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第33話:逃げられた後

 破壊魔法によって完全に溶け落ちた、玉座の背後の侵入路を見て、バルカスは低い声で呟く。


「……ラウム、貴様知っていたのか?」

「玉座の抜け道のことか? ここに着いた時に把握はしていたさ」


 トビィの出現とアルス王の逃亡。その双方を目の当たりにしてなお、楽しそうに笑いながらラウムは肩をすくめた。


「恐らく、王城建設当初から存在している、逃げ道の一つだろ? 古く歴史のある王城だから、珍しいもんでもねぇさ」

「それだけではない」

「小僧のことか? 現れてから知ったさ」


 低く冷たい、殺意すら感じるバルカスに対し、ラウムはどこまでも飄々とした態度で答える。


「俺が抜け道の扉を取っ払う、数分前だったか? まあ、そのくらいに到着して、こそこそ隠れてただけだったんで、こっちに招いてやったのさ。――あれだけ素早く動けるとは、思わなかったがな」


 ラウムは笑う。実に楽しそうな、まるで獲物を見つけた肉食獣のような、そんな笑みを。


「さっき見たときよりも、明らかに速くなってたな……。成長したというには、いささか異常だ……クックックッ」

「貴様でも止められなかったのか? あの一瞬で、小僧だけを殺しうることは可能だったんじゃないのか?」

「なんだなんだ? バルカス、お前何が言いたいんだ?」


 徐々に不穏な気配を帯び始めるバルカスの詰問。

 ラウムは顔の笑みを消さぬまま、バルカスを見やる。


「あの小僧の速度は完全に俺の想定外だった。気が抜けてたのは認めるさ、退屈してたからな。普段なら殺せたが、長話を聞いたあとであれに即応しろってのは無茶な相談だぜ?」

「空間把握。並びに、距離を無視した一撃必殺。これらは貴様の最も得意とする分野だったはずだが」

「何事にも限界はあるさ。気の緩みによる油断もな。あの小僧が逃げを打つのは想定していたが……まさか爺まで連れ去るとは思わなかった」


 ラウムは皮肉げな笑みを浮かべながら、また肩をすくめる。


「ついでに先に言っておくが、この抜け道が中庭の地下空洞に通じてたらしいってのも今知ったことだ。さすがに見えない位置の空間把握は骨なんでな。普段は、壁一枚向こう側を見るくらいにしてるんだ」

「……チッ」


 バルカスはラウムの弁明を聞き、隠す様子もなく舌打ちをする。

 そしてラウムからは視線を外し、玉座の上で気絶しているニーナを見やる。


「王を逃したのは失策だった……。あの小僧が生きていたのも例外的過ぎる。バックアップの維持は元より、計画の成功すら危ぶまれる事態だ」

「ご、ごめんなさい……」

「申し訳ありません、主……!」


 淡々と現状の再確認を行うバルカスに向かって、二人の子供がそれぞれに頭を下げる。

 消え入りそうな声で呟くポルタと地面に頭をこすり付けるバグズを見下ろすバルカス。

 その瞳の奥には激しい怒りが渦巻いていたが、細く長くゆっくりとため息をつき、気を落ち着かせると二人に声をかけた。


「……いや、お前たちが謝る事ではない。全てに対して想定を怠った我が不始末。気にする必要はない」


 その言葉の中には労いが含まれていたが、敬語を忘れたその語調から、バルカスのあれた精神状態が窺える。

 ポルタとバグズもそれを察し、バグズが恐る恐る問いかける。


「ですが、主……」

「構うな。生き残ったとはいえ、イデアも使えぬ小僧とイデアも持てぬ老兵。計画の流れを知ったとて、何が出来るわけでもない」


 バルカスはバグズの言葉を遮り、はっきりとそう言い切る。

 その中には絶対の自信が……いや、聞くものを安心させようとしている声色がはっきりと聞いてとれた。……己も含めて。

 バルカスははっきりとそう言い切った後、ゆっくりとバルコニーへと近づきながら呟く。


「だが、だからといって何もせぬのは愚者だけだ。不確定要素は、抹消せねばなるまい」


 紅い月を見上げ、しばし思案したバルカスは、振り返らないままにラウムの名を呼んだ。


「ラウム」

「なんだ?」

「今から計画の発動までの間、地下牢を守れ。グレータースケルトンの指揮権を全て預ける」

「あぁん? なんだって俺が、あんなところの守護任されなくちゃならんのだ」


 バルカスの命令が大いに不服なラウムは、振り返らないバルカスの背中を睨み付ける。


「逃げた連中がなにかするなら、そっちをどうにかする必要があるだろうが。なら、連中を追いかけるとかの方が建設的だろう?」

「かもしれんが、あの小僧のすばしっこさは問題だ。腑抜けていたとはいえ、貴様の腕を潜り抜けているのだからな」


 言の端にいやみを含ませながら、バルカスは命令を口にする。


「私が老王の立場なら、小僧をおとりにし、牢の中に捕らえられた人間を解放する。牢の中には、イデア持ちもいる。それが現状、連中にとって最も大きな希望だろう。いずれにせよ、固まって行動することはまずありえん」


