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第57話:電光石火

 皆と別れ、王城内を駆け上がろうとしたゲンジが二階に上がって最初に見たものは、そこらじゅうを覆うように張り巡らされた無数の蜘蛛の糸であった。


「なんだ、これは……!?」


 足の踏み場もないという表現を現実で目の当たりにするとは思っていなかったゲンジは、思わず後ずさりしてしまう。

 二階の通路、特に三階へと上がる階段へ向かえる廊下には分厚い蜘蛛の巣が形成されており、まだまだ満足していないのか、人の頭ほどの大きさの蜘蛛たちがうごうごとうごめいて今なお巣を形成し続けている。

 これらはバグズが自身の進化のために設置したもの。アルス王の足止めと誘導を行うよう、指示を出しておいたものが彼の死によってそのまま放置されてしまった結果である。

 巣を作り続ける蜘蛛たちにとって自らの存在意義は「糸を吐き出し、巣を作り続けること」であり、彼らの主たる存在から別の指示を貰わぬ限り、彼らは死ぬまで巣を作り続ける存在なのだ。

 だが、その辺りの事情が分からないゲンジにとって、この蜘蛛たちの目的は違うものに見えたようだ。


「これは……! やはり、アルス王たちは最上階の玉座の間にいるとみて相違ないようだな……!」


 ゲンジは一人納得すると、硬く拳を固める。

 曲がりなりにも蜘蛛の糸。下手に触れようものなら瞬く間に絡めとられ、そのまま動きを止められてしまうだろう。

 こういう時は魔法か何かで焼き払うのが定石となるが、あいにくゲンジはそちら方面にひどく疎い。ノクターンが一緒にいれば、彼女が焼き払ってくれたことだろう。

 だが、ゲンジに魔法は必要ない。彼が勇者と呼ばれる所以たる力……イデアが、その拳に宿っているのだから。


「んんん……! ゼアァァァァァァ!!」


 ゲンジが大きく拳を振るった瞬間、目の前の空気が爆ぜる。

 それは誇張ではなく、目で見ても明らかなほど、何もないはずの空間が大きく弾けたのだ。

 爆ぜた空間から押し出されるように飛んだ空気の塊は、目の前に存在する蜘蛛の巣を容赦なくぶち抜いてゆく。

 巣を作っている蜘蛛ごと抉り穿つ空気の塊はそのまま直進し、通路の先に存在した壁にぶち当たり爆散する。

 そのまま残っていた巣の残骸も、破裂した空気の嵐で吹き飛んだのを確認したゲンジは、一つ頷いて開けた通路を猛進し始める。


「待っていてください、アルス王……!」


 ――イデア、という能力に関して判明していることは、実際のところほとんどないと言い切っても過言ではない。

 わかっているのは、魔王を討伐した初代アルス王とその仲間たちが魔法ではない別の力を行使したということだけで、同様に魔法とは異なる別種の異能力をすべてイデアと呼んでいるのだ。

 その効果や発動条件も千差万別であり、はっきり言えば“イデア”という名前の技術体系など存在しない。

 実のところ、フォルティスカレッジでの険しい訓練も「こうしていけば比較的高い確率で、魔法以外の異能力が使えるようになるかもしれない、たぶん」というレベルのあいまいな話だったりする。一応、イデア発現者が現れた年の訓練と、イデア発現者の成績などをデータとして取り、可能な限り統計を取っており、少しでも確実なイデア発現に向けた研究は行われているが、それでも依然としてイデアの発現方法というものは確立されていない。

 今王城の中で拳を振るい、自らの眼前に立ちふさがる大量の障害を問答無用で弾き飛ばしているゲンジのイデアも、発生や由来が全く不明なイデアの一つであった。


「デヤァァァァァァ!!」


 ゲンジが拳を一つ振るうたびに、その拳の先に存在していた空気や何かが容赦なく弾き飛ばされ、壁に叩きつけられてゆく。

 空気ばかりではない。時としてその対象は、自衛のために襲い掛かってきた蜘蛛であり……また、目の前を遮る蜘蛛の巣であるときもあった。

 獲物を絡めとるため、非常に高い粘性を持ち、触れるだけで動けなくなるはずの蜘蛛の巣を、ゲンジは容赦なく拳で弾き飛ばしているのだ。


「この程度!! 我が拳骨の前では、薄紙にも等しいぞぉ!!」


 彼が声高に叫ぶ通り、その眼前に立ちふさがる障害は等しく弾き飛ばされてしまう。

 ――彼の勇者名と同じ名前を持つイデア、拳骨隆々。その効果は、ゲンジの固めた拳はあらゆるものを弾き飛ばしてしまう、というもの。

 発動条件はゲンジが拳を固めるもの。効果範囲はその拳が触れたもの。拳が触れたものは、ゲンジが意図的に選別しない限り、あらゆるものが容赦なく弾き飛ばされてしまう。

 そこに何もないはずの空気が弾き飛ばされたように、本来は触れたものに絡みつくはずの蜘蛛の糸も容赦なく弾き飛ばされる。ゲンジの拳に張り付く間もなく……というよりはその結果が現れなかったというべきだろうか。弾き飛ばされた蜘蛛の巣は、壁に叩きつけられた瞬間に自らの役割を思い出したかのように、壁にべちゃりと糊のように張り付き広がっている。

