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第3話:杞憂

 フォルティスカレッジの訓練は、大体日の高いうちに終了する。

 時間で言えば、三時から四時の間くらいか。上がりが早い分、朝も七時から訓練開始と早めであるが、全体的な訓練の長さとしてはバランスが取れているほうだと、人気の少ないフォルティスカレッジの中を歩きながらゲンジは考えている。訓練を終えた勇者候補の子どもたちは、すでに城下町へと遊びに行ってしまっているだろう。

 フォルティスカレッジで学ぶ者たちの大半は、まだ年端もゆかぬ少年少女だ。暖かい日の元で遊ぶことを覚えぬ内に、訓練漬けにしてしまう必要などあるまい。

 訓練は、量より質。四十路を迎えようという年頃になり、ようやく感得したゲンジの教育法だ。量で押し潰したところで、種は花を咲かせない。ただ腐ってしまうばかりだ。例え少なくとも、質さえ整っていれば、種は綺麗な花を咲かせてくれるのだ。

 まあ、量が足りていなければ、種は枯れてしまうのだが。結局はバランスなのだろう。


「逃げろー!」

「待てー!」

「こら、お前たちっ! 廊下を走り回るんじゃぁない!」

「「はーい!」」


 元気良くフォルティスカレッジの中を走り回る子どもを注意しながら、ゲンジは一つため息をつく。

 幼年の勇者候補の教育の主任はノクターンであるが、彼女にもう少し礼節訓練を増やすように進言すべきか。そんなことを考えながら、教官用に用意されている執務室へと足を踏み入れる。

 座学訓練用の倍の広さを持つ執務室の中には、所狭しとゲンジたち教官の机や、座学訓練などに使用する紙の資料、あるいは訓練用の道具が積み上げられている。日々、掃除に勤しんでくれている清掃人(チェインバーメイド)たちのおかげで、足の踏み場には困らないが……それ以上に、現在は空席も目立つ。というよりは、半数以上の席に人が座っていない。

 現在が訓練中であれば問題ないのだが、訓練が終了している今の時間においては異常な光景だ。担当する訓練内容にもよるが、勇者育成の教官という仕事はその日その日に子どもたちに稽古をつけておしまい、とはいかない。

 いずれ世界に羽ばたく人材を……その名を世に知らしめる勇者を育てねばならないこの職業、むしろ本番と言えるのはその日の訓練が終わった午後の後半だろう。

 自分が担当する勇者候補の者たちの、その日の訓練の出来具合はどうだったか? よかったのであれば、どんな能力が伸びたのか。何が候補たちにとって良い訓練だったのか。悪かったのであれば、何が駄目だったのか。候補たちにとって最良となる訓練はどのような形だったか?

 全体だけでなく、個々人もつぶさに見守らなければならない。勇者となりえる人材は、フォルティスカレッジ全体でも数年にたった一人だけだ。切磋琢磨を続け、激しい自己主張を繰り返す勇者候補たちの中から、選りすぐりを……それも、勇者となる確かな輝きを持った者を選別せねばならない。

 えこひいきは駄目だが、選り好みもまた駄目だ。人材を見抜くには、自身の前に立つ者たちを遍く公平に裁定する必要がある。そのためには、一分一秒でも時間が惜しい。少しでも多くの人間を、長く見定めなければならないのだ。

 故に、この時間の執務室といえば、すし詰め状態であり、時と場合によっては教官同士の怒号が鳴り響く、最も喧しく熱い時間帯となるのだが、半分もいない教官たちは皆一様に静かだ。

 ……いや、今日だけというわけでもない。ここ一週間は、ずっとこんな調子だ。もっと言うのであれば、半月ほど前から執務室から人が減り始めていた。

 別に、フォルティスカレッジの教官が辞表を提出しているのではない。今、この国にいない十二人の勇者たちについて、国の外で今も戦っている最中なのだ。


(……国の精鋭を育てる教官が、同時に国の守護者であり、他の国を守る勇者の従者というのも、システムとしてどうなのだろうな、実際)


 ゲンジは執務室の惨状を見て、一つため息をつく。

 このフォルティスカレッジの教官は、皆優れた指導者であり、同時に勇者になれなかった者たち……通称、英傑と呼ばれる実力の持ち主たちだ。

 勇者と呼ばれることこそないが、その実力は折り紙付き。人によっては、勇者を実力で下しうる者すらいる、フォルティス・グランダムでも生粋の戦闘集団と言える。

 故に、多忙な勇者をサポートする任務も、まずフォルティスカレッジの教官が割り当てられることが多い。彼らがいない間は、補助教官と呼ばれる者たちが、勇者候補たちの日常的な反復訓練を監督しているので、候補たちの訓練不足が騒がれることは滅多にないが……。

