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第32話:生の始まり

「この国を滅ぼすなど……! いえ、魔王が復活するなど、そのようなことが為せるわけないじゃありませんかっ!!」


 響き渡るバルカスの哄笑を、ニーナの悲鳴が斬り裂いた。

 思わず哄笑を引っ込めるバルカス。ニーナはその隙を突くように、一気に捲くし立てた。


「肉体も魂も朽ち果てた存在を、どうやって蘇らせるというのですか!? 私とて知っています! いかに不死身なアンデットも、必ず滅ぶということを! その存在を支える要を……肉体や魂を完全に滅してしまえば、滅んでしまうということを! いずれか一つ欠けてしまえば、アンデットなど生まれえないことを! 私でさえ知っているこの事実、貴方がご存じない分けないでしょう!? なのに、だというのに、何故魔王を蘇らせるなどという大言を吐けるのですか!? 一体、その根拠はどこにあるというのですか!?」


 バルカスに向かって無遠慮に疑問を叩きつけるニーナ、鬼のような形相で叫ぶ少女は、その内に怒りや悲しみを秘め、決死の覚悟で叫んでいることが窺える。

 一体何が彼女の心を奮い立たせたのか。理解が出来ず、バルカスは思わず目を丸くする。

 黙ったままのバルカスに向かって、ニーナはさらに捲くし立てようとする。


「貴方は、貴方は一体、なんなのですか!? どうして、そのような、愚かな――!」

「黙れ」


 愚かな。そう、ニーナが叫んだ瞬間、バルコニーから鋭い殺気が放たれる。

 同時に現れた甲冑虫が、ニーナの首根っこを掴んで押さえた。


「あぐ、がっ……!?」

「ニーナ!?」

「大言を吐いているのはどちらだ。貴様、今の自分の立場をわかっているのか?」


 バルコニーに現れたバグズは、ニーナを睨みつけながら、ゆっくりと彼女に向かって歩いてゆく。

 その顔にははっきりと怒りが浮かんでおり、視線だけでニーナを射殺さんばかりに睨みつけている。

 主への侮辱が癇に障ったのだろう。怒りを抑えないまま、バグズはニーナへと唾を吐く。


「武も魔も極められぬ、愚昧な国の王女ごときが……。我が主をどなたと心得られる? なんなら、その首ねじ切って直接」

「バグズ」


 しかし、バルカスはバグズを睨み、命を下した。


「今すぐ王女から手を離しなさい」

「っ!? ですがっ!!」


 主への愚弄が許せぬバグズは、バルカスの命を受けても甲冑虫に手を離すよう指示は出さない。

 徐々に力が強まってゆく甲冑虫の指は、今にもニーナの首をへし折りそうであった。


「か……はっ……!?」

「この女、主を……貴方様の理想を!!」

「二度。同じことを言わせる気か」


 なおも言い募ろうとするバグズだが、バルカスは冷徹に告げる。


「バグズ。貴様の主は? 誰の命だ?」

「―――!? も、申し訳、ありません……!」


 冷気さえ伴うバルカスの命を受け、バグズはようやく甲冑虫にニーナから離れるよう指示を出す。

 指先一つで甲冑虫はニーナから手を離し、バグズの背後へとまわった。

 甲冑虫から解き放たれたニーナは一瞬大きく咳き込むが、そのままぐったりと玉座の上で気絶してしまった。

 何も出来なかったアルス王は無念を噛み締めながら、慌ててニーナの傍に駆け寄る。


「ニーナ! しっかりするのだ……!」

「ああ、申し訳ない、アルス王。我が配下の至らぬ配慮により、王女に無用な心労を重ねてしまったこと、お詫び申し上げます」


 慇懃無礼に頭を下げるバルカスを睨みつけるが、アルス王はニーナの体を苦しくないように横たえ、己の玉座へと戻った。

 そうして深く玉座に腰掛け、息を吐き……ニーナの決死の叫びのおかげで、取り戻せた冷静さでバルカスに問いかける。


「……平和に急いた我が子の無謀にも非はある。だが、同じ疑問は浮かぶ」

「同じ疑問とは?」

「魔王復活の法だよ。かの者は、肉体はおろか魂すら滅せられた。この国に、魔王に関わる遺物がほとんどないこともその証左だ。魔王という存在の痕跡は丁寧に抹消された。……その恐ろしさゆえにな」