 弾き飛ばされたものに、それ以上の効果は表れない。ゲンジはあくまで弾くだけであり、その瞬間に生命が死滅することはない。

 だが、当然弾かれた先に壁があればその壁に弾かれた勢いのまま叩きつけられる。即死はしないが、食らえば死ぬ可能性が高いイデア。それが、ゲンジの拳骨隆々である。


「オオオオォォォォォォ!!」


 ゲンジは拳を振るい、最速最短で王城の中を駆け抜ける。

 その脳裏に駆け巡るのは、かつて自らが暮らしていた祖国の姿。

 ――力及ばず、滅んでしまった自らの故郷の姿。

 その時、ゲンジにはイデアはなく、挑んだ魔物に一蹴されてしまい、気づいた時にはすべてが終わってしまっていた。

 だが、今のゲンジにはイデアがある。立ちふさがるあらゆる困難を、その拳でもって弾き飛ばせる力がある。

 二度と滅ぼさぬために。今度こそ守るために。

 拳骨隆々の名を頂いた勇者は、次々と障害を弾き飛ばして突き進む。

 二階、三階、四階。そして謁見のための待合室も乗り越え、ゲンジは拳を振り上げ玉座の間の扉を粉砕する。


「アルス王ォォォォォォォ!! ご無事ですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 散乱する木くずと埃にも構わず、大声で叫ぶゲンジ。

 そんな彼の声に煩わしそうに答えたのは、中庭でも逢い見えた幼い少女であった。


「うるさい……」

「むっ」


 聞こえてきた声に素早く構えるゲンジ。

 埃が晴れた後に現れたのは、大量の武器を傍に従えた少女……ポルタであった。


「そんな大きな声を出さなくても、聞こえてる……」

「ふむ、そうか……それは、悪かったな」


 ゲンジは油断なく構えながら、素早く玉座の中を見回す。

 そう広い場所でもない玉座の間。本来アルス王が座している玉座に彼の姿はなく、代わりにいたのは王の子女たるニーナであった。

 ぐったりと体を自らの玉座に横たえたニーナは、どうやら気絶しているようだ。こちらの存在に気付いた様子もなく、小さなうめき声をあげている。


(なん、だと……!?)


 王の不在と王女の存在。思ってもみなかった事態に一瞬混乱するゲンジ。

 だが、その混乱を一息に飲み干し、静かにポルタへと尋ねた。


「……アルス王をいずこへやった? そも、なぜニーナ王女がここにおられる?」

「知らない。あんな王様、どこへでも行けばいいの」


 ゲンジの問いに、ポルタはふてくされたように答える。


「私が言われたのは、こっちの女を守ること。誰の手にも渡らないよう、守るのが私の仕事」

「ニーナ王女を……?」

「そう。この女、バルカスの……えっと、けいかく?のばっくあっぷ……なんだって。だから、守るの。誰の手にも、渡らないように」


 誇らしげにそう語るポルタ。

 ゲンジは彼女の言葉がいまいち理解できなかったが、それでも必要な情報を拾うことはできた。


「……それはつまり」


 ニーナ王女が、連中の計画の要の一つであるということ。


「ニーナ王女を救えば、貴様らの計画を折ることができるかもしれんのだな……?」


 静かに構えた拳に力を籠め、ゲンジは目の前のポルタを睨みつける。

 もしいるのであれば、ゲンジの娘がこのくらいであってもおかしくはないだろう。それほどに幼い少女であるが、殺気すらこもるゲンジの視線にもひるまず不敵に笑う。


「できないよ。私たちに、おじさんは勝てないもの」

「ほう?」


 ポルタはそう宣言すると、タクトのように指を振るう。


双生児による怪奇輪唱(ツインズ・ガイスト)!」


 それに従うように、無数の武器がゲンジに向かって刃を向ける。

 ポルタはつい、と指を振り上げ。


「――死んじゃえ」


 楽しげにつぶやくと、指を嫋やかに振り下ろす。

 それと同時に無数の武器はゲンジへ向かって殺到。その凶刃を、彼の体へと叩きつけようとした。




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