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第74話:疾走疾駆

 町の浄化を終えた途端、フランはその場に倒れこんだ。

 霊脈との同化を利用した、他霊脈の浄化。その代償による魔力の枯渇が原因だ。魔力とはすなわち精神力と同義。これを失えば、意識を失うのは当然の話である。

 最も、大地の血流ともいえる霊脈と同調し、他の霊脈ごとフォルティス・グランダム全域を浄化したのだ。代償が魔力の枯渇程度で済んでよかったというべきだ。場合によっては、命でもって代償を支払う必要とてあっただろう。

 ともあれ、己のなすべきことを終えたフランは、そのまま静かな眠りについた。あとは安全な場所で安静にしていれば、自然と復活できるだろう。

 が、あいにくトビィにそのような医学的、魔法的知識はなかった。

 突然倒れたフランの容体に不安を覚え、慌てて彼女を背負いフォルティス・グランダム中を駆けずり回った。

 この手の魔法的問題に関して最も詳しいのは、フォルティスカレッジの教師の一人であるノクターンだ。彼女に診せれば、きっとフランの体調も良くなると信じて行動した。

 そして、ノクターンを見つけた先で、異形の化け物と相対するアルス王たちを見た。そして、化け物に囚われたままのニーナ王女の姿も。

 瞬間、トビィの脳裏に浮かんだのは玉座での出来事。アルス王の姿しか見ていなかったゆえに、見捨ててしまったニーナ王女が、そこにいた。

 頭の中が真っ白になったのは一瞬。トビィはノクターンの足元にフランの体を横たえると、そのまま一気にニーナ王女を捕まえている化け物のもとに向かった。

 今度は見捨てない。今度こそ、助ける。

 そのことだけを考え、トビィは無言のまま異形の化け物――バルカスへと蹴りかかった。


「―――っ!」

「!? ぬぉあぁぁ!!??」


 トビィに肩口を蹴られたバルカスは、思わぬ襲撃にたまらず後ろへと大きく飛びのいた。

 それはトビィに喰らった蹴りの衝撃を殺すためだったが、イデアによって強化された蹴りは並大抵では殺しきれず、あえなく肩の骨が粉砕されてしまう。

 バルカスを蹴り抜いたトビィはそのままバク中で地面に降り立ち、静かにバルカスの姿を見据える。


「………」

「づぁ……!? だ、誰だ……!?」

「なんだ……!?」


 バルカスがなぜ後退したのか理解できず、アルス王と兵たちは思わず周辺を見回す。

 バルカスは砕けた肩を抑えながら、何とか己を蹴り抜いたトビィの姿を探し当てる。

 そして、己の体を破壊したのが、中庭で取り逃がした子供だと知り、バルカスは怒りの声を上げた。


「き、貴様……!? 一度ならず二度までもぉ!!」


 吠えながらバルカスは肩を抑えていた手を放し、その中に魔力を収束。

 眩い光点と化したそこから、一筋の光をトビィに向かって放った。


「死ねぇ!!」

「――ッ!」


 光の速度で突き進む魔力の光は、一瞬でトビィの元に届き、その体を貫く。

 ……はずであった。だが、トビィはすでにそこにはいない。

 瞬き一つの間に、トビィは消え、バルカスの放った魔力は彼の背後にあった岩に穴を開けるに留まった。


「なっ!?」

「――っ!!」


 バルカスが驚いた瞬間、トビィは彼の側面に現れ、その側頭部を思いっきり蹴りつけた。

 響いた打撃音は、下手なグレートハンマーよりもはるかに重い。想像を絶する衝撃に、バルカスは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。