 それでも、この状況は異常だろう。勇者十二名の総出動に加え、フォルティスカレッジの教官が半数以上、その補佐に出動している。

 人を、国を、世界を守るために勇者が存在する。その意義に疑問を投じるつもりはない。だが……。


「どうした、ゲンジ。難しい顔をして突っ立っているなど」

「……ノクターンか」


 顔をしかめ、思い悩むゲンジの肩を叩いたのは、自身の受け持ちの勇者候補の訓練を引き継いでもらった、ノクターンであった。

 彼女の専門は魔法。彼女は英傑でこそあるが、その知識と魔力量は勇者級とも称えられており、詠唱なしに簡単な魔法を容易く操って見せてしまう。

 彼女は被ったとんがり帽子の奥で笑いながら、手も使わずにふわりと大量の紙――午後の訓練に使用したテストの答案をゲンジへと投げよこした。


「ほら、午後の訓練の結果だ」

「ああ、すまんな」


 宙に浮かぶテストの答案を受け取り、ゲンジはノクターンに礼を言う。

 手を使わずに物を浮かす程度の魔法、もう見慣れてしまったものだ。

 ゲンジはそのまま自分の席に向かい、答案を机の上において椅子に腰掛ける。

 動揺に自身の隣の席に座ったノクターンの方を見て、午後の訓練の様子を問いかけた。


「それで、どうだった? あの子達は、テストに集中していたか?」

「ふむ。抜き打ちテストであったが、まあまあの集中力だ。よほど、君との訓練が嫌らしいな」


 皮肉げに唇を歪めるノクターンであるが、ゲンジは満足そうに頷いた。


「なら結構。明確な目的意識を持たぬうちは、嫌悪や憎悪もまた原動力だ。もちろん、過ぎれば毒だが」

「ふむ? 彼らにも目的はあるだろう? 勇者になるというのは、立派な目的ではないかね? それとも、そんなものは夢のまた夢とでも言うのか?」


 ゲンジの言葉に、ノクターンの声がやや険が帯びる。

 ゲンジは答案を一枚一枚検めながら、冷静に返答した。


「いいや。だが、明確とは言いがたい。勇者になりたい、という想いはその実漠然とした思考でしかないよ。例えてみれば、おなかがすいた、何か食べたい、程度の考え方だ」

「ふむ。おなかをすかせなたら、料理を食べる必要がある、と?」

「そういうことだ。料理を作るのか、はたまた出店か何かで調達するのか……目的意識とは、つまるところそういうことだよ」


 簡単な答案の点検を終えたゲンジは、それを端に寄せながら、明日の訓練の予定を書き付けるためのノートを取り出す。


「目的を達するために、自分が何をすればよいのか……。ここに着たばかりでは、その思考にはたどり着けない。ならば、ケツを叩いてでも、追いたててやらねばなるまい。勇者という名の頂にな」

「必要であれば悪役も辞さんというのは、称えられるべき覚悟だが、やりすぎも良くあるまい? 一部の子たちは、本気で嫌がっていたようだぞ?」


 テストの最中、泣きそうになりながら答案の空白を埋めていた子どもの姿を思い出しながら呟くノクターン。

 哀れみの篭った彼女の声にも、ゲンジは揺るがない。淡々と返答を返した。


「それでよいのだ。私の訓練から、あるいは仕置から逃げたい。今は、それでよい。必要なのは、ここで過ごす時間だ。ここでの時間が、経験が、その子たちの目的意識を育ててくれるのだよ」

「――たいした教育者だよ、君は。私には、子どもたちの憎悪を背負う覚悟は出来そうにない」


 鼻を鳴らし、皮肉を言い放つノクターンに、ゲンジははっきりとこう言った。


「急を様子場合もある。そうなった時、その程度では恐らく足りえないだろう」

「急を? 何を言っているんだ、君は?」

「ノクターン。ここしばらく、国を空けるものが多くなったと思わないか?」

「…………」


 ゲンジの指摘に、黙り込むノクターン。

 彼女は周囲を見回し、それから軽く肩をすくめる。


「……確かに。だが、仮にも六同盟の盟主たるこの国に攻め込む愚か者がいるとも思えないな。そもそも、他の同盟国も我が国の勇者に助力を請うような状況。そんな余裕のある国が存在するのか?」


 勇者十二人が全て国外に出て行ってしまっている原因を挙げるノクターン。

 現在、六同盟国をはじめ、多くの国において強暴な魔物が出現し、暴れまわっている。勇者の使命は、基本的にそうした魔物の討伐となっている。その国の騎士団などが手に負えぬと判断した時、フォルティス・グランダムの勇者に助力を請うのだ。

 魔王の討伐に成功した後も、世界残った禍根はいまだ払えずといったところであるが、現時はそんな状況そのものに疑問を覚える。


「……状況が出来すぎているとは思わないか? これほど魔物が大量発生するなど、まるで魔王が存在した時のようではないか」

「確かに、歴史書にはそう記されているな。だが、考えてもみたまえよ。これほど大量の魔物が、人為的に生まれえるのか? そもそも、どのようにして魔物が生まれるかもまだよく分かっていないというのに」


 魔物というのは、基本的に人間に対して敵意を持つ、凶悪な敵性体のことをそう呼ぶ。そのため、正しく言えば魔物が生まれるというのは誤りであるが、この場では重要ではないだろう。


「まだ偶然が重なってしまったといわれたほうが、納得できるよ、私は」

「……そうかもしれんな。だが――」

「考えすぎだ、ゲンジ。例えこれが魔王の復活する前兆であったとしても、今の時代には君も含めて十三人の勇者が存在する。復活したばかりであれば、何とかなるだろうさ」


 いい加減この話題にも飽きたのか、ノクターンはいい加減にそういいながら、掌を打ってそこで言葉を切る。


「さて、無駄話をやめようじゃないか。今日という日もそう長くない。明日も早いのだから、できることは、今日終えねばな」

「……ああ、そうだな」


 一方的な打ち切り宣言をされてしまったが、ゲンジはおとなしく引き下がる。

 彼女の言うとおり、長々と続けるような話題でもない。

 だが、それで杞憂が晴れるわけでもない。


(……考えすぎである、根拠が欲しいものだな)


 明日に向けた作業の手を止めず、ゲンジは心の中で呟いた。




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