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第39話:侍虫の主との戦い

「確かに。虫という生き物はありとあらゆる場所に住んでいる」


 紅く燃え盛る剣を片手に、アルス王は一歩前に出る。

 剣の炎が揺れるたび、アルス王の付近に跳びまわっていた羽虫たちの体に火が灯り、そのまま燃え落ちてゆく。


「だが、種族としての虫は弱弱しい生命に過ぎない。この通り、人肌を焼け付く程度の炎でも、己の体が燃え、そのまま死滅してしまう虫たちが良い例だ。彼らは、自身の適応している以外の環境には、まったくの無力だ」


 アルス王の言葉を証明するように、バグズが生み出した雲霞のごとき羽虫たちは、彼の手にした一振りの炎の剣によってほとんど一掃されてしまった。

 また一歩踏み出しながら、アルス王はニヤリと笑う。


「どうだね? これほど、か弱い生き物が、どうして支配者を名乗ることが出来るのかね?」

「貴様……!!」


 自らを挑発するアルス王の言葉は、バグズの頭の中には届かなかった。

 彼の視線は燃えるアルス王の剣に釘付けであり、その顔は恐怖に歪んでいた。


「貴様……! それはなんだ! この国には、そのような魔法の武器がないことは知っている! あってせいぜい特殊銀製の剣のみ!! 一体それはなんなんだ!?」

「ふむ? この魔法の剣かね?」


 アルス王は残念そうな表情になりながらも、バグズの問いに答えるように、炎の剣、その刀身に指を這わせて見せる。

 周囲の羽虫を触れずに焼き払うほどの高熱を発しているにもかかわらず、アルス王のしわがれた肌にはやけどの一つも生まれない。なんとも摩訶不思議な炎だ。

 いとおしげに手にした刃に纏う炎を撫でながら、アルス王はバグズの疑問に答えた。


「これは我が王家に伝わる秘伝。俗な言い方をするなら、魔法剣というやつかね?」

「魔法剣だと……!? そんなものがあるなんて、聞いていないぞ!?」

「それはそうだろう。秘伝と申したであろう? これは魔法でもイデアでもない。強いて言うなら、初代アルス王の独自開発による技術の一つだよ」


 アルス王が軽く剣を払うと同時に、炎は消え失せる。

 木の葉のごとく散った炎を見送り、アルス王はバグズのほうへと向き直る。


「初代アルス王とて、初めから強力なイデアに目覚めていたわけではない。そして、偉大な魔法の才があったわけでもない。しかし、迫る魔王の軍勢に立ち向かわねばならぬ。そんな懊悩の中、血の滲むような努力を繰り返したアルス王は、あるとき身の内に眠る魔力を、魔法とは別の形で発現する術を身につけたのだ」

「なんだ、それは……!?」


 魔力はと通常、魔法という特殊な言語を用いなければ発現しないとされている。

 何故、魔力が魔法を使わなければ発現しないのか、その明確な理由は定かではない。

 魔力とは、心の力。故に、己の意思を発現する言葉に乗せねば使うことは出来ないのだ、という話は聞いたことがあるが、アルス王の語る話はその理から外れてしまっている。


「そんな……そんな馬鹿な話があるか!? そのような術があるというのであれば、何故アルス王は、その技術を伝播しなかった!? 言葉もなく、魔力を扱うなど!」

「伝播しなかった理由は、単純なものだ。初代アルス王のイデアが、魔法剣を極めた先に存在したからだ。イデアがあるのであれば、魔法剣は不要ということだよ」

「なんだと……!?」


 アルス王の言葉に、バグズは目をむく。


「初代アルス王のイデアが……!?」

「その通り。戦地の中で、アルス王は魔法剣を必死に極め……その果てに、究極ともされる魔法剣……そして、彼が持つイデアである極光の勝利(エクス・カリバーン)に目覚めた。恐らく……あの魔導師の言う源流の流れ。その一つが、この魔法剣の中に眠っていたのであろう」


 アルス王は、そう呟きながらため息を吐く。


「故に代々のアルス王は初代の功績に倣い、この魔法剣を極めた先にあるであろう極光の勝利(エクス・カリバーン)の取得を目指すのだが……いまだにそれは為しえていない。長きイデアの研究の中で、イデアは個々人の資質や性質に大きく左右されるという結果が出てきているが……我々王家の資質はいまだに初代アルス王には届かぬというわけだな」

「そんな……」


 アルス王の悲しき独白も気にせず、バグズは戦慄する。

 アルス王は軽く語っているが、彼の持っている技術はイデアの下位互換と呼んで差し支えないはずだ。

 少なくとも、無音無動作で発動できるという点は多くのイデアと共通する。仮に、先ほどアルス王が発現した炎の剣を、体に刃を突きたてられた状態で発動されれば……防御無視でこちらの体内を焼き尽くされるだろう。

 バグズの中で、アルス王に対する警戒度が急激に上昇する。

 フォルティス王家秘伝の技、魔法剣。その全容が知れない以上、迂闊に攻め入るわけには行かない。


(こちらの手勢は甲冑虫二匹のみ! 支配寄生虫を産むには、羽虫を消耗しすぎた……!)


