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第54話:王の進化

 現在アルス王がいるのは、城の中庭から侵入できる、城内一階の通路。城のど真ん中に位置する中庭に通じる通路であるため、基本的に城内一階の各部屋すべてに通ずる通路と考えてよい。

 ここを歩いていて、バグズの尖兵と化したフォルティスカレッジの生徒と遭遇したということは、奴は一階付近にいるのだろうか?

 そこまで考えたアルス王であるが、自らの安易な考えを否定する。

 そもそも、奴は虫を偵察兵代わりに飛ばしていたのではないだろうか? 一番最初、兵舎から剣を借りて虫の一群を叩き潰した後、即座にバグズが現れたように思う。

 彼のイデアが虫を生み出すものならば、何らかの形で彼と虫は繋がりを持っているはず。であれば、虫がいるのであればどこでもバグズの視界の範囲であるし、手の届く位置。奴の手先と遭遇したからとて、その付近に奴がいるとは限らない。

 彼らは城内を歩いていて、運悪くバグズに狙われたと考えるべきだろう。

 バグズの居場所はひとまず置いて、この場所までフォルティスカレッジの生徒たちがやってきたということを考えよう。バグズがアルス王を陥れるためだけに、彼らを地下牢から解放するわけもあるまい。第一、彼らが捕らえられていた地下牢は、中庭から結構な距離、離れている。アルス王がバグズを見失ってから、そこまで長い時間が経ったわけではない。距離を無視できない限り、やはりバグズが彼らだけを開放したとは考えにくい。

 であれば、おそらく彼ら以外も地下牢から解放されているはず。つまり、トビィは無事に地下牢の仲間たちを助けることができたのだ。

 小さな勇者が自分の与えた使命を全うしたことをうれしく思い、アルス王は顔を綻ばせる。彼には、とびっきりの報酬を用意せねばなるまい。

 だが、それにはまずこの国を襲う災禍を払わねばなるまい。


「……ひとまず、武器庫を目指すとするか」


 アルス王は当面の目的地を武器庫に定め、通路を走り始める。

 アルス王が地下牢の中に捕らえられていた場合、まず第一に武器の確保を目指す。何はなくとも、まずは武器が手に入らなければ戦うこともままならない。空手で戦うことができるのは、武器が手になくとも問題なく機能する魔法が得意な者や、それこそイデアを会得した者くらいだろう

 幸い、地下牢から武器庫まではそこまで距離が離れているわけではない。どちらも、城内では離れに位置する場所にある。少し走れば、五分もせずにたどり着けるはずだ。時間的猶予からいっても、まず初めに武器庫を目指すのがこの国を開放する近道だろう。

 そこまで行き、味方との合流を第一に考える。バグズの正確な位置がわからないのであれば、無理に捜し歩く必要もない。むしろ、そこら中に敵の目があることを考えると、こちらが無効を探すだけ無駄だ。どんなに頑張っても、バグズの不意を衝くことは難しいだろう。

 ならば、一番最初になすべきは戦力の増強である。アルス王は、あの状態のバグズは脅威ではないと感じていたが、それでも切り札の一枚二枚はあるはずだ。だからこそ奴は敗北を認めようとしていないのだし、素直にアルス王から逃げ出したのだ。今、奴の切り札が切られようとしているのであれば、その未知数の戦力に対して抗するだけの力が必要になる。

 そのために一番手っ取り早いのは、戦える味方を増やすことだ。しっかり確認したわけではないが、地下牢にはアルス王の近衛騎士たちも捕らえられていたはず。彼らと合流できれば、ポルタが出てこない限りは、バグズの切り札とも十全に拮抗しうるはずだ。

 そう考え、一目散に武器庫を目指すアルス王。彼の眼前に、突如窓を突き破りながら巨大な虫が現れた。


「っ!」


 ぎちぎちと甲殻を鳴らしながらこちらを睥睨するのは、巨大なムカデだろうか。

 鋭い顎を開閉しながらムカデは長大な体をくねらせ、アルス王へと躍りかかった。

 手にした長剣に魔力を込め、アルス王は新たな魔法剣を発動する。


「雷よ!」


 彼の一声と同時に紫電を纏った長剣は、彼の振るうとおりにムカデの体にその刃を突き立てた。

 次の瞬間、眩い雷光はあっという間にムカデの全身を侵食し、その体をくまなく電熱で焼き尽くしてしまう。

 鼻につくキチン質のにおいを放ちながら絶命するムカデ。だが、アルス王は残心することなく周囲を睥睨する。

 何故なら、羽音は止んでいないからだ。窓の外だけではない。中庭のほうからも、無数の羽音がこちらに向かってやってきているような音が聞こえてきている。

 やはり、バグズにはこちらの行動が筒抜けになっているのだろう。的確に包囲されてしまっているようだ。

 アルス王は一瞬迷ったが、そのまま武器庫へ向かって駆け抜けることにした。

 状況的には包囲されてしまっているが、その突破は容易だと考えたのだ。少なくとも普通の虫であれば魔法剣で容易に断ち切ることができる。ならば、味方がいるはずの武器庫に駆け込むのが最善のはずだった。

 だが、アルス王の策はもろく崩れる。通路を曲がったアルス王の眼前に現れたのは、通路を完全にふさいでしまった巨大な蜘蛛の巣であったからだ。


「なんと……!?」


 通路を隙間なく埋めてしまった下手人は、出来上がったばかりの巣の上で満足そうに寛いでいる。人の頭ほどの大きさもある巨大な蜘蛛だ。きちきちと足を鳴らしているだけで、全身を嫌な怖気が走るのを感じる。

