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第29話:七星の伝説

「グッ……!?」


 ゲンジが次に目を覚ましたのは、冷たい石畳の上であった。

 金属の鎖で荒々しく体を縛られ、乱雑に転がされた床に見覚えがあった。

 確か、今は使われていないフォルティス城の地下大牢の床のはずだ。

 ごろりと石畳の上で寝返りを打ちながら、ゲンジは自身の現状を再確認する。

 記憶の限り、自分は謎の魔導師――バルカスの放った雷撃によって酷く打ち据えられたはずだ。

 自然の雷撃に叩きつけられ、全身が黒く焼け焦げた死体を見たことがある。自分の体がそうなっていないとは、限らない。

 鎖で縛られ、うまく動けないまま、ゲンジは体の点検を行う。


「骨は――無事か……。臓腑も、焼けていないようだな……」


 四肢の機能、内蔵の様子、いずれも異常はないようだ。

 体がしびれたような感じもしない。後遺症の類は、残っていないと考えるべきか。

 一先ず、思考が働く程度には無事なのを確認し、ゲンジはゆっくりと体を起こす。

 四肢は封じられたままだが、起き上がる分には問題はない。

 そして、周囲を軽く見回す。

 薄暗い牢屋の中には誰もおらず、分厚い鋼鉄のドアの向こうからは子どもたちがすすり泣く声や、何か大きな生き物のようなものがズリズリと動き回る音が聞こえてくる。


「……見張りはいるようだが、人間かどうかが怪しいな」


 ゲンジはポツリと呟きながら、体を動かして自らの拘束を解くことを試みる。

 バルカスの策に嵌った時点で状況は最悪だが、まだ好転の兆しがないわけではない。

 少なくとも、命ある限りは事態の好転を狙うことが出来る。後悔は死んでからいくらでも出来る。この手足を止めるのは、心臓が止まった時だと昔誓ったのだ。


「く……この……!」


 体を揺らし、腕を動かし、鎖が緩い部分がないかどうかを確認するが、がっちりとゲンジの体に絡んで離れようとしない。

 それどころか、こちらの動きに合わせて鎖が動き回り、常にゲンジの体を拘束しようとしているようにも感じる。

 ひょっとしたら、バルカスの用意した魔法道具の一つなのかもしれない。

 厄介なものにつかまってしまった。そう考え顔をしかめるゲンジの頭の中に、一人の女性の声が響いた。


《起きたか、ゲンジ》

「む、ノクターン?」


 聞こえてきたノクターンの声に、ゲンジは思わず辺りを見回す。

 だが、彼女の姿はどこにも見えない。先ほど確認したとおり、ゲンジのいる牢の中には彼一人しかいない。


「ノクターン、どこにいる?」

《お前の隣の牢だよ。お前と違って、手足を縛られず快適に過ごさせてもらっているよ》


 皮肉げなノクターンの声が脳内にまた響いた。

 どちらから聞こえてくるものかゲンジは首をめぐらせるが、音の聞こえてくる方向を特定できない。

 いや、そもそも音を音として認識できていない。なんというか、脳内の記憶が勝手に音声として再生されているかのような、そんな違和感を覚えてしまう。


「……ノクターン。君は今、どうやってしゃべっているんだ?」

《喋っていない。これは念話というものだ》


 ゲンジの問いに対し、ノクターンは憮然とした様子で答える。

 ゲンジの脳裏に響くノクターンの声は、どこまでも不愉快そうであった。


《近くの相手の頭の中に、直接言葉を叩き込む魔法の一つでな。非常に神経を使うし、効果の割りに魔力の消耗も激しい。あまり使いたくない魔法なのだがな》

「なら、使わねばいいじゃないか。一体、どうしたというのだ?」


 ゲンジの更なる問いかけに対し、ノクターンからの返答は一瞬遅れる。


《……声を封じられた》

「声を?」

《ああ、そうだ。口を塞ぐ寄生虫の類を噛まされて、声を発することができない。私の使う魔法は、基本的に声を媒介にする。これでは魔法が使えない》

「寄生虫……。問題はないのか?」

《ない。恐らく、本来は口を塞ぎ、そこから卵を植えつける虫なのだろうが、今も私は生きている。単純に、私の声を封じれば無力化できると踏んだのだろう。……そのとおりなのが、余計に忌々しいが》


