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第83話:一週間後、フォルティスカレッジ

 ――結局、バルカスと名乗った死霊術師が何を目論んで魔王の復活を求めていたのかは判明しなかった。

 いや、そもそも。バルカス、と名乗る人物が存在していた証拠さえ掴むことができなかった。

 奴は魔王をじかに見てきた、というような口ぶりであったが、初代アルス王の時代にバルカスなる人物が存在していたという文献はなく、同時に現代においてバルカスという死霊術師がどこかの組織に所属していたという証言も得られなかったのだ。

 これで奴が言葉だけを弄するような愉快犯であれば、単に誰からも注目されなかった愉快犯だったのだろう、ということで片が付いた。

 だが、奴はイデアを覚醒していた。それもきわめて強力なタイプの力を。あの力があれば、それこそ士官の道はより取り見取りであっただろうし、例えどこにも仕官せずとも、巨万の富を抱くのにたいした労はなかっただろう。“己の望みに限りなく近づく”奴のイデアは、それだけ強力で危険なものだった。あんな存在が、今まで何の注目も浴びてこなかったというのだろうか。

 フォルティス・グランダムを襲った脅威に対する事後調査は、結局不可解な結果に終わってしまった。さながら歴史の空白を除いたかのような、そんな気味の悪さだ。

 そこに確かに存在していたはずなのに、まるでなにも存在していなかったかのような……もっと乱暴な言い方をするのであれば、歴史や世界にその存在を否定されていたかのような、そんな違和感。

 “バルカス”なる男の存在は、そんな形で六代目アルス王を始めとする、フォルティス・グランダムの主要陣の脳裏に刻まれた。

 だが、奴が何者であったか、最終的な目標が何だったのか。

 そうしたことが一切不明であっても、時間というものは刻一刻と過ぎてゆく。

 世の中が平和であろうがそうでなかろうが、いっそ残酷なほどに時間は先へと進んでゆくのだ。






「――では、今日の実技を始めるぞ」


 フォルティス・グランダムを突如襲った、バルカス一党の襲撃事件からそろそろ一週間が経とうとしていた。

 砕け散ってしまった外壁、都合二か所の修復工事は遅々として進まず、混乱に陥っていた王都内の片付けも、ようやく半ばが終わったと言えるところだろうか。

 勇者王国フォルティス・グランダムの滅亡の危機といえる事件が終わった後の、後片付けはなかなか終わりが見えなかった。

 国民たちの混乱がいまだ冷めやらぬというのも理由の一つであるし、もろもろの修復に必要な資材が不足しているというのも理由の一つであったが、何よりも大きな理由は“この一件がほとんど外部に漏れていない”ということであった。

 あれだけ大きな事件が発生していたにもかかわらず、実質的な発生時間はおおよそ二日。フォルティス・グランダムの滅亡は、突如発生し、人知れず終わってしまっていた。

 単純にそれだけならば喜ぶべき事態であったが、王都外壁の修復を始めとした、復興資材の工面を考えるとそうも言えない。

 フォルティス・グランダムは基本的に交易を基本として成り立つ国家。多くの資材や資源などを、他国から流れてくる交易資源で賄っているわけなのだが、そこがこの国にとって最も大きな急所となってしまっている。

 大きな支援を望むであれば、当然相応の返礼をもって返すべし。人として当然の道理であるが、国家間の約束事とあらば、その内容、そして額面は不適当に膨れ上がることもある。

 今、世界はフォルティス・グランダムの勇者たちの活躍もあり平和な状態を長く維持できているのであるが、不穏な火種はそこかしこでくすぶっている。今、勇者たちが諸外国に出払っているのも、その火消しのためだ。

