売れない惣菜はない……と思う
「ふぅ……着いた」
太陽も沈みきって真っ暗になった空の下、きーこきーこと自転車をこいでスーパーに到着した。
今日もつかれた。
帰って晩飯を食べようと思ったけど、帰宅中に、家に食えるものが何も無い事に気付いてUターン。
こうしてスーパーにやってきた俺は特に迷わず、2リットルのお茶のペットボトルをカートに入れて足早に惣菜コーナーへと向かった。
「ああ……まあ、こんなんだよね」
今は夜8時半を回ったところだ。
この店は9時に閉めるから、この時間になるともうほとんど残ってないのだ。
そのかわりに。
(半額……、助かるよな)
半額シールが付いている。
財布にやさしいから、時間がたっていつもより美味しくなさそうとか思っても特に気にしないことにする。
どれにしようかと、人のいない惣菜コーナーを右に左にうろついていていいもの見つけた。
から揚げだ。
コイツは定番の人気者だからこんなに遅くまで残ってる事は珍しい。
コイツにしよう。
そう手を伸ばした時、もう一方からひと足早く手が伸びる。
「あ」
「え?」
若い女性が先にから揚げを取ってしまった。
「ああ……入ります?」
「え、ああ、いえ、大丈夫です、どうぞ」
「すみません」
その人は軽く頭を軽く下げると、レジの方へ歩いて行った。
流石人気者、ひと足遅かった。
仕方ないのでしなびたかき揚げを取る。
まあ、これでいいや。
ご飯が無かったのも思い出して、チンするご飯を取ってきてレジに行く。
今日はこれで済ませる事にした。
次の日、またこのスーパーに立ち寄る。
今日はちょっと早めに。
仕事が少し早く終わったのでこっちに来たのだ。
いつものように惣菜コーナーへ、お茶は昨日のがまだ残ってるのでスルー。
「結構の残ってるな」
残ってる、と言っても外はもう暗いので、昨日と比べて、と言う意味でだ。
今日はどれにしよう。
中華風春雨、きんぴらごぼう、野菜パスタ、ラザニアなんてのもあるのか。
ふぅん、どうせなら食べたことないのを……これにしよう。
選ばれたのはラザニアでした。
それを取った時、他の人と手が当たった。
伸ばした左手が、ラザニアのパックの隣に置いてある惣菜を取ろうとした手にぶつかったのだ。
「ああ、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
そういって笑顔で答えたのは……昨日の人だった。
「あ」
「ああ」
どうやら相手も覚えていたようだ。
まあ、昨日の今日だしね。
「ふふ、それじゃあ」
「はい」
お互い会釈で済ませ、女性はレジへと歩いていく。
彼女が取っていたのはから揚げだった。
「よう人気者」
一人ごちてそいつもカートに入れる。
今日はこれで済ませよう。
ご飯は炊いた。
次の日、会社の食堂で料理をうけっとたあと、うろうろと席を探す。
ここはいつもいっぱいなのだ、仕方ないっちゃ仕方ないけど。
ようやく見つけた席に座ると、対面の人は女性だった。
あまり人見知りと言う訳ではないけど、女性の人と話す機会が無かったので苦手意識がある。
たぶん自分はこじらせている。
「あ」
対面の人の顔をあまり見ないように席に座ると、その女性が何か言った。
つい反応してそっちを見ると。
「あ」
俺も同じように間抜けな声を出した。
「「惣菜の人」」
声が重なった。
いやしかし、惣菜の人って……ああ、俺もか。
「こんにちは」
「どうも」
「同じ職場だったんだね」
「みたいですね、驚きました」
どうやら気さくな人らしい。
クスクスと笑いながら話しかけてくる。
繁忙期に入って忙しくなってきているせいか、定時で帰れることが少なってきているから、ああいうところでぱっと済ませているようだ。
「いつもあのスーパーなんですか?」
「うん、だって家から近いし、帰宅ルートにあるし、便利だし」
「ですよね、自分もそうです」