 憤慨した気配が、念話越しに伝わってくる。おそらく、本当に手足が拘束されていないのだろう。

 なんとなく羨ましくなり、ゲンジは苦心しながら肩をすくめる。


「こちらは手足を鎖で雁字搦めだ。体を動かせるのは、羨ましい限りだよ」

《お前のイデアは、そうせねば防げんからな。私でも、同じようにするだろう》


 ノクターンは冷然と告げ、それから不安そうに尋ねた。


《……拘束は解けそうか?》

「正直わからん。ただの鎖なら、時間さえあれば解けるんだがな」


 ゲンジは呟きながら、体を動かす。

 やはり、ゲンジの動きに合わせて鎖が動いているようだ。


「ただの鎖ではなさそうだ。出来れば、お前に解呪を頼みたいところだ」

《普段ならば、牢屋越しでもその程度はしてやれるんだがな……》


 ノクターンの落胆した気配が、念話越しに伝わってくる。

 引き続き、拘束解除を試みながら、ゲンジはノクターンへと声をかける。


「俺はどの程度眠っていた? あれから、どれほど時間が経過した?」

《さほど時間は経っていない。まだ、宵の口といったところだ》


 ノクターンの言葉に、ゲンジは気絶する寸前の時刻を思い出す。確か、夕刻に入る前だったはずだから……三時間くらいだろうか?

 ノクターンはさほど、といったが、三時間あればアルス王を初めとする首脳陣を殺害し、そのまま逃げ遂せる事も出来るだろう。

 ゲンジは渋い顔をしながら、呟く。


「……連中の目論見がなんであれ、あまり猶予がないと見るべきか」

《何故そう思う?》

「我々が生きているのがその証左。生かしておく事にメリットがあるということは、その間に為すべきことがあるのだろう。ここで無為に時間が過ぎれば過ぎるほど、事態は取り返しがつかなくなっているはずだ」

《メリット……連中の目的か》


 ノクターンは呟きながら、自身をここに閉じ込めた、ラウムの言葉を思い出す。


《連中の目論見だが……どうも、魔王の復活を行おうとしているらしい》

「なに? 魔王の?」


 ノクターンから聞かされたその目的に、ゲンジは思わず困惑してしまう。


「なんだってそんなことを……。しかも、何故今なのだ? なにか、魔王の復活に都合の良い兆しでも現れたのか?」


 御伽噺の中に存在し、初代アルス王によって討伐されたとされる存在、魔王。

 その身はまさに塵のように粉砕され、この世界に散らばったとされる。散らばったといっても、封印されたというような記述はどこにもない。魔王という存在は、完全に滅ぼされたと伝えられている。

 それを復活させるなど、新たに魔王を生み出すという事に他ならないはずだ。あのバルカスは、それを一体どうやってなすつもりなのだろうか?

 首を傾げるゲンジに、ノクターンは静かに答えた。


《……七星の兆しが見えたからかもしれんな》

「七星?」

《ああ》


 聞いた事のない言葉に、首を傾げるゲンジ。

 ノクターンは、まるで声を落とすように静かな念をゲンジに送ってきた。


《この話は本来、秘匿されるべき情報なのだが……この世界で大きな戦いや、世界の変革が起こる際現れる兆しとして、七星というものが存在するのだ》

「戦いの……兆し?」

《ああ、そうだ。天に座す、七つの超星……本来あるべきでない場所に現れる、七つの星々。七星が現れた時、世界は善きにしろ悪しきにしろ、大きくうねり、大いに荒れるといわれている》

「そんなものが……」


 始めて聞く七星の名前と、その由来に驚愕するゲンジ。

 だが、それだけであれば単なる占いの類であるはずだ。何故、この七星という存在が秘匿されねばならないのか、ゲンジにはいまいち理解が及ばない。

 そんな雰囲気を察したのか、ノクターンは静かに説明を続けた。


《……七星が現れた際、同時に七星を宿星とする人間が現れるとされているんだ。時代の流れを、うねりを、争いを……世界に根ざす様々な事象にかかわってしまうだけの、力を持った人間が》

