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第82話:戦いが終わって

「情けない悲鳴を上げおって……」


 遠くのほうで悲鳴を上げるトビィを見て、嘆息するゲンジ。

 おそらく着地も無難にこなして見せるだろうに、何を怯えることがあるのか。

 軽く首を振りながら頭痛の錯覚を振りほどき、ゲンジは倒れているバルカスのほうへと視線を向ける。

 先ほどまで細かな痙攣を続けていたバルカスであるが、今はピクリとも動かない。

 生きている気配も感じない。……先の落下がとどめになったのか、あるいはトビィの一撃が致死量を超えるダメージを叩きだしていたのか。いずれにせよ、もう長くはないはずだ。


「……長くはなかろうが、とどめはさしておくべきか」


 ゲンジは一つ呟くと、そのままバルカスの傍に近づき、ボロボロなその肉体を上から見下ろす。

 完全に白濁した眼球。ボロボロの皮膚は穴の開いたぼろ切れを連想させる。血が流れだしていないのが不思議であるが、ひょっとしたら血液が枯渇しているのかもしれない。

 もはや人の死にざまとは思えない、悲惨な姿だ。ゲンジは軽く顔をしかめ、それからゆっくりと足を振り上げる。


「―――ッ!」


 勢いよく下した足は、枯れ枝がへし折れるような軽い音を立てて、バルカスの頭を踏み潰した。

 抵抗はほとんどない。その中身もほとんど飛び散らなかった。人の体にしては、異様なほどに脆かった。

 ……もはや、人の死に様とは言えない。フォルティス・グランダムを襲った悪漢の最期は、さながらごみのようであった。

 ゲンジが足をもう一度上げると、足についた肉片は軽くそよいだ風によってどこかへと散ってゆく。ほとんど水分もなかったようだ。

 ……人を殺した時とは違う、異質な不快感を覚えながら、ゲンジはバルカスの死体から離れる。

 死霊術師を名乗っていたが、さすがに頭が消え失せたのなら起き上がることもあるまい。それでも起きるようなら……今度は、ノクターンの戦略魔法の出番だろう。イデアを使わぬただの死霊魔法でしのげる一撃ではあるまい。

 そんなことを考えながらノクターンへと近づくと、がっくりうなだれた彼女の姿が目に入る。


「……? どうしたんだ、ノクターン」

「いや、なに……やはり、私はどこまで行っても英傑なのだな、と痛感しただけだよ」


 そう呟き、乾いた笑い声を上げるノクターン。

 彼女もかつてはフォルティスカレッジで学び、勇者を目指した者の一人であった。

 その学びの最中で魔法の才能を開花させ、彼女は一国を滅ぼすだけの力を持つ戦略魔法を身に着けるに至った。

 戦略魔法はその威力に見合うだけの魔力量、そして魔法そのものへの理解力が必要となる高度な魔法だ。

 初級の魔法であれば、呪文の丸暗記でもとりあえず発動する。だが、高度な魔法はそうはいかない。言葉の意味を理解し、その意味をしっかりと意識したうえで、呪文をはっきりと口の中から発しなければ発動しない。

 呪文を構成する言語への理解が、魔法の発動に対するセーフティーになっているのだ。特に戦略魔法にかかっているセーフティーはかなり強固なもので、言葉の中に含まれる意味を二重三重に理解し、呪文を唱えている間、その意味を二転三転させるように意識し続けなければならない。その発動に必要な集中力は、一種の大道芸のようだと称されるほどだ。「片手で皿を回しながら、一輪車を乗り回し、なおかつ口の先から水鉄砲を放ったうえで、道端から生えている木の枝を一本切り落とさねばならない」なんて不可解な例えが存在する。まったくもって意味不明な例えだが、それほどに戦略魔法の発動には異様な集中力が必要だということだ。

 だが、それほどの集中力、理解力をもって放たれた戦略魔法も、イデアの前では形無しであった。

 多少手傷を負わせたのであればまだしも、毛ほどの先も通用しなかった。あらゆる魔法使いが身に着けうる、最高位の攻撃魔法であったはずなのにである。

 ――英傑という称号は人並み外れた努力を称える者であると同時に、どこまでいっても勇者に及ばなかった者に与えられる称号でもある。

 フォルティス・グランダムにおいて勇者と認められるには、イデアの発現が必要不可欠となっている。故に勇者学園(フォルティスカレッジ)で学んだとしても、必ず勇者になれるわけではないのだ。むしろ、勇者になれない者のほうが圧倒的に多い。英傑と呼ばれるようになれる者もまた、一握りしかいないのだ。

