第45話:荒野の決闘
無限に続く荒野に、一人の少年が舞い跳ぶ。
それを見上げ、男は凶悪な笑みを浮かべた。
「―――!」
跳び上がった少年――トビィは、迷わず男――ラウムの頭上を取り、その脳天に靴底を思いっきり叩き付ける。
ラウムは片手でそれを受け止める。
瞬間、恐ろしい轟音が辺りに響き渡る。受け止めたラウムの体が一瞬震え、そのまま崩れ落ちそうになる。
「ぐ……くぅ!」
だがラウムは笑顔のまま耐え、勢い良く腕を払いトビィの体を弾き飛ばす。
そのままと弾き飛ばされたトビィは、中空でくるくると体を回転させながら地面へと落下してゆく。
ラウムはしびれる手を振るいながら、剛斧を両手で握りしめトビィの落下地点へと駆け出す。
「オオオォォォォ!!」
トビィの落下にあわせるように、剛斧の刃が縦一文字に振るう。
地面に叩きつけられた剛斧は、容赦なく荒野を真っ二つに割る。深く抉られた斬撃跡はその一撃の重さを物語っている。
だが、トビィはその斬撃跡の上にはいない。振るわれた剛斧の刃側面を蹴り、ラウムの一撃を回避しているのだ。
だが、回避されるのは予測の範囲内。ラウムは視界の端でトビィの着地位置を確認すると、体を思い切り捻る。
ぎちり、と筋肉が悲鳴を上げる音がいやに大きく聞こえ。
「――ンンンンッ!!!」
ラウムは横薙ぎに剛斧を振るいながら、トビィに向かって突進を仕掛ける。
ごうごうと風を纏いながら突進するラウムの勢いたるや、さながら竜巻か何かのようだ。
ラウムの接近を耳で感知したトビィは、反射的に真上へと跳び上がる。
背面跳びの要領で、ラウムの一撃を回避するトビィ。彼の体は、剛斧が纏った鋭い衝撃に呷られ、再び容赦なく弾き飛ばされる。
「あぐっ!?」
くるくると回転するトビィ。ラウムは体を回転させながら剛斧の勢いを制御し、下から救い上げるような斬撃を放つ。
「オオオォォォォ!!」
迫りくる剛斧の刃。このままではトビィの体は虚空で両断されてしまう――。
「っ!」
だが、その寸前トビィは体を捻りながらラウムの顔面に向かって蹴りを繰り出す。
不自然な体勢から放たれた蹴りは、敵を打ち砕くだけの威力を出すことが出来なかった。
だが、十全な強かさを持って繰り出された蹴りはラウムの動きを一瞬止め、トビィの体を遠くへと弾き飛ばす。
「ぐっ!」
「――!」
衝撃に呻くラウム。無言で地面に叩きつけられるトビィ。
両者の硬直は一瞬。次の瞬間には体勢を整え、互いに向かって向き直る。
「………」
「……クク」
険しい表情のトビィ。終始笑みを浮かべているラウム。対照的な二人は、ゆっくりと間合いを計る。
だが、それはあまり意味のある行為とは言えない。敵を足で踏み砕くトビィと、剛斧を振るうラウム。両者の攻撃間合いには、さほど差がない。武器を持つ分ラウムが有利であるとはいえるが、俊足を誇るトビィにとって武器で稼げる間合いは逃げるつもりになれば逃げ続けられる距離でしかない。故に、互いの必殺距離は接近戦に絞られる。
ならば計るはタイミング。互いにとって必勝の機で仕掛け、相手を打ち倒す瞬間を模索しているのだ。
じわり、じわりと時間だけが過ぎてゆく。
「―――」
「―――」
星も月も太陽もない無尽の荒野では、時間を計るすべもない。
さながら無限の時が流れているかのような焦燥感。実際に流れている時間は僅かであっても、二人の気力を削るには十分な時間であったのだろう。
「―――ッ!」
先に仕掛けたのはトビィ。
沈黙に耐えられなくなったかのように、勢い良く跳び出したトビィは、迷いなくラウムの顔を蹴りにゆく。
ラウムは剛斧を上げることで、これを防御。盾の様に掲げられた剛斧の刃を、トビィの靴底が空しく叩く。
だが、それでは終わらない。トビィは蹴り足を支えに、さらにもう一度蹴る。
蹴った足を支えに、さらに一度。もう一度。
トビィは掲げ上げられた剛斧を、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
「うあぁぁぁぁぁ!!」
咆哮をあげながら、トビィは浴びせるように無数の蹴りを叩き込む。
敵を打ち倒すには足りぬ連打であるが、トビィの足はまるで豪雨に打撃音を奏で、嵐のような乱撃でラウムの動きを止めてしまう。
だが、その表情には強い焦りが浮かんでいる。状況の打破、敵の撃破……どちらも叶わず、打つ手がないのかもしれない。
「フッ」
逸るようなトビィの攻撃に、微かな笑みを浮かべるラウム。
焦燥を感じる彼の姿に、若さを感じたのだ。まだまだ、トビィは戦士としては未熟。こうした、心理的なやり取りに耐えるには経験が足りないのだろう。
