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第48話:頑迷

「なるほど? お前が俺の相手をし、時間を稼げば世界が救える、と?」

「そう、です……!」


 力強く頷くトビィに、ラウムは軽く質問を投げかけた。


「それは、大体どのくらいの時間で為しえるのだ?」

「え?」

「時間だよ。おおよそ、どのくらい時間があれば、世界を救えるんだ?」


 世界を救うのに必要な時間。思ってもみなかった質問である。

 トビィは一瞬呆けたように口を開け、それから困ったようにあちらこちらに目線を飛ばし、ここにはラウム以外に誰もいないことを再確認してから、小さな声で呟いた。


「わ、わかりません……けれど、その、いつかは……」

「気の長い話だ。世界を救うのがいつかでは、魔王も欠伸をしてしまうというものだ」


 帰ってきたトビィの返事に苦笑しながら、ラウムはぐるりと剛斧を回して肩に担ぎなおした。


「魔王が復活するまで、ざっと後二、三時間といったところだが……」

「た、たったそれだけなんですか……!?」

「月が天頂に届くまでが、おおよそその程度なのでな。まあ、それはさておき……。これは俺の見立てだが、世界を救うだけであるならば、そんなに時間はかからん。全員で取り掛かって、ざっと一時間程度か。各人が適切な場所へ向かい、己の為す事さえ為せればその程度で済むだろう」

「え……? そんなに、短いんですか……?」

「私見だがな。こちらは少数精鋭で攻めてきているので、各個撃破されてしまえば後に残るのは思考を持たぬ化け物だけだ。ポルタ以外は、勇者でなくとも撃破は可能だろう。俺も含めてな」


 あまりにもあっけらかんとそんなことを言ってのけるラウム。

 彼のこの証言は、トビィにとっては何よりもの朗報であった。

 ラウムの言うとおり、敵は少数精鋭。これを一人ずつ丁寧に潰してゆければ、確実に相手の思惑を潰す事が出来るはずである。少数精鋭の利点は、それが成立する各人の能力の高さであるが、欠点は人員の少なさだ。それを容易につぶせるだけの人員は、地下牢に揃っているはずだ。

 さらに敵方の最大戦力と思われるラウムも、現在、自身が作った結界の中にトビィと閉じこもっている状態だ。外にいる敵は実質三人のみ。手順さえ間違えなければ確実に勝てるはずだ。