「へえ、どこ住んでんの? あっこらへん?」
住んでいる所について話すと、驚いたことにそう遠くない。
へえ、ちっかーいと笑っている。
「料理しないの?」
「はい、仕事がある日は全然。 いや、まあ無くてもしないんですけどね」
「いかんようキミ、料理くらいはしなきゃ」
「あなたはどうなんです?」
「私もしない!」
人の事言えないじゃないですか。
笑いながら弁当箱を片付けて、じゃーねーと食堂を出ていく。
こんなに長く女性と話したのは初めてだった。
そんなちょっとうれしいことがあっての、仕事が終わっての、帰宅途中でいつものようにスーパーへ。
自転車を止めて、スタンドを立てて、鍵を閉める。
鍵をポケットに入れて振り返ると、一台の原付が駐輪スペースに止まった。
ヘルメットを取ったらあの人だった。
「お」
「ども」
軽く会釈。
そのまま一緒に惣菜コーナーへと行った。
「いろいろあるね」
「昨日よりかは、ちょっと少ないかも」
「ま、あるだけありがたいと思おうじゃない」
「ですね」
そうやってどれにするかぶっしょくする。
これは食べた、これも食べた、これも……あるな。
ここのスーパーは惣菜の品数が多いことで有名だ。
季節などで出すものも変わってくる。
あとは期間限定とか。
「これにしよ」
「それおいしいの?」
この人はもう決めていたらしい。
手にはから揚げがあった。
「今日もから揚げなんですね」
「まあ特に食べたいものもなかったし」
「偏りますよ?」
「むう……」
あ、ちょっと不安に思ってたらしい。
渋々といった様子でから揚げを戻す。
「よし」
「はい?」
「じゃあ選んでよ、おすすめ」
「え?」
そんな、さあ献上して見せよという風な顔をされても……。
何処の殿様ですか。
「ええと……じゃあ、これはどうです?」
「揚げ出し豆腐……」
「ダメですかね?」
ヘルシーな物と思って豆腐にしてみたけど……あ、どうせ揚げてるから変わらないのか。
「ううん、じゃあこれにする、ありがとね」
じゃあまた明日、と言ってレジへと向かう。
一人残った俺はパックを1つとってカートに入れる。
これは……漢字が分からないけど多分なんかの魚の照り焼きだと思う。
ブリかな?
次の日、出勤してタイムカードを押す。
「よ、おはよう」
「あ、おはようございます」
肩にポンと手を置かれてちょっと驚いた。
彼女だった。
どうやら今日は同じ時間だったらしい。
「いやあまいったよ、ちょっと寝過ごしちゃって」
「そうなんですね」
「キミはいつもこんくらいなんだ」
「ええ」
そう言って彼女もタイムカードを押す。
「それじゃあ頑張ってね」
「はい」
そういって事務所の中へ入っていった。
俺は場所が違うのでさっさと自分の職場に移動する。
「事務所の人だったのか」
事務所には基本来ない。
ああいう堅苦しい場所が苦手なのだ。
だからあの人がいるという事も知らなかった。
今日は珍しく定時だった。
ちょっとだけ足が軽い。
そしていつものようにスーパーへ……あ。
「よ」
「ども」
駐輪スペースに行くと彼女がいた。
だからいつものように惣菜コーナーへ。
「おっほー、いろいろあるね」
「この時間帯だと帰宅する人とかたくさんいますからね」
「それじゃあキミぃ」
「……なんです?」
ねっとりと言ってくる。
何なんですかその顔は。
「はい、じゃあ私の選んで」
「またですか」
「いいじゃないの、ね?」
「まあいいですけど」
別に悪い気はしない。
そう思ってコーナーに目を向ける。
いつもよりもっと多い。
どれにしようか。
「いっぱいあると悩むよねー」
「いつも遅いですから、大半はもうなくなってて、食べてるやつも同じ奴になっちゃいますからね。 いあざこういう事になると……」
「ああ、わかるわー」
これは、食べたことないな。
これもない、これもないな、うーんどれにしよう。
「決まらなさそう?」