「力を持った……? それはつまり?」

《イデアだよ、ゲンジ。生まれながらにして、イデアに目覚めるだけの力を持った人間が、七星の出現と共に現れてしまうんだ》


 ノクターンは、ため息を吐こうとしたようだ。そんな気配が、念話越しに伝わる。


《七星を宿星に持つ者の力は、計り知れない。それこそ世界を滅ぼすも、世界を救うのもその者の意思次第となってしまう。そんな力を国家が保有し、自由に出来てしまうのは――》

「当然、良くないな。そういうわけか」


 七星の話が真実であるならば、当然各国も七星の持ち主の獲得に全力を注ぐであろう。世界のうねり、時代の流れを変えてしまうほどの力を持つのであれば、どんな国でも喉から手が出るほど欲しいだろう。どのようにして七星を持つ人間が生まれるかはわからないが、うまく国の中に取り込むことが出来れば、その後数十年の覇権を握り続けることも不可能ではなくなるかもしれない。


「……ならば、バルカスとやらはこの国に七星を探しに来たのか。勇者を……イデアを持つ者を育てるこの国に」


 六大国を含む、大陸内の全ての国家において、唯一イデア育成のノウハウを持つフォルティス・グランダムは、七星の宿星を持つ者が現れる可能性が極めて高いと言えるだろう。

 七星がどの程度の力を持つのかはわからないが、魔王を蘇らせるのに力が必要なのであれば、時代の変革を促すだけの力を持った七星はちょうど良いいけにえとなるだろう。


《可能性は低くないだろう……。だが、恐らくは違うのではないかと私は思う》


 だが、ゲンジの予想に対してノクターンの反応はいまいちであった。


「違う? どういうことだ?」

《ゲンジ、思いだして欲しい。初代アルス王の伝説を》

「なに?」


 唐突なノクターンの問いかけに、ゲンジは困惑してしまう。

 何故、いきなり初代アルス王の伝説を今思い出さねばならないのか?

 疑問を感じつつも、ゲンジは初代アルス王の伝説が語られる際の、口上を口にする。


「……確か、我等が勇者、アルス王は五人の仲間と共に――」

《それだ。アルス王と五人の仲間たち……合わせて六人。何故この人数なのか、考えたことはあるか?》

「いや……それほど不自然な数か?」


 ゲンジはノクターンの真意が測れず、不審な声を上げる。

 別に六人で一チーム作ることは珍しい話でもない。いざとなれば、ツーマンセル三組として行動できるため、冒険などをする場合はこの人数が最も大規模なチームになるとゲンジは考えている。

 だが、ノクターンは違うようだ。……いや、別の視点で見ているというべきか。


《不自然ではないと、私も思う……。だが、世界を救った彼ら六人が、今に伝わる七星の伝承の始まりだとしたら、残りの一人はどこに言ったんだと思う?》

「残りの一人?」

《そうだ。伝承の中でその名が語られることのない、七星の最後の一人。七星が時代を変える力を持つなら、あと一人がどこかにいるはずなんだ》

「むう……?」


 七星とやらの始まりを知らないゲンジでは、ノクターンの問いかけに対する答えを導き出せない。

 故に、ノクターンは自ら答えを口にする。誰にもわからぬ、その答えを。


《……伝え聞く、七星。その存在に、善悪はないとされている。善きにしろ悪しきにしろ、世界を変えるのが七星だ。故に、私は考えた》






《最後の一星。それは、ほかならぬ魔王なのではなかったのか? と……》






 ゲンジは思わず黙り込む。


《そう考えれば、辻褄が合うのだ。魔王が生まれた。故に、初代アルス王とその仲間たちが生まれた。魔王と初代アルス王たち、合計七人の七星たちは、善きにしろ悪しきにしろ、世界を大きく変えてしまった。これが七星の伝承の始まりなのだ、恐らく》

「では、連中が魔王を復活させようと行動を開始したのは……?」

《七星の兆しが現れたゆえ、確実に魔王を復活させられると踏んだのだ。魔王という、七星の一つを……》


 突拍子もない話だ。七星の伝説とて、信憑性は疑わしい。

 だが、ノクターンはその伝説を信じているようだ。


《もしそうならば……我々に魔王の復活を止める手立てはないのかもしれない……。七星の内、三つはすでに灯っている。それがまた新たに灯るのを、止める方法はないのだ……》


 絶望に染まり始めたノクターンの念話。

 ゲンジは、そんな彼女へとかける言葉が見つからず、ただ黙ることしかできなかった。




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