 慌てて背中の薄羽を広げ、跳び退りながらバグズは叫ぶ。


「やれ!! その老王を殺せっ!!」


 バグズの咆哮と共に、彼の背後に控えていた甲冑虫のうち一匹がアルス王の前に飛び出し、もう一匹はバグズの背後へとまわって彼を守り始める。


「ふむ? いかがしたかね?」

「貴様の切り札はよく分かった!! だが、それを早々に見せたのは失敗だったな!!」


 剣が届かぬ距離まで十分離れ、アルス王を睨みながらバグズは強気の笑みを浮かべる。


「イデアの流れを汲む魔法剣とて、所詮は剣! その刃の届かぬ距離に攻撃を飛ばすことは出来まい!」

「ふむ。然り」


 アルス王が一つ頷く間に、甲冑虫は四本の腕を大きく広げながら、彼の目の前に立ちはだかった。


「そして! 貴様の目の前に立つその虫は、戦闘用に生み出した特別製! 人間が生み出す程度の炎では、その甲殻を焼くことは叶わん!」

「ふむ。確かに、頑丈そうな甲殻である」


 ギチギチと、口らしい部分を広げながら己を威嚇する甲冑虫を見やりながら、アルス王はバグズへと問いかける。


「こんな見た目であるが、本当に虫なのかね? 彼らは」

「くどい! これも、僕のイデアである侍虫の主(パラサイト・キング)によって生み出された、最強の虫の一つ! 人間の振るう程度の武器では、その甲殻を破ることすら出来ないだろう! 炎も、雷も無意味! 貴様程度の力は無力と知るがいい!!」

「ふむ。なるほどなるほど」


 バグズの自信満々の解説にアルス王は何度か頷き。


「――然らば、甲殻の隙間だ。そこを踏み抜くのだ」

「は?」


 誰にともなく、そう呟いた。

 虚空へと解けるアルス王の呟きは、バグズにも届く。

 いきなりのその呟きを聞き、バグズは呆れたようにアルス王を睨み。






 ごしゃぁっ。






「………は?」


 不意に聞こえた、肉の砕ける不愉快な音を聞き、後ろへと振り返った。

 そこにあったのは、首筋の関節を狙って踏み砕かれた甲冑虫と、口元を隠すように、長く紅いマフラーを巻いた少年の姿。

 少年の足元でひしゃげた甲冑虫は、最期の断末魔のようにピクリピクリとバラバラに広がった四本の腕を動かす。

 少年は、アルス王の方を振り返らず、バグズを見ず、足元には一瞥もくれず。

 そのまま、ドンと足元を力強く踏み抜いて跳び上がりながら、地下牢へと向かって駆け出していった。

 ほとんど、一瞬の出来事であった。バグズが気が付いた時には紅いマフラーの少年の姿は遠くへと跳んでいってしまった。


「――っ!? 貴様、ま――!」


 唐突な乱入者の姿に焦り、制止の声をかけようとするバグズ。

 だが、そんな暇はない。


「余所見は厳禁だぞ、少年」

「っ!?」


 甲高い鍔迫り合いの音が、ほとんど耳元で聞こえてくる。

 慌ててバグズが振り返ると、目と鼻の先に甲冑虫の背中が見えた。さらに、その体は細かく震え、少しずつバグズのほうへ向かって押し込まれているのだ。


「なん……!?」

「確かにこの身は老骨。しかし、だからこそできることがあるというもの……!」


 鍔迫り合いを演じている甲冑虫を押し斬ろうとしながら、アルス王はニヤリと笑う。


「彼の行く道を……新たな勇者、トビィの進む先を、邪魔させはせんぞ……害虫の小王よ……!」

「きさまぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 甲冑虫が、バグズの咆哮に応えるように大きく腕を払う。

 アルス王は、その力に逆らうことなく後ろへと飛び退き、危なげなく着地する。

 そしてトビィが消えていった地下牢の方を見て、小さく呟いた。


「負けるでないぞ、トビィ……。そなたには、まだ勇者名を授けていないのだからな……」


 勇者としての名を、トビィに授ける瞬間を思い微笑みながら、アルス王は剣を両手で構えた。




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