第56話:拳骨隆々、動く
地下牢からの脱出。武器庫の奪還。
そのどちらも、全く邪魔すら入らず、スムーズに終えることができた。
「あっけないくらい、あっさりと事が終わったな……。何かの策か?」
あまりにも拍子抜けな結果に、ゲンジが不審をあらわにする。
たった四人で国を攻め落とした手合いにしては、無防備に過ぎると感じているのだ。
てっきり地下牢を出た後も、激しい妨害にさらされるものかと考えていた。少なくとも、向こうの手勢はそれにふさわしいだけはあると睨んでいたのだ。
だが、武器庫に向かうゲンジたちに妨害はなく、装備を整えている間にも干渉は一切なかった。
解せぬといわんばかりのゲンジを見て、ノクターンは軽く肩をすくめて見せた。
「なに。あっさり終わるのであれば、重畳というものだよゲンジ。……警戒を怠るのはよくないが、だからと言って気を張りすぎるのもよくはない。そうだろう?」
「……そうだな。君の言うとおりだ」
ノクターンの言葉に張り詰めていた緊張の糸を解し、ゲンジは武装を終えた者たちに指示を飛ばす。
「二回生たちは、城下町のスケルトンたちの掃討! 三回生と四回生はそれぞれ分散し、城下町に見える怪しげな光の塔の調査! 必要があれば、それの破壊も考えてくれ!」
「塔の調査の統括は私が担う! 各班には、必ず通信が可能な魔術師が随伴するように! よいな!?」
「「「「「応ッ!!」」」」」
ゲンジたちの言葉に、一糸乱れぬ様子で答えるフォルティスカレッジの生徒たち。
その様子に満足げに頷くゲンジの前に、一人の少年が出てきた。
「……あの、先生? 俺たちは……」
まだ小柄なその少年は、一回生のうちの一人。
ゲンジたちと同じように地下牢に捕らえられていた一回生たちは、ゲンジたちに倣うように武器庫まで駆け抜け、そしてその中で各々武器を手に取ったり軽く振ったりしていた。
何名かはいかにもやる気満々な様子であったが、現在の状況を前に不安を強く覚えているものも多くいるのがうかがえる。
そんな一回生たちの様子を見て、ゲンジは冷静に指示を告げた。
「……お前たち一回生は、全員待機だ。フォルティスカレッジの寮、あるいは王城を確保せよ」
「えっ!?」
「さすがに、状況が不安定すぎる。何が起こるかわからない以上、お前たちを連れ歩くわけにもいかない」
ゲンジに続き、ノクターンも冷静な……あるいは冷淡な様子で目の前の少年に告げた。
「頭数が一番多いのがお前たちだが、それだけに我々の目が届かんこともありうる。もしもの時は、お前たちが最初の犠牲になるだろう」
「これは演習ではない。実戦だ。未熟なお前たちには、荷が重すぎる」
「あ、はい……そうですよね、はい……」
はっきりとお前は未熟だと告げるゲンジたちに、反論できずに押し黙る少年。
考えずとも当然の話であった。一回生は、フォルティスカレッジにやってきてまだ一か月しか経っていない。ここにくる以前に何らかの形で戦いに従事していた者もいるかもしれないが、すべてがそうではない。むしろ大半の者が、戦いとは無縁な生活を送ってきただろう。
そんな素人を連れて行ったとしても、まともに役に立つことはあるまい。スケルトンの掃討くらいは手伝えるかもしれないが、もしも想定外の事態が起きた時、自分で自分を守ることができるのかと問われると、どうしても疑問を覚えずにはいられない。
こんな状況で、危ない目に合うなんてありえないなどと世迷言が言える者はどこにもおらず、ゲンジたちの決定に異を唱える者もいなかった。
「――なんでだよ、先生!!」
たった一人。ダトル・フラグマンを除いて。
手に特殊銀製の剣を握り締めたダトルは、肩を怒らせながらゲンジの前に出て叫んだ。
「俺たちも戦う! この国を守るのは、俺たち勇者の仕事だろう!?」
「お前たちは勇者ではない。戦士とも呼べない、ただの子供だ」
声高に叫ぶダトルを見下ろし、ゲンジは冷淡に告げる。
「本当にお前が勇者たる資格を持つというのであれば、自らの力量を弁える程度のことはできる。それすらできず、ただ猛進することしか能がないようでは、その剣を任せることすらできない」
「なんでだよ……!? トビィは、あの招かれ野郎はよくて、なんで俺がダメなんだよ……!!」
ダトルは悔しさを滲ませながら、歯ぎしりをする。
トビィの名前を出され、一瞬ゲンジは動揺する。
だが、それを即座に覆い隠すと、冷淡なままダトルを諫めた。
「……彼は、唯一敵方に捕らえられていなかった。故に、彼が行動できたのではない。彼しか行動できなかったのだ。恥ずべきことではあるが、彼に頼らざるを得なかったのだ」
