第58話:悪魔と呼ばれた少女
「ぬんっ!」
だが、放たれた凶刃はゲンジの体にかすりもしない。
彼の固めた拳は、飛来した刃をすべて弾き飛ばしてしまったのだ。
「っ!?」
「貴様の手腕はすでに見せてもらっている。そして、この俺の豪拳もまた披露しているはずだが?」
油断なく拳を固めたまま、ゲンジはじりっとポルタのほうへとにじり寄る。
「この拳はあまねくすべてを弾き返すもの。そこに一切の例外はない。鋭いだけの刃であれば、この俺には通用せん」
「生意気……!」
ポルタは悔しそうに歯ぎしりをし、素早く腕を振るう。
その腕の動きに合わせるように、弾き返された凶刃たちは身を翻し、再びゲンジの体に狙いをつける。
「だったら、刺さるまでやってやる!!」
「無駄だ! どれほどの物量であろうと、すべて弾き返してやろう!!」
ポルタの咆哮とともに凶刃が踊り、無数の剣劇音が玉座の間に響き渡る。
ポルタの操る剣が弾き返されるたび、ゲンジの拳から火花が散る。
すべての凶刃はゲンジの拳によって弾き返され、即座に中空で刀身を翻すとポルタに従いゲンジへと襲い掛かる。
「シャァァァ!!」
「ハァァァァ!!」
縦横無尽に飛び回る刀剣たちは、自らの身を顧みずゲンジへの特攻を繰り返すが、その刃がゲンジの体にかすることはない。
周囲を飛び回るすべての刀剣の軌道を察知し、ゲンジは二つの拳だけですべての刀剣を叩き落として見せていた。
「こいつ……! 何も持ってないのに……!」
「確かに! この身にあるのは拳一つ! できることなどたかが知れている!」
ゲンジは自らに襲い掛かるすべての凶刃を返り討ちにしながら、一歩前進する。
「っ!?」
弾き返された刀剣もすべて操り、絶え間ない刃の嵐にさらしているというのに、前進を試みたゲンジに驚くポルタ。
いや……驚くほどのことではなかったのかもしれない。
ただ一歩前進しただけだ。ポルタの攻撃が全く通用していない時点で、ゲンジの行動は決まっていたのだ。
「だが、拳一つと甘く見るなよ!!」
ゲンジはそう吠え、次の瞬間にはさらに一歩前進する。
ポルタが生み出す刀剣の嵐を一歩押し込み、前進を続けるゲンジ。
あらゆるものを弾ける彼にとって、単なる物量など障害にすらならないということだろう。
「うっ……!? このぉ!!」
じりじりとにじり寄るゲンジの姿に焦り、ポルタは両手を振るい、刀剣の軌道を少し変える。
ゲンジの周囲を囲うよう、まるで檻のごとく編み上げていた刀剣たちの踊りを、ゲンジの正面、一点に集中する。
囲ってだめなら、一点集中。所詮ゲンジの拳は二つだけだ。いくらなんでも、同時に飛来する十を超える刀剣すべてを叩き落とせるわけがない。
「これで、死んじゃえぇ!!」
ポルタは叫び、両手を振り下ろす。
それを合図に、弾丸のごとく飛翔する、無数の刀剣。その様は、さながら槍衾か矢束の雨といったところ。
正面から殺到する刀剣の嵐をゲンジは弾き返すことができなかった。
なぜなら、彼は刀剣を避けるように、横へと飛んでしまったから。
「えっ!?」
「そのイデア、大層な能力であるが、詰めが甘いな!」
ゲンジはそう叫ぶと、一気に玉座に向かって間合いを詰める。
彼の進む先の玉座で眠っているのは、ニーナ王女。
「………っ!!」
ゲンジの目論見、ニーナ王女の奪還にようやく気が付いたポルタは、慌てて刀剣をゲンジの背中に向かって飛ばす。
だが、一か所にまとめ勢いをつけて直進させてしまったせいで、引き戻すのに時間がかかる。
ゲンジが伸ばす手が、ニーナ王女の体に触れるほうがよほど速い。
「これで……!」
ニーナ王女を救うため、必死に手を伸ばすゲンジ。
だが、その手がニーナ王女に触れる寸前、その姿が掻き消える。
「っ!?」
ゲンジは驚き、それと同時に手が玉座の背もたれに触れる。
ニーナ王女の体をさらった下手人は、バルコニーで一つため息をついて見せた。
「やれやれ、危ういところであったな」
「バルカス……!」
