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第66話:止まらぬ行進

 バルカスの背に向かって、青く輝く光刃が飛翔する。


「ほう!」


 感心したように呟きながら、バルカスは振り返りながら光刃を片手で砕く。

 その拳の先にアルス王の姿はなく、遠く離れた場所で刃を振り切った彼の姿を確認できた。

 アルス王の攻撃が、己の知らぬ技術であることを察したバルカスは軽く目を丸くした。


「今のは……!」

「我が魔法剣、ただ寄りて斬るばかりではないぞ……!」


 アルス王は届かぬがバルカスに向かって呟きながら、手にした長剣の腹にゆっくりと手を這わせる。

 アルス王がその刃を撫でてゆくと、長剣にゆっくりと魔力が宿り青い輝きを宿してゆく。

 刀身すべてが青く輝いたのを確認し、アルス王は大きく魔力を纏った剣を振りかぶり。


「ゼアァァァァァァ!!」


 裂帛の気迫とともに、思いっきり振り下ろす。

 すると、その刃の振りに合わせて刀身の先から魔力が解き放たれ、鋭い飛刃を形作り、三日月の刃となってバルカスに向かって飛翔する。


「魔光刃! その身で味わうといい!」

「ほほぅ」


 矢もかくやという速度で飛ぶ魔光刃を見て、バルカスはもう一度感心したように頷き、それから空いているほうの手で飛んできた魔光刃を受け止める。

 アルス王の放った魔光刃は、魔力を纏っただけのバルカスの掌にぶつかり――あえなく砕け散る。

 ガラスのような儚い音を立てて消滅する魔光刃を眺め、やや残念そうにバルカスは呟いた。


「魔法でもなく魔力を飛ばす技術には恐れ入るが、強度がまるで足りんな。やはり魔力は、法にて律するものである」

「チッ」


 アルス王は忌々し気に呟きながらも、バルカスが止まっている間に、スケルトンや肉食虫の群れをかき分けながら、走って距離を詰める。

 こうして少しでも近づいていかねば、空を飛ぶバルカスに追いつくことは叶わない。

 バルカスも、虫にたかられて移動が鈍るというのであればともかく、現状障害物の影響を受けているのはアルス王だけだ。このままでは、バルカスがラウムのイデアを使わずとも、先に霊脈まで到達してしまうだろう。

