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第64話:冥界返し

「――何をした、バルカス!!」

「おや。思いのほか、お早いおつきで」


 二本目の魔剣にバルカスが到着すると同時に、全てをなぎ倒してアルス王が現れた。その背後にはゲンジが付き従っている。

 バルカスはにやりと笑うと、地面――霊脈の上に突き立った魔剣の柄を握った。


「何をと言われれば、せめてもの意趣返しかね」

「意趣返しだと……?」

「左様。貴様らの活躍により、もはや今生における魔王様の復活は困難となった。これは由々しき事態だ」

「おお……!」


 今にも唾棄しそうな表情でつぶやくバルカスに対し、ゲンジは安堵したような笑みを浮かべる。

 バルカスにとっての凶報は、フォルティス・グランダムにとっては吉報だ。もはや魔王の復活が困難であるという事実。これだけでもほとんど勝利したようなものである。

 だが、それでは終わらぬとバルカスは口にする。


「死霊魔術を極めた私にとって、もはや時は無限に等しい……。人々が私という存在を忘れたころに計画は再開することにするが、それはそれとして、おめおめと逃げ帰るのも癪なのでな」

「ならばなんとする! 貴様が先ほど、霊脈を汚したのと何か関係があるというのか!?」


 険しい表情で叫ぶアルス王。

 先ほど、王都全域を覆うほど、邪悪な気配が広がっていった。それは神官のみならず、強い信仰心を持たぬアルス王ですら感知できるほど大きな波動だった。

 知識がなくともわかる。あれはフォルティス・グランダムにとって非常に悪いものだと。

 そして、その原因であるのはバルカスだと。いわれずともわかった。

 半ば激昂するアルス王を見て、バルカスはにやりと笑って見せる。

 その笑みはどこか捨て鉢で、見るものを不安にさせる表情であった。


「すでに私の計画は崩れた。故に、私はこうしようと考えている」


 彼がそう呟くと同時に、彼の握っている魔剣が禍々しい輝きを放つ。

 血のような濁った赤色に輝いた魔剣は、突き立った地面に血管のような異様な波紋を刻み込む。

 それと同時に、魔剣を中心に放射状に、アルス王も先ほど感じた邪悪な波動が拡散する。


「むぅ……!?」

「王、おさがりを!」


 アルス王は思わずといった様子で顔を腕で庇い、ゲンジが彼の前に立ってその身を守る。

 邪悪な波動の拡散は一瞬で収まったが、すでにその場の雰囲気は一変していた。


「これは……!?」


 地面で脈打つ紅い波紋は、さながら汚れた血でその大地を汚すように蠢く。

 そして、魔剣を伝って呪いをかけられ、汚された霊脈が辺りの存在に影響を与え始めた。

 魔剣から立ち上っていた魔力に集っていた魔光蝶は、その命を無理やり吸われたかのように地面にひらひらと降り注ぎ、魔剣の周辺で活動していたスケルトンたちは、まるで力を注ぎこまれたかのように、あるはずのない瞳を輝かせ、出るはずのない咆哮を上げるように天に向かって口を開いていた。

 そして何より顕著であったのが……動物たち。

 血の波紋がどくりと一度波打つたびに、辺りに潜んでいたらしいネズミやネコ、あるいは野良犬といった動物たちが、我先にといわんばかりに飛び出し、逃げ出したのだ。

 脇目も降らず、一目散。餌であるネズミと並走し、その場から逃げるネズミの姿は、一見滑稽ですらあった。

 だが、彼だが逃げ出すのも無理はないとアルス王は感じていた。

 魔剣から放たれた呪いは、霊脈を汚すだけではなく……その場を死の大地に変えてしまっていた。

 大地が枯れてしまったという意味ではない。生者ではなく、死者の住む世界……冥界へと変じてしまったのだ。


「なんだこれは……!? いったい、何をしたのだ!?」

「肌で感じているのではないかね?」


 理解が及ばず、混乱したように叫ぶアルス王に、バルカスが勝ち誇るように叫び返した。


「私が元来得意とする死霊魔術……。その本領を発揮できるよう、霊脈に細工したのだよ! 君たちも聞いたことがあるであろう、死者の国……冥界をこの場に顕現できるようにな!」