 だが、トビィの握り拳の中にはいやな汗が浮かぶ。状況は、確実にこちらに向かって傾いているはずだというのに、いやな予感が収まってくれない。

 目の前にいる、危機に陥り始めているはずのラウムが、いやに余裕たっぷりであるせいなのだろうか。トビィは、静かに問いかける。


「……落ち着いて、いますね。あと一時間程度で、自らの思惑が潰えるというのに」

「今、この瞬間こそ、俺の望んだ瞬間だからな。焦る必要などどこにもない」


 ラウムは嘯くように呟きながら、ニヤリと笑う。


「それに、あと一時間程度で世界は救われない。それは確実だからな?」

「え」


 先ほどと、言っている事が矛盾している。どういうことか。

 それを問うより先に、ラウムは掌の先になにやら球体を呼び出した。


「小僧。これがなんなのか、わかるか?」

「………?」


 ラウムの掌に浮かぶ、無色透明な球体。形容しがたいゆがみのようなものを、トビィはそれから感じた。

 一体それがなんなのかトビィは理解できなかったが、ラウムは彼の答えを待たずに正解を明かした。


「これはな、この辺りの空間を圧縮したものだ」

「……?」


 ラウムが答えを明かしても、トビィには理解できなかった。そもそも、空間がなんなのかがわからないのだ。それを圧縮したものといわれても困る。

 それはわかっているのか、ラウムは苦笑しながら、手の中のそれを軽く握りつぶした。

 瞬間、大きな音を立てて球体は破裂し、ラウムの掌の中から莫大な風があふれ出した。


「わっ!?」

「まあ、早い話が空気を圧縮したものだな。それが解ければ、当然このように大きな風が起きる」


 ラウムは簡単に説明しながら、トビィを見てこう続けた。


「このように、俺は複数の空間を同時に操ることが出来る」

「……そう、ですか」


 それがどうしたのか。トビィはその言葉を口には出さず、ラウムの次の言葉を窺う。

 ラウムはニヤリと笑い、同じ言葉をもう一度続けた。


「俺は複数の空間を同時に操ることが出来る」


 そして、こう付け加える。


「そして、操れる空間は別に見えている必要はない」

「……え?」

「わからんか? 見えない場所の空間も、問題なく操れるのだ」


 呆けたようなトビィを見下ろし、ラウムは笑う。


「この地獄への開廟の調べノックノック・ディアボロスのような閉じた空間を、いくつも作れるのだよ」


 ニヤリと、悪魔のような笑みを浮かべて。






「だめ……! やっぱり、外に出られない!」


 魔王復活を目論む狂戦士……ラウムが消え失せた、フォルティス城の地下牢の中に悲鳴じみた叫びが木霊する。

 援軍の登場。ラウムの消失。鍵を使った牢の解放。それにより解放された戦力たちによる、グレータースケルトンの討伐。

 今までの劣勢が嘘のようにトントン拍子にことが運び、皆の表情に笑顔が戻ってき始めていた。

 それは安堵の笑みであり、これから世界が救われる安心感がこぼれだした結果であった。

 だが、その安堵は地下牢の出入り口を確認するまでしか持たなかった。

 ほぼ全ての牢の解放を終え、何人かが先陣を切り地下牢を飛び出そうとしたとき……開いた地下牢の扉の向こうが、まるで暗黒空間であるかのように歪んでいる事に気がついたのだ。

 初めは驚きと戸惑い、そして恐れが脱出者たちに圧し掛かったが、そのような些細なものは世界の危機の前には不要と、彼らは一歩前に出た。

 彼らの体は暗黒空間の中に飲み込まれ、そのままバラバラに砕かれてしまう……ようなことはなく。まるで手品かなにかのように、出たはずの地下牢へと一歩踏み出していたのだ。


「何度やっても、地下牢に戻ってしまう……! 一体、どうなっているというの!?」

「……空間が歪んでいるようだな」


 ほとんど半狂乱の様子で叫ぶ、魔導師の少女の言葉に答えたのは、ノクターンであった。

 フランの手によって解放され、口を塞いでいた謎の寄生虫を取り去った彼女は、まだ異物感の残る喉をさすりながら、地下牢の扉を塞いでいる謎の暗黒空間を見て、忌々しげに呟いた。


「誰かが、この地下牢を脱出できないように扉の空間を歪め、外に出られないように細工しているようだ……」

「そんな……! 先生、これをどうにかする方法はないんですか!?」


 他の牢を開放し終え、外に出るべく地下牢の出入り口まできていたフランに対し、ノクターンは力なく首を横に振った。


「……これが魔法であるならば私の領分だった。だが、これは違う。魔法ではない。もっと凶悪で理不尽なものによる力……この感じは、イデアによるものだな」

「イデア……!? 勇者様たちの持つ、異才のことですか!?」


 フランにとって、イデアとは希望の象徴だ。

 勇者たちの持つ力そのものであり、それは世界を救う光であるはずだ。

 決してこのような邪悪で、歪なものではない。

 否定して欲しくて叫んだフランに、ノクターンは力なく肯定して見せる。


「そうだ、イデアだ。恐らく……あの戦士のものだろうな」

「あの男のイデアが……!?」

「お前たちの方がよく知っていよう。あの男、自らの意思一つで遠くへ飛んだり、物を運んだりする。恐らく、このように空間を直接操ることで転移などを可能にしていたのだろう……」


 ノクターンは悔しそうに歯軋りをする。

 イデアには、魔法では対抗できない。そのことを、強く感じながら。


「……ゲンジのイデアでもこれに干渉するのは不可能だろう。本来存在しないものに対して、ゲンジは無力だ。ここから出るには、このイデアの持ち主を倒すしかない……!」

「……けど、あの男は……」


 フランは地下牢の中を見回す。

 外に出られぬと知り、騒然となる地下牢。

 その中に、ラウムの姿は当然なく……彼と正対していた少年の姿もない。


「……どこかへと、消えてしまいました。私たちを助けに来てくれた彼と一緒に……」

「これだけ強力な空間操作だ。恐らく、持続している点から考えても遠くにはいけないはずだ。……忘れていたが、魔法で転移しようなどと考えるなよ。この空間操作は地下牢全てを覆い尽くしている。迂闊な魔法で飛んだ場合……命の保証はできない」


 ノクターンの重苦しい言葉を聞き、転移魔法を唱えていた魔導師が何人か、慌てて詠唱を止めた。

 この場で、誰よりも魔法に長じているのは彼女だ。そんな彼女の言葉であれば、信じるより他はない。


「外に出るには、あの男をどうにかするより他はなく、そしてあの男はどこかへと姿を消した……。八方塞とはこのことだな、まったく」


 忌々しげに吐き捨てるノクターン。諦観を滲ませながら、彼女は腕を組み瞑目する。

 フランはそんな彼女を見上げ、それから力なく項垂れてしまう。

 今ここにいる者たちであれば、世界を救うには十分であるはずなのに。

 それを為しえる事も出来ず、世界が滅びるのを待つことしか出来ない。

 目の前の暗黒空間を晴らさねば、未来はない。


(……トビィ君……)


 フランは、一人の少年の姿を思い浮かべる。

 ラウムと共に姿を消した、一人の少年。

 あるいは、グレータースケルトンを二体同時に倒した時のように……彼が、また何か事態を動かしてくれないか、と。祈るように、思いながら。




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