 そこで振り返り、バルカスはラウムを睨み付ける。鋭い殺気を帯びた眼差しは、しっかりとラウムの瞳を見つめている。


「地下牢の生贄こそが、今回の計画の最大の要。あれの解放は避けたい。故に、最大戦力たる貴様を守りに置くのだ」

「最大戦力、ね。評価はありがたく受け取ろう」


 ラウムは肩をすくめ壁から背を離しながら問いかける。


「だが、実際に計画が発動する段階にゃ、地下牢から出るぞ。それでかまわんな?」

「ああ、構わん。魔王閣下復活後も、貴様の力は有用だ。こんなところで、失うわけにもいかんからな」

「フン。ありがたいことで」


 ラウムは小さく鼻を鳴らすと、剛斧を片手にその場から消え失せる。開廟の調べ(ノック・ノック)を使って、地下牢に直接向かったのだろう。

 バルカスが消えた場所を、ポルタとバグズは胡乱下に睨みつけていたが、バルカスがバグズへと命を降す。


「バグズ。現在、どれだけ力が回復した?」

「ハッ! こちらの甲冑虫ほどの戦闘力を持つ虫を直接生み出すことは出来ませんが、支配寄生虫であれば、数匹程度は生み出せます」


 主の意図を機敏に察し、バグズは頭を垂れながら答える。

 そういう彼の口からは、蚊ほどの大きさの昆虫が一匹、また一匹と這い出していた。

 その羽虫……支配寄生虫が元気に跳び始めたのを見て、バルカスは満足そうに頷く。


「よし。では、最低一匹、ラウムの監視の為に飛ばせ」

「ハッ!」


 バルカスの命と同時に、生まれたばかりの支配寄生虫はバルコニーから外へと飛んで行く。向かう先は、地下牢だ。

 支配寄生虫に指示を出しながら、バグズはバルカスへと問いかけた。


「何故、とお伺いしても?」

「ラウム……奴はどうにも扱いづらい」


 バルカスは静かに答える。

 顔を歪め、理解できぬという風に首を振りながら。


「先の小僧の襲撃、奴の実力であれば瞬きする間もなく撃退できるはずだった。そもそも殺すだけなら、抜け道とやらにいる間にこなせばよい」

「そうしなかったのは……謀反のため、でしょうか?」


 バグズは瞳の内に怒りを宿す。

 が、その可能性をバグズは否定する。


「それはない。いや、むしろ奴は謀反とは無縁だ。そもそも、この計画そのものに賛同しているわけではないし、私に忠誠を誓っているわけでもない」


 片手で顔を覆い、バルカスはため息をついた。


「奴は歴史に名を残す事にしか興味がないからな。それが叶えばなんでも良いと考えている……。故に、場合によってはこちらを潰しにかかることもあるだろう」

「なんで……? 意味わからない」


 バルカスの説明にポルタが不快感を示す。

 彼女にとって、バルカスの計画こそが全てだ。自分と……姉を救ってくれたバルカスの計画こそが。

 故に、理解できないのだ。こちらに味方しているくせに、敵に回るかもしれないラウムのことが。

 そんなポルタに対して同意するように頷きながら、バルカスは続ける。


「そうだな。だが、理解はいらぬ。必要なのは、計画の確実な完遂だ。故に、ラウムが敵に回る可能性も考慮せねばならない」

「故の支配寄生虫、ですね」

「その通り。場合によっては、即座に取り付き、ラウムを殺せ」


 支配寄生虫は、人間の脊髄に毒針を刺すことで神経を侵し、体を乗っ取るバグズの切り札の一つだ。

 どのような達人であれ、針さえ正確に刺せれば一発で傀儡に出来る。

 これがあれば、ラウムを無力化するのも容易い。バグズは確信を持って頷いた。


「かしこまりました、主」

「併せて、貴様には逃げた連中の捜索を命ずる。支配寄生虫を生む分のリソースを使えばいけるな?」

「もちろんです。ただの羽虫なら、百単位でいけます」

「よろしい。合わせて、市中のスケルトンたちの指揮権も渡す。……小僧の方は殺せ。王の方は可能であれば、捕らえよ」

「御意」


 バグズは力強く頷くと、二匹の甲冑虫と共にバルコニーから飛び出していった。

 その背中を見送ったバルカスは、最後に残ったポルタを見る。


「最期になったが、ポルタ。貴様には、ニーナ王女の護衛を命じる」

「王女の、護衛」

「左様。この娘は、王と並び今計画におけるバックアップである。連中の行動で一番可能性が高いのは、地下牢の解放だが、王女の救出も考慮する必要がある」


 ポルタは真剣な表情でバルカスの命令を聞いている。

 やや不自然に膨らむ、自身の腹を押さえながら。


「貴様の能力は、手加減に向かない。小僧はともかく、王はなるべく確保したい。故に、バグズにそちらを命じ、貴様はこちらを守るのだ。良いな」

「……うん、わかった」


 ポルタは真剣な表情で頷くと、ニーナの傍に立ち、ジッと動かなくなる。

 近づく敵、全てを殺すつもりなのか、少しずつ操る武器を回収し始めている。

 バルカスはそんな彼女の様子に満足げに一つ頷くと、バルコニーの方へと歩く。


「任せるぞ。……私は、しばし街の中を見てまわる。魔力の集まりが不足せぬよう、注意を払わねばならんからな」

「うん。気をつけて、ね」

「気をつけて、か」


 バルカスはポルタの言葉に笑いながら、ふわりと飛び上がり、町のほうへと向かう。

 ゆるりと上がる紅い月を見上げ、バルカスは笑う。


「あと少し……。もう少しだ」


 己の計画の満願成就を思い、バルカスは笑う。

 この瞬間だけ、逃げた連中のことを忘れながら。




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