「ぐぉぉぉぉぉぉ!?」

「あ、しまっ……!?」


 同時に、トビィは己の失策に気付く。バルカスが吹き飛ぶということは、当然それに囚われているニーナ王女の体も吹き飛ぶということ。


「きゃぁぁぁ!?」


 ニーナ王女は悲鳴を上げながら、バタバタと吹き飛ばされるままに体を揺らしている。

 トビィは慌ててニーナ王女のカバーのために駆けようとするが、彼がニーナ王女を助ける前に、バルカスは中空で姿勢を整えた。


「づ……ぐぁ……!? お、おのれ……!!」


 トビィの蹴りによって異様な方向にねじ曲がった己の首を、力を入れて元に戻し、ギラリとトビィの姿を睨みつけた。


「あの……クソガキ……! 好き放題してくれおって……!」

「あ、ああ……!?」


 いまいち状況が理解できずに、ふらふらと頭を揺らすニーナ王女の体を吊って、己の前面に出しながらバルカスはトビィに向かって叫んだ。


「小僧ぉ!! 我が手の内にいる、王女の姿が見えんのか!? こ奴が死んでも構わんというのか!?」

「っ!」


 バルカスの声に、トビィは足を止める。

 バルカスはそれを見下ろし、満足げに頷いた。


「フン。耳は聞こえるか。猪突猛進だけが芸かと思ったがな」


 そのままゆっくりと地面に降り立ち、トビィと一定距離を取り、優越感に浸りながらわざとらしく王女の体を揺らす。

 ぐらりと揺れるか弱い王女の姿を見て、トビィは動揺した。

 それを確認したバルカスは、ニヤリと笑いながらトビィに声をかける。


「さて。まずは貴様の立場をしっかりと理解しろ。私の触手が少し締まるだけで、ニーナ王女は死ぬ」

「くぁ……!?」

「――ぁ……!」


 バルカスは実際にニーナ王女の首を少し絞めて見せる。

 ニーナ王女は苦悶の表情を浮かべ、圧迫された気道から何とか絞り出すように声を出す。

 それを聞き、ますます動揺するトビィ。悲鳴を上げぬよう、唇をかみしめたが、どうしても押し殺せずに声を漏らしてしまうほどに。

 少女の声のかぼそさに満足げに頷きながら、バルカスはトビィの姿をねめつける。


「……理解したか? しただろうな。ならば動くな。指先一つ動かすな。貴様が動かしてよいのは心臓だけだ。私が嬲り殺しを終えるまで、一切の動きを禁ずる」


 バルカスはそう宣言すると、ゆっくりと、トビィの恐怖を煽るようにことさらゆっくりと、トビィの元へと近づく。

 トビィは己の近づいてくるバルカスを見て、一瞬迷いを見せる。

 下手に動けば、バルカスはニーナ王女を殺すだろう。トビィに見せつけるように、ことさら残酷に。

 だが、動かねばトビィが殺される。恐らく、最終的にはニーナ王女も殺されてしまうはずだ。

 それがわかっているなら、取りうる選択肢は一つだけだ。そのはずだ。

 だが、トビィの体は動かない。いや、動かせない。己の失策でニーナ王女を失ってしまうかもしれない……その恐怖が、トビィの体を縫いとめてしまう。


「クク……」


 ゆっくりとトビィに近づいたバルカスは、鉤爪をそっと振り上げる。

 まず、どこを傷つけてやるべきか。その品定めをするように、トビィの体を舐めるように見回す。

 その間も、一歩も動けないトビィ。眼前に死の恐怖が迫っても、踏ん切りがつかない。

 少しでも動けば、ニーナ王女が死ぬ。


「さしあたって……そうさなぁ……」


 バルカスはわざとらしくつぶやきながら、ギラリと瞳を輝かせた。


「――まずは腕! その腕をもいでやろう!!」


 叫びと同時に、鉤爪を振り上げるバルカス。

 それをトビィの肩……砕けた己の肩と同じ場所に狙いを定め、振り下ろした。

 なおも動けないトビィ。彼の逡巡が終わらぬまま、バルカスの鉤爪はトビィの体を引き裂く――。


「――戦え、トビィ・ラビットテールッ!!」

「「っ!?」」


 寸前。バルカスの動きを止めるほどの怒号が、辺りに響き渡った。

 二人がそちらのほうへと振り返ると、アルス王が険しい表情でトビィを睨みつけているのが見えた。

 アルス王は険しい表情のまま、トビィに向かって怒鳴り声を上げる。


「戦うのだ、トビィ!! そこで地に伏すことを私は許さぬ! たとえその結果、ニーナが助かろうとも、私は貴様を軽蔑する!」

「っ!?」


 敬愛する王の言葉に、震えるトビィ。せっかく認めてもらえた相手に、見捨てられてしまう。

 その恐怖で膝が震え、足が揺れてしまう。

 そのままくじけそうになってしまうトビィに、アルス王はさらに言葉を重ねた。


「何よりも許せないのは、目の前の悪に屈するお前の姿を見たことだ!! そのようなお前の姿を、私は見たくない! あの地下道で、お前がみせた輝かしい姿……! あれは決して偽りではなかっただろう! あれこそお前の真の姿だろう!!」


