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第69話:霊脈との同調

 立ち昇った青い輝きの光源は、残った最後の霊脈。

 天を衝くような青い輝きは、周囲を照らす血のような紅色にも負けず、むしろその輝きを押しのけるように強く存在感を示し続ける。

 突然の出来事にアルス王は驚きの声を上げた。


「な――!?」

「なんだあれは!?」


 絶対優位であったはずの、バルカスも同時に。

 天を衝く青い輝きを見て、眼を見開いたバルカスは狼狽していた。


「何事だ!? 一体、何が!?」

「……貴様ではないのか」


 残り一つの霊脈が、周囲の呪われた霊脈に影響されて変化したのかとも思ったが、霊脈というものはそれ自体が自発的に性質を変化させることはない。

 言ってみれば川の流れのようなものだ。雨が降る、山が崩れる、といった周囲の変化があれば川の流れも変化するが、川そのものが流れを変えるようなことは絶対にありえない。

 周囲の霊脈からの圧力により、自己防衛的に霊脈が性質を変化させるなど、聞いたこともない。むしろ、周囲に同調して残った霊脈も自然と呪われるほうが、説得力があるだろう。

 だが、あの輝きから感じるのは神聖魔法にも似た、清浄な雰囲気だ。決して、亡者の国たる冥界の放つ気配ではない。それは、バルカスの反応からも明らかだろう。


「……一体誰が……」


 アルス王は呆然とするバルカスを横目に、小さくつぶやいた。

 誰とも知れず、しかし自分とは違う場所で戦うものに感謝しながら。






「これは……! すごい……!」


 眩い輝きに目を覆いながらも、トビィは立ち昇る清浄な輝きを見上げて感嘆の声を上げる。

 その輝きの元には、祈るように手を組み、小さく呪文の詠唱を続けるフランの姿があった。


「――。―――」


 声は小さく、トビィの元まで届くことはないが、それでも旋律のような何かが聞こえてくる……ような気がする。

 讃美歌、だろうか。あいにくトビィは生まれてこの方、讃美歌を聞いたことがなかったが、当てはまるものがあるのだとすればそれだろうと感じていた。

 生きとし生ける者。今もなお戦い続ける者。最後まで諦めない者。

 そうした者たちすべてに捧げる、フランの精いっぱいの祈りの歌だ。

 トビィは口の中にたまった唾を飲み込みながら、緊張をほぐすように襟巻の具合を整える。

 ――この霊脈へとやってきたのは、フランの提案であった。

 神官としての訓練を受けていた彼女は、霊脈が侵されてゆく順番から、この霊脈が最後の侵略地になると考え、先回りしてしまおうと告げたのだ。

 デオン教の神聖魔法の一つに、霊脈を正すものがある。それを使えば、ほかの霊脈も取り戻せるかもしれない――フランが語ったのは、そのような内容の提案だった。

 ただ、それとて確実な手段とは言えない、とフランは自信なさげに語った。


「私が知っているのは、その詠唱の前半部分になるの。後半部分を知るには、私は未熟だと父には教えてもらえなくて……」


 霊脈に干渉する神聖魔法は、デオン教のパラディンの中でも、さらに一握りの者のみが継承を許されるという、秘匿されるべき魔法だという。フランが知っているのは、霊脈の力に同調するための儀式魔法で、本来は多人数で詠唱して霊脈の乱れを正すのに使用するものだそうだ。

 そんな魔法を一人で使って大丈夫なのかとトビィは不安であったが、フランは一つ頷いた。


「あくまで同調するだけで、それ以上のことはできないの。だから、それを逆手に取るつもり」


 フランのプランは、霊脈と同調する儀式魔法を使用し、フランが霊脈と同調。十分一帯になったところで、霊脈の力をそのまま利用して、純なる者に鎮魂を(イノセント・デザイア)を王都に使用するというもの。

 霊脈を侵す魔法が、冥界につながるための死霊魔術なのであれば、その反魔法である神聖魔法の純なる者に鎮魂を(イノセント・デザイア)で浄化が可能なはずであり、その効果拡大のために霊脈を利用するつもりだという。

 ……魔法には疎いトビィにも、このプランがどれだけ博打なのかは十分理解できた。

 霊脈を侵した死霊魔術を純なる者に鎮魂を(イノセント・デザイア)で浄化できるかが疑問であるが、それ以前に霊脈と同調したうえで魔法の効果を拡大するなどということが可能なのだろうか?

