第61話:合流
――王都城下町。つい先ほどまではいっそ不気味なまでの沈黙を保っていたその場所は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
王都の道を相変わらず闊歩しているのはスケルトン。……そして、その隙間を埋めるかのように、大量の昆虫たちが家々に張り付き、餌を求めて大暴れしているのだ。
「ひぃ……!?」
「お母さん……!」
格子窓からこちらを覗き込む人の体ほどもある大きさの蜂を見て、無力な親子はただ震えることしかできない。
今、王都城下町に降りてきているのは、本来は王都上空を監視のために飛び回っていた昆虫たちだ。漠然と王都を見張る命令をこなしていたはずの連中が、今は食欲を優先して王都を襲っている。
これは、主であるバグズが死亡してしまったため、全く制御が効かなくなってしまっているためだ。バグズのイデアは、彼の死後もその力が残り続けるタイプであるが、力の本質は“昆虫の生成”であり、その制御ではない。故に、バグズによって生み出された昆虫たちは、その支配から解き放たれ己の欲望を満たすために行動し始めたというわけだ。
魔光虫のような特殊な生態を利用するために生み出した虫たちは、その生態から大きく外れた行動はとらなかったが、それ以外の虫……王都の空を監視するために生み出した者たちは、そのほとんどが肉食性の大型昆虫であった。
半日以上も餌も取らずに跳び回らされていた虫たちは、支配から解き放たれた瞬間に覚えた強烈な空腹を解消すべく、餌のにおいがする場所……すなわち、フォルティス・グランダムの王都へと舞い降りたのだ。
今にも家の窓や扉を破壊して、その中に侵入しかねない巨大な昆虫たち。当然、フォルティス・グランダムに暮らす一般市民たちに、このような化け物に対して抗う術などあるはずもなく。
「ファイアボール!!」
その駆除は、この国を守護すべく学び、鍛え続けているもの……衛兵や騎士、そして勇者見習いたちの手によって少しずつなされていた。
一人の魔法使いが放った爆炎の魔法が、壁に張り付いていた昆虫たちの一部を焼き払う。
嗅ぎなれないキチン質の嫌な臭いに顔をしかめながら、その魔法使いを率いる一人の女性――ノクターンは剣士たちに指示を出す。
「中の国民たちの安全確認急げ! この一帯の安全確認を終えたら、次へ向かうぞ!」
「はい!」
ノクターンの指示で、家の中へと駆け込み、その中で震える国民たちを安心させるように力強い言葉をかけて回る剣士たち。
「フォルティスカレッジの者です! もう安心してください!」
「外の魔物は、我々が退治しています! 皆さんは、我々が良いというまで、家の中にいてください!」
「なに、大丈夫です! あの程度の魔物、魔王の眷属に比べれば物の数ではありませんよ!」
「……確かに、魔王の眷属と比較すれば、たいしたことのない連中ではあるな」
屋内から聞こえてくる剣士たちの声を聴き、ノクターンは忌々しげに顔をしかめる。
彼らは何も悪くない。ただ自己嫌悪に打ちひしがれているだけだ。
声を封じられただけで何もできなくなるのは理解していたつもりだが、ああもたやすく封じられてしまうとは思ってもいなかった。
「奴のほうが手練れ……いや、いずれにせよ私の慢心が招いた結果か。くそ」
巨大な昆虫たちが飛び交う王都を見て、ノクターンは唾棄する。
スケルトンだけであれば、容易に王都の開放が可能なはずであった。しかしこれだけの数の大型昆虫、しかも肉食性の凶暴な輩がはびこっているとなると、そう簡単には事は進まない。
一匹でも逃せば、どこかで営巣され、そこを起点に大量発生しかねない。昆虫の最大の恐ろしさはその繁殖力だ。短い生を、人間をはるかに凌駕する繁殖力によって補うのが昆虫の生態。一度の排卵で数百からなる子供を産む昆虫もいる。絶対に一匹も逃がすわけにはいかない。
「ノクターン様! 国民の安全確保、完了いたしました!」
「よし。このまま、安全な範囲を広げる。一匹たりとも逃さず、すべての虫を駆逐しろ!」
「了解です!」
ノクターンは剣士たちに檄を飛ばし、さらに念話で他の場所にいる魔法使いたちにも指示を飛ばす。
「虫を発見したら絶対に逃すな! 一匹逃せば、そこから繁殖される可能性が残る! 後顧の憂いはここで断ち切るつもりで行け!」
《はい、わかってます!》
念話の元気な返事に頷きながら、ノクターンは軽く指を鳴らす。
瞬間、彼女を背後から襲おうとしていた巨大なムカデが灰へと還った。
「幸い、連中は腹を空かせているようだ……。こうして表を歩いているだけでも、面白いようにこちらに寄せられている」
近場の虫たちがこちらに殺到する気配を感じながら、ノクターンは吠える。