「多いので、あと半分くらい食べたことないです」
「ほほう、どれがないやつ?」
そう聞かれて、適当に食べたことのない奴を指さしていく。
「これと、これと……あとこれとか、ああこれもないな」
「なるほど、じゃあこれとこれにしよ」
そういって俺が食べたことのない奴を二つずつ持っていく。
そしてその半分を俺に渡してきた。
「じゃあこれ」
「え?」
ますっぐ伸ばされた手から惣菜を受け取る。
二つずつ、同じものだ。
「後で美味しかったかどうか教えてよ、私も食べてみるからさ」
他にいる物をカートに入れてレジを通す。
じゃあまた明日、そう言って彼女は原付に乗って俺も帰る方向へ走っていった。
「どうだった?」
「はい?」
食堂。
今日は弁当を広げていたところで彼女が来た。
そして彼女も弁当を広げつつそう聞いてきた。
「どうって……ああ、昨日のですか」
「そう、私は結構おいしかったと思うよ」
「ええ、俺もそう思います。 何より、萎びてませんでしたから」
「あははは、そうよね! そうだよね!」
何がツボったのか爆笑している。
ほら静かにしてください、隣の人が何だこいつらってこっち見てますよ。
「ごめんごめん、そうだよねー、やっぱ出来立ての方が美味しいよねー」
「まあそれでもあそこに行っちゃうんでしょうけどね」
「行く、行っちゃうね、だって楽だもん……あ、それ」
「はい?」
彼女が俺の弁当箱を見てくる。
視線の先はおかずを入れた小箱。
その中には昨日買った惣菜の残りが入っていた。
「ああ、昨日余ったので弁当に入れてきたんです」
「へええ、弁当とかは作るんだ」
「こうやっておかずが余った時だけですけど」
「超わかる」
分かってくれますか。
「そうか……ふぅん……」
彼女が何かを考えているのを見ながら弁当をつついていく。
この人結構きれいだよね。
弁当を食べ終わった後、いつものようにわかれて、いつものように仕事して、いつものように帰宅途中のスーパーによる。
ただ、きょうは彼女はいなかった。
だから、いつものように惣菜を買って帰宅した。
次の日、食堂で弁当を広げると彼女が来た。
「よっす」
「あ、ども」
もうこれもなんかいつもどおりな短いあいさつを交わして、彼女がいそいそと弁当を広げていく。
そして弁当箱のふたを外すと……。
「じゃーん、これ見てよ」
「どれです?」
「これこれ」
指をさす先はおかず。
なんか見たことあるな……あ、これ、あのスーパーのだ。
「キミは何入れてきたの?」
「いつも通り昨日のあまりです」
「アタシも」
ですよね。
「それ美味しかった?」
「はい、そこそこ」
「へえ、私食べたことないんだぁ。 ねえ、ちょっとちょうだいよ」
「これですか? 別にいいですけど」
そう言っておかずが入った弁当箱を差し出す。
そして彼女が弁当箱に端を伸ばしてフライを一つ取っていく。
たしか、魚の白身を大葉といっしょに揚げたものだったかな?
取ったフライを弁当箱のふたの上に置くと、今度は彼女が弁当箱を差し出してきた。
「お礼にこれを上げよう」
「ああ……じゃあ、いただきます」
「どうぞどうぞ」
そう言って肉じゃがのじゃが芋を一つ取る。
肉じゃがか……、コイツも人気者だからあのスーパーではまだ買ったことはない。
帰る時間になるともうないからだ。
「肉じゃがなら肉も取らないと」
おもむろに彼女がお肉を取ったじゃが芋の上に乗せる。
「一緒に食うのが良いのよ」
「たしかに、ありがとうございます」
弁当のおかずを交換する。
まるで学生みたいだ。
ちょっと気恥ずかしいお昼を終えて、仕事も終えて、またスーパーへ。
そして惣菜コーナーへ行くと彼女がいた。
「お、来た来た」
「え?」
どうやら待っていたらしい。
待ち合わせに惣菜コーナー、ハチ公もびっくりだ。
「今日はどれにするの?」
「え、ああ、そうですね」
いつも通り食べたことのない奴を探してみる。
これとこれかな?
