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第34話:逃げた先で

 辛うじてバルカスの破壊魔法の一撃から逃れたトビィは、アルス王の体を抱えたまま一直線に地下へと降っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 ……いや、降っているというのは正確ではないか。

 正確には、落下を敢行していた。

 あのバルカス相手に、人一人を抱えたまま梯子を降りてゆくのは無理だ。そう考えたトビィは、梯子に手をかけず、壁を蹴りながら真っ直ぐに地下へと落下することとした。

 当然、自由落下であるため速度の完全制御はならないが、その分瞬きの間に梯子は上へ上へと消えてゆく。

 時間にして、三十分以上。それだけかけて上った道のりを、五分と掛らず降ってゆく。

 壁の色調が、岩の灰色から土の茶色へと変わるころ、着地地点を予想しトビィは壁を蹴る。


「ぐっ!?」

 

 一蹴り。二蹴り。三蹴り――。

 何度も何度も繰り返し壁を蹴り、落下の速度を必死で殺す。

 トビィの落下速度は――それを観測するものがあれば――目に見えて減速し、何とか落着の衝撃に耐えうるだけの速度へと落とすことは出来た。

 だが、体勢を整えるだけの余裕は作れなかった。


「っ!?」


 壁を蹴る内、すでに迫る到着地点を見て、トビィはとっさに背中を向ける。

 アルス王へと声をかける時間もなく、凄まじい音と共に背中から地面に叩きつけられるトビィ。


「――――ッホォア!?」


 肺の中の空気が、意思に反してほとんど外に飛び出してしまう。

 辛うじて抱きかかえていたアルス王の体も放り出し、トビィは落下の衝撃のまま二転三転する。


「あ――づっ!?」


 ゴロゴロと転がってゆく体が止まったのは、壁に激突したおかげだ。それまでの間、トビィはほとんど意識を失っていた。

 意識を取り戻した途端、全身を襲う激痛。

 特に背中が痛むのを感じ、トビィは声も無く背中を思いっきり反って痛みから逃れようとする。


「―――っ!?」


 まさに七転八倒。全身の苦痛から逃れようと、もがき苦しむトビィ。

 ほとんど自分から地面に激突しにいったことを考えると、あまりにも滑稽な姿であった。

 だが、そんな彼に呆れ混じりに突っ込みを入れてくれる者も、哀れむ者も、あざ笑う者もその場にはいない。

 そこにいるのは、気を失った老人が一人だけだ。


「っつ……! あ!」


 四肢を投げ出し、地面に倒れ付している老人……アルス王の姿を見て、トビィは思わず息を呑む。

 体に力は入っておらず、顔は地面に伏せられたまま。乾いた肌もあいまって、まるで死んでしまったかのようだ。

 トビィは激痛を訴える体を引きずり、何とかアルス王の下まで這いずるとその肩を揺さぶった。


「王……! アルス王……!」


 何も出来ない自分の、唯一残された拠り所。

 ようやく探し当てた、頼れる大人。

 絶望に染まったこの国を、唯一救えるかもしれない存在。

 まるで蜘蛛の糸にすがるかのような思いで、トビィはその名を呼び続ける。


「アルス王……! 返事を、してください……! アルス王……!」

「む……ぐぅ……!」


 呼びかけた時間は、ほんの僅か。トビィの声と、彼の手の暖かさに気づき、アルス王が目を覚ました。


「ぐ……! ここは……!?」

「アルス王……! よかった、よかったよぉ……!」


 頭を振り、辺りを見回すアルス王に、変わった様子は見られない。

 トビィは涙をぼろぼろこぼしながら、彼の着ている装束に縋りついた。


「王国が……! 戻ってきたら、スケルトン、だらけで……! あんな、恐ろしい化け物まで現れて……! もう、もう僕どうしたらいいのか……!」

「……そうか」


 アルス王は言葉にならないトビィの声を聞き、事情の把握こそままならないが、その掌でゆっくりと彼の頭を撫でる。


「よく頑張った、少年。……もう、大丈夫だ」

「ばい゛……!!」


 正直に言えば、アルス王とて大丈夫だなどとは言い切れない。

 あの連中を相手取り、国を取り戻すことの厳しさは身を持って知っているつもりだ。

 だが、それでも。アルス王は目の前で泣く少年のために、そう口にせねばならなかった。

 己がそうあるものだと、律するが故に。


「大丈夫だ……もう大丈夫だ、少年……」

「う、ううぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アルス王の体に抱きつき、大声を上げて泣くトビィ。

