表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
101/266

甘い薔薇(2)

 相変わらず、アルザイの背は広く大きい。

 格別早足でもないのに、肩が風を切っている。


(直接お目にかかるのは、十日ぶりくらい? もっと時間が過ぎているかも……。エスファンド先生のもとにいるとき以外のことは、よく覚えていません)


 至高の書を編むという若き学者集団に叩き込まれたセリスは、文字通り寝食を忘れて打ち込むことになり、時間の経過に関しては記憶が著しく曖昧であった。

 いつ何を食べ、いつどこで寝たのかよくわからない日もある。


 さすがに灯りの不始末があってはいけないので、暗くなってからの行動は気を付けているのだが、書架の間でいつの間にか寝てしまったときもあった。

 そういう日の翌日は、決まってきちんと自室で目を覚ます。

 帰った記憶の無さに不気味なものを感じるものの、エスファンドをはじめとした面々に会うと全部が吹き飛んでしまう。

 目の前の仕事に取組むことに心が囚われてしまって、周りに目が向かなくなっていた。


「なかなか様子を見に行くこともできなかったが、ずいぶん馴染んでいるようだな。エスファンドは面白いだろう」

「アルザイ様がお忙しいのは存じ上げております。エスファンド先生の件は、本当にありがとうございました。毎日が幸せです」


 アルザイが立ち止まり、肩越しに視線をくれた。

 セリスもまた、アルザイにぶつかるわけにはいかないので足を止めた。

 向き合うように振り返ったアルザイが、そっと手を伸ばしてきた。

 指先が頬に微かにふれる。何をと思って見上げれば、どういうわけか、アルザイのまなざしはひどく優しい。


「少し痩せたな。食事は疎かにするな、体力が落ちるぞ。剣の稽古の時間もないんだろう。すぐに腕が落ちる。目の前のものに熱中するのもいいが、自分が誰かを忘れるなよ」


 視線に搦めとられたように呆然と見上げていると、力強い腕を背に回されて軽く抱き寄せられる。意図がわからずにされるがままになる。

 耳元に唇を寄せて囁かれた。吐息が耳をかすめる。


「お前は月の姫だ。少年の姿をしていたところで、隠しきれてはいない」


 すぐに腕を離されて、解放される。


(今のは何?)


 事態を飲み込めずに戸惑うセリスを置いて、アルザイはすでに歩き出している。

 セリスは、慌てて広い背を追うことになった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