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第40話:作戦会議

「地下牢を開放する際、まず考えるべきは敵側の配置である」

「敵に配置、ですか?」

「うむ。向こうもこちらも少数精鋭。だが、確認できている限り、向うの方が、人数が多い。無策で突っ込めば、やられるのはこちらだ」


 王家のための隠し通路の中を進み、出られる場所を探すアルス王。

 城内の地図と、己の現在位置をなんとなく想像しながら、彼は四方の壁を慎重に調べてゆく。


「だが、それが同時に隙になる。我々は、彼奴らの間隙を突き、地下牢へと到達すればよい」

「間隙を……」


 アルス王の言葉を繰り返しながら、トビィはおずおずと問いかける。


「つまり、連中がいない場所を通って、地下牢まで向かうということでしょうか?」

「それだけでは、五十点だな」


 トビィの回答にアルス王は笑って答え、自らが思い描いた正解を口にする。


「恐らくどこへ行ったとしても、連中の監視網を潜り抜けることは叶わない。そこで、わざと見つかることで可能な限り情報を引き出そうと考えている」

「情報を、ですか?」

「うむ。これは私の想像になるが……我々を探しているのは、恐らく虫のような生き物を従えた少年だろう」

「なぜそう思われるのです? 誰かを探すのであれば、あの大きな斧を持った戦士の方が適役では?」


 アルス王の推察に、トビィは首を傾げる。

 あの不可解かつ素早すぎる移動法を駆使すれば、王国内を探し回る程度は楽勝だと考えるトビィ。

 そんな彼の考えを見透かしているのか、アルス王はまた笑う。


「ハハ。彼奴の移動があれば、確かに探し物は楽だろう。だが、それだけでは探し物は成立せぬよ。広い範囲の探し物を行う時は、多数の目がいる。いわゆる人海戦術という奴であるな」

「人海……?」


 不思議そうに小首を傾げた。バグズの姿と、人海戦術がどうしても結びつかないのだろう。

 だが、アルス王はバルカスとの数少ない会話からバグズのイデアを推察していた。


「バルカス……あの魔導師は、計画の要となる魔光蝶という生物を、バグズ……あの少年が生み出したといっていた」

「生み出し……? え、どういうことですか?」

「恐らく、何らかの形で虫を生み出すイデアを持っているのだろう。イデアで生み出された存在は、基本的に本体と感覚が繋がっている。故に、監視や探索といった作業を行うのにうってつけなのだ」


 感覚を共有した存在から得られる情報を全て捌くのは至難の業であるだろうが、それでも十を越えるような目を同時に操ることが出来るというのは、隠れている何かを探す時においては圧倒的なアドバンテージとなる。


「小さな虫でも城中にばら撒き、後はそれらの視界に我々が引っかかるのを待つだけだ。本人が動く必要はない」

「そ、それじゃあ、見つからずに移動するのは無理ですね……」

「どの程度虫が操れるかにもよるであろうが、恐らく無理だ。だからこそ、まず見つかる。そしてこちらを捕縛、あるいは始末に現れた敵と会話し、少しでも情報を引き出すのだ」

「あの、情報を引き出すって、何の情報を引き出すんですか?」


 まだいまいち要領を得ていないトビィは、素直な疑問をアルス王にぶつける。

 そんなことをしている暇があるのであれば、一秒でも早く地下牢を開放に向かったほうがよいのではないかとトビィは考える。

 もちろん、そうしたほうが、話が早いのはアルス王も承知である。だが、事は慎重に運ばねばならない。こちら側に、後はないのだから。


「引き出すのは、敵側の配置の情報だ。どこに、誰がいるのか。それを可能な限り、引き出しておいたほうがよい」

「どこに、誰が……?」

「うむ。向こうの人数も、四人しかいない。あれで全員であるならば、恐らく計画の要に一人ずつ人員を配置するので限界であるはずなのだ」


 ぺたぺたと壁を触る内、不自然なくぼみをアルス王は発見する。

 そこを慎重に調べると、壁の一部が蓋のような形になっており、その奥に紐が吊る下がっているが見えた。

 アルス王がそれを引いてみると、小さな音を立てて隠し通路の壁の一部が動き、城内へと続く路が現れた。


「これで外に出られるな」

「はい! それで、人員の配置が重要な理由は……?」

「うむ。私の予想では、我々の捜索、地下牢、玉座の間、そして王都内の魔法陣……。それぞれ一箇所につき、一人ずつ敵がいるであろう。だが、あくまで私の予想でしかない。恐らく、魔王復活の生贄となる地下牢の者たちを解放させぬために、二人以上の人員を配している可能性もある」