 彼の背中をあやすように撫でてやりながら、しばらくアルス王は彼の体を抱きしめた。

 ――そうしてしばらく。


「うぅ……ぐすっ」

「もう、平気かね?」

「は、はい……グズッ」


 トビィは泣くだけ泣いて、ようやく落ち着くことが出来た。

 そして、今更ながらに仕えるべき王に縋って泣いていたということを恥じているのか、顔を紅くして俯いてしまった。

 そんな初々しい反応をするトビィを見て、アルス王は思わず苦笑してしまう。

 なんとも、癒される光景だ。こんな時でなければ、少し意地悪をして困らせるくらいはするのだが。

 アルス王は苦笑を引っ込め、真剣な顔つきでトビィを見やった。


「――少年。まずは名を教えてくれまいか」

「っ! は、はい! トビィ・ラビットテールです!!」


 アルス王の声が真剣味を帯びたのを感じ取り、トビィは慌てて背筋を伸ばして立ち上がる。

 直立不動の体勢を取るトビィに、手で座るように合図をしながらアルス王は質問を続けた。


「では、トビィ。まず、ここはどこだ? 君は、どこから玉座の間にやってきたのだ?」

「こ、ここは、城の中庭の地下から通じている通路です! あいつらに追われ、偶然ここに辿りついて……。行く場所のアテもなく、まっすぐ進んでいたら、あの場所に……」

「中庭の地下? はて……」


 アルス王は顎に指を当て思案する。

 彼の記憶の限り、中庭の地下に何らかの施設があるという話を聞いたことは無かった。

 だが、この城の歴史は、魔王に制圧された時点で一度途絶え、勇者王国が興る際にもう一度途絶えてしまっている。

 その結果、失伝してしまった逸話や、城の構造などもかなりの数に上る。この路は恐らくそのうちの一つであり……。


「……王族の退避路の一つか」

「え?」


 アルス王は、そう結論付けた。

 多くの城において、玉座は一番高い場所、城の頂点付近に据えられる。

 これは見栄えの問題というのが一番大きいが、そうなるといざという時の逃げ場が失われてしまう。城の頂は空に届かんばかりであることが多い。そんな場所から逃げられるのは、飛行魔法を収めた魔導師か、背中に羽の生えた人間だけだ。

 故に、城はその構造の内部に王族専用の退避路が張り巡らされているものだ。例え逃げ場の無い玉座からでも、そこを通れば容易く逃げられるようにしておくわけだ。

 そう知れば王族の血を絶やすことはないし、王族が無用の戦闘に巻き込まれることは無い。そのため王族専用の退避路は、王の親子の中でしか伝聞されず、周囲に明かされることは無いのだが……。

 残念ながら、フォルティス王家伝来の退避路というものは無かった。フォルティス王家の主たる、代々のアルス王は常に最前線に立つべしと教えられているし、火急の場合は全ての王族が民のために先頭に立つ覚悟が出来ている。玉座でゆっくりと戦果を待つことを良しとしないため、逃げるための隠し通路を必要としないのだ。

 そのため、代々のアルス王も現在のフォルティス城に隠し通路が残されているかどうかの確認もしていなかったのだが……。それが意外な形で役に立った。

 百年もの間、誰にも知られなかった隠し道のおかげで、こうしてあの連中から逃げ延びたのだから。


「ここが退避路の一つならば、王都の外に道は延びているか……?」

「あ、いえ……。中庭の辺りで、路は塞がってて……」


 アルス王の独白に答えるように、トビィは申し訳なさそうに俯いた。


「多分、僕が落ちたときの衝撃で、埋まっちゃったんだと……」

「そうか……。そのときの衝撃で、トビィが埋まらずなによりだ」


 アルス王は安心したように頷きながら考える。


(ここが退避路であるならば、他にここに侵入できる場所があると考えるべきか。そこから地上を目指し、どこかで武器を調達せねばならんな)


 アルス王はブツブツと呟きながら、騎士団長であった頃を思い出す。

 似たような状況はいくつかあったが、それでも今回は今まで以上に厳しい状況だ。味方はおらず、敵は無尽蔵な上に、人知を超えた力を持っている。

 だが、それでもやるしかない。このまま手をこまねいていても、滅びるのを待つだけなのだ。


「……地下牢にいる子どもたち、そしてニーナを救わねばな……」

「っ!?」


 何の気なしに呟いたアルス王の言葉に、トビィはびくりと体を震わせた。




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