「こい、虫けらども! 憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ!!」
ノクターン・ヴィヴィ。フォルティス・グランダムでも最も力のある魔法使いの力が解放され、寄ってきた昆虫たちは、火に飛び込んだかのように滅せられていった。
ゲンジが階段を下りてゆくと、丁度階段を上がってきたアルス王と合流することができた。
「アルス王!? ご無事でしたか!」
「君こそ、ゲンジ君」
アルス王はゲンジの顔を見てほっと安堵したように一息ついた。
「やれやれ……。ようやく味方の顔を見ることができた」
「こちらこそ、安心したしました……! 御身の無事を確認できて何よりでございます」
「うむ。それで……上で何があったのかね?」
ゆるんだ表情を引き締め、アルス王はゲンジへと尋ねる。
ゲンジもまた、略式で跪きながらアルス王の問いに答えた。
「ハッ! 王を救出せんと、私は単身玉座の間へと突入いたしまして、そこでイデア保有者の少女と戦闘になりました。その際に、玉座の間でとらえられていたニーナ様は、敵方の魔導士によって連れ去られてしまいました……」
「それは、やむを得んさ。それで、戦いの結果はどうなった?」
そこでゲンジは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに迷いを振り切りはっきりと結果を申し伝えた。
「その結果、玉座の間を含め、上階は消滅。いささか手間取りましたが、イデア保有者の少女を撃破することには成功いたしました」
「上階が消滅……? それは、件の少女の手によるものか?」
「はっ。恐ろしい力の持ち主でございました。ですが、我がイデアの一撃にて空から叩き落し、今は王城中庭のシミの一つと成り果てております。あれでは生きてはおりますまい」
ゲンジの報告を聞き、アルス王は軽く体を震わせながら呟いた。
「……君がこの国に残っていてくれて正解であった。他の者では、たやすく返り討ちにあっていただろう……」
「恐れながら、その通りかと……」
実際、見えない力を飛ばすポルタの姉のイデアは、ゲンジであってもひたすら動いて的にならないようにする、位しか対策が思いつかなかった。
最後の瞬間に、わざと身を晒して狙いを一点に絞らせ、その力を反射することに成功したものの、力の軌道をコントロールできる場合は二度同じ戦法は通じないだろう。あそこで倒せておいて、本当に良かった。
ともあれ、確実に敵方の戦力を削っていることを確認し、ゲンジも一つため息をついた。
「これで残る敵方の将は二人……」
「いや、残りはバルカス一人のはずだ。君らが出たのであれば、一人はトビィ君が倒しているはずであろう?」
「はっ。おっしゃる通り、トビィ・ラビットテールが見事に責務を果たしております。しかし、それでももう一人残っているのでは?」
「いや、その一人は私が殺している」
「王自らでございますか!?」
「うむ。トビィ君とともに、君たちを救出する流れの一環でな。恐ろしい相手ではあったが、おそらく敵方で最も貧弱な将であった。君なら一撫でといったところだよ」
「そのようなことは……。この混乱の最中にあっても、御身の力は一片の曇りなしとは、感服いたしました」
恭しく首を垂れるゲンジに苦笑しながら、アルス王は軽く顎を撫でる。
「あまり世辞を言うものではないよ……。しかし、そうなるとバルカスの奴め、すでに逃亡した可能性があるか……?」
「……確かに、その可能性も否定できません。しかし、それではニーナ様の身柄が……」
「……最悪は、致し方がない。世界と娘……もとより天秤にかけられるものでもない」
アルス王は険しい表情のままそう呟く。
その瞳に宿る決然とした輝きは、ゲンジの瞳には冷淡な輝きにも映った。
本来は切り捨ててよいものではない人の命。その選別の行う、正しき王の姿だ。
最愛の我が子とて、必要とあらば切り捨てる。その冷徹さこそ、王にとって最も必要で……最も得難い才能なのかもしれない。
「アルス王。まだ、諦めるには早いと存じ上げます」
だが、切り捨てるのが王であるならば、拾い上げるのはその家臣の役目。
王に選べる選択肢を提供するのが、それに仕える者の役割なのだ。
一度、その力を与えられず、祖国が滅ぼされたことがあるゲンジは、実感を込めて王に進言する。
「バルカスが逃げたかどうか。その確認をもって、最後の決断といたしましょう。奴が己の仕掛けを捨て去ったまま、逃げるとも思えません」
「……うむ。そうであるな」
ゲンジの言葉に、アルス王は小さく微笑みながら頷いた。
「君の言うとおりだ。奴の存在を確認しなおし、それから決めよう。では、ついてきてくれ」
「ハッ!」
アルス王は身を翻し、外を目指す。
ゲンジはその背に付き添うように、立ち上がり歩き始めた。




