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第79話:戦略魔法の一撃

 そのままぐるぐるとバルカスの周りを回り始めたトビィを見て、ゲンジは怪訝な表情を浮かべる。


「何をやっとるんだ、あいつは?」


 ゲンジの目には、バルカスのかく乱のために奴の周囲を走り回っているように見えた。

 実際、なかなかの速度が出ているため、バルカスも攻めあぐねいているのか、迷うように手を振り上げ、そして足で踏みつぶそうとしている。

 だが、いずれの攻撃もトビィの体にはかすりもせず、トビィもそれに対して反撃せずにぐるぐる回っている。

 トビィに執心しているバルカスにしてみれば、トビィが付かず離れずの距離を保っているのがもどかしくて仕方がないのだろう。グルルル……と口内で苛立たしげな唸り声をあげている。

 状況だけ見れば、バルカスの動きは完全に止まった。ゲンジは空高く跳び上がりながら、バルカスを見下ろし叫ぶ。


「さて、バルカス……! 貴様は、実体無き砲撃を喰らったことはあるか……!?」


 両の拳を硬め、大きく振り上げ……ゲンジはがむしゃらに目の前の空間を叩き始めた。


「オオオオォォォォォォォ!!!」


 当然だが、空高く跳び上がったゲンジの眼前には何もない。バルカスの体も、弾くべき実体もなく、拳はむなしく空を切るばかりだ。

 ……だが、ゲンジの拳が振るわれるたび、甲高い打撃音がこだまする。

 空間そのものに歪を生むかのようなその打撃音は、ゲンジの目の前の空間で発生し、音が生じるとともに空間の歪みが勢い良く前進するのが見える。

 その正体は、弾かれた空気だ。ゲンジの拳、それが宿すイデアによって弾かれた空気は瞬時に押し固められ、さながら砲弾のような勢いでバルカスの元へと殺到する。

 弾かれた空気を補充するためか、ゲンジの目の前には台風さながらのつむじ風が生まれていた。その勢いに負けぬよう、ゲンジはバルカス目がけて幾度も拳を振り下ろした。


「空拳弾ッ!! ウォリャァァァァァ!!!」


 叫ぶと同時に、ゲンジは目の前の生まれたつむじ風を弾き、バルカスに向かって叩き下ろす。

 バルカスはゲンジの動向には一切気を向けなかったが、その体にゲンジの空拳弾がぶつかる。

 バルカスの体に接触すると同時に、小型の爆弾か何かのように固められた空気を開放し、その巨体を強かに打ち据える。

 一発目が弾けると、次から次へと空気の砲弾がバルカスの体に叩きつけられてゆく。


「うわぁっ……!?」


 バルカスの周囲を走りながら、トビィは圧縮空気弾の絨毯爆撃に曝されているバルカスを見上げる。

 大量の空気が弾け、轟音を響かせ、そしてとどめといわんばかりにつむじ風の竜巻が、バルカスの体へと叩きつけられる。

 耳をつんざくような高音が聞こえたかと思ったら、トビィの元にまで強風が……ダウンバーストが巻き起こった。


「っ……!」


 トビィは全身を襲うダウンバーストを必死に耐え、嵐が過ぎ去るのを待った。

 バルカスの足元に広がる草原が、全て倒れてしまうほどの強風が過ぎ去った後。


「■■■■■■■■―――!!」

「っ!?」


 まったく何事もなかったかのように、バルカスはトビィ目がけて平手を打ち下ろしてきた。

 止めていた足を再び動かし、何とかそれを回避するトビィ。

 バルカスが自身の攻撃をまったく気にした様子もなく、動き始めたのを見てゲンジは空から落下しながら悔しそうにつぶやいた。


「くそっ!? やはり空拳弾ではダメか……!?」


 空拳弾は、ゲンジが能動的に使用できる、相手への直接ダメージが期待できる技の一つであった。

 ゲンジのイデアはその性質上、相手への直接的なダメージ能力を一切持たない。何しろ、拳を叩いた対象を弾くだけだ。弾かれた相手は遠くへと吹き飛ぶが、弾いた際には一切のダメージがなく、ただ飛んでいくだけ。

 そのまま対象が何かに叩きつけられればそれがダメージとなるわけなのだが、相手が何らかの方法で弾かれた勢いを相殺することができれば、ゲンジのイデアはノーダメージでやり過ごせてしまう。

 この問題を解決するには、何か弾けるものを常備するか、あるいは対象を真上に弾き飛ばすかであった。

 ゲンジのイデアの能力を考えて場合、真上に弾き飛ばすのが最も効率よく敵にダメージを与える方法なのであるが、この攻撃の難点は“死体が高高度からの落下に耐えられず爆発四散する”ということであった。しかも単に四散爆裂するだけではなく、散らばった死体の肉片は落下の衝撃と気まぐれな風によって遠くに運ばれてゆき、とある国の首都で倒した敵の遺体の一部が、その国の隣国の、さらに反対側に位置する寒村まで飛んで行ってしまったことがあった。

 落着地点に尋常ではない破壊痕が残るのも問題であった。以前この方法で人間一人を倒した際には、直径にして十メートル前後のクレーターが穿たれてしまった。一人の人間でこれならば、バルカスの落下した際のダメージはフォルティス・グランダムを滅ぼして余りあるだろう。