 アルス王はバルカスを睨み、まっすぐにその瞳を見据える。

 狂気を湛えながらも、正気の中に留まっている、その瞳を。


「貴公、一体何をどうして魔王復活とするつもりだ? 呼び出すべき魂も、動かすべき肉体もない。何をどう呼び出せば、魔王と呼べる存在になるというのだ?」

「ああ。そいつは俺も疑問だったんだよな」


 壁にもたれかかっていたラウムが、今更のように頷き、バルカスを見る。


「何をどうしろってのは聞いたが、何がどうなるってのは聞いてねぇな。どうせ、魔王復活まで暇なんだし、ちょっと聞かせてくれよ」

「私たちも、気になる」


 バルコニーの縁に腰掛けているポルタも、興味があるのかバルカスのほうに振り返った。


「どうするの? バルカス」

「……そういえば、説明はしていませんでしたか」


 バルカスは今更といった様子で呟き、ため息を一つ吐いて空へと上る赤い燐光を示した。


「まあ、説明といっても単純な話。あの燐光が見えますね?」

「うむ……」

「あの燐光は、バグズによって生み出された魔光蝶と呼ばれる特殊な蝶によって増幅されている魔力です。魔光蝶は羽で吸収した魔力を、燐粉を介して放出し空気中に散布するという性質を持ちます。散布された魔力はあのように可視化状態となり、空間に一定の影響を与えるようになります」


 一端解説を始めると、バルカスの口からはすらすらと魔王復活までのプロセスが零れ落ち始めた。

 元々学者肌だったのだろうか。妙に活き活きとして見える。


「あれを一定の間隔で群れるよう、ラウムが魔剣を王都中に設置しています。これにより魔光蝶を基点とし、王都全体を大規模な魔法陣として機能させています」

「そこまでは、まあ、学のない俺でもわかる。で? そっから王都はどうなるんだ?」


 先を急かす様、ラウムが問いかける。

 バルカスもあまり長く話をするつもりはないのか、一つ頷くと話の要点へと移った。


「魔法陣の機能は、まあ言ってみれば至極単純なもので、王都中の人間の魔力をこの王城に集めるように機能しています」

「この城に? 魔力を……?」

「ええ、そうです。魔王閣下の復活に必要な素材は、それほど多くはないのですが、その素材を魔王様の肉体へ形成するためには大量の魔力が必要になるのです。すぐには全てを吸い上げず、少しずつ魔力を集め、儀式に必要な力をこの王城に蓄えます」


 そこまで説明すると、バルカスは魔光蝶の影響か紅く輝き始めた月を指差す。


「魔力の収集は、あの月が天頂に届く頃には完了するようになっています。あの月が天頂へと昇りきり、この王都の真上へと上った時……地下に捕らえられている素材たちを元に、魔王様の肉体と魂を再定義するのです」

「素材……?」


 アルス王は一瞬理解が及ばなかったが、ラウムが地下に連れて行った子供たちのことを思い出す。


「まさか……!? 勇者候補として学んでいる者たちか!?」

「いかにも。肉体にせよ魂にせよ、劣化しておらず強靭なほうが、効率が良い。そう、ちょうど……二十歳に及ぶか否か。これだけで、素材としての鮮度がかなり変わってくるのです」


 バルカスはニヤリと笑いながら、足元を……地下に捕らえられているフォルティスカレッジの生徒たちを指差した。


「さらに都合が良い事に、彼らはイデアに目覚めることを目的としている。故に、その精神性はとても強靭で、真っ直ぐだ。心にいびつがないほどに、魔王閣下の復活により良い贄となるのですよ」

「貴様……!」

「ああ、もう一度礼を言わねばなりませんね、アルス王! 貴方の国の特産品……勇者。それを育てるための機関があったおかげで、我が計画はずっと早く、実りを迎えるのですから!」


 笑いながら告げるバルカス。

 アルス王には、彼の言葉の半分も理解できなかった。専門的な説明を省いているためだろうが、それ以上に理解したくないという気持ちが勝る。

 ……つまり、バルカスは地下牢に捕らえられた者たちを合成し、それを魔王と定義するつもりだということだ。そうなった場合、元々の人格がどうなるかはわからないが……場合によっては魔王の精神の中で恒久的に生きる事になるかもしれない。

