれない)


 甘い見通しで横に回り込んで腕を肩にまわすと、ぐっと体重をかけられた。


「うっ」


 倒れるわけにはいかないので、セリスは足の裏に力を込めて踏みとどまる。

 ゆっくり歩き出す。

 戸口にかかる布を片手で払って、続きの間に踏み込むと、仄かな灯りに照らし出された寝台が目に入った。


「アルザイ様、もう少しですから。足元にお気をつけくださいね」


(普段、この役目は、ラムウィンドスなんでしょうか。だから、わたしが仕事しながら寝てしまっていても、回収するのに慣れていて……)


 思いついてから、すぐにその考えを払う。

 ラムウィンドスはいつもアルザイの世話を焼いていて、その延長で自分にまで同様のことをしてくれていたと、自分の中でつながってしまったのは、忘れたい。ぜひとも忘れたい。

 アルザイの重みを受け止めながら、前へ前へと進む。

 

 寝台のそばにたどりつき、セリスはほっと息を吐いた。アルザイを投げ出さないように少しずつ腰を落としてその身体を寝台にそっと横たえて、仕上げのように腕を外そうとする。

 次の瞬間、アルザイの手に強引に腕を掴まれる。抵抗する間もなくセリスの身体は寝台に押し倒され、背後からアルザイによって抱き込まれていた。

 声を上げて抗議するより先に、アルザイに耳元で囁かれる。


「今晩は抱き枕だ。そのつもりでな」

「抱き心地は良くないかと」

「そういうこと言うと、微に入り細を穿って『抱き心地』を検証するぞ。黙って抱かれていろ」


 言われた通りに黙っていると、アルザイが大きく溜息をついた。


「今晩、部屋までは帰せない。ラの字もいない以上、月の姫が不届き者に夜這いされても、守る者がいない」

「……王宮は安全な場所ではないのですか」

「この世に絶対安全な場所などない。しいて言えば今はオレの腕の中が一番安全だ」

「それは僕が安全なだけであって、アルザイ様の安全とは無関係なのでは。僕はさほど飲んでいませんし、何かあったらアルザイ様をお守りしますから、ゆっくり寝てください。あと、苦しいので離してください」

「生意気だ」


 アルザイは腕に力を込めたまま、すぐに健やかな寝息をたてはじめた。 

 この隙にどうにか抜け出せないかと考えてはみたが、長い脚まで身体に搦められていて、まったく身動きができない。


(朝まで……。何も考えずに抱き枕に徹するしかないのかな)


 起こすわけにひいかないし、力ではかなわない。

 仕方なく身じろぎもせずにいると、段々と眠気がこみあげてきた。

 体力が充実していたならいざ知らず、最近の不摂生がここぞとばかりに一気に襲い掛かってきたようだ。アルザイの体温や、抱きしめられている力の強さ、絡みついた腕や足の重さに対する無力感と安堵が全身をぐずぐずにしてしまう。


(眠い。しかしこのまま寝てしまっては……)


 ついには眠気に屈して瞼が落ちた。

 そのとき、ふっとアルザイの手が、セリスの髪からターバンを外した感覚があった。指が髪から首すじに触れ、ぞくりと肌が震えたが、あまりの眠さに指一本満足に動かせない。


「ゼファードは、髪を銀に戻したか」


 低く掠れた声に問われて、朦朧としたまま「はい」と答えた。

 それが限界だった。

 そうか、との声は夢の中で聞いた。


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