転送魔法か何かでニーナ王女の体をさらったバルカスを見つけ、ポルタは一瞬満面の笑みを浮かべるが、すぐに申し訳なさそうに眉根を下げて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私たち、あなたの言いつけをきちんと守れなくて……!」
「……なに、気にするなポルタ。ほかの連中の脆弱さは私としても計算外だ」
苦虫を噛み潰したような顔で、バルカスはポルタに告げる。
「地下牢のラウム、そして中庭に出たバグズ。奴らは殺されてしまった」
「っ!? 噓、でしょ!?」
「本当だ……。ラウムは、あの小僧に。そして、バグズはアルス王に殺された」
「アルス王が……!?」
殺到する刀剣を拳で弾きながら、ゲンジは驚きの声を上げる。
「王はすでにここを抜け出て……戦っておられたのか!」
「……知らなかったか。迂闊なことを言ってしまったな」
自らのミスにバルカスは舌打ちするが、すぐに気を取り直したようにポルタのほうへ向き直った。
「地下牢の連中も逃げ出した。こうなれば最後の手段を取らざるを得ない」
「最後の手段!? そんなもの、取らせるものかぁ!!」
ゲンジは素早く拳を振るい、自らの周りを飛び回っていた刀剣の一つをバルカスに向かって弾く。
空を裂き飛来する刀剣を一瞥したバルカスは、無言のまま雷撃を打ち放ち、刀剣を叩き落とす。
「チィ!」
「……ポルタ、時間を稼げ。被害を考慮せず、すべてを殺すつもりで行け」
「っ! わかった!」
バルカスの指示を受け、ポルタは満面の笑みで頷く。
彼女の元気な返事を聞き、満足げに頷いたバルカスはニーナ王女の体を小脇に抱え、バルコニーから飛び立った。
「逃がすかぁ!」
ゲンジは叫び、その背中を追いかけようと駆け出す。
だが、ポルタはそれをさせまいと刀剣を再び振るった。
「行かせない! 双生児による怪奇輪唱ッ!!」
ポルタの操作に従い、刀剣はゲンジのもとに殺到する。
「邪魔だぁ!!」
だが、今更その程度にひるむゲンジではない。
自らの体に殺到する刀剣を、ゲンジは固めた拳ですべて弾く――。
と、同時。ゲンジの体を衝撃が貫いた。
「―――ッ!?」
まったく、予想だにしない一撃。腹部を貫いた、鈍痛を伴った一撃は、ゲンジの体を容赦なく玉座の間の壁に叩きつけた。
「が、はぁっ!?」
「――バルカスは言った。被害を考えるな、って」
壁に背中を叩きつけられたゲンジは、ずるりと床に落ちながらも、自らの腹部を擦る。
一瞬貫かれたように感じた腹には痛みこそ残っているが、傷のようなものはどこにもなかった。
「こ、これは……!?」
「だから、私たちは戦うよ。全部、全部吹き飛ばすんだ」
怪訝につぶやくゲンジは、顔をあげてポルタを睨みつけた時、その異様な姿に驚き声を失う。
「なん……!?」
ポルタはいつの間にか来ていた衣服の前をはだけていた。
下着も身に着けていない、幼い少女の肢体。ゲンジが劣情を催すには幼すぎる体……その腹部にはまるで子を宿しているかのように大きく膨らみがあった。
その表面には、人間の顔のようなものが浮かび上がっていた。まるで、内側からポルタの腹を食い破ろうとしているかのように。
「その体は、いったい……!?」
「お姉ちゃんは、久しぶりなんだ。だから、加減を間違えちゃうかも」
ゲンジの問いには答えず、朗らかに笑いながらポルタはつぶやく。
「双生児による怪奇輪唱……。私と、お姉ちゃんのイデア。とくと、味わってね」
ポルタがそう呟いた瞬間、彼女の腹の顔が大きくゆがむ。まるで、何かを叫ぶように。
彼女を中心に、玉座の間を消し飛ばすほどの衝撃が吹き荒れたのは、その次の瞬間であった。
ポルタには、生まれた時から一緒に育ってきた姉がいた。
……いや、いたというのは正確ではない。何しろポルタが姉と呼んだ存在は、彼女の腹の中に巣食っていたのだから。
幼いころから、まるで妊婦か何かのように大きく膨れた腹の中。ポルタが姉と呼んだ存在は、ポルタが生まれたころからずっとそこにいた。
「お姉ちゃんは恥ずかしがり屋だから」
