第60話:少女たちの結末
ゲンジの目の前の空間が爆ぜ、ポルタに向かって衝撃波が飛翔する。
途中に存在する刀剣を弾き、一部に至ってはへし折って突き進む衝撃波を前にしてもポルタは慌てない。
「無駄だよ」
彼女の小さなつぶやきとともに、彼女の眼前でゲンジの衝撃波は砕けて消える。
ポルタの前髪すら揺らせず消滅した衝撃波を見て、憐れむようにポルタは微笑んだ。
「馬鹿だよね……いくらやっても、お姉ちゃんの力に通じるはずがないのに」
「おおおぉぉぉぉぉ!!」
だが、ゲンジは彼女のつぶやきなど耳に入らない様子で玉座の間であった場所を駆け抜ける。
崩れかかった床の上をまっすぐに駆け抜けるゲンジを見て、ポルタは驚きの声を上げる。
「まだあきらめないんだ? 無駄なのに」
「無駄かどうかは死んで決める! まだ動けるのであれば、終わりではないぞ!!」
力強い宣言とともに、拳を握り締めるゲンジ。
そんな彼の宣言が煩わしいのか、ポルタは眉根をひそめながら手を上げる。
「そう。じゃあ、死んじゃえ」
彼女の手の動きに合わせるように刀剣たちは踊り狂い、ゲンジに向かって殺到する。
ゲンジは握りしめた拳を振るい、速度を落とさぬままに剣の嵐を突き進む。
「うおぉぉぉぉ!!」
「……やっぱりむかつく。私じゃ通用しないんだ」
ゲンジの拳は飛来するすべての刀剣を弾き返す。
彼の拳で刀剣が壊れることこそなかったが、彼の身には一本たりとも刃が通ることはない。
あらゆるすべてを弾き返すイデア、拳骨隆々。ポルタはその名こそ知らないが、それでもゲンジの操るイデアの力はおおむね把握できていた。
自身の振るう力ではゲンジを倒すことはできない。ならば。
「――お姉ちゃん」
ポルタはその名を呟き、愛おしそうに膨れ上がった腹を撫でる。
ポルタの腹部に浮かび上がった化け物の顔は、彼女の呼びかけに答えるように口を開き、声なき咆哮を上げた。
瞬間、ゲンジは横っ飛びにポルタの姉が放った無形の力を回避する。
「む。お姉ちゃんの力を……」
「さすがにそう何度も食らってやれんのでな! 狙いが俺なら、回避もたやすい!」
大見得を切りながらまっすぐに駆け抜けるゲンジ。
ポルタの姉はそのまま何度か無形の力を解き放つものの、そのすべてをゲンジに回避されてしまった。
異様とも思えるゲンジの回避能力を前に、ポルタは苛立たしげな舌打ちを隠しもしない。
「ちょこまかうるさい……! さっさと死んじゃえばいいのに!」
無数の飛来する刀剣。見えるはずのない衝撃波。それらのすべてをいなされ、ポルタは怒り狂う。
「じゃあ、これならどう!? お姉ちゃん!!」
一声吠えると、ポルタの姉はその怒りに同調するようにひときわ大きく叫ぶように、その顔を大きく歪めた。
そうして一拍置いたのち、あたりの空間が大きく歪むような音が聞こえる。
「む!?」
「そのまま押しつぶしてやる! 双生児による怪奇輪唱ッ!!」
ポルタのイデアは、彼女の怒りのままにその力を振るう。
ゲンジの立つ玉座の間であった場所。そのすべてを覆うように展開された力場が、ポルタの叫びと同時に一点へと集束した。
その強大な力はゲンジごと玉座の間を握りつぶそうとしたのだ。実際、瞬きの間に玉座の間は小さな石礫へと変じてしまう。
――だが、その中にゲンジは入っていなかった。
「まだまだぁぁぁぁぁ!!」
判断は一瞬。危機を察知したゲンジは、力場がその形を持つ前に床を蹴り、ポルタに向かって一気にに飛び掛かっていたのだ。
固めた拳を振り上げ、ゲンジはポルタの頭上を取る。
「これで終わらせてもらうッ!!」
ゲンジの力、拳骨隆々はあらゆるものを弾くだけの力……。それだけでは誰も殺せない。だが、その勢いのまま地面か壁に叩きつけてしまえば、それで十分に人は殺せる。
ポルタであっても例外ではない。空に浮かび上がるだけの力があっても、その力ごと弾かれてしまえば、その衝撃で十分死ねる。
「――うん。終わりだね」
だが、ゲンジの拳はポルタに届かない。
ふわりと、ポルタは空中で後退し、ゲンジの拳をあっさりかわす。
空を飛べるのだ。空中制御など、息をするように行えるに決まっている。
愚かにも足場を失い、自ら死にに来たゲンジを見下ろし、ポルタは嘲笑を浮かべた。
「人が飛べるはずないのに。飛べるのは、私とお姉ちゃんみたいに選ばれた人だけなのに。じゃあね、馬鹿なおじさん。最後は、ちょっと面白かったよ」
そう呟き、ゲンジに向かって手を振るポルタ。
ゲンジは拳を振った姿勢のまま、ゆっくりと下へと下降して――。
「――まだ終わっていないぞ!!」
いかない。空間の爆ぜる音とともに、ゲンジの体が勢いよく真上へと弾き飛ばされたのだ。
「えっ!?」
「我がイデア、拳骨隆々! 弾けるものはすべて弾くイデア!!」