なんとなく、自身の若い頃を思い出すラウム。トビィの猛攻に耐えながらも、そのようなことを考える余裕がラウムにはあった。
トビィとの我慢比べに勝ったというのもあるが、トビィの攻撃が軽すぎるのだ。
まさに嵐のような連撃であるのだが、その攻撃で剛斧が揺れることはない。豪雨のような連打音は、空しく辺りに響くばかり。
恐らくまともに受ければそれなりに削られる攻撃なのだろうが、分厚い防御の前には何の意味もなさないようだ。
眠気すら誘うトビィの連撃音に飽きたラウムは、容赦なく剛斧を振るい、トビィを弾き飛ばす。
「ぬぅん!」
「くっ!」
薄い鉄板を叩いたかのような軽い音を立てながら、トビィの体が宙を舞う。
この反撃は予想の範疇だったのか、トビィは弾き飛ばされる瞬間に剛斧を蹴り、素早く地面へと降り立った。
それに続くようにラウムは飛び出し、今度は自身が仕掛ける。
「ハァッ!!」
袈裟掛けに振るわれる剛斧。先ほどの縦一文字に比べれば速度は遅い。トビィはそれを見て、上体をそらして回避する。
「フッ!」
ラウムは鋭く呼気を吐きながら、今度は逆袈裟に武器を振るう。
トビィは地面を蹴り、間合いを離してその一撃を回避する。
それを追うようにラウムは地面を蹴り、剛斧を肩に担ぐ。
「ぬりゃぁ!!」
「シッ!」
縦に振るわれる剛斧。トビィは剛斧の刃とすれ違うように飛び上がりながら回避し、ラウムに向かって蹴りを放つ。
剛斧から手を離し、片手の甲でそれを受け止め、ラウムは笑う。
「ハハハハ!! 威力が足りんなぁ! もっと腰を入れろ!」
いいながら一歩踏み出し、トビィの体を再び弾き飛ばす。
バチィ!という大きな音を立てながら、宙を舞うトビィ。
今度はラウムの頭上を取るように跳び上がったトビィは、そのまま直下に立つラウムに向かって落下。
「えりゃぁぁぁ!!」
ラウムを頭の上から踏むように蹴りを繰り出す。
ラウムはその一撃をあえて回避せず、真っ向から受け止めるように剛斧で突きを繰り出す。
突きに適さぬ武器である剛斧であるが、トビィの体重をはるかに上回る質量を誇る。そんな物体の衝突を受ければ、どんな生き物とて無事では済むまい。
足の裏でその一撃を受け止めるトビィが耐えられたのは、ほんの一瞬。次の瞬間にはトビィの体が逆に上空に向かって弾き返されてしまった。
「っがぁ!?」
「クク。足が砕けんのは、さすがというべきか?」
そのまま落下してゆくトビィを見て、ラウムは感心したように呟く。
そのまま地面に降り立つトビィであるが、ラウムの一撃が効いているのか立ち上がろうとして一瞬ふらつき、そのまま膝をついてしまった。
「づっ……! くそぉ……!」
「クク……。俺の攻撃を真っ向から受けて、その程度で済んだ奴は久しぶりだな」
悔しそうに呻きながら、己の足を叩いて叱咤するトビィを眺めながら、ラウムは剛斧を肩に担ぎ直す。
ラウムはそこで攻撃を仕掛けることなく、そのままトビィの回復を待ち始めた。
「………?」
トビィは足を叩いたり揉んだりして、ラウムから受けた一撃のダメージを和らげながら不審げな表情を浮かべる。
どう考えても隙だらけだというのに、攻撃を仕掛けてこないのはどういうことだろうか。
いや、そもそも……先ほどから、いくらかの違和感を感じていた。
足のダメージが抜けるまでの間に、その違和感がなんなのかを考える。
ラウムの攻撃方法。武器の振るい方。立ち回り。
今までの攻防を何とか思い出し、そして違和感の正体に気づく。
(……さっきから、変だ……。何で、あの移動をしてこないんだ?)
大きな欠伸を搔くラウム。トビィがジッとしている間、攻撃を仕掛けてくる気配すらない彼は、無音無動作で距離を詰めてくる、あの謎の移動を戦いが始まってから一度も仕掛けてきていないのだ。
あの移動を繰り返された場合、トビィの体は幾度の邂逅も待たずバラバラに打ち砕かれていたはずだ。
今のトビィは、アルス王から賜ったマフラーも会って俊足が自慢であるが、空中ではその俊足も意味を為さない。対して、ラウムの移動は陸も空も関係ないはずだ。
空間を操る……というのがなんなのかはトビィにはわからないが、それでもあの不可解な移動に関わる力であるならば……そしてそれがイデアであるならば。この世界で使えないというはずはないはずだ。
「………」
まだ若干痛むものの、何とか戦えるくらいにダメージが抜けてきた。それを確認し、トビィはゆっくり立ち上がる。
それに気づいたラウムも、ニヤリと笑いながら戦いの体勢を取った。
彼が再び戦闘体勢に入ったのを確認し、トビィは一つ問いかけるために口を開いた。