 その火種も、目に見えているものだけがすべてではない。目に見えぬ火種が、何をきっかけで爆発するかはわからないのだ。

 故に、下手な弱みは見せられない。可能な限り、王都の状態を自国の貯えのみで元通りにしなければならないのだ。

 そんな王都内の実情を知っているフランは片手を上げ、ゲンジに代わって当面の教師をやってくれているノクターンに進言した。


「あの、ノクターン先生……。王都の復興がまだ進んでいません。及ばずながら、私たち一回生も、王都の復興支援に回るべきではないでしょうか?」

「ふむ……。フランチェスカ。それは、お前の信仰心からの発言か? あるいは、傷ついた者たちへの同情からの発言か?」


 ノクターンは、フランのほうを見て淡々とそう問いかける。

 まるでフランの善意を疑うような発言であったが、フランは彼女の言葉にひるむことなくはっきりと答えた。


「その両方です。デオン教の教えでもあり、私自身の思いでもあります。痛ましき王都の姿、長く見てはいられません」

「……すまない。少し、無神経な発言だったな」


 ノクターンは、まるで八つ当たりでもしたかのような自分の言葉を恥じ、改めてフランの言葉に応えた。


「確かに王都の復興はまだ進んでいないし、国民たちの混乱も静まってはいない。先の襲撃者たちの残した爪痕は、存外深かったと言える」

「では……」


 復興の手伝いを、と口にしようとしたフランを手のひらで制し、ノクターンは言葉の先を続けた。


「だが、それはあくまで表層上の話だ。フォルティス・グランダムの王都は現在も問題なく機能している。交易の荷馬車は遅滞なく行き来しているし、王都内の生産品の出荷数も減少範囲は許容内。この国の王都は、十全にその機能を果たしていると言える」

「……そうなのでしょうか」


 ノクターンの言葉に、フランは昨日の王都で見た光景を思い出す。

 ……先の襲撃の際、巨大なワームによって破壊されてしまった王都外壁。

 それを睨みつけるように立つ、一人の少年の姿。

 どことなく痛々しい気配を放つその少年を見て、買い物帰りのフランは何となく目が離せなくなった。理由はよくわからない。なんとなく、よくない気配がしたのだ。

 しばらくキッと鋭いまなざしで外壁の傷を睨みつけていた少年を、一人の女性が迎えに来ていた。

 その女性は少年の母親で……二人の会話の内容から、フランは少年が王都外壁を睨みつけていた理由を知った。


“お父さんは、立派に戦っていたのよ”


 外壁を見つめ、そう少年を諭すように話す母親の言葉から、すぐにわかった。

 少年の父は、あの日、ワームに対抗するべく王都外壁で戦っていた衛兵の一人なのだと。

 少年はしばらくその場で固まっていたが、やがて母親の手に引かれ、そのまま家に帰っていった。

 フランは二人に悟られぬようその場を立ち去り、わずかに浮かんだ瞳の涙をそっと拭った。


「……本当に、王都は正しく機能しているのでしょうか。あの戦いで、失ったものは……あまりにも、多いと思います」

「……そうだな。我々は、自身で思っている以上のものを失っているのだろう」


 フランの言いたいことをなんとなく察し、ノクターンは自身の胸に手を当てる。


「我々の力不足……それが大きく露呈した一夜だった。多くの勇者たちが不在だったとはいえ、あまりにも無様な戦いだった」

「………」


 その場にいた者たちのほとんどは、押し黙ってしまう。

 ノクターンの前に並ぶフランを含む一回生。その数は三十人前後。

 誰一人として、その夜の戦いについていくことはできなかった。

 フランは、その祈りで冥界返しの結界を浄化せしめたが、それとて助力あってこそだ。一人では、何もできなかった。

 そんな皆の無念、そして己の無念を振り切るように頭を振り、ノクターンは努めて明るい声で言った。


「――だが、その最中で得たものもあった。たった一人であるが、それでも新たな希望の星……新生の勇者の存在がな」

「先生! それって――!」


 勇者。その言葉を聞き、その場にいた一回生たちはにわかに色めき立ち。


「―――っ!」


 ダトルだけは奥歯をかみしめ、険しい表情で顔を俯かせた。

 ノクターンは一瞬騒々しくなる一回生たちをなだめるように手を上げた。


「ふむ! 勇者名の授名式の話は聞いているな?」

「はい! えっと、一週間後、でしたっけ?」

「そうだ。それで一先ず王都の体裁を整え、改めて諸君らの世代から生まれた、新たな勇者のお披露目となる!」


 ノクターンは誇らしげに顔を綻ばせながら、一回生たちを奮起させるべく、大きな声を上げた。


「――彼は証明して見せた! 己の価値を、そして不可能がないことを! 君たちでも勇者になれる、その証明こそが彼だ! さあ、彼の後に続くことができる、次の勇者になるべく今日も励もうじゃないか! それこそが、君らにできる最善の復興だとも!」


 ノクターンの声に意気が上がってゆく一回生たち。

 フランもまた、彼を間近で見ることができた幸運をかみしめながら顔を綻ばせている。

 ……故に、誰もダトルを見ていなかった。


「あんな奴が……勇者……!?」


 憎悪を纏った赫怒で顔をゆがめ、大粒の涙を零す、彼の姿を。


「認めない……! 絶対に……俺は認めない……!」


 少しずつ仲間の輪から離れながら、ダトルは小さな声で呟いた。


「否定してやる……! 俺の、全てを使ってでも……! あいつを……! 必ず……!!」


 あまりにも後ろ暗い彼の決意は、周りの熱気に吹き飛ばされ、消えてゆく。

 ダトル・フラグマンの悲しい決意は、誰の耳にも、届かなかった。




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