周りの人間にはそう説明していたポルタであったが、周りの人はそんな彼女を捨て置かなかった。
腹の中に巣食う何かを姉と呼ぶ彼女が異様であったというのもあるが、それ以上に彼女には力があった。
ポルタに何かあったとき……例えば、彼女をいじめようと近所のガキ大将が拳を振るったとしよう。
そうしてポルタに何かしらの危害が加えられたとき、必ずその危害を加えた者に制裁が下った。
時に頭が果物のように破裂し、時に体が上下に断裂するほど捩じられ、時に口から内臓が裏返った状態で発見され。
ポルタの身に危機が迫れば、必ず起こる凄惨な事件の数々。もはや絶句するしかないその事件を前に、人々は恐れを込めてポルタをこう呼んだ。
悪魔の子、悪魔付きの子、と。
当然、ポルタは反論した。自分は悪魔なんかじゃない、お姉ちゃんだって悪魔じゃない、と。
だが、それを許容するにはポルタの周りで起きる事件はあまりにも凶悪に過ぎ、そして周りの人々はとてもとても弱かった。
ポルタの存在を恐れた人間たちは、やがて悪魔祓いのプロフェッショナルを呼び寄せた。
ポルタと、その姉なる存在を滅ぼすために。
ポルタは必死に抵抗した。だが、この手の事象に手慣れた悪魔祓いの手によって彼女は拘束され、さらには彼女の姉なる存在の力もなにがしかの魔法で封じられてしまった。
なすすべなく横たえられた幼い少女の体に、悪魔祓いの刃が押し付けられる。
―悪魔に咎を。幼い少女にとりついた、愚劣な存在に完全なる死を―
違う、違う! 悪魔祓いの上げた祝詞に、ポルタは必死な叫びをぶつける。
自分たちは悪魔じゃない。悪魔なんて、知らない。
声高に叫ぶ少女の悲痛な叫びは、決して悪魔祓いたちや、彼女を恐れた人間たちの耳には届かない。それらは、悪魔の醜い悲鳴として彼らには受け入れられた。
やがて悪魔祓いに刃はゆっくり振り上げられ、ポルタの首を切り落とすように狙いを定められ――。
「違う、違うの!! 私は悪魔じゃない―――!!」
迫る死の恐怖に、叫ぶことしかできないポルタ。
慈悲のない救いの刃は少女の叫びを無視し、黙々とその職責を果たそうと振り下ろされた。
「――――っ!!」
ポルタは瞳をつむる。自らの体に叩きつけられる、恐ろしい刃から目をそらすために。
…………………だが、いつまで待っても冷たい刃は自分の体に届かない。
ポルタは不思議に思った。なぜ、いつまでも自分の体は死なないのだろうか?と。
「――そう。君たちは悪魔などではない」
「……え?」
その答えは、聞いたことのない男の声が答えてくれた。
「君たちのような可憐な存在が、悪魔などであるものか。君たちは選ばれたのだよ……我が魔王閣下に」
ポルタが目を開いた時、そこに自分を殺そうとした人間たちはいなかった。
代わりに、人間であったものの肉片だけが転がっていた。丁寧に五体をバラバラにされた無数の人間の体はごろりと無造作に地面に転がされ、魔術師姿の男によって踏みにじられていた。
「おめでとう少女たちよ。あのお方に選ばれ、力を賜る幸運は例え輪廻を繰り返したとて容易に手に入るものではない。実に羨ましい話だ」
魔術師の男は、足元を汚す肉片になど目もくれず、優しい笑顔でポルタに手を差し伸べた。
「さあ、おいで。君たちの力が必要なんだ」
「……私たち、の?」
「そう。君たちの……君と、お姉さんの力が」
男の言葉が、するりとポルタの心の中に滑り込む。
誰もわかってくれなかった。自分と姉の存在を。
けれど、この人は違う。きっと違うのだ。
だから、助けてくれたのだ。
「……わかりました。ありがとう、ございます」
「気にする必要はないとも」
自身の手を取ったポルタに、魔術師――バルカスは柔らかく微笑んで見せた。
「さあ、行こう。君たちを認めてくれたお方のもとへ――」
こうして、ポルタとその姉……双生児による怪奇輪唱たちは、バルカスのもとへと下った。
自身を認めてくれた存在……魔王に会うために。
その先に、何があるのかも知らずに。




