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第2話:勇者の召喚

 勇者学園(フォルティスカレッジ)に入るには、二通りの方法が存在する。

 一つは、入学試験。フォルティスカレッジが提示した条件をクリアし、そこに入るだけの実力があることを証明する方法だ。年齢に制限はなく、極端な話、下は生まれたばかりの新生児から上は百歳を越える長老クラスの人間まで、入学試験を受けたいという者は誰でもフォルティスカレッジの試験を受けることが出来る。さらに、所属している国がフォルティス・グランダムである必要もないため、毎年行われる入学試験には、千人超の入学希望者が訪れるといわれている。

 だがそんな有象無象にふるいをかけるべく、フォルティスカレッジは入学を希望する年齢により、試験内容の種類と難易度を変えている。概ね歳を重ねるごとに試験の内容は厳しく険しいものとなり、その判断基準も大変シビアなものとなっていく。これは、より若い者たちにこそ、勇者となる権利と機会が与えられるべきだという国王の意向があるためだ。――勇者という存在が生み出す富と名声に目が眩んだ愚か者を弾き落とすという目的も、あるにはあるが。

 それはさておき、フォルティスカレッジに入る場合、最も適した年齢というものが存在するといわれている。入学前にどれだけ修練を重ねられるかにもよるが、大体十五歳前後くらいの試験が、年齢と難易度に釣り合っているといわれている。統計的に最も多くの入学人数が確認されている年齢だからというのもあるが、次に上げる入学方法で選ばれるものが、大体十五歳前後の年齢の少年少女となるからとも言われている。

 フォルティスカレッジに入学するための、もう一つの方法。それは、フォルティスカレッジのスカウトにより、学園へと招かれて入る方法だ。学内において“招かれ組”と呼ばれる者たちが、それに当たる。

 フォルティスカレッジに所属する者の中には、世界中を旅し、その旅の中で埋もれた才能を発掘するという役目を担った、専門のスカウトが存在する。才能の見極めの方法は、スカウト本人の経験であったり、あるいは占いといった予言が根拠となったりするが、毎年一定の人数はフォルティスカレッジに招かれて、入学することとなっている。

 これは、勇者アルス・フォルティスが積極的に己の見出した者たちを仲間に引き込んだ逸話に由来する部分が大きいが、フォルティスカレッジ内の問題に対する緩衝材としての役割を期待しているという面も存在する。

 フォルティス・グランダムで、勇者が誕生する割合は数年に一人程度。一世代において一人生まれれば御の字とされる他の国々に比べれば、圧倒的な誕生率といえるが、それでもフォルティスカレッジにおいて勇者となって花開けるものは極々限られたものだけと言える。故に、往々にしてフォルティスカレッジ内の一部の空気が、非常に険悪なものとなる場合がある。

 切磋琢磨といえば聞こえはいいが、時には勇者に近いと目される者に対する露骨な嫌がらせや、ライバルになりえそうなもの同士の露骨な足の引っ張り合いなど、フォルティスカレッジ内での陰惨な事件事故は上げ始めれば枚挙に暇がない。

 全体としてみれば、そうたいした規模ではないにせよ、そうした学内の雰囲気を少しでも緩和するために、“一定数の目的の異なる者”が必要であると考えられているのだ。

 スカウトによって招かれた者たちは、一応勇者を目指す立場のものではあるが、入試によってやってきたものと比べると、その意気は低い傾向にある。むしろ、彼らの目的はフォルティス・グランダムの王都で暮らすことや、そこで学ぶことそのものであることが多い。

 スカウトが選ぶ、招かれ組の者たちの住まいは大抵の場合、王都から遠く離れた地方であることが多い。もちろん場合によるが、才能が埋没しやすいのは基本的に王都に赴くだけの金銭的な余裕などがない、地方の子供であることが多いのだ。

 招かれ組の入学は、本人の任意が必要であるのだが、スカウトの成功率は100%。地方の子どもたちが、どれだけ王都に憧れを持っているのか、よく分かる数字と言えるだろう。

 そして、そうした純朴で純粋な子どもが、険悪になりがちな学内の空気を和らげてくれることを、フォルティスカレッジの教員たちは期待し、彼らを招き入れるのだ。

 少しでも優秀な種が、勇者にならずとも大きく花開くことを願って。






 そうした期待を背負った者の一人である、招かれ組のトビィ・ラビットテールは、午後に受ける座学訓練のための準備をしながら、軽く周囲に目線を配る。

 若干遠巻きにこちらを見ながら、ダトルを中心とした何名かがこちらを指差しながらくすくすと笑い、何か話をしている。

 いつもの光景であるが、陰鬱な気分に陥るのもいつもの通りだ。トビィはこっそりとため息を吐く。

 彼が、このフォルティスカレッジに招かれてやってきたのは、今から一ヶ月前。十五歳となった秋の日に現れた、フォルティスカレッジのスカウトによってこの場所へと誘われたのだ。

 君の中に眠る才能を花開かせてみないか?と。

 トビィ自身は、故郷の村での生活に満足していたためいまひとつ乗り気になれなかったのだが、育ての親である村長を始めとした村のみんなが、宴会を開く勢いで喜んでくれたのだ。

