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第65話:ゲームの始まり

 空を飛び、次の霊脈へと向かうバルカスのスピードは、ゆったりとしていた。

 いや、遅いと言い切っても構わない。まるで、アルス王にその姿を見せびらかすように、ゆっくりと次の霊脈に向かって進んでいた。


「チィ!」

「アルス王! 落ち着いてください!」


 並みいるスケルトンを薙ぎ払うアルス王に、ゲンジが慌てた様子で声をかける。


「ここで激昂しては、相手の思うつぼです! まずは冷静に、奴に追いつくことを考えなければ!」

「ああ、わかっているとも……!」


 アルス王はゲンジにそう答えながらも、怒りで我を失ったかのように猛進を続ける。

 老いてなお力に満ち満ちた様子で突き進むアルス王であるが、自らを省みないその歩みは痛々しさしか感じない。

 冷静沈着が常と呼ばれる彼にしては、珍しいことだ。それだけ、バルカスのなそうとしていることが許せないということか。


(落ち着いていられないのは理解できるが、このままでは……!)


 一切の負担を顧みないアルス王の動きを見て、ゲンジもまた焦りを募らせる。

 アルス王は、本来であればこうした前線に出ることも危ういほど高齢な人物だ。こんな無茶な進み方を続けていては、体のほうが持たない。

 ゲンジは意を決すると、拳を固める。


「アルス王、失礼!」


 一声そう叫ぶと、拳を後ろに向かって振るい、自らの体を思いっきり弾き飛ばす。

 中空を砲弾のように飛び、ゲンジは一気にバルカスの元へと向かった。


「おとなしくしてもらおうか!!」

「ハッ! この手の中の王女の姿が見えないか!?」


 バルカスは小脇に抱えたニーナの姿を示して見せるが、ゲンジは構わず拳を構える。


「それがどうした!?」

「フン! その猪突猛進は評価できる! だがな!!」


 ニーナの存在すら無視して拳を振るおうとするゲンジに対し、バルカスは腕を振るう。

 次の瞬間、ゲンジの体に向かって大量の虫が体当たりを仕掛けてきた。


「ぬぁ!?」

「我が意に従え……虫ども! そして、武器ども!」


 さらにもう一度バルカスが腕を振るうと、どこからともなく大量の武器がゲンジに向かって降り注ぐ。

 ゲンジは慌てて虫もろとも降り注ぐ武器を弾き返す。


「ぐっ!? これは……!?」

「ファイアボール!」


 ゲンジが落下するのに合わせて、彼のいた場所に向かってファイアボールを解き放つアルス王。

 ゲンジに代わり、バルカスに向かって突き進む火の塊を前に、バルカスは掌を差し向けた。

 すると、直進していたはずのファイアボールは空中で静止してしまう。

 不可思議ではあるが、見覚えのある現象を前にアルス王が歯ぎしりをする。


「……その力、まさか貴様……!」

「仮にも貴様親だろうに……。娘の命も惜しくないか!? ハッハッハッ!」


 バルカスは高笑いしながら、手の中で火の塊を弄ぶ。

 本来、ファイアボールは何かにぶつかるまで直進を続ける魔法である。極めた魔法使いであれば、その軌道を自由自在にコントロールすることもできるが、バルカスがやって見せているように他人の放ったファイアボールを制御する方法など、アルス王は聞いたことがない。

 だが、バルカスがやって見せたような動きは少し前に見ている。彼の配下である少女が、やって見せたことだ。


「貴様もイデアを持っているのか……!?」

「うん? はっはっはっ! いつ私がイデアを持っていないといった!? 誰もそんなことを言っていないではないか!」


 バルカスは心底馬鹿にしたような笑い声を上げながら、アルス王を見下す。


「まあ、この程度は私にとっては児戯に等しい。バグズやポルタの使うイデア程度、呼吸をする感覚で使えるのだよ」

「イデアを複数所持しているというのか……!? そんなの、聞いたことがない……!」


 基本的に、イデアは一人につき一つのみ宿るとされている。単純に、複数のイデアに目覚めた者がいなかったためにそう考えられているのだが、それでも複数のイデアを一人の人間に目覚めさせる試みがなされなかったわけではない。

