第51話:攻勢の入れ替わり
ラウムの監視に当てていた支配寄生虫。その反応が完全に消失したのは唐突にであった。
「っ!?」
アルス王との戦闘の最中であったが、バグズは思わずといった様子で地下牢のほうへ振り向いてしまう。何しろ、もしもの時の支配寄生虫が消え失せたのだ。これは由々しき事態である。
(……ラウムの異空間に閉じ込められた? いや、違うか……)
思い浮かんだ可能性の一つを、バグズは即座に否定する。
バグズの生み出した虫たちは、彼のイデアの影響を強く受ける。これは生物としての特性に現れる、というよりはバグズの支配能力がとても強く現れるものである。
具体的に言うならば、魔法の干渉すら通さないような密閉空間に閉じ込められた虫がいるとして、バグズはその虫の感覚すら拾い上げることが可能なのである。バグズにとって、密室ほど無意味なものはない。虫が通れる隙間があるならば、その中を見ることが出来るのがバグズのイデアだ。
情報の収集能力に関しては、空間を把握するラウムのイデアよりもはるかに上である自負があった。その能力は、ラウムの展開する地獄への開廟の調べすら貫通することは確認済みである。
故に、閉鎖空間に閉じ込められたというのは非常に考えにくい。他に考えられる可能性としては……やはり、支配寄生虫が潰されてしまった可能性だろうか。
(むしろ、確率で考えればそのほうが高い、か)
支配寄生虫は、あらゆる人間をバグズの支配下に置くことの出来る、切り札のうちの一つ。
対象の脊髄に取り付くことさえ出来れば、一切の反逆を許さぬ傀儡が一瞬で生み出せる優れものだが、弱点や欠点は多い。一度に支配できる人格は一人までであったり、生み出すためには他の虫百匹分のリソースが必要であることだったりであるが、その中でも特に顕著なのは支配寄生虫本体の脆弱さであろう。
人間に取り付く前の支配寄生虫の耐久力は、極端な温度変化で身動きが取れなくなり、若干大きめのボールを投げる程度の衝撃で粉砕されてしまう程度しかない。一度人間に取り付いてしまえば、その人間と同化してしまうためほとんど考えなくてよい欠点なのだが……。
(今回はラウムの監視がメインであったため、奴から若干離して飛ばしていたのが仇になったのか?)
バグズは己の失策に舌打ちをする。
ラウムの勘のよさは獣並であったため、支配寄生虫が肌に触れるようなことがあれば、即座に叩き潰しにかかるだろうと考え、あえて触れずに視界を利用した監視に止めていたのだが、それゆえに何らかの原因で支配寄生虫が潰されてしまった様だ。
その寸前、支配寄生虫の視界から意識を外していたのもまずかった。おかげで支配寄生虫が死滅する寸前の様子が確認できなかった。
やむなくバグズは、地下牢付近に飛ばしていた捜索用の羽虫群の視界を拾い上げる。
――そうして視界の中に移ったのは、地下牢から飛び出し、各々城の中へと散ってゆく勇者モドキたちの姿。
「っ!?」
〈まずは武器庫に向かうぞ! そうしたら、町の人間を解放する者と、城内に残った敵を掃討する者とに別れる!〉
禿頭の男の指示に声を上げながら従う勇者モドキたち。彼らは迷いなく武器庫のある方向に向かって駆け出していった。
その動きに迷いはなく、背後を気にかけている様子すらない。勇者モドキたちの行動の迷いのなさに、バグズはありえない結論を導き出した。
(ラウム、やられたっていうのか!? そんな馬鹿な!?)
奴が離反することよりもはるかに強い衝撃が、バグズの脳裏を駆け抜ける。
ラウム・ディアボロス。彼の離反はありえても、彼の敗北はないとバグズは考えていた。
彼の持つイデア、開廟の調べ。主によれば、他に類を見ないほどに凶悪なイデアであるという。
彼はこの能力を移動や、あるいは閉鎖空間の形成などにしか利用しないが、主の見立てではその気になればあらゆる防御や魔法による反撃を無視して、狙った相手だけをバラバラに引き裂くことが可能なのだとか。
空間とはすなわち、世界そのもの。それを限定的にとはいえ自由にコントロールできるラウムのイデアは、文字通り敵が存在し得ない最上の能力なのだとか。
バグズは、専門用語が入り乱れていた主の説明を半分も理解できなかったが、それでも主の言葉を信頼……いや、妄信していた。
バグズにとっては主、バルカスこそが一であり全だ。彼の言葉が真理であり、この世に唯一無二であるバグズの光であった。
故に主の言葉が覆らぬ以上、ラウムの身に敗北などありえないはずであった。
だが、地下牢から飛び出してきた連中は、地下に監視に向かったラウムを気にした様子すらない。それはつまり、ラウムという脅威が地下牢の中から排除されたと考えるべきだろう。
(一体何があって……!? ラウム、何がお前を倒したって言うんだ!?)
