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第44話:フランの独白

「トビィ君……!?」


 地下牢を片端から開けて周るフランは、ラウムとトビィの姿が消えた事に気がつく。

 狭い牢の中の開けた空間。恐らく、牢名主の朝礼などに用いられたであろう広場に立っていたはずだったが、今はどこにもその姿が見えない。

 城下町にいたフランたちを、一瞬で王城の中庭に飛ばしたラウムの能力があれば、トビィと一緒により戦いに向いた場所に転移する程度は朝飯前だろう。ならば、どこかへ飛んで行ったと考えるのが無難だが……。

 トビィ相手にそこまでする理由があるのか?という疑問がフランの胸の内に沸く。

 確かにトビィは、昨日までとはまるで別人のように変わっていた。

 気弱に歪んでいた双眸は、決意に満ちて引き締まっており、その体躯も心なし強靭になっていたように見える。

 少なくとも、弾き飛ばされた先で鉄格子をへし曲げる威力を、両足で受け止めて見せる程度には強くなっているのは間違いなかった。今までの生活で、そんなことが出来るような人物には思えなかった。フランには、彼の姿は気弱な農民にしか見えなかった。

 会わなかった間に、激烈に強くなった可能性というのは残っているが……俄かには信じ難い。それならば、さっき現れた人物はトビィのそっくりさんであるといわれたほうが納得できるくらいだ。

 少なくとも先ほど現れた()は、あの邪悪な戦士に弾き飛ばされた勢いに耐え、鉄格子をへし曲げ、奴の両脇に控えていた二体の化け物をほぼ一撃で粉砕してみせた。これだけのことを為せる人間と、昨日おとといにダトルがいじめていた人間が同一人物というのであれば、世界は摩訶不思議に満ち溢れているといわざるを得ない。

 つらつらとそんなことを考えながら次の牢を開き始めるフラン。そんな彼女の傍に、生き残っていたグレータースケルトンが体を引きずりながら近づいてくる。


「っ! あぶない!」


 フランがあけようとしている牢の中の少女が、迫るグレータースケルトンを見て警告の声を上げる。

 だが、フランは警告の声を無視して牢の解錠に集中する。

 いや、正確には声を無視したわけではない。グレータースケルトンの接近にはフランも気づいていたし、そのままでは危険なのも承知している。

 だが、それでも今のフランにグレータースケルトンは脅威足り得なかった。

 そう、すでにいくつかの牢は解放し終えているのだから。


「「デリャァア!!」」


 勇ましい掛け声と共に、二人の神官戦士がグレータースケルトンに素手で殴りかかる。

 このモンクたちは、フォルティスカレッジの三回生たち。相応の修練を積み、その実力はすでに一線級となっている者たちだ。

 彼らの固めた拳は鋼よりもなお固い。割とあっさりグレータースケルトンの体躯を打ち砕く事に成功するが、グレータースケルトンは真核をつぶされぬ限りいくらでも蘇る。砕けた部位はあっさり元の位置に収まり、標的をモンクたちへと変更する。


「我々が相手だ!」

「さあ、早く! 鍵を開けるんだ!」

「ありがとうございます! ……この鍵ね」


 フランは素早く礼を言うと、当たりの鍵で牢の扉を開放する。


「さあ、早く外に!」

「う、うん! ありがとう、フランちゃん!」


 自身と同じ一回生の少女を解放し、フランは次の牢へと向かう。

 フランの手で牢から解放されたフォルティスカレッジの生徒や、あるいは教員たちはそれぞれに牢の解放へ向かったり、あるいは牢内を動き回るグレータースケルトンの動きを牽制していた。

 一人、また一人と牢の中から解放された者たちは、思い思いの方法で皆を助けるために動く。


「これが最良とはいい難い……!」


 口惜しげに呟きながらも顔を挙げ、彼女は必死に手足を動かす。


「でも今は!」


 トビィが作ってくれた時間で、少しでも多くの仲間たちを解放する。

 自分たちは、実にあっけなく捕らえられてしまった。この牢の中に放り込まれてしまった者たちも、大半はわけがわからないまま捕らわれている。

 この場に集っているのは、勇者を目指すべく日々の修練をこなしている者たち。確かに、衛兵に比べて経験は不足しているのだろう。騎士に比べてこなした場数も少ないだろう。

 それでも、志とその可能性は、この国を守る者たちに負けてはいないと自負できる。ここにいる者たちが、ここから出て危難に立ち向かえれば、きっと国だって救えるはずなのだ。