 苦心しながら前に進むアルス王を眺め、バルカスはつまらなさそうにつぶやく。


「ふむ。やはり、地を這う人間程度では追いつくのは難儀か。これではゲームが成立しないな」


 呟きながらバルカスは軽く横を向き。


「そう思わんか? なあ、勇者ゲンジよ」

「ハァァァァ!!」


 真横から殴りかかってきたゲンジの拳をスウェーでかわしながら問いかける。

 ゲンジは盛大に拳を空振りながらも、もう片方の手で空を弾き、上へと跳び上がる。


「……器用なことだ」

「これしか能のない男なのでな!」


 軽やかに空中を飛び跳ねるゲンジを、呆れながらもそう評するバルカス。

 小脇の荷物を抱えなおしながら霊脈に向かって移動しようとするバルカスに向かい、ゲンジは両手で勢いをつけながら特攻を仕掛けた。


「オオオォォォォ!!」


 両手で空を弾くことにより、普通に一回弾くときの二倍の速度で飛翔するゲンジ。

 その勢いはさながら砲弾といったところであったが、バルカスは空間を飛ぶことでそれを回避する。


「だが、不器用でもある。直進しかできないのは、明確な欠点だな」


 誰もいなくなった空間を突っ切るゲンジの背中に向かい、バルカスは虫どもをけしかけてやる。

 目標を見失ったゲンジは慌てて空を弾いて勢いを殺すが、失速したところを肉食虫たちにたかられ、そのまま落下してしまう。


「ぬぉぉぉぉぉ!?」

「飛べぬ人の身で空を飛んでみせるのは見事だが、大道芸の領域は出んな」


 イデアの活用法としては、非常に好例なゲンジであるが、しょせんは分野外の応用。このように簡単な妨害で空にいられなくなるのでは、まだ完全に空を掌握したとは言えまい。

 制空権を確保するというのは、少なくとも無意識でも空に体を固定できなければ意味はないのだ。


「それを為すのが、魔法というもの――」

「ゆえに、その悪用は防がねばならないわけだな。ヒート・ウィンド!!」

「む?」


 バルカスのつぶやきに応えた女は、空中に飛び上がり、同時に熱波をゲンジに向かって解き放つ。

 超高温の風に焙られた虫たちは、たまらずといった様子で熱風から逃げるようにゲンジから離れる。

 ……そして肉食虫すら逃げるような超高温の風に焙られてしまったゲンジは、そのまま地面に叩きつけられ、皮膚を焼かれる激痛にのたうち回った。


「っづぁぁぁぁぁぁぁ!!?? 体が、アッツ、やけどしたぁ!?」

「わめくな! 肉を虫どもについばまれるよりはましだろう!!」

「ゲンジ先生! 私が観ますから、落ち着いてください!」


 ゲンジを見下ろし、居丈高に叫んだ女……ノクターンは、ゲンジのことは一緒に連れてきた巫女の治癒魔法に任せ、バルカスを睨みつける。


「さて、王国を滅ぼさんとする下手人が貴様だったな?」

「その通り……。あと二回ほど、霊脈を汚せばそれも完成する」


 バルカスは小脇に抱えたニーナを見せつけるように持ち上げながら、にやりと笑う。


「そして現在は、アルス王様と鬼ごっこの最中というわけだ」

「ふむ……ならば、途中参加させてもらおうじゃないか」


 ノクターンは冷めた表情でバルカスを睨みつけながら、軽く指を鳴らす。


「やられっぱなしというのも性に合わない。一矢報いさせてもらおうじゃないか」

「好きにしたまえよ。そうするのは自由だ」


 バルカスは笑いながら、軽く指を振るう。


「――そうする余裕があればだがね!」

「っ!」


 そしてノクターンの背後から声を封じる寄生虫を忍び寄らせ、再び彼女の体にとりつかせようとする。

 バルカスの指示でノクターンに接近した寄生虫は、背後からその豊満な体を這うように登り、再び彼女の口に己の寄生管を突っ込もうとする。


「ッ―――!!」


 だが、二度も同じ手は食わない、と言わんばかりにノクターンは口の中から炎を吐いた。

 先ほど解き放った熱風など比較にもならない温度の、紅蓮の炎は一息に寄生虫を飲み込み、一瞬で焼き尽くしてしまう。

 灰に還ってしまった寄生虫を見て、バルカスは一つ舌打ちをした。


「チッ。詠唱せずにそれだけの力を放つか」

「ああ。これでも、魔法を極めんと学ぶ学徒の一人なのでな。詠唱破棄程度、こなせんようでは話にもなるまい?」


 ノクターンは残り火を軽く吐き出しながら答え、バルカスを睨みつける。


「貴様もそうした手合いだろう? なぜ、魔王復活などに傾倒したかは知らんが……貴様の死霊魔術、見事というよりほかはない」

「フッ。誉め言葉は受け取っておこう」


 バルカスは慇懃無礼に頭を下げ、頭を上げながらアルス王の斬撃を回避する。

 飛び上がった勢いのまま、下から斬り上げるアルス王は、刃を翻し二撃目を見舞おうとする。