「二人以上……ですか」


 トビィはごくりと生唾を飲み込む。

 ただでさえ厄介な力を持った連中が、一人ならず二人も守りに入られてしまっては、解放できるものも解放できない。


「そんな事になったら、僕たちどうすれば……」

「そのときは、地下牢ではなく王都内の魔法陣破壊に向かえばよい。最終的にはどちらも為さねばならぬ。ならば、できることからやっていけばよいのだ」


 トビィを安心させるように頷きながら、アルス王は開けた通路の奥の方を窺う。

 ……特別、何かがいるような気配はしない。まだ、この隠し通路は発見されていないようだ。


「……我々には時間がない。故に、できることも限られてしまう」

「………」

「トビィよ。私の後に、隠れながら着いてくるのだ。初めに遭遇した相手とは、私が話をする。その会話の内容で、敵方の配置が概ね把握できれば、お主は地下牢に向かえ。そうでない場合は、協力して敵を叩き、王都内の魔法陣破壊へと向かう。よいな」

「……っ! はい!」


 トビィはアルス王の命に力強く頷く。だが、まともに戦った経験もないせいで、体が震えるのを止めることができない。


「……う、うう……!」


 何とか体の震えを止めようと、自身の体を抱きしめるが、そんな程度で止まってくれるほど心の恐怖は弱くはなかった。

 アルス王はそんなトビィの様子に気づき、優しく問いかけた。


「……トビィ。お主、戦うのは初めてか?」

「……はい。訓練は何度か行いましたが……」


 情けなく頭を垂れながら、トビィは正直に告白した。


「元々、戦ったことなどもないので、訓練にもあまり身が入らず……。申し訳ありません……」

「気にすることはない。生まれた瞬間から戦い続ける者などいはしない。誰にだって、初陣の時はあるものだ」


 もちろん、このような緊急性の高い初陣を経験する者などほとんどいないだろうが。

 トビィの緊張をほぐすべく、アルス王は彼の肩に手をかけ、瞳を覗き込みながら優しく語りかけた。


「トビィよ。戦うことが苦手であれば、無理に敵を攻撃する必要はない。お主には、奴らの攻撃から私を連れて逃げた俊足がある。それで、敵の攻撃を避ける事に終始するのだ」

「は、はい、わかりました……!」

「だが、それでも戦わねばならぬ瞬間というのはあるだろう……。そんなときは、相手を踏むのだ」

「え。踏むんですか?」

「うむ。お主の足腰は、尋常ならざる鍛え方が為されていると見た。その足で踏まれて、まともに立っていられる者はそうはあるまい」


 攫われた瞬間、気絶してしまったことを思い出すアルス王。

 あの瞬間、受けた衝撃だけで気絶してしまったのであれば、その衝撃を生み出したトビィの脚力は推して知るべしだろう。


「さらにいえば、相手の頭上を取ってしまえば攻撃し放題だ。お主の脚力であれば、敵の頭上を取ることも容易いだろう。敵を攻撃する時は、頭上から踏むのだ」

「は、はい……わかりました」


 いまいち納得していないようであるが、トビィは何とか頷いた。アドバイスを貰ったおかげか、トビィの体の震えはだいぶ収まっていた。

 それを確認し、アルス王はダメ押し代わりに懐から一枚のマフラーを取り出した。


「そしてトビィよ……。疾風の足を持つお主には、この襟巻きを授けよう」

「これは……?」


 長く紅いマフラーを受け取り、小首を傾げるトビィ。

 そんな彼に、アルス王は自信満々に答えた。


「これは疾風の襟巻き。これを首に巻いた者は、その名の通り疾風のように駆け抜けることが出来るようになる、魔法の襟巻きだ」

「え……。そんな貴重なもの、もらえません! これは、王が……!」

「はっはっはっ。この老骨に、疾風の速度はちと厳しい。これは、お主が装備すべきものだ」


 マフラーを返そうとするトビィの手を押し止め、アルス王ははっきりと告げる。


「トビィよ。状況は予断を許さぬ。この襟巻きを使い、見事に使命を果たしてみせよ」

「―――はい、わかりました」


 アルス王の命を受けたトビィは、しっかりとマフラーを握りしめ、大きく頷いてみせた。






「……使命を果たすんだ」


 バグズの追撃を完全に振り切り、トビィは地下牢の前に立っていた。

 彼の後を追う者は誰もおらず、地下牢の付近も静かなものだ。

 この調子であれば、すぐにでも地下牢の中に捕らわれている者たちを解放できるだろう。

 ……ここにいるとされている、ラウムの邪魔がなければ、であるが。


「………」


 トビィは静かに紅いマフラー……疾風の襟巻きを握りしめる。

 アルス王の言うとおり、いつもと比べて圧倒的に体が軽く感じた。

 彼が所有していた道具だけあり、その効果は絶大であるようだ。。

 王都内での、追いかけっこは圧倒されっぱなしであった。

 だが、今度はそうは行かない。今はこの疾風の襟巻きと……果たさなければならない、使命がある。


「……よし」


 覚悟を決め、トビィは静かに地下牢の中へと下りていった。




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