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第80話:状況打破

 戦略魔法は何をもってしてそう呼ばれるのか?

 それに関しては様々な説が存在するが、そのうちの一つに“この世ならざるものの召喚”というものがある。

 通常の魔法において放たれる火や水、そして雷といったものは、全て現世に由来するものである。

 つまり火の魔法に水をかければ消えるし、水の防御を雷は貫いてゆく。現実に存在する現象が魔法として放たれたのであれば、それは現実と同じ対処法で何とかできる。それが、通常の魔法だ。

 だが、一部の戦略魔法にはその原理が通用しない。何故ならば、この世ならざるものを呼び出すからである。

 もっとも代表的な戦略魔法であり、大地にあまねくすべてを灰燼へと還す焦土魔法始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンも、その一つである。

 正確にどこから呼び出されているのかは不明であるが、始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンで呼び出される炎は、現世に存在するそれとは性質が全く異なる。

 水の中で燃えるのは当然、辺りを照らす光はさながら血のようであり、周辺の全てを焼き尽くさんとするかのような超高温を放ちながら、その火に触れさえしなければ、本当の意味で死ぬことはない。始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンの熱に充てられるものはあっても、その炎が別のものに移ることはないのだ。

 始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンの炎が、一国に放たれその国を亡ぼす様は、さながら猛獣が餌を食い散らかすかのようだと表現されることもある。まるで生きているかのように、自分の意思を表するかのように、暴虐に荒れ狂う魔法こそが始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオン

 この魔法を防御する手立ては、現代の魔法使いには存在しない。現代に存在するあらゆる火伏の魔法は、始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンの前では意味をなさない。始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンを防ぎたければ、とにかくその炎に触れないようにしなければならない。

 万が一、始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンの発生地点に立っていたのだとしたら……その者は恐れおののく間もなく、灰に還ってしまうだろう。そういう力なのだ、戦略魔法というものは。

 ……だというのに。


「バルカス……! 奴には、今の奴には、戦略魔法すら通用しないのか……!?」


 一体の化け物と化したバルカスには、傷一つ与えられなかった。それどころか、焦げ目一つ付いていない。

 砲撃の直撃を喰らった部分は、まだ少し焦げているように見えるため、傷が再生したのではないようだが、それが余計に恐ろしい。

 バルカスは、この世ならざる力である戦略魔法……始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンを、何の補助も必要せず、素のままの状態で受けきってしまったのだ。

 一体如何なる理屈なのか。イデアで形成された肉体がここまで常識外れだと、もはやどのように対処すべきなのか全く不明だ。

 己の最大必殺技を完全にすかされてしまったノクターンは、呆然としたまま呟く。


「………これは、もう……どういったらいいんだ……? 私には、もう何もできないぞ……?」

「それはこちらも同じだ……!」


 ゲンジは拳を握り締めながらも、悔しさを滲ませる。

 現状の最大火力は、間違いなくノクターンの始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンであった。一国を滅ぼすだけの力を持つこの魔法が通じないとなると、他の魔法使いの魔法など、バルカスの体にはそよ風程度のダメージにしかなるまい。

 そうなると、あとはゲンジのイデアで天高く飛ばすか、チマチマと砲撃を継続するかになるが、ゲンジのイデアで倒そうとすると、後の被害が悲惨になる。砲撃によるダメージの蓄積は、こちらの砲弾のほうが先に尽きる予感しかしない。

 つまり、詰み、という奴である。


「あとは……他国に出ている勇者たちを連れ戻すくらいか……?」

「だが、それでは、その間バルカスを野放しにしてしまう! それは避けねばならん……!」


 最も早く戻るであろう者でも、半月はかかる予定だ。そんなに時間をかけていては、バルカスがフォルティス・グランダム以外の国に手を出すのは目に見えている。

 もちろん、これほどの化け物の出現を、六同盟を始めとする国々が放置するわけはないだろう。自国の利益を優先するだろうが、それでもバルカス討伐に乗り出す国は表れるはずだ。

 ……だが、それでもフォルティス・グランダムは崩壊するだろう。バルカスという存在によって直接に破壊されずとも、奴がこの国に居座るだけで貿易は止まるだろうし、国の中での交易も停止するだろう。基本的に他国との貿易で資源などを賄っているこの国にとって、貿易の停止は資源枯渇による死を意味する。貯えがあるといっても、その貯えも貿易のために回されていて、潤沢とはいいがたい。

 ――いずれであれ、バルカスを放っておけば、この国は滅んでしまうのだ。

 ゲンジはそれをさせまいと、拳を硬めてノクターンへと振り返る。


「止むを得ん……! ノクターン! 何名かを連れて、一番近い国に飛べ! それで、少しでも早く救援を呼ぶのだ!」

「はは……救援を? それは無理だろう。戦略魔法が効かない相手だぞ?」


 だが、ノクターンは自身の最強の一撃をへし折られた勢いで、心も折れてしまったようだ。

 力なく笑いながら、首を横に振った。


「私の魔法が通じないのであれば、ほかの国の魔法使いも同じさ……。何とかできる相手がいるのだとして、それは勇者の誰かだろう……。国を呼ぶより、勇者を呼ぶべきじゃないのか……?」