「他にない奴ってある?」
「食べたことのないものですか?」
まだいっぱいある、多いな。
これとか、これとか。
「これとかですかね」
「ふんふん、じゃあこれとこれ」
ふんふんと頷きながら指差したものの中から二つ取る。
「アタシもから揚げばっかだったから、ほとんど食べたことないんだよね」
「ああ、まあ、そうなりますよね」
「だからさ、お互い食べたことないヤツ取ってってさ、明日交換しようよ」
「え?」
不思議な提案だ。
まあ、うん、別にいいかな?
「別にいいですけど」
「そうこなくちゃ、この際だからここの全部制覇しちゃおう」
どの際ですか、制覇ってまたたいそうな言い方で。
「季節とか、限定とかありますから、それだと一年くらいかかりそうですね」
「マジで!?」
あ、知らなかったんですね。
そんなこんなで別れて帰宅。
買った惣菜は少しの多めに残して明日の弁当のおかずにした。
次の日、言葉通り彼女も昨日買った惣菜を弁当のおかずにして持って来ていた。
「はいこれ」
「あ、どうも。 じゃあ、これを」
「ほいサンキュ」
そしてお互いにおかずを交換。
まだちょっと恥ずかしさがある。
「もぐ……もぐ、うん、まあおいしいかな」
「もぐ……うん、ですね」
「はは、まあお惣菜買ってきて、これうめえっ! なんてこともないよね」
「ははは、まあそうですね。 高級な惣菜屋にいけばなくもなさそうですけど」
「高級か……縁遠い話ねえ、アタシはここらへんでいいや」
想像もつかないというような顔でおかずを口に放り込む彼女。
まあ、高級なんて安直ですと、なおさらわかりづらいですよね。
「俺もそう思います」
そもそも財布に厳しそうだ。
次の日も、おかずを交換した。
「お、これは美味しい」
「これもいいですね」
その次の日も交換してみた。
「アタシこれ好きかも」
「ふんふん……」
時々はずれもあったりして
「む、むぅぅ……」
「好き嫌いですからね、合わないときもありますよ」
そんな日が結構続いた。
結構、というかまる一年、本当に長く続いたものである。
そしても今日もいつものように二人で惣菜コーナーへ。
「ここのヤツもほとんど食べたね」
「まさか本当に制覇しちゃうとは思いませんでした」
期間限定とか季節限定も含め、新商品も全部食べた。
当たり外れはたくさんあった。
でも全部美味しかった。
「全部食べたら次はどうします?」
「そうね……」
惣菜を見つめながら考え込む彼女。
少しじっと待ってみた。
「じゃあ、そうね、次は……」
「次は?」
「……作ってみようか」
「……、惣菜を?」
「うん、料理」
した事ないんじゃ?
「何その不安そうな顔」
「大丈夫なんですか?」
「何を心配するかなあ、レシピ通りにすれば大丈夫だって」
「爆発したりしませんよね?」
「魔女の鍋じゃないんだから……て誰が魔女か!?」
言ってません、自爆ですよ。
惣菜コーナーで笑う男女二人、自分から見ても結構シュールだと思う。
「ああ、でも、調理器具とかないや」
買わなきゃいけないよなあ、とぼやく彼女。
少し、いや、かなり緊張しながら言ってみる。
「じゃあ……」
「ん?」
「それじゃあ、家来ません?」
「え?」
「料理作るのに必要な物なら最低限揃ってますから……、ど、どうでしょう」
嘘じゃない、作る気はあったが結局しなかっただけで。
「でも料理しなかったんじゃ……」
「その気はあったんですけどね、結局……しないじまいで」
「ああ……わかる」
分かっちゃいますか。
「じゃあ新品のままだ」
「はい、もうピカピカの新品です」
また笑顔が広がる。
何度も見た。
心がすっと軽くなる。
「じゃあ、買いにいこう、食材」
「え、今からですか?」
彼女が笑顔でカートを押していく。
「今から今から、思い立ったが吉日って」
そう言いながらずんずんとカート押して野菜コーナーへ歩いていく。
なんとなく惣菜コーナーに目を向ける。
から揚げが目に入った。
「よう人気者」
「はやくはやく!」
「はい、今行きます」
今日はお預けだ。
俺はこの日、初めて惣菜を買わなかった。