悪役令嬢(仮)は色気で婚約者を落としたい
夕暮れ時の静かな図書室。
その部屋に居るのは、彼と私だけだった。
粗方、私達が本を読み終えた頃、私は彼の背後にまわった。
自分の白く細い指で、そっと彼の広く大きな背中をなぞってから、華奢な身体をその背中にあずける。
暗い闇を集めたような彼の黒髪に隠れている耳に唇を寄せて私は囁いた。
「ねえ?感じます?」
「何が…だ?」
「…当ててますのよ…」
「…全く何も感じないな…もっと成長させてから、やれ」
「Yes!Sir!出直します!」
今日も自分の持ってる最大級の色気をもって誘ってみたが、いつものとおり私の婚約者様は、つれない態度。
やはり、この私のちっぱいでは、ダメなのか…。
胸に手を置き、さわさわと揉んでみたが、うん、小さいね。ささやかだね。色気の欠片もないね。
あぁ、どうしよう。このまま、彼が私に興味を持ってくれないと…私は。
はじまってしまうのに。
乙女ゲームの世界が…。
あと、数週間ではじまる、乙女ゲームの世界を思うと、私の未来は絶望しかない。
急がないと。
急いで、彼を、繋ぎ止めないと。
「よし、腕立て伏せの回数と、牛乳の量を増やすか!頑張るぞ!!」
右手を高く突き上げ、私はさらなる努力を誓った。
「…静かにしろ。」
…怒られた。
ここは乙女ゲームの世界。
婚約者様は、攻略対象者。
私の役割は悪役令嬢。
ヒロインが、私の婚約者様ルートを選べば、もれなく私には死亡ルートが待っている。
そうならないために、私は考えた。
ヒロインを虐めなければ、大丈夫じゃない?
No!
ヒロインが、転生ヒロインで自作自演したら、台無しよ!
同じ学園に通わなければ良いじゃない?
No!
気付くのが遅かった!
もう、私も婚約者様も既にこの学園に通っている。
後は、ヒロインが編入するのを待つだけな状態。
何故!幼少期に思い出さなかった?
私のポンコツ頭め。
ゲーム開始の数週間前って、微妙じゃない?
まぁ、断罪後じゃないだけマシだったと、思いたい。
だったら、どうすれば?
…婚約者様がヒロインに会う前に、既成事実を作っちゃえば?
Yes!
幸いここは中世ヨーロッパ風の世界観。
結婚には乙女の純潔が大事にされている。
なので、婚約者様に手を出して頂ければ、婚約者様は私と結婚するしかない。
と、言うことで、私は無い色気を振りしぼり、婚約者様に迫っているのです。
ただ、結果が追いついてきていないだけで…。
顔は良いと思うのですよ。
悪役令嬢なだけに。
ちょっと、キツめな瞳も、ぽってりとした唇も、頑張れば、色気を発揮出来てると思うのです。
ただね、身体がね。
ささやかなんです。
何処が?って、聞かないでください。
わかってるでしょう?
…悪役令嬢って、バイーンで、ボイーンな感じがデフォルトじゃないんですかね?
私が前世で読んでた乙女ゲーム転生ものって、そうだったんだけどなぁ。
まぁ、無い物はしょうがない。
それは、頑張って育てて、あとは今あるもので勝負しましょう。
私はめげない!
婚約者様をゲット出来るまで、頑張る!
自称、やれば出来る子なんです。
新たな決意を胸に、婚約者様に向かって一礼をする。
「では、また後程お会いしましょう。愛しの婚約者様。」
優雅に、可憐に見えるよう、心がけて。
少しでも、私を見てくれますように。
愛してますわ。
死亡ルートが無くても、私は貴方に愛されたいのです。
お願いですから、早く私だけのものになって下さいね。
そう祈りを込めて。
そして、静かに図書室から退場した。
だから、私は気付かなかった。
「…時と場所を選んでくれよ。我慢するの大変なんだぞ。」
婚約者様が、顔を赤くして呟いていた事を。
私の願いが叶うのも、そう遠くないのかも、しれない。