「――フラン! こっちだ! こっちに、ゲンジ先生が!」

「! 先生!」


 級友の呼ばわる声に、フランは大急ぎで一つの牢へと駆け寄って行く。

 その牢は、特に頑強に作られた牢で、他の者と違い鉄格子ではなく鉄扉にて、囚人を捕らえられる構造となっていた。恐らく、特に重罪を犯した者を捕らえるための場所なのだろう。

 フランが鉄扉の小窓から中を覗き込むと、胡坐を搔いた姿勢で、鎖に捕らわれたままのゲンジの姿が確認できた。


「先生! 待っていてください! 今、扉をお開けします!」

「この声……フランチェスカか!」

「はい! 鍵を持っています! 今、扉を開けて……!」


 フランは急ぎ、鉄扉を解錠できる鍵を持っている鍵束の中から探し始める。

 だが、ゲンジはそんなフランの行動を遮るように声を張り上げる。


「俺に構うな! それよりも、もっと多くの者の解放を行え!」

「し、しかし先生! この事件、勇者たる先生の御力添えが……!」

「わかっている! だが、この鉄扉は恐らく人間一人二人では開かん! もっと多くの人間の力が必要なはずだ!」


 ゲンジは冷静に、諭すようにフランへと語りかける。


「まずは、全員の安全と自由を確保するのだ! 時間はあまりないかもしれんが、急いたところで無為な時間が増えるだけだ! 優先順位を間違えるな!」

「先生……!」

「俺よりも、まずはノクターンを解放するのだ! 彼女の魔法であれば、この身を縛る忌々しい鎖も一瞬で解けるはずだ!」


 ゲンジは身を捩り、自身を見つめているフランに鎖の存在を示す。

 ゲンジの動きに合わせ、巧みにその姿かたちを変える鎖は、確かに魔法の長じたノクターンでなければ解放できそうに見えなかった。


「……! わかりました!」

「うむ……だが気をつけろ。彼女は声を封じられているようだ。先ほどから念話も聞こえん。体力温存に努めているかもしれん」

「はい、わかりました!」


 フランは一つ頷き、ノクターン解放のために彼女が捕らわれている牢を探そうとする。

 そんな彼女の背中に、ゲンジが再び問いかける。


「ああ、待てフランチェスカ!」

「はい、なんでしょうか!?」

「いや、些細なことだが……誰が、この牢にやってきた? 誰が助けに来てくれたのだ?」

「―――」


 ゲンジの問いは、彼の言うとおりに些細なことであった。

 誰が助けに来たかなど、この場合においてはあまり重要ではない。


「他の勇者たちが戻ってくるまでには時間が少なすぎる。さりとて、この国の中にまだ戦えるものがいたとも思えない。一体、誰だ?」

「………それは」


 フランは、一瞬だけ迷い、首を横に振った。


「わかり、ません。動きが速すぎて、私では見れず、次の瞬間にはあの狂戦士と共にいずこかへと消えてしまいました」

「消えて……そうか」


 ゲンジは残念そうに呟き、それからフランへと謝罪する。


「すまん、フランチェスカ。手を止めてしまった。他の者の救出を、始めてくれ」

「いえ、とんでもありません……では」


 フランは見えていないであろうゲンジに向かって一礼すると、急いでノクターンの牢を探す。

 ……フラン自身、まだあの少年がトビィであると信じ切れていない。

 彼に、自身の命を犠牲にして皆を助けられるほどの強さがあるとは思えないのだ。

 だが。もし、仮に。あの少年がトビィ本人だとするのであれば。


「……彼もまた、勇者になりうる人物の一人だった、ということなのかしらね……」


 ただ、招かれただけではなく、その内に強大な才を秘めた人間だったということなのだろう。

 ならば……フランに出来るのは信じることだ。

 勇者になりえる存在が……魔王を生み出す存在に打ち勝ち、帰還してくれることを。




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