ぐるりと体を回し、再びポルタの頭上を取りながら、ゲンジは大きく吠えた。
「その範疇には当然、己の体も含まれる! 空を弾けば、空を跳び上がる程度は可能ということだ!!」
「う、そだ! そんなぁ!!」
ポルタは悲鳴じみた声を上げ、素早く刀剣を操る。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ!!」
無数の刀剣は、すでに何度目になるかもわからないゲンジへの特攻を開始する。
飛来する刀剣を前に、ゲンジは握った拳を振るう。
「はぁっ!!」
刀剣に向かって、ではなく自身の真横に向かって。
すると、再びの爆音とともにゲンジの体が横向きに加速する。
「うっ!?」
「高速の飛竜を打倒したこともある! この程度では俺には届かんぞ!!」
再び爆音。それも一度ではなく、幾度となく。
空間の爆ぜる音が辺りに響き渡るたびに、ゲンジの体がぐんぐんと加速してゆく。
「オオオオォォォォォォ!!」
「う……!?」
上下左右、縦横無尽。
ゲンジの姿はもはや色付きの風となり、ポルタの周りをすさまじい速度で跳び回る。
それはまさしく常識の外の所業。理不尽の体現。イデアとはこうあるものだといわんばかりに、ゲンジは容赦なくポルタのフィールドを蹂躙して見せた。
「そらそらそらそら! どうしたどうしたどうしたぁ!?」
どこに飛ばしたらよいかわからず、所在なさげに飛翔していた刀剣たちが、次々とへし折られてゆく。
拳は推進力を生み、その推力を足で叩きつけているのだ。
一本一本などと言わず、それこそ一瞬で己の武器を破壊されてゆく状況。
何をどうしたらよいかわからず、ポルタはおびえたように悲鳴を上げることしかできない。
「な、なに……!? なんなの!? お姉ちゃん!!」
救いを求めるように、己の体の中に埋まった化け物を呼ぶポルタ。
腹を突き破らんとするかのように前に出た、ポルタの腹の化け物は再び声なき咆哮を上げる。
ポルタを中心に、無形の力を解き放ち、へし折られた刀剣ごとゲンジの体を吹き飛ばそうとする化け物。
「むぅ!?」
その目論見通り、ゲンジの体は容赦なく弾き飛ばされ、空の彼方に向かって放り出されてゆく。
ポルタは安堵する。だが、それも束の間のことだ。
「なんの、まだまだぁぁぁぁぁ!!」
ゲンジは咆哮を上げ、両手を握り締めると、自身の後ろに向かって思いっきり拳を振るった。
すると、ゲンジの背後で巨大な爆音が響き渡り、その体が砲弾のような勢いでポルタに向かって猛進する。
「ひぅ……!?」
自身に向かって突き進むゲンジの姿を見て、ポルタは悲鳴を上げ、化け物は咆哮を上げる。
今度はゲンジの体を粉砕するように、まっすぐに無形の力を投げつけた。
狙いは違わず、まっすぐに突き進む無形の力はゲンジの体を打ち貫き、奴を無残に撃ち落とすはずだった。
だが、ゲンジは己の拳を盾のようにかざした。
「食らわんといった!!」
直進した無形の力はゲンジの拳に触れた瞬間、乾いたガラスを弾いたような音を立て、まっすぐに反射された。
反射された無形の力は、違わず狙った本人へと叩きつけられた。
すなわち、ポルタの腹に巣食ったその姉に。
「お、ぐぅ」
苦しげな悲鳴を上げるポルタ。
無形の力は、その姉の顔面をまっすぐに突き抜ける。
ポルタの姉は、苦悶の悲鳴を上げなかった。代わりに大きく顔をゆがめた。
まるで、化け物の手でバラバラに引き裂かれたかのように。
「おね、ちゃん?」
腹の姉に異常が発生したことを察し、ポルタは震える声で彼女に呼びかける。
だがもはやその声に応える者はなく、ただ色濃く死相を残すのみ。
「あ……あ…。おね――」
「ハァァァァァ!!」
ポルタは答えてくれない姉に、もう一度呼びかけようとした。
だが、そんな彼女に無情な鉄拳が振り下ろされた。
拳骨隆々。その名を力強く誇るように振るわれたゲンジの拳は、ポルタの頭をその体ごと弾く。
「―――!?」
悲鳴を上げることもできず、ポルタはそのまま真っ逆さまに地面へと落下。
地面にたたきつけられた瞬間、その体は真っ赤な花のようにべしゃりと広がった。
――大きく広がった人体のパーツ。二人いるはずの赤いシミの中には、不思議なことに一人分のパーツしかそろっていなかった。
ゲンジは空中を飛び跳ね、赤いシミと化したポルタを見下ろし、小さくつぶやいた。
「……強すぎる力が、姉なる存在を生み出したのか、あるいは化生の類がとりついていたのか。いずれにせよ、哀れな娘だ」
憐憫を込めたゲンジのつぶやきは、虚空へと消える。
しばし瞑目していた彼は、そのまま空中を跳ねながら消失した玉座の間へと戻る。
玉座の間こそ消滅したが、階段は生きている。一先ず、下へと降りて他のものと合流せねば。




