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第62話:野望の終わり

 日願成就はもはや目前であった、はずだった。

 あと半刻ほども経てば、魔王復活のための魔法陣の起動のための条件がすべて整い、この国のすべてを生贄に、かつてこの世界を席巻した魔王が復活するはずであった。

 だが、もはやそれも叶わない。魔王復活の要たる、素材どもは地下牢から抜け出し、復活の燃料を務める膨大な魔力を収集する魔光蝶共もバグズの死を契機に、少しずつ持ち場を離れ始めている。

 それらを守るはずであったラウムとポルタも、勇者王国の手の者にかかってすでに死亡してしまっていた。


「……チッ」


 勇者王国の上空を飛びながら、バルカスは舌打ちする。

 どうしてこうなったと言わざるを得ない。計画自体に誤りはなく、すべて順調に事が進んでいたはずであった。

 勇者王国の最大戦力たる勇者たちを、周辺諸国の争乱を利用してほぼ全て釣り出し、手薄になった隙を強襲。

 戦力の基本を不死属性のスケルトンで固め、厄介な特殊銀の武器を持つ者たちは戦力増強ついでにバグズに始末させた。

 アルス王直属の、きわめて戦闘力の高い騎士どもはポルタを利用して武器を奪った。

 残る脆弱な戦力である、フォルティスカレッジとやらの生徒たちは、ラウムの力を利用して一息に地下牢の中へと押し込み、無力化。

 ここまでの流れを一気にやり遂げることで、敵方に反撃の隙を一切許さずにことを進めることができていた。

 だが、それも脆く崩れ去ってしまった。

 たった一人の、小さな小兵と侮っていた、ただのガキの存在によって。

 まさか、フォルティスカレッジの学生が一人だけ王都の外に出ているなどとは思わなかった。

 しかもその子供が、バルカス以外の者たちの攻撃をかいくぐるような敏捷性の持ち主だとは思わなかった。

 そんな逃げるのが上手なだけの子供に、ラウムが興味を持つとも思わなかったし……まさか、そのまま敗北するなどと想像すらしなかった。


「……七星……」


 バルカスはつぶやく。今の今まで、眉唾と一笑に付していた存在を。

 世界のバランスを崩すだけの力を持った、七星の宿星を持つ者たち。バルカスは、この存在を信じていなかった。

 彼にとっては魔王こそが唯一無二絶対の存在であり、魔王こそが世界を揺るがし、その変革を自在にコントロールできる存在だと信じて疑っていなかった。

 七つの宿星などと嘯いたところで、しょせんはイデアを持っただけの人間。そんな連中が、世界を変えることができるなどとは、バルカスには到底思えなかった。

 世界を救う誰かを望むことしかしなかった、頭の悪い連中の子孫ごときに。世界など変えられるものかと、そう思っていた。

 ゆえに、侮った。あの少年――トビィに七星の兆しを見てはいたが、たかが小僧ごときに何ができるものかと。確実な死を望まず、ラウムがわざと見逃したのも捨て置いた。

 その結果が、これだ。

 勇者王国の反撃……その起点となってしまった。あの小僧一人泳がせていたせいで、すべての計画が破綻してしまった。


「まさかこれほど影響力があるとは、な……。くそが」


 悪態をつき、唾を吐き捨てる。

 たった一人を見逃したせいで、全てを失ってしまったのだ。もはや、七星の存在については認めざるを得ないだろう。

 連中に世界を変えるような力はない。その存在こそが、運命の乱数であり、連中が何かをするだけで世界が変わってしまうのだろう。

 異常とさえいえる影響力。なるほど、世界中にはびこる愚者どもがこぞって欲しがるわけである。

 七星の影響力をうまくコントロールできれば、それこそ世界を手に入れることができるかもしれないのだ。そのようなこと、人間ごときにできるとも思えないが。

 バルカスは忌々し気に下を見ろおしながら、小脇に抱えたニーナ王女の体を抱えなおす。

 体が揺れ、小さなうめき声を上げる彼女を見下ろしながら、今後のことを考える。


「さて、どうする……。このまま逃げるのはたやすい。だが、それでいいのか?」


 魔王の復活自体は、いつでもできる。理論的には、一定数の若い人間と膨大な魔力。そして天頂にかかる満月さえあれば、魔王の復活は可能なのだ。別に国はどこでもいいし、今更待つのだって苦ではない。