 そうなればある意味、ただ無為に殺すよりも酷い事になるだろう。地下牢に捕らえられた者は恐らく、今居残っているフォルティスカレッジの者たち全員のはず。総勢五百人前後か。そんな規模の人間の精神が、魔王の中で生かされ続けるなど、地獄以外の何物でもない。

 これで、バルカスが何をしでかすのか理解が出来た。まだ輝かしい未来を持つ子どもたちを、全て魔王のための供物と化すつもりだ。

 だが、それがわかっても、今のアルス王にはどうしようもなかった。


「くっ……!」


 アルス王はバルカスの笑い声を聞きながら悔しげに呻き、それから気絶してしまったニーナを見やる。

 今ここで暴れ、バルカスの首を取ることは出来るかもしれない。だが、それにこの子を巻き込まない自信がなかった。

 もっと言えば、バルカスを打ち倒しうる可能性も極めて低い。ハッキリしているだけで、イデアの持ち主が二人もいるのだ。距離があるとはいえ片方は遠隔から武器を操る能力を持っているし、もう片方は無音無動作で移動が可能。この二人の妨害を潜り抜け、バルカスだけを殺すなど現実的ではない。

 どうしようもない無力さを噛み締めるアルス王を見て、嘲笑を浮かべたのはラウムだ。


「……バルカス先生がどうやって魔王を生み出すのかはよく分かった」


 ラウムは嘲笑を浮かべながらアルス王を見、それから玉座の背後の壁へと視線を向ける。


「……だが、それならば手抜きはないほうがいいよな? なあ、小僧」


 ラウムはそう呟くと同時に、指を鳴らす。

 すると、玉座の背後の壁が消え失せ、その向こう側から先ほど中庭の地下に消えたはずの少年――トビィの姿が現れたのだ。


「っ!? なに!!」






 見つかった――。

 ずっと上っていた梯子の終点、玉座の間に存在する玉座、その背後に到着していたトビィは、バルカスの語った計画を聞き、息を呑み、そしてラウムに居場所を見抜かれていた事に絶望した。

 恐らく、ここに到着した時点でばれていたのだろう。バルカスのにやけた笑みを見ればそれがわかる。

 万事休す――。トビィは一瞬だけ、思考を放棄する。

 そうして移る視界の中には、驚愕するバルカス、笑っているラウム、呆けているポルタとバグズ。

 そして、振り返りこちらを見つけたアルス王の姿が見えた。


「―――」


 放棄した思考が、一気に灼熱する。

 栄えある勇者王国、その六代目アルス王。その本名は知らないが、若かりし頃は騎士団を率いる勇猛な騎士団長として、各国にその名を轟かせたと聞いたことがある。

 他国との小競り合いの際、その最先端に必ず彼の姿と名があり、多くの戦において勝利を掴み取ってきたという常勝無敗の猛将。それが、今代のアルス王。

 トビィはその本名も知らないが、彼の勇名は知っている。勇者ならざる勇者としての、彼の功績を。


「―――!」


 それは、縋るような思いであった。

 もはや誰も動けぬ事態。刻一刻と迫るタイムリミット。

 逼迫した状況の中、師であるゲンジにすら会えぬトビィには頼れる大人がいなかった。

 ……今、目の前にいるアルス王以外には。


「っ! 少年――!」


 バルカスが瞬きした瞬間には、トビィの体はアルス王の腕を丸ごと引っさらおうとしていた。

 連れ去られる。予感ではなく、確定事項としてそれを感じたバルカスは反射的に叫ぶ。


「殺せっ!! 王ごとで構わん!」

「――ッ!」

「御意ッ!」


 バルカスの命に応じたのはポルタとバグズ。二人の操る武器と甲冑虫が、トビィとアルス王の下に迫る。

 だが、遅い。次の瞬間にはトビィたちの姿が玉座の背後に開いた穴の下にあった。


「―――ッ!? 逃すかぁぁぁぁぁ!!」


 アルス王の――いや、トビィのスピードに対応しきれず、バルカスは無詠唱で破壊魔法を解き放つ。

 彼の掌から放たれた獄炎は、瞬く間にトビィたちの姿を飲み込み、けたたましい破壊音を立てて玉座の間の壁を撃ち貫く。


「……フッ」


 響く破壊音の中、ラウムは小さく微笑む。

 トビィとアルス王が、無事に地下へ向かって逃げ延びるのを、イデアでもって感じながら。




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