「冥界を……!? そんなことができるはずが……!」


 バルカスの言葉をゲンジは否定しようとするが、バルカスの言葉よりはっきりと目の前の光景が答える。

 ずるり、と大地に刻まれた血の波紋から腕が伸びてくる。

 異様にやせ細り、乾いた腕はぺたりと地面に触れると、血の波紋の中から無理やり自身の体を引きずり出す。

 べたりと骨に張り付いたような皮。落ちくぼんだ眼下には、黄色く濁った眼球がただはめ込まれているだけ。

 全身はがりがりに痩せているのに、腹だけは異様に膨れ上がったそいつは、フォルティス・グランダムの大地を、弱り切った足腰で踏むとうめき声を上げながらアルス王たちのほうを見る。

 それは、ゾンビのようなアンデットではなかった。

 カサカサに乾いた浅黒い肌とその異様な形相を見て、アルス王はその存在の名前を思い出す。


「……まさか、亡者……!?」


 冥界に住まう、人ならざる存在。死そのものとされる冥界に住まいながらも、彼らは死に侵されていない。むしろ、生きている。常に死に続けてるというべきか。

 亡者と呼ばれるその存在は、死という終わりと安寧を許されず、死の瞬間を永遠に冥界で繰り返しているとされている。それは、生前に許されざる罪を犯した故とも言われているし、あるいは人という種族のためにあえてそうした枷をかぶってくれているとも言われている。

 いずれにせよ、普通に生きているのであればお目にかかるような存在ではないのだが……。

 油断なく拳を構えながら、ゲンジがアルス王に問いかける。


「亡者……? 話に聞いたことはありますが、それは本当ですか!?」

「わからん……。少なくとも、文献通りの姿ではある……。だが、あれがゾンビだとしても、あんなところに死体は埋まってないはずだ……!」


 ゾンビが作成される際、掘り起こす手間を厭って土の中に埋まったまま作成されると、丁度先の亡者のように地面を突き破って出現するというのはよくある話だ。

 最も、ゾンビを作製した術者の技量によっては、地面を突き破ることすらできず、そのまま朽ち果てるということもよくある話だったりするが、今回の場合は事情が違うだろう。

 かつてこの町は、魔王と初代アルス王との最終決戦の地であったとされている。だが、いくら何でも、墓地でもない場所に死体を埋めるほど切羽詰まってはいなかったはずだ。

 フォルティス・グランダムの墓地は、フォルティス城の裏辺りに位置する。王都で没した者たちはそこに埋められることとなっており、決してその辺りの地面に適当に埋められることなどはない。

 そのままふらふらと魔剣の周りをうろつき始めた暫定亡者を見て、バルカスは愉快そうに笑った。


「ははっ。気の早い者もいるものだ。だが、霊脈を反転させることでこの地を冥界に近づけることには成功しているようだ。残りは三本……全ての霊脈が冥界側へと反転すれば、この地は人の物ではなくなる」

「なに!? どういう意味だ!」

「そのままの意味だ! この地はフォルティス・グランダムという人の国ではなくなる! 生者が死者へと変じる、亡者たちのための国、冥界へと変わるのだ!!」


 バルカスは高笑いを上げた。


「ハッハハハハハ!! まあ、軛もなく呼び出された冥界では、半年も持つまい! だが、その間にこの国の周辺の大地は枯れゆき、最終的には草木一本生えぬ大地と化すだろう!」

「そんなことして何の意味がある!?」

「意味などないさ! ただの八つ当たりだ!」


 即答するバルカスを見上げ、アルス王はあきれ果てたようにつぶやく。


「なんという……! そのようなこと、許されるわけがあるまい!」

「許しなど請わんさ! ただそこで見ているがいい! すべての霊脈を侵せば、貴様も無事ではすまんよ! この枯れ果てる国の中で、存分に死に続けろ!!」

「待てぇ、貴様ぁ!!」


 そう捨て台詞を吐くと、次の霊脈ポイントに向かって飛んでゆくバルカス。

 アルス王はその背中を睨みつけ、叫びながら後を追った。




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