 魔王が討滅されて、百年以上。日願成就のためだけに、バルカスはずっと生きてきたのだ。

 ただ、この日のためだけに。魔王復活の、瞬間のためだけに。


「………」


 バルカスのはらわたは、煮えくり返っている。今まで感じたこともないような怒りの炎に魂すら焦がしながら、バルカスはうっすらと笑った。


「このまま逃げかえるのも、アルス王に申し訳ない……。少しは、土産を頂戴しなければなぁ……」


 笑いながら、ニーナ王女の体を目の前に持ってくる。


「ぅ、ぁ……」


 小さくうめくニーナ王女。その麗しい顔は苦悶の表情に歪んでいるが、成人間近の少女が持つ、色香とかわいらしさを同時に兼ね備えたこの少女は、きっと同年代の少年たちの憧れの的となっているのだろう。

 そんな存在をずたずたに引き裂き、はらわたすら引きずり出し、この国の王の前に捨て置けたのであれば、多少は溜飲が下がるだろうか。

 バルカスは笑いながら、軽く爪をその柔肌に這わせる。

 長く伸びたバルカスの爪が、ニーナ王女の肌を軽くひっかき、浅い痕を残す。

 赤く線のように染まる後を見て、笑いながらバルカスはつぶやく。


「はは。いや、だめだな。この女はもろすぎる。バラバラにするのはたやすいが、それは一瞬で終わってしまうだろうし、この娘の死体とて勇者とやらの踏み台にしかなるまい。正しきものの死体を踏み、それを力に変えるのが勇者という連中だからな」


 ニーナ王女を今殺すのを止めたバルカスは、もう一度フォルティス・グランダムの王都を見回す。

 さして広くもない王都ではあるが、その中に円を描くように魔光蝶たちが群がる魔力の集中しているポイントがある。

 あの場所にいくつか細工をすれば、そのままこの王都を地面の中に埋もれさせることもできる。魔光蝶は少しずつ散り始め、魔力そのものも減じ始めているが、今から細工をして回る分には間に合うだろう。地面の中に王都を埋められずとも、ここを再起不能にするだけのダメージを与えることは可能だろう。


「……ふむ。そうすれば、あの老王も少しはいやそうな顔をしてくれるか? うむ、それがいいか」


 バルカスは一人で納得したように頷くと、そのまま手近の魔力スポットに向かって飛翔する。

 上空から王都を目指して降りてゆく肉食昆虫どもをかき分け、まっすぐに赤い燐光の傍に到達するバルカス。その途中に邪魔をするものは表れず、実に快適な時間であった。


「すべてはこのように、快適なまでに進んでいたのだがな……」


 バルカスは落胆しながら呟き、ゆっくりと赤い燐光の元へと降り立つ。

 ラウムに指示を出し、この王都に走る霊脈の上に突き立てられた特殊な魔剣。魔法陣を形成する一端であるそれに触れ、バルカスは呪文を唱え始める。


「――――」


 人の耳には聞こえないほど高速で唱えられた呪文は、その指先に触れている魔剣、そしてその魔剣が突き立てられている霊脈に対して、強い呪いをかけてゆく。

 血のように赤い燐光が、そのままゆっくりと魔剣へと吸い込まれてゆくと、刃の突き立てられた地面に、まるで血管のようなおぞましい波紋を刻んでいった。

 上空に立ち上っていた燐光は、地面の血脈へと変じ、それに群がっていたはずの魔力蝶たちは、その命をすべて吸い取らればらばらと地面に向かって降り注ぎ始めた。

 雨か雪のように降り注ぐ魔光蝶の死骸を見上げ、バルカスは満足そうにうなずく。


「さあて。後、五つだな」


 ふわりと跳び上がり、次の霊脈へと向かうバルカス。

 その顔には壊れたような笑みが張り付いていた。




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