「ふざけんなよ!! だったら、今この国を救えるのは俺たちだけだ! なのに、なんで俺たちは待機なんだよ……!!」
「単純に弱いからだ。ダトル・フラグマン」
ノクターンがあきれたような表情をしながらゲンジとダトルの間に入ってくる。
「トビィ君には、あの邪悪な戦士を打ち滅ぼすだけの力が秘められていた。だが、君はあの地下牢を徘徊していた骨の化け物を倒すことすらできなかった。これだけ明確な力の差があるというのに、いったい何が納得できないというのかね?」
「あんなのまぐれに決まってる……! 俺だって、俺だって武器が手に入っていれば……!!」
「それはあるまい。トビィ君は素手であの男を打倒した。君も同じことができねば、彼と同じように自身を語ることなどできまいよ」
ノクターンの指摘に対し、ダトルは何も信じないというように首を横に振り乱す。
「そんなわけねぇ!! あいつは、何か変な魔道具を使ったに違いない!! でなきゃ、あの弱虫で、弱腰で、臆病者なトビィのやつが、あんなふうに敵を倒すなんてありえねぇ!!」
「事実を事実として受け止める度量も、勇者としての器だぞダトル」
処置なし、と言わんばかりに肩をすくめるノクターン。
だが、彼女の言葉はダトルに届かない。彼は特殊銀製の剣を振り回し、そのまま勢いよく外へ向かって駆けだした。
「うあぁぁあっぁぁぁあっぁぁぁぁ!!!!」
「ダトル!?」
「追わんでいい!!」
まるで逃げ出すように飛び出したダトルを、何人かのクラスメイトが追いかけようとする。
だが、ゲンジはそれを鋭く制し、いっそ冷淡な様子で告げた。
「……自制することもまた、勇者の資質の一つ。このまま、敵に見えて逃げることもせぬほどに自身を律することができんのであれば、いっそここで果てるのが奴のためだ」
「………はい」
残酷で冷徹なゲンジの判断。それに対して異を唱える者は、一回生の中にはいなかった。
彼らの言葉が至極当然なことであったのもそうだが、それ以上にダトルに付き合いきれないという気持ちが彼らの中にあった。
いったい何が彼をそこまで駆り立てているのか、全く理解できない。確かに、昨日までダトルにすら勝てなかったトビィが、いきなりラウムという強大な戦士の命を絶ち切ったのは驚きであるが、だからと言ってそれがダトルの何をそこまで煽っているというのだろうか?
正直に言えば、トビィの勝利はダトルの言う通りだという気持ちがその場の全員にあった。だが、それの何が問題だというのだろうか?
勝てぬ相手に、強い武器を持ち出すのは当然の思考だ。それを使い、敵を打倒したとして、それは何ら恥ずべきことではないはずだ。
……いずれにせよ、ダトルには頭を冷やす時間が必要だろう。ゲンジは一つため息をつくと、一回生の者たちに声をかける。
「――ともあれ、一回生は待機である。命を大事にせよ」
「はい」
「それで、君はどうするのだ?」
「私は、アルス王の救出に向かおうと思う」
ゲンジはそう言って、拳を握る。
「どこかに捕らえられているであろうアルス王……その周辺を抑えているのは、おそらくあの少女であるはずだ」
「ふむ……。アルス王の武器すらたやすく奪ったあのイデア持ちの少女か」
ポルタの存在を思い返しながら、ノクターンは納得するように何度か頷く。
「なるほど。であれば、君のイデアが、最も奴の相手に適しているな」
「その通り。我がイデア、拳骨隆々……今こそが、その力の発揮し時というわけだ」
ゲンジは拳を握り、力強く頷いて見せる。
「アルス王の御身が戻れば、最悪この国の存続は可能だ。魔王の復活を防げずとも、あのお方を旗頭に、対抗勢力を生み出すことができるだろう」
「そう、たやすい話でもなかろうが……目下の最優先事項は、アルス王の救出。それは間違いないだろうな」
ノクターンはゲンジの言葉に同意するように頷き、軽くその肩を叩いた。
「では、よろしく頼むよ“拳骨隆々”ゲンジ。この国の最高齢勇者として、その力を発揮してくれたまえよ」
「最高齢は余計だ」
ゲンジは憮然としながら言い返すが、ノクターンは笑って受け流し、そのまま外に出向いて行った。
彼女に続くように二回生以上の者たちも武器を手に、城下町へと向かう。一回生たちもゲンジの言葉におとなしく従い、寮へと向かって移動を開始し始めた。
皆がそれぞれのために動き始めたのを確認し、ゲンジもまた動き始める。
「さて……アルス王に拾っていただいたこの力……。今こそ、この国のために役立てるとき……!」
強い決意も新たに、ひとまず玉座を目指すゲンジ。
……すでにそこにアルス王がいないことを知らぬまま、彼はアルス王の救出へと駆け出してった。