 アルス王は元の道を戻ろうとするが、そちらからも道を埋めるような大量の虫たちがこちらに向かってやってきているのが見える。

 炎の魔法剣で焼き払うのは簡単だろうが、この調子でガンガン虫を送り込まれても困る。

 舌打ちとともにアルス王は体を翻し、武器庫の反対側にある階段を目指す。

 一階がダメであれば、二階から迂回するように進めばよい。とにかく前に進み、味方と合流せねば。

 二階に上がったアルス王は、信じられない光景を見る。


「……まさか、ここまで早いとは」


 それは、そこら中に張り巡らされた蜘蛛の糸。二階のすべてのフロアを覆いつくそうとしているのか、今も蜘蛛たちがせっせと糸を吐き出し、巣を形作ろうとしているのが見える。

 こうなると、さらに上の階も蜘蛛の巣ができていると考えるべきか。最上階の玉座の間にまだニーナが捕らえられていることを考えれば、当然の防備か。

 アルス王は来た道を戻ろうかと考えたが、階段の下から昇ってくる津波のような虫たちの数を見てすぐに考えを変え、素早く視線を巡らせる。

 みっちりと隙間なく埋められた蜘蛛の巣の中、ほんのわずかに隙間のようなものが見える箇所があった。

 向こう側にも蜘蛛の姿はなく、そこだけ蜘蛛が巣を作り忘れたかのような、そんな隙間だ。

 アルス王は思案もせず、その隙間へと体を飛び込ませた。次の瞬間、彼の背後に大量の虫が殺到する音が聞こえてくる。

 だが、アルス王が飛び込んだ蜘蛛の巣の隙間にまではやってこない。どうやら、バグズの支配下にあるとはいえ基本的な虫の力関係はそのままであるらしい。蜘蛛の巣に捕らえられたら、抜ける術はないのだろう。

 蜘蛛の巣の隙間を抜け、まだ無事な通路を走りながらアルス王は考える。


「……誘われているな」


 蜘蛛の巣による進路妨害と思考を遮るような大量の虫たちの追撃。

 そして、わざと残された蜘蛛の巣の隙間。深く考えずとも、バグズが何らかの意図をもって進路を誘導しようとしているのは間違いないはずだ。

 アルス王は蜘蛛の巣が少ない場所を飛び越えながら、バグズの誘導に従い先に進む。

 さして広くもない二階のフロアを進むアルス王は、やがて中庭を臨むバルコニーへ向かう通路へとやってきていた。

 アルス王はバルコニー前の広場を抜け、そのままの勢いでバルコニーの扉を蹴破る。

 バグズの誘導によって、中庭へと戻されるような形でやってきたアルス王は、そこでまた見たこともないものを見ることとなった。


「……これは」


 それは、巨大な白い繭であった。

 大きくあいた地面の穴、その上にふたをするような形で作られた白い繭は、今まさに何かが生まれ出ようとしている様子であった。

 びくり、びくりと大きく震えた繭の様子を見ていたアルス王であるが、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……ようやくだ。お前に負けないからだが、今、完成したぞ……!」

「……この声」


 まだ幼い少年の声。それは、つい先ほど聞いていた、敵の声だ。

 その声が繭の中から聞こえるのと同時に、白い繭を突き破って黒い鉤爪が現れた。

 鋭い甲殻に覆われた鉤爪は、そのまま繭を引き裂きながら、その中に納まっていた体を無理やり外へと引きずり出す。


「ぷ……はぁ~!」


 幼い少年の声を喉あたりから発しながら出てきたのは、到底人とは言えない虫の怪物であった。

 基本的な造形は人間のそれなのだが、全身を覆う甲殻は完全に虫のそれであり、顔に至っては悪魔のような形相をしている。

 てらてらと全身を気味の悪い体液で濡らしながら繭からはい出した虫の怪人……バグズは、軽く体をほぐしながらアルス王を見上げる。


「ああ、くそ。ずいぶん遅くなったけど……これでようやく始められるぞ……!」

「それが、君の本気というわけかね?」

「そうだ! お前ごときに負けない体! これこそ、僕のイデアの真骨頂だ!」


 バグズは叫び、背中の羽を広げて飛び上がる。


「僕のイデアは、僕自身も生まれ変わらせることができる! こうなると、元に戻るのには時間がかかるが、その分強大な力を持っているぞ! さっき、お前が得意げにぶち殺した甲冑虫なんて、比じゃないほどの、力だ!」

「ふむ。そうかね」


 アルス王は手の中で長剣を弄びながら、油断なくバグズを見上げる。

 たいそうな自信だが、全く根拠がないわけではないのだろう。実際、彼の言う通り全身の造詣が甲冑虫とは全く異なる。どんな体構造をしているのか、あまりそうした知識のないアルス王にはわからないが、体のあちこちからいろんなものが飛び出してもおかしくはないだろう。

 バグズは喉の奥で笑い声をあげながら、アルス王を睥睨する。


「クックックッ……! さっきまでは優位にたたれたが、もうお前の時間は終わりだ! 僕はお前を殺し、地下牢からのこのこ出てきた連中も皆殺しにしてやる!」

「ふむ」


 アルス王は一つ頷き、バグズを見てこう言った。


「では、やってみてくれたまえよ。まずは私を殺すところから」

「いわれなくてもぉ!!」


 バグズは叫び、鉤爪を振り上げてアルス王へと襲い掛かっていった。




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