「そんなことを言っていると、国が滅ぶというんだ! その可能性は、少しでも遠ざけなければならない!」

「だとしても、滅ぶのがこの国か別の国かじゃないのか……? さしあたって、天剣絢爛を呼び戻すべきだろう……?」

「奴の取り掛かっている案件は放置できんだろう! ごねていないで……!」


 聞き分けのないノクターンに苛立つゲンジ。彼にとって、国の命というのは天秤にかけてよいものではない。すべての国は、等しく救われなければならないのだ。

 故に、どこかの国が滅ぶというのは決して看過できる案件ではない。他国がフォルティス・グランダムの勇者を召喚するというのは、つまりそれを回避するためなのだ。

 なればこそ、万全のままに解決しなければならない。他の国に派遣された勇者たちの問題も、今フォルティス・グランダムに存在する問題も。


「ノクターン、急げ!」

「天剣でダメなら、地王のほうでいいか……?」

「勇者ではなく、他国に救援を要請しろというのだ! まだ、勇者のいる国は問題が解決していないのだぞ……!」


 とにかく動かなければならない。だが、ノクターンは動かない。

 ゲンジは可能な限りバルカスの抑えに回らなければならない。だというのに、ノクターンが動いてくれない。

 苛立ちの募るゲンジに、ノクターンは力のない笑みを浮かべて見せた。


「じゃあ……お前が何とかしてくれるのか? 拳骨隆々……」

「………ッ!」


 一瞬頭に血が上る。それができれば、当の昔にやっている。

 それができないからこそ、恥を忍んで助けを乞うのだ。

 血の上った頭は一気に冷え、後に湧き上がってくるのは強い無力感だった。

 何かを弾くことしかできぬ、この拳。どんな力があったとしても、今この場においてバルカスを抑えられるだけの力は――。


「■■■■■■■■―――!?」

「っ!?」


 ない。そう、否定の浮かんだ己の脳裏を否定するかのように、バルカスが悲鳴を上げながら膝をついた。

 ゲンジが慌てて振り返ると、バルカスは前のめりの体勢でうずくまっており、強かに打ち据えられたらしい鼻面に手をやっていた。

 そして、今しがたバルカスの鼻面を容赦なく踏み抜いたらしいトビィが、すさまじい高度から一気に地面に降り立ち、ゴロゴロと着地の衝撃を逃し始めた。


「っはぁぁぁぁ!?」

「トビィ! お前……!?」


 転がる勢いのまま四つん這いになり、大きく息を吐くトビィ。

 彼は息を荒げながらバルカスを見上げ、割と絶望的な表情でつぶやいた。


「あ……あの距離で走っても、膝を突くだけなの……!? それじゃ、いったいどれだけ走れば……!」

「いや、待て……膝を突くだけ!? そんな、お前……!」


 トビィの言葉に驚愕し、ゲンジは思わず叫ぶ。


「……膝を突いたんだぞ!? 砲撃の嵐にも耐え、戦略魔法すら通じなかった化け物が! いったいどういう一撃だ!?」

「ひぃ!? い、いやその……!?」


 ゲンジの突然の怒鳴り声に声を詰まらせたトビィは、しどろもどろになりながらもなんとか答える。


「……あ、あの! 地下牢での、戦いで……僕、イデアが目覚めたとか……で……?」

「それは知っている! ――いや、そうだ。お前のイデア。それはどんなものだ!?」


 今の今まで失念していたが、トビィもイデアに目覚めていたのだ。

 そうでなければ地下牢での劇的な勝利に説明はつかないし、これまでの戦いでバルカスと渡り合うことも不可能だ。

 ゲンジもそれは承知していたが、肝心のイデアの性質を確認し忘れていた。幾度かの攻防の中で、身体強化系のイデアなのではないかとあたりはつけていたが……。

 ゲンジに問われ、トビィは怯えながらも地下牢の中でラウムが語った推測をそのまま答えた。


「そ、その、イデア……走れば走るほど強くなる、らしかったんで……その、王都外周を一周して……思いっきり、踏んでみました……」

「……王都一周……?」


 あまりにも具体的すぎる数字と、トビィのイデアの効果。

 ゲンジは、膝を突いたままのバルカスと、トビィの顔を見比べ、そして問いかける。


「……王都一周で、バルカスの顔面をへこませられるのか?」

「ま、まっすぐに走れたら……はい」

「……なら」


 ゲンジは大きく息を吸い、トビィにはっきりと命ずる。


「……王都五週! それでもって、奴に一撃ぶちかまして見せろ!」

「五、五週ですか!?」

「そうだ! できんとは言わせん! その一撃が、この国の命運を分けるのだ!!」


 トビィは戸惑いながらも、状況はしっかりと理解している。ゲンジの命に力強く頷いだ。


「――は、はい! トビィ・ラビットテール! お役目を果たしにまいります!!」

「そうだ、いけ! トビィ! 立派に役目を果たすのだ!!」

「はい!!」


 トビィはそう叫び、クラウチングスタートの体勢を取ると――。


「―――――!!!」


 あらゆるすべてを置き去りにする速度で、王都の外周を駆け抜け始めた。

 あっという間に姿の消えたトビィを見送り、ゲンジはバルカスへと振り返る。


「……さて」

「■■■■■■■■―――!!」


 顔のへこんだ痛みから脱したバルカスは、咆哮を上げトビィを探し始める。

 トビィの能力の把握を怠っていたのは完全なミスだったが、状況の打破に十分なのは理解できた。

 ならばやることもはっきりしている。

 ゲンジはトビィが走り終えるまでの時間を稼ぐべく、バルカスの元へ向かって一気に駆け出して行った。




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