 あらん限りの声を張り上げ、アルス王はなおも叫ぶ。


「戦うのだ、トビィ・ラビットテール!! お前は立って戦うことができるもの……勇者だ!! 何よりも眩いものを持つお前が、悪に屈する姿など、見たくない! 戦ってくれ、トビィ・ラビットテールッ!!」

「―――」


 周りの兵たちが驚きの表情を浮かべる。後方で座していたゲンジとノクターンもまた、驚いている。

 アルス王が。フォルティス・グランダムを率いる王が。目の前の小さな少年を勇者と呼んだことに。

 そして何より、トビィが一番驚いた。人がいるこの場で、王は手放しで自分を認めてくれた。

 勇者などと戯言を言ってくれるのはあの地下道でだけだろう。そう、思っていたからこそ驚いた。


「老王……! 煩わしい男だっ!」


 アルス王の演説を聞いていたバルカスは、いらだたしげな表情を浮かべ、アルス王に向かって魔力を解き放つ。


「そこで寝ていろ! 貴様の相手はこの小僧をバラバラにした後だ!!」

「ぬぁ!?」

「王ッ!?」


 一瞬で肩を撃ち抜かれたアルス王は、そのままもんどりを打って倒れこむ。

 トビィは、その瞬間を目に焼き付けてしまう。


「………」

「チィ! 手間のかかる……!」


 バルカスは忌々しげに唾棄し、トビィを見下ろした。

 トビィは動かない。周りの兵たちに助け起こされるアルス王の姿を一心不乱に見つめる。


「貴様ごときが勇者などと、呆れてものが言えん! 戦うことのできん老害の戯言ほど、聞き苦しいものもない……!」


 今一度鉤爪を振り上げ、今度こそバルカスはトビィに狙いをつける。

 それでもトビィは動かない。

 ……いや、拳を握り締めている。固めた拳は、微かに震えているように見える。


「……さあ、覚悟はいいな!?」


 そして、バルカスの鉤爪を振り下ろした瞬間。

 空気の爆ぜる音ともに、トビィの姿が掻き消えた。


「っ!?」


 再び己の視界からトビィの姿が消え、動揺するバルカス。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、トビィに見せつけるようにニーナ王女の体を吊り上げた。


「そうか! 貴様はこの女が不要か!」

「……ぁ……!?」


 ぎりぃ、と音が聞こえるほどの力で締められるニーナ王女の首。

 ぎちぎちと力の籠められる触手は痛々しいほどに膨れ上がり、ニーナ王女の首を圧迫し続ける。






 そんな触手を、トビィは一撃で蹴り砕く。






「…………あ?」


 一瞬呆けるバルカス。

 蹴り砕かれた触手とともに、ニーナ王女の体が落下する。

 だが、それも次の瞬間には掻き消えてしまう。


「な――?」


 自身の理解を超える出来事を前に、バルカスは間抜けな声を上げることしかできない。

 慌てて周囲を見回すが、己の傍ではトビィの姿を見つけられる。


「――ニーナ王女! ご無事ですか!?」

「は、はい……!」


 その姿を見つけたのは、アルス王のすぐそばだった。

 ニーナ王女の体を抱きかかえたトビィは、アルス王のそばに跪き、ゆっくりと彼女の体を地面に下した。


「申し訳ありません……! もっと、自分が早く……!」

「い、いえ! そんなことはありません!」


 地面に頭をこすりつけるトビィに向かって、慌てて手を振りながらニーナ王女は声を上げる。


「あなたがいてくれたからこそ、私はこうして……ケホ、……無事だったのです! だから、顔を上げてください……!」

「しかし……!」


 トビィはそれでも顔を上げず、地面に額をこすりつけ続ける。

 ……そんな彼の姿を見て、いよいよ手札を失ったバルカスは、怒りのままに魔力を開放した。




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