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第72話:望まぬ盾

「うぐっ……!?」


 強風にあおられ、ニーナが悲鳴を上げる。

 だが、それには一切構わずバルカスは拳をアルス王に向かって振り下ろした。


「シャァァァァァ!」

「チィ!?」


 舌打ち一つし、アルス王がその場から飛ぶと、地面に敷き詰められた石がクッキーか何かのように砕け散った。

 パワーだけを見れば、変異したバグズ並みだろうか。

 拳を地面に叩きつけ、一瞬動きが止まったバルカスに向かってアルス王は剣を振るった。


「フッ!」


 鋭い呼気とともに放たれた一閃は、狙い違わずバルカスの首に叩きつけられる――。

 が、剣を握った手に返ってきた感触は、固い鋼を叩いた時のそれだった。


「っ!?」

「フン! その程度ではなぁ!!」


 バルカスは背中からはやした触手にニーナの首を預けると、開いた手を振るってアルス王の胴体を殴りぬける。

 重たい打撃音とともに吹き飛ばされたアルス王は何とか踏ん張ろうとするが、体の中に残った痛みのせいで踏ん張りがきかず、そのまま何度か転がって家屋の壁に激突する。


「がぁ!?」

「アルス王!」


 口から血を吐き出すアルス王を見て、慌ててノクターンが治療のために駆け寄る。

 それはさせぬとバルカスは跳躍のために構えるが、その横面に向かってゲンジが拳を叩きこんだ。


「オオオォォォォ!!」

「ぬぁ!?」


 迫るゲンジの拳を寸前でかわし、バルカスは翼の制御で距離を取る。


「貴様の拳は厄介だ……!」

「そう認識頂いて光栄だな!」


 ゲンジは嘯きながら、素早いステップでバルカスへと距離を詰める。

 軽く翼をはばたかせながら、バルカスは指を鋭い鉤爪へと変化させた。


「オオオォォォォ!!」

「シィィィィィィ!!」


 裂帛の気勢とともに繰り返される拳と鉤爪の応酬。

 拳の直撃を避けるように、腕部を使ってその一撃を捌くバルカス。

 応酬の間隙に繰り出される鉤爪の斬撃を、スウェーで回避するゲンジ。

 接近戦での競り合いは、数瞬の間続いた。

 完全なる膠着状態。お互い、攻め手に決定打を欠き、完全に攻めあぐねいていた。


「――ゼェア!」


 そんな状況の打開を図ったのは、バルカスであった。

 さらに背中に生やした一本の腕が、ゲンジの死角で地面を叩いた。

 轟音とともに縦揺れを起こす地面。ゲンジはそれに足を取られ、一瞬動きを止める。


「うぉ!?」

「ジャァァァァ!!」


 軽く前のめりになったゲンジの体に、バルカスの鉤爪が迫る。

 崩れた体勢のまま、ゲンジは素早く拳を振るって鉤爪を弾こうとするが、勢いが足りない。

 軽く触れた程度ではゲンジのイデアは発動せず。バルカスの鉤爪が、ゲンジの胸部に深く突き刺さった。

 右肺に大きな穴が開くのを感じ、ゲンジが苦悶の表情を浮かべる。


「ヅッ!?」

「このまま肺を頂こう!」


 バルカスはにやりと笑うと、そのまま鉤爪に引っかかった肺を引きずり出そうとする。

 だが、そうはさせまいとノクターンが叫ぶ。


「ブラスト・ポイントッ!」


 ゲンジとバルカスの間で起こる小爆発。

 それはバルカスの体を焦がすには威力が足りなかったが、二人の距離を引き離し、バルカスの鉤爪からゲンジを開放するには充分であった。


「ぬ!?」

「っがぁ……!」

「ゲンジ、今、治療する……!」

「ぶ、ぐ……がふっ……」


 慌ててゲンジの傍に駆け寄り、彼の傷口に手を当てるノクターン。

 そのまま口の中で回復魔法の呪文を唱えるノクターンに返事をすることもままならない様子のゲンジを横目に、アルス王が再び前に出た。


「もう一度、私が相手だ!」

「クハハ! 何度でも相手をしてもらおうじゃないか!!」


 バルカスはそう返しながら、鉤爪からゲンジの血を払う。

 そして深く腰を落とし、アルス王へと襲い掛かろうとしたバルカスの横面に、今度は一本の矢が叩き込まれた。


「ぐっ!? 誰だぁ!?」


 矢はバルカスの顔には突き立たず、あっさりと弾き返されてしまう。

 だが、突然の出来事に怒りを覚えたバルカスは、声高に叫ぶ。

 そんなバルカスに返事を返したのは、王都内の奪還に動いていた騎士や勇者見習いたちであった。


「この国を守るのは、アルス王だけではないぞ!」

「俺たちが相手をしてやる!」

「お前たち……!」


 先の浄化魔法で、王都内に巣食っていた魔物たちはほぼ一掃されていた。

 故に一切の障害なくバルカスの元へとたどり着いた騎士たちは、アルス王に力強く頷いて見せた。


「お任せください、王!」

「我らとてフォルティス・グランダムを預かる兵卒の一員! 一矢報いれず終われません!」

「我々、フォルティスカレッジの者たちもです! 勇者を目指す身として、この程度は!」

「――油断するな! その魔物は、それでも全力ではないぞ!」


 アルス王の逡巡は一瞬。迷いを捨て、駆け付けた者たちに指示を送る。


「姿形に惑わされるな! まだすべてを見切れておらぬ! とにかく、仕掛けるのだ!」