 そんな一握りであっても、イデアには及ばないという事実。それを前に、ノクターンは壊れたような笑みを浮かべる。


「わかっていたつもりだったが……堪えるなぁ。真に理解はしていなかったというわけだ。ハハハ」

「ノクターン……」


 思わぬ脆さを見せるノクターンを前にして、ゲンジは狼狽えてしまう。

 普段は気丈な彼女が見せたこの弱さに、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。

 ……彼は、彼女のような努力をもってイデアに目覚めたわけではない。きっかけこそ興国の滅び(トラウマ)であるが、それでも人並みの人生を歩んできただけなのだ。彼女の人生(努力)と天秤にかけられるわけではない。

 なんというべきかゲンジが迷っていると、それを察したのかノクターンは何とか苦笑らしいものを浮かべて見せた。


「――ああ、すまない。見苦しいものを見せたね、ゲンジ」

「……いや」


 ゲンジは軽く首を振って見せ、それからへたり込んでいるノクターンに手を差し伸べる。


「立てるか?」

「ああ……。というか、魔力の消耗も多少回復している。問題はないよ」


 ノクターンはゲンジの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 幾度かの深呼吸を繰り返し、いつもの冷静さを取り繕いながら、ノクターンはゲンジへと問いかけた。


「……しかし、一晩で勇者に目覚めるなどとはね。彼にはもう、フォルティスカレッジは不要かな?」

「それはありえん。トビィには何もかも足りない。勇者としての自覚も、鍛錬も、力も」


 ノクターンの言葉を否定し、ゲンジは瞳に強い光を灯しながらトビィの落下した方を見やる。


「むしろ、トビィのように若年でイデアに目覚めてしまったものにこそ、学ぶべき場所(フォルティスカレッジ)は必要だろう。その先に選択の自由は用意すべきだが、その道中において過ちがあってはならない。強すぎる力を持ってしまったのであれば、その使い方や生き方に対する指標は必要だ」

「そういうものか……」

「そうだ」


 ゲンジは強く頷き、ノクターンを見つめる。


「ノクターン。トビィのため、これからも協力してもらうからな?」

「私が? ……私にできることなど、もうないはずだろう?」

「わからんさ。君の人生経験が必要なこともある。他人が学び、生きてきた時間。これは、その本人にしか得られない貴重な資料だ。当然、私のものと君のものは別物である故、トビィの人生の参考にはなるだろう」

「……そういうものか」


 ノクターンは軽く視線をそらしながらも、一つ頷いて見せる。


「まあ……必要なら、呼んでくれ。手が空いていたら、協力しよう」

「ああ、ありがとう。トビィの今後に関しては、アルス王にも進言していろいろ変えるつもりだが……」


 ゲンジは王都のほうを見て、楽しそうに呟いた。


「……まずは、王都の復旧からだ。やるべきことは山積みだな」






「ふむ……彼の名……そうだな……」

「お父様? どうなさいました?」


 王都外壁の上部。ようやく終わった戦いの後、人々にねぎらいの言葉をかけて回っていたニーナは、空を見上げて何事か呟いているアルス王に気付き、声をかける。

 アルス王はその呼びかけに答え、ニーナのほうへと振り返った。


「む? ああ。いや、なに。トビィ君の勇者としての名乗り名を考えていたところだよ」

「まあ、トビィ様の!? あの方には、勇ましさと慎ましさを兼ね備えた、素晴らしい勇名が似合うと思いますわ!」


 ニーナは自身の希望を織り交ぜつつ、そのようなことを告げる。

 隠し切れない願望を醸し出す娘の姿に苦笑しつつ、アルス王は月天を見上げる。


「そうさな。せっかくあれほどの若さでイデアに目覚めたのだ。それらしい、立派なものを与えてやらねばな」


 その脳裏に浮かぶのは、バルカスにとどめを刺した瞬間のトビィの姿。

 暗闇の中にありながら、月の明るさによって蒼さを得た空を舞う、赤い襟巻を翻す勇者。

 それに似合いの名乗り名を考えながら、アルス王は楽しそうに微笑んだ。


「王都の復旧も大事であるが……名乗り名の授与もまた重要。明日、折を見て呼び出してやらねばな」


 すべてが終わった王都を照らす月の光の中、アルス王はただただ楽しそうに微笑むのであった。




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