 しかし、そもそもイデアの発生原因すらよくわかっていない有様であったため、複数のイデアを宿らせるという試み自体が破綻していたわけなのだが……。

 さすがに源流を知ると豪語するだけはあるということだろうか。ゲンジは驚きながらも油断なく拳を構えた。


「……だが、我々とてそのイデアを下して今ここにいる! 厄介には違いないが、それで勝てると思うな!」

「ふぅむ。貴様の言うとおりである、か。このような脆弱なイデアでは、貴様らには勝てんか」


 ゲンジの言葉に、バルカスは思案するように呟き。


「……ならば、やはり霊脈を呪うほうを優先しよう。うむ、そうしよう」


 はっきりそう宣言すると、再び次の霊脈のほうへと向き直る。

 そうして移動しようとしたバルカスに向かって、いつの間にか跳び上がっていたアルス王が斬りかかっていった。


「ぬあぁぁぁぁぁ!!」

「む?」


 アルス王の手にした刃は紅い輝き(ブラッド・ペイン)を纏っており、そのひと振りが必殺であることは十全に伺えた。

 完全に不意打ち。避けられるタイミングではなかった。

 だが、その刃はバルカスにかすりもしない。


「――危ないではないか」

「ッ!?」


 バルカスの姿はいつの間にか、体一つ分右に移動しており、アルス王の剣の軌道から逃れていた。

 まったくの無音無動作での移動。瞬き一つの間に、バルカスはアルス王の攻撃から逃げおおせていた。


「今のは……ラウムの!?」

「その通り。このイデアは、研究にいささか苦労はしたが、その分の見返りはあったよ」


 バルカスは自慢げにそう呟くと、にやりと笑う。


「ゆえに、当然こういうこともできるぞ?」


 バルカスは呟きとともにその姿を消す。

 それと同時に、一番近い場所に立ち上っていた赤い燐光が消え去り、先ほども感じた冥界へと変じる霊脈の呪いの波動がアルス王たちの元にも届いた。


「っ!?」

「今のは……!?」

「――どうかね? まだ場所は遠いが、波動はしっかり届いたのではないか?」


 再び姿を現したバルカスは、にやにやと意地悪げに笑いながらそう尋ねてくる。

 ――ラウムのイデアが使えるのであれば、これも当然か。距離を無視して移動が可能なラウムのイデアであれば、王都の中などほとんど掌の内側に存在するも同然だ。


「これほど……! たやすく……!」

「その通り。私がその気になれば、瞬く間にこの王都を冥界に落とすことなど可能というわけだ」


 口惜しそうに歯ぎしりを繰り返すアルス王を見下ろし、バルカスはいやらしい笑みを浮かべ続ける。


「……だが、それでは面白くない」

「……なんだと?」

「一足飛びにこの国を滅ぼしたとて、我が溜飲は下がらぬという話だ。貴様らにとっても不公平だろう? ゆえに、ゲームといこうじゃないか」


 バルカスは悠々と宣言して見せる。残り二つの霊脈……赤い燐光の立ち上る魔剣のある場所を示して。


「これから残り二つの霊脈に到達するまでに、私を殺して見せたまえよ。これから先、私たちは貴様らに攻撃はせん。防御や回避は行うし、移動も続けるが一方的に攻撃される不名誉を甘んじて受けようじゃないか」

「よくもぬけぬけと、そのようなことを宣えるものだ……!」


 あまりにもひどいバルカスの言葉に、アルス王は怒りをあらわにする。

 距離も障害物も無視して移動できるバルカスを相手に、鬼ごっこなど。ゲームなどと聞いて呆れる話だ。

 ……だが、乗ってやるしかない。今乗らねば、バルカスは問答無用でこの国を滅ぼしにかかるだろう。


「――いいだろう、バルカス。そのゲームで、貴様の首を叩き落としてくれる!!」

「クハハハ! 良い気勢だ! そうこなくてはな!」


 バルカスは大声で笑い、片手でニーナ王女の体を持ち上げながら宣言する。


「では、死力を尽くした鬼ごっこといこう! 景品はこの国の命運……気張りたまえよ! 勇者諸君! ハハハハハ!!!」


 笑って移動を開始するバルカス。アルス王は、王都中に響くような大声で叫んだ。


「フォルティス・グランダムに所属する者たちよ!! この国を滅ぼさんとする悪鬼を許すな! これ以上霊脈を汚される前に、その命を奪うのだ!!」

「おおぅ!!」


 その声に即座に答えたのはゲンジだけであったが、それでもアルス王は他の者たちを信じてバルカスを追い始めた。

 自身の声が、皆に届いたと信じて。




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