「「「「「応ッ!!」」」」」


 アルス王の言葉に号令を一つ返し、フォルティス・グランダムの兵たちは散開する。

 何名かは家屋の屋根からバルカスを狙い、数人で素早くバルカスを包囲した。

 バルカスは周囲を睥睨し、新たに表れた兵たちを見て、一つ嘆息した。


「雑兵ごときが、今の私の相手が務まるとでも?」

「ほざけ化け物! セイント・ソード!」


 兵の一人が吠え、魔力で固められた剣を呼び出すのを皮切りに、一斉にバルカスに向かって攻撃を仕掛け始めた。


「ボーア・ラッシュ!!」

「サンダーボルト!!」


 鋭い剣技の一撃に、魔法。さらには矢やボルトまでもが一斉にバルカスに向かって放たれる。

 それらを前にしてもバルカスはひるまず、手や翼、触手も使ってすべての攻撃を弾き返す。

 初弾も含め、全てがバルカスの体に接触するが、どれもがバルカスの体を傷つけることはできないでいた。


「ぬるいな……。これで国が救えるとでも?」

「――当然、無理だろうなぁ!」

「ッ!」


 不意に、耳元で聞こえた声に、バルカスが素早く振り返ると、巨大な刃を携えた剛斧を振り上げた男が一人、そこに立っていた。

 先の攻撃、その合間を縫うように、低い体勢で接近してきたのか。


「ヌゥン!!」

「チィ!?」


 振り下ろされる刃に対し、バルカスは慌てて腕を盾に防ごうとする。

 相当な重量を誇る剛斧の刃はバルカスに腕に叩きつけられ――斬ることは叶わずとも、その腕に容赦のないへこみを生み出した。


「づぁ!?」

「ヌァァァァァァ!!」


 そのまま全力で地面に向かって振り下ろされる剛斧。

 その一撃によってバルカスの体は弾き飛ばされ、数歩たたらを踏んだ。


「チィ……!? この、クソガキ……!」

「もう一撃ぃ!!」


 ひるんだバルカスに向かって、追撃の剛斧を叩きつけようと男はもう一度剛斧を振り上げ一歩踏み出す。

 だが、その眼前に触手によって首を絞められているニーナの体が掲げられた。


「ッ!?」

「くぅ……!」


 まるで盾のように掲げられたニーナを見て、一瞬躊躇する剛斧の男。

 その一瞬の隙を突き、バルカスの口のあたりから現れた触手が、彼の胸板を貫いた。


「ごぶっ……!?」

「フン! 所詮は雑兵かっ!」


 口から触手を生やしたまま、吐き捨てるように叫ぶと、バルカスは触手を振るって男の体を触手から引き抜く。

 ニーナ王女を盾にされたこと、仲間が一瞬で殺されてしまったこと。

 そのことで、兵たちの間に動揺が走るが、バルカスはお構いなしに鉤爪を構える。


「どうした、こないのか? ならば、こちらから行くぞ!」

「く……!?」


 魔力の剣を生み出した剣士が、己を奮い立たせて再び魔力の剣を片手にバルカスへと襲い掛かる。


「ヤァァァァァ!」

「フン!」


 だがバルカスは彼の気合を小馬鹿にするように鼻で笑うと、再びニーナ王女を盾にする。


「うぁ……!?」

「王女っ!?」


 己の体を襲う急制動に、うめき声を上げるニーナ。

 剣士はその姿に迷い――バルカスの鉤爪でその首を引き裂かれた。


「ライトッ!!」

「何をしている! 迷うな! ニーナごとで構わん!! その魔物を滅ぼすのだ!!」


 再び崩れ落ちるフォルティス・グランダムの兵。さらなる動揺が兵たちの間に広がる中、アルス王は怒号を上げ、剣を振るい上げる。


「ヅァァァァ!!」

「ぬんっ!」


 アルス王の気合とともに放たれた魔光刃を手で砕きながら、バルカスは笑い声を上げる。


「ハハハ! この王女、単なるバックアップだったが、案山子でも盾替わりにはなるか! まあ、実父には見捨てられているようだがねぇ、フフフ……!」

「くぅ……!」


 軽く首を絞められ、ニーナ王女が苦しげな声を上げる。

 そんな状態ではあったが、ニーナは何とか声を絞り出し、周りの兵たちに告げる。


「わ……私はどうなっても……構いません……! だから……だから……この悪しき魔物に……鉄槌を……! どうか……! この者に……せいぎ、の……さばきを……!」

「に、ニーナ王女……!」


 まだ幼いとすらいえる、少女の懸命な言葉。今にも息絶えそうな彼女の言葉を聞き、兵たちはどよめき声を上げる。

 だが、それでも。

 懸命な少女の覚悟を聞いても、兵たちの動揺は晴れない。

 どうしても、二の足を踏んでしまう。己の手で、敬愛する国王の愛娘を手にかけることに。


「クフ、クハハハハハハ!! 優しいじゃないか、アルス王!? 君の国の者たちは、皆優しいなぁ!!」

「おのれ……!」


 バルカスの言葉にアルス王は歯ぎしりを繰り返す。

 先ほどはああ叫びはしたものの、アルス王とて手を出しあぐねているのは事実。

 ……実の娘を積極的に殺したがる親など、いないのだ。


「フハハ、フアハハハハハハハハ!!」


 周囲を敵に囲まれながらも、バルカスは余裕の哄笑を上げる。

 それを聞いても、アルス王は悔し気に歯ぎしりすることしかできなかった。




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