 故に、敵ではなく別の物を弾いてダメージを与える方法として、目の前の空気を弾く空拳弾が開発されたのだが、効果のほどは無傷のバルカスを見ればわかるだろう。

 相手の動きを制限する、無傷のままに捕らえるといった用途では効果抜群なのであるが。


「せめて、砲弾の一発でも持ってくるべきだったか……!?」


 そう、悔し気に呟くゲンジ。

 そんな彼の眼前で、バルカスの体の一部で砲撃炎が勢いよく上がった。


「む!?」

「■■■■■■■■―――!!」


 空拳弾でノーダメージでも、本物の砲撃はこたえるのか、バルカスが咆哮を上げる。

 ゲンジが素早く外壁のほうに視線を向けると、穴の開いた外壁の上で、騎士や学徒たちが急ぎ大砲を並べ、バルカスに狙いをつけているのが見えた。


「砲撃支援……! ありがたい!」

「てぇー!!!」


 鋭い気勢とともに、いくつもの砲煙が上がり、バルカス目がけて大量の砲弾が降り注ぐ。

 着弾と同時に爆炎が上がり、バルカスの体を焼け焦がしてゆく。

 狙いのそれた砲弾はそのまま草原へと落着し、勢いよく草花を焼いていった。


「うわ、うわぁ!?」


 トビィは急ぎバルカスから離れ、砲弾の雨から逃れる。

 トビィが逃げたことを察したバルカスは、その逃げる先に掌を叩きつけようとするが、それはさせぬといわんばかりに、小指の先に砲弾が叩きつけられた。


「■■■■■■■■―――!!」


 砲弾が小指に直撃したのはただの偶然出会ったが、バルカスの全身を襲う怒りにそんなことは関係ない。

 バルカスは怒りのままに外壁に向かって腕を振るった。

 次の瞬間、その爪の先から生じた衝撃波が外壁を直撃し、ようやく整列し始めていた砲列が、一瞬で瓦解してしまった。

 何人かの騎士や兵たちは血煙と化し、そうならなかったものの一部は手足が消え失せる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「て、手がぁ! 足がぁぁ!!」

「なんて奴だ!? ここまで攻撃が届くのか!?」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した外壁の上部。負傷した者たちを下げようとする者たちと、何とか反撃を試みようとする者たちが必死に体を動かす。

 そんな光景を見たわけではないだろうが、バルカスは怒りの咆哮を上げ、もう一度外壁に向かって腕を振るう。


「オオオオォォォォォォォ!!!」


 だが、二撃目を許すわけにはいかないと、ゲンジは真上から強襲し、バルカスの狙いを強引に捻じ曲げる。

 振るった鉤爪は外壁ではない別の場所を抉り、深い斬撃跡を残す。


「■■■■■■■■―――!!」


 ゲンジの横やりに、バルカスは再び咆哮を上げ、怒りのままにバルカスに向かって腕を振るう。

 ゲンジはその一撃を危なげなく弾き、そのまま滞空を続けた。

 そして、バルカスの体を見下ろし、また舌打ちをする。


「チッ! やはり決定打が打てなければジリ貧か……!?」


 外壁からの砲撃支援も、バルカスの毛を多少焦がす程度のダメージしか与えられていない。

 少なくとも痛みを与える程度のダメージは発生していたようだが、人間でいえば掌で体をひっぱたく程度のダメージだったようだ。これでは決定打に程遠い。

 もっと強烈な一撃が必要だ。それこそ、山を穿つような――。


「それは炎獄に至りし者――灼火。炎覇。爆空。それは天火に轟く者――!」

「む!?」


 どこからともなく聞こえてくる、呪文の詠唱。声はノクターンのものか。

 聞き慣れぬ詠唱であったが、それはそうだろう。


「それは焦土へいずるもの――業火。絶炎。昇熱。それは日輪へ還るもの――!」


 この呪文は、本来は人ではなく場所――軍ではなく、国に対して放たれる、戦略魔法の詠唱なのだ。


始源魔導―紅―スカーレット・ヴァーミリオンッッ!!!」


 王都から草原へと出、ノクターンは己の知る最大威力の一端を解き放つ。

 その場にいた者たちは、一瞬己の視界が真紅の色に染まったのを感じ、次の瞬間に全身を襲う熱波に畏怖を覚えた。

 色と熱。それらの元は、バルカスのいた場所だ。バルカスがいた場所は、天へと延びる紅い――紅蓮の火柱によって包まれていた。

 草原は瞬く間に焦土と化し、紅蓮の火柱は煌々と夜の闇を照らす。

 ゲンジは慌てて魔法の範囲から離れ、ノクターンの傍に着地する。


「ノクターン! いきなり戦略魔法を打つ奴があるか!?」

「そういうなゲンジ。このくらいでなければ、奴を倒しきることは叶わんだろう?」


 いきり立つゲンジに、ノクターンは得意げな様子で腕を組んで見せる。


「王都内では使えなかった戦略魔法……。これほどの魔法であれば、バルカスとてお陀仏だろう。これで、一件落着だな」

「……まあ、そうだが……」


 ゲンジはノクターンの乱暴なやり方にため息をつきながら、首を振って火柱のほうを見る。

 ノクターンによって多少のアレンジが加えられた戦略魔法は、バルカスのいた場所だけを、地獄から呼び出したとも呼ばれる獄炎で焼き尽くしている。

 この地上の全てに生きる者を灰に還るだけの威力がある魔法だ。これならば――。


「………!?」


 そう信じたゲンジであるが、直後に信じられないものを見た。


「……火柱の、中に!?」

「なに!?」


 動いている者がいる。

 煌々と辺りを照らしていた火柱の中に、一瞬黒い影が差した。

 その影が動いたと見えた瞬間、ノクターンの放った戦略魔法を縦に割き、その中からバルカスの姿が現れたのだ。


「馬鹿な……!? 戦略魔法だぞ!? 範囲を限定したとはいえ……!」

「一国を滅ぼす力……それを受けてなお、生きているのか!?」

「■■■■■■■■―――!!」


 恐れおののくノクターンとゲンジ。

 彼らの見ている前で、バルカスは天を仰ぎ、また咆哮を上げた。




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