混乱のあまり、羽虫の視界を通じて武器庫に向かう勇者モドキたちを睨み付けるバグズ。
あるいは武器庫に向かう者たちの中に、ラウムを屠った敵がいるのかと考えたが、それはありえない話だろう。
魔王復活の燃料たる勇者モドキたちを地下牢に閉じ込めた際、彼らの武器は全て取り上げられているはずだ。……ラウムが怠けていなければ、という前提にはなるが。
だが、それを抜きにしてもラウムという戦士を打倒するのは容易ではないだろう。奴は、バグズの身の丈などあっさり凌駕しかねない剛斧を、それこそ木の枝同然に軽々と振り回す。さらにそれを振り回す彼の技量はすでに熟練の領域にある。生きてせいぜい二十年前後程度の勇者モドキの戦士たちでは、例えその手に武器があったとしても勝てる見込みは少ないはずだ。
確か一緒に一人だけ残っていた勇者が幽閉されていたはずだから、下手人はその男だろうか。
そう考えながら、武器庫に向かう勇者モドキたちの監視を強めるバグズ。だが、ラウムの敗北というありえない可能性を目前にしたためか、その意識はただ一点のみに向かってしまい。
「――ゼェアッ!」
「っ!?」
肝心の、己の傍で戦う者からは外れてしまっていた。
腕に走った衝撃は、一瞬で激しい熱の様な痛みを伴う。まるで腕を切り飛ばされてしまったかのような痛みだったが、腕を切り落とされたのはバグズではない。
バグズの代わりにアルス王と直接戦っていた、甲冑虫の腕が斬り飛ばされてしまっていた。
青い体液を噴出しながら吹き飛び転がる甲冑虫の腕。
アルス王は、一瞬生まれた隙を逃さず振るった己の刃から甲冑虫の体液を振るって飛ばし、不思議そうに呟いた。
「ふむ? 随分隙だらけであったな。何かあったのかね?」
「貴様っ……!!」
飄々と問いかけるアルス王を睨みつけながら、バグズは甲冑虫の様子を窺う。
斬り飛ばされたのは、四本存在する腕の内一本。人間で言えば、左腕に当たる部位の、肘あたりから先が存在しない。
綺麗にすっぱり切り飛ばされてしまった左腕部からは、絶え間なく甲冑虫の体液が零れ落ち、その体力を徐々に奪っているのを感じる。
「よくもやってくれたな……! 我が甲冑虫の腕を斬りおとすとは、下に恐ろしき魔法剣だな……!」
「いいや? 今のは魔法剣ではないよ。魔法剣を使う必要もなかった」
アルス王は軽く言いながら、手の中で長剣を弄ぶ。
「鋼のような甲殻の隙間を縫うように、刃を滑り込ませただけだ。ほとんどその虫の動きは止まっていたのでな。実に簡単な作業だったよ」
「くっ……!?」
こともなげにそう言ってのけるアルス王。その言葉に心当たりがあったバグズは、悔しそうに後ずさりすることしか出来ない。
戦闘用の甲冑虫。これもバグズが生み出した虫のうちの一匹で、半自動的にバグズが敵と見定めた対象に襲い掛かり、その体をバラバラにしようとする性質を持つ。
半自動であるため、バグズが細かく指示を出さずとも高い戦闘力を持って敵と戦うことができるのが利点の一つだが、それが裏目に出ることもある。例えば今回のように、バグズがよそ事に気を取られ、甲冑虫から意識をはずしてしまうと、甲冑虫では対応できない攻撃に対してはほぼ無力となってしまう。高い戦闘力を持つとはいえ甲冑虫はただの虫。高い技量を持つ人間の戦闘力に対して、対抗する術を完備しているわけではないのだ。
バグズは一瞬迷ったが、即座に甲冑虫に指示を出す。
「――見た目が悪い。落としてしまえ!」
甲冑虫はバグズの指示に即応して、斬りおとされた左腕を、肩から一気にもぎ取ってしまう。
部塵、という生々しい音を聞き、アルス王は顔をしかめた。
「むう。何も引き千切らずともよいのではないかね? 痛ましいぞ、少年……」
「ふん。なんとでも言うがいい。役に立たねば自切する。この程度、野生の昆虫にとっては常識だ」
甲冑虫はバグズの言うとおり、左腕をもぎ取ったことなど気にかけていない様子でアルス王と正対する。いや、むしろもぎ取ったはずの左肩からは体液はこぼれておらず、傷も塞がっているように見える。
「貴様相手に、デッドウェイトを抱えているほうが問題だろう……!」
「ふむ。過評価、痛み入るぞ少年」
「ほざけ! 一気呵成に叩き伏せてやる……!」
バグズは歯軋りとともに、甲冑虫に脳内で指示を出す。
バグズの指示を受け取った甲冑虫は、無言のまま床を蹴り、アルス王へと踊りかかるように襲い掛かった。




