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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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一夜を過ごす(1)

 食事の間に、アルザイとセリスはゆっくりと話をした。


 日頃、セリスはエスファンドや学者たちと意見をぶつけ合わせ、彼らの聡明さに目を見開かされる思いを何度もしていた。

 それでも、アルザイとの会話はまた格別と思い知らされたひとときだった。

 酒を飲んで(くつろ)いでいても、問いかけには常に涼やかに淀みなく答えてくる。酩酊状態でよくもそれほど口が回るものだとセリスが本音をもらせば、愉快そうに笑い飛ばされた。


「ゼファードは弱いし、ラの字も飲まないから嫌がりそうだが、姫も少し酒を(たしな)んではどうか。ブドウは本来イクストゥーラ地方が原産地であると考えられているし、栽培もさかんだ。今は(すた)れてはいるが、月の国やあの地方にはかつて、『重大な会議にはブドウ酒を飲んで酔っ払ってからはじめる』という風習もあったのだぞ」


「そんな嘘には騙されませんよ」


「嘘かどうかは、エスファンドに聞いてみればいい。ときに、酔っ払い会議における議決はしらふによるそれよりも重要視されたとかなんとか。さておき、月の国は酒とは深いつながりがあるんだ。姫は酒を好む必要まではないが、良し悪しはわかるようになってもいいだろう」


(農作物の原産地と地理と歴史と風習と……、わたしでさえ、アルザイ様の何気ない一言に積み重なる情報量に気付く。アルザイ様とエスファンド先生なら、ここでどういう会話になったんだろう。わたしと話していてアルザイ様は楽しいのだろうか)


 或いは、もしここにいるのが自分(セリス)ではなくゼファードだったら、とも考えずにはいられない。

 為政者同士、あるいは昔なじみとして、そして兄弟のように。

 月の国で過ごす彼らを、少し離れた位置から見つめた時間を思う。二人が戦わず、また語り合う時間を持てればいいのに。

 そのときアルザイは愉快そうに呵々と笑い、ゼファードは迷惑そうな顔をしてぶつぶつと言っているのだろう。


「アルザイ様とお話していると、僕は得るものがたくさんあります。ですが、僕からアルザイ様の益になることを何も言えていません。僕はもう少し面白い人間になりたい」


 すすめられたブドウ酒を舐めるように飲みつつ、つい言ってしまった。

 途端、きゅうりの酢漬けをつまんでいたアルザイがふきだした。


「そ、そうか……、姫は人との会話をそのように考えるか。なるほど。無駄のない考え方だな」


 ふ、ふ、と笑いを漏らしながらアルザイがそのように言う。あまりにも楽しそうに笑うので、不安を覚えて付け足した。


「べつに、小賢しく意見をしたいわけでも、対等以上に見られたいわけでもないのです。ただ、貴重な時間を費やした以上、アルザイ様も得るものがあるべきだと……」


「言っていることはわかるさ。しかし姫よ、ひとは自分の業績よりも高く上ることはできないが、自分の失敗より低く堕ちることもない。俺は今日、今までよくわかっていなかった姫の人となりを少し知った。俺なりに結構満足している」


(アルザイ様は……褒め上手なのでは)


 笑いをおさめて艶やかな視線を流されると、目を逸らしてはいけないような気がして動きがぎくしゃくしてしまう。呼吸すら満足にできず、妙に胸が痛くなる。

 色香に、あてられる。


「どうだ姫、そろそろ俺に惚れそうか」

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