「シィッ!!」

「フン!」


 バルカスはアルス王の姿を鼻で笑うと、ニーナの体を盾にするように前に掲げた。

 アルス王の刃の先にさらされたニーナは、気絶したまま苦悶の表情を浮かべる。


「う……うぅ……」

「―――ッ!」


 アルス王はニーナの顔を見ても表情を変えず、容赦なく手にした長剣を振り下ろす。

 ……だが、その切っ先がニーナの顔に触れる寸前で、アルス王は手を止めてしまった。


「―――」

「……フ」


 バルカスはアルス王をあざ笑うように身を引き、ニーナの体をアルス王の刃の下から遠ざける。

 アルス王はそのままの姿勢でまっすぐに下に落下してゆき、下で待ち構えていたゲンジによって受け止められた。


「アルス王!」


 落下してきたアルス王の衝撃を拳で弾き、地面に軟着陸させるゲンジ。

 柔らかく地面に降り立つことができたアルス王は、歯を食いしばりながら地面に拳を叩きつけた。


「……! 今の好機で、バルカスを斬れんとは……! 我が腕の冴えも、鈍ったものだ……!」

「アルス王……」


 ゲンジはアルス王にかける言葉が見つからず、黙ってしまう。

 ここで、慰めを口にするのは簡単だが、それはアルス王にとっては刃のような鋭さを伴う言葉だろう。

 ニーナごとバルカスを斬れなかったということは、一国の命運と一個人を天秤にかけ、迷ってしまったということだ。

 国を預かる者にとって、これは苦渋の決断ではない。いや、迷ってはいけない決断なのだ。

 その一瞬の迷いが……もっと多くの個人を殺すことになってしまうのだから。

 バルカスは、ノクターンの放つ攻撃魔法を空中で回避しながら、アルス王を笑った。


「ハハハハ!! 立派な親じゃないかアルス王! 我が子可愛さに、私を斬れない! 感服したよ、それは親として正しい判断だとも、ハハハハハハ!!」

「チィ! フレア・バレット!!」


 ノクターンは無数の炎弾を生み出し、バルカスに向かって一斉に解き放つ。

 雨か何かのように迫る炎弾の嵐を前に、バルカスはイデアを駆使して回避行動をとった。


「フン。手数で押すか? 貴様も、この小娘の命は惜しいと見える」

「ハッ! ニーナ王女ごと殺す魔法はいくらでもあるが……手加減して倒されるなど、貴様にとっては最高の結末だろう?」

「戯言を……。貴様程度の腕前で、私を叩き落とせるとでも思ったか?」


 ノクターンの言葉に舌打ちしながら、バルカスは空いた手を振り上げる。


「蛆が蠅になったところで、叩き潰されることには変わらんのだよ!」


 無数の刀剣がバルカスの手に従い集まり、その切っ先をノクターンに向ける。


「その身の愚かさ、これで理解するといい!」

「チッ! あの小娘の……!」


 ノクターンは忌々しげにつぶやき、慌てて飛行魔法を操って高度を上げる。

 それを追いかけ、バルカスの操る刀剣が群れを成して飛び上がる。

 ノクターンの飛行魔法もそれなりの速度が出ているようだが、バルカスの操る刀剣はそれを上回る速度でノクターンに追い縋っていった。


「そのままハチの巣にでもなるといい! 少しは早く飛べるようになるぞ!」

「ぬかせぇ! ファイアボール!!」


 ノクターンは素早く詠唱し、火の塊を刀剣の群れに叩きつける。

 紅蓮の炎はその爆炎で刀剣を打ち払おうとするが、焼け石に水だ。撃ち落とせたのはせいぜい数本。残った刀剣は、そのままノクターンの体へと襲い掛かった。


「――! ストーンスキン!」


 何とか生んだ隙に、新たな詠唱をねじ込むノクターン。彼女の体が淡く輝き、その呪文の通りに石のような硬さを生み出す。

 殺到した刀剣はノクターンの魔法によって弾き返され、その柔肌に傷をつけることは叶わなかった。

 だが、体が傷つかずともその衝撃は伝わる。

 殺到する刀剣の数、実に数十本。

 例え肌に刃が通らずとも、その重みはノクターンの体の中に十分な衝撃を与えることができる。


「づ……ぁ!?」


 連続で叩きつけられる刀剣の衝撃が、臓腑をえぐる衝撃に、ノクターンはたまらず声を上げ、飛行魔法の制御を失い落下する。

 岩のような肌を持つ今の彼女には、落下の一撃も致命的なものにはなるまい。

 だが、屋根を砕きながら落着した衝撃に、彼女は耐えきれるものだろうか。


「フン。年季が違うの、年季が――」


 そう呟き、霊脈へと向かおうとするバルカス。

 その時、彼は違和感を感じた。


「……? これ、は?」


 向かうべき霊脈。そこに、何かがある。

 それを感じたバルカスは、即座にイデアを行使し霊脈の元へと向かった。




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