 霊脈というのは、言ってみれば巨大な魔力の流れである。大きな儀式魔法を使用する場合は、霊脈の有無が成否を分けるとも言われているので、霊脈を利用するのは正しいことのように思える。

 だが、それは入念な前準備を行ったうえで、多人数で行う儀式魔法の場合だ。荒れた河川の流れを人一人がどうこうできるものではないように、霊脈を一人で何とかしようというのがそもそも間違っているのではないか。

 ……何より、フランの不安そうな表情がこのプランの確実性を如実に物語っていた。


「フランさん……」


 唇は歪み、目は伏せがちで、肩は微かに震えている。

 どれだけ自分が途方もないことをしようとしているのか、それをきちんと理解したうえで、その恐怖に立ち向かおうとしているのだろう。

 トビィは彼女になんと声をかけるべきか迷い。


「―――」


 そして己を振り返る。

 自らを奮い立たせた者はなんだ? いったい何が自分を立ち上がらせ、そして立ち向かわせた?

 トビィはそれを思い返し、ゆっくりとフランの肩に手を置く。


「……フランさん、やろう」

「っ! トビィ君……」

「それで、行こう。今できる最善を、尽くそう」


 まっすぐにフランの瞳を見つめて、トビィは力強く頷く。

 彼女の言葉を肯定するように。その背中を強く押すように。


「フランさんの力で、フォルティス・グランダムを守ろう。僕も、協力するから……その、頼りないかもだけど」


 トビィを奮い立たせたのは、他者からの存在の肯定であった。

 今まで誰も認めてくれなかった自分とまっすぐに向き合い、認めてくれる者がいた。故に、立ち上がれた。まっすぐに進めた。今もまだ、生きている。

 だったらフランに必要なものもそれだ。自身の案をまっすぐに肯定してくれる誰かだ。

 今のフランは、揺れている。自身の考えた案が確実にうまくいくかどうかわからず、実行に踏み来れないでいる。

 ……うまくいく保障など、トビィにも出せない。例え霊脈の同調に成功しても、純なる者に鎮魂を(イノセント・デザイア)が狙い通りの発動するかわからない。

 だが、このままではフォルティス・グランダムが滅亡してしまうのも事実。座して滅びを待つのであれば、いっそ前のめりに倒れこんでしまうべきだろう。

 この短い間にそれだけは学んだトビィは、フランを安心させるように微笑む。


「やってみよう、フランさん。一人じゃ無理でも、二人でならやれるかもしれないから」

「―――」


 フランは少しだけ息を呑み、そのまま俯いてしまう。

 トビィはそんな彼女の様子に慌ててしまうが、すぐにフランは顔を上げてくれた。


「――はい! やってやりましょう、トビィ君!」


 その瞳に、強い輝きを灯して。すでに、失敗におびえる少女の姿は、そこにはなかった。

 それからは、あっという間だった。トビィは彼女を背負い、残った霊脈までフランの先導で駆け抜けた。

 途上、多数のスケルトンと、大量の肉食虫がいたが、今のトビィには物の数とも言えなかった。瞬きの間に振り切り、二人は魔剣の突き立てられた霊脈へと到着した。

 そして、フランは霊脈へと同調し、その流れを正すための魔法を唱え始め、清浄な青い輝きが立ち昇って現在に至るというわけである。


「……さて、ここからだ」


 襟巻を正し、眼差しを鋭くしたトビィは周囲を睥睨する。

 ここまでの道中で、フランから霊脈との同調に時間がかかる説明を受けた。

 そしてその間、フランは動けず無防備となり……。


―ヴ、ヴヴヴヴヴ………―


 魔剣が本来発揮していた魔力と、魔剣を守る守りの力が取り払われるだろうということも。

 青い輝きは変わらず立ち昇っているが、これ自体に魔を払うような効果はなく、スケルトンと肉食虫たちは眼前の餌に群がるように近づいてきていた。

 周囲を完全に塞ぐ敵の群れを前に、トビィは軽く腰を落とす。


「……フランさんを守り切る。それが――」


 先走った肉食虫たちの何匹かが、フランに向かって突き進む。

 だがそれを阻むトビィの蹴りが、一瞬で虫たちを打ち砕いた。


「――今の僕の役目だ!」


 トビィが虫を蹴り砕いた音を皮切りに、周囲に群がっていた魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 地面に着地したトビィは、間をおかずに駆け出し、魔物たちを次々と砕き始めた。




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