 王都の人に、村のトビィが選ばれた!と。

 それはさながら、物語の中で神の使いによって勇者が選ばれた時のような騒ぎであった。いや、実際勇者の候補に選ばれたわけなのだから、例えとも言えないか。

 ともあれ、村の皆の期待を背負い、トビィはこのフォルティスカレッジへとやって来た。村長から貰った、ラビットテールという家名と一緒に。

 出発した時こそ、トビィの中にもいつの間にか期待が膨れ上がっていたものだ。だが、ここで待っていた生活は、想像していたのとは少し、違っていた。


「おい、トビィ」


 ニヤニヤと笑いながら近づいてきたダトル。

 彼に名を呼ばれ、トビィはかすかに体を震わせながら顔を上げる。


「な、なに? ダトル……」

「なにじゃねぇよ。お前、いつになったら、まともなノートが揃うんだよ?」

「あ……」


 そうしてダトルがつまみ上げるのは、ぼろぼろの、古びた羊皮紙で出来た、粗雑なノート。

 腐りかけの糸で何とか結んだそれは、ダトルが横に振ると、今にもバラバラになってしまいそうだ。


「こんなんで、まともに座学訓練が受けられるのかよ? えぇ?」

「………」


 トビィはダトルに反論できず、黙り込んでしまう。

 彼の言うとおり、ぼろぼろの羊皮紙の表面は何度も文字が消された後があり、真っ当に訓練の内容をメモとして取れるようには見えない。

 さらにダトルは見せ付けるように周囲を示す。


「他の奴はみーんな、紙のノートを使ってるのになぁ?」


 彼の言うとおり、トビィの周りに座っている同級生たちは、皆白い紙のノートを使っていた。

 トビィはそれを見て、悲しそうに顔を歪めるが、何かを言うことはない。

 紙のノートを用意しても、どこかに行ってしまうじゃないか……という言葉を喉の奥に飲み込んで。

 黙り込んだトビィに気を良くして、ダトルはさらに言い募ろうとする。


「おいおい、トビィよぉ。せっかく相手にしてるんだから、返事位しろよ、なぁ?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるダトルから、顔を逸らすトビィ。

 ダトルはなお笑みを深めトビィの胸倉に手を伸ばし、それを見たフランが見かねたように立ち上がろうとする。

 だが、その全てを制止するように、一人の女性の声がかかった。


「――おや。余裕じゃないか、ダトル・フラグマン」

「っ!?」


 思慮深さの中に、氷のような凍てついた雰囲気を滲ませた声を聞き、ダトルは慌てて背筋を伸ばし、教壇の方へと振り返った。

 そこに立っていたのは、午前中に十歳以下の子どもたちに国の歴史を教えていた魔導師――ノクターン・ヴィヴィであった。

 とんがり帽子に黒い魔導師用のローブを身に着けた彼女は、冷然とダトルを眺め、時計を示して見せた。


「後五分で、午後の訓練開始だというのに、級友との談笑に時間を費やせるか。ゲンジが聞いたら、なんというかな?」

「す、すいません!?」


 自身の訓練を受け持つ本来の教官の名を聞き、ダトルは一瞬身震いしてから自身の席へと慌てて駆け寄った。

 鬼教官と名高いゲンジは、トビィたちの午前の戦闘訓練を行っていた禿頭の男だ。

 専門は戦闘訓練だが、座学訓練にも造詣が深い。彼の座学訓練で五分前の予習を怠れば、廊下に立たされる事になるだろう。

 ノクターンはダトルが座り、慌ててノートを取り出したのを確認すると、一つ頷き手にしていた大量の紙を教壇の上に置く。席を立っていたのは、彼だけだった。


「さて、本来であればこの時間、諸君の訓練を担当するのはゲンジであるが、彼は所用で手が離せない。なので代わりに、私がこの時間の訓練を担当することとなった」


 その一言に、少なくない安堵の息がこぼれるのを聞きながら、ノクターンは教壇に置いた紙を叩いた。


「――といっても、彼の訓練を引き継げるだけの時間はなかったので、今日は簡単なテストを行う。諸君らがこの一月で、どれだけの学習が行えたかの確認を行うためのものだ。日々の訓練を怠らず、予習復習が出来ていれば簡単なテストだよ」


 テスト、の一言に面白いように顔色を変える生徒たち。

 真っ青な彼らを見て、ノクターンは愉快そうに笑って彼らの想像を肯定した。


「……当然、点数が悪ければ、ゲンジからの追加訓練が待っている。頑張りたまえ」


 彼女の一言で、何箇所からか悲鳴が上がる。ノクターンはそれを無視して、指を鳴らす。

 すると、彼女が用意したテスト用紙がまるで生き物かなにかのように教壇の上を飛び出し、一部屋に三十組用意された生徒用の机の上に綺麗に収まっていった。


「制限時間は二時間。訓練用のノートは使用不可だ。せっかく用意したものだが、今すぐ鞄の中に仕舞いたまえ」


 ノクターンの言葉に、バタバタと慌しく鞄の中に自分のノートを仕舞う音が聞こえる。

 教室の中の全員がノートを仕舞い終えたのを確認し、ノクターンは教壇の上に巨大な砂時計を用意する。


「では、始めだ。砂が落ちきる前に、私に答案を提出したまえ」


 そういうと、ノクターンは教室の片隅、窓辺付近に寄りかかる。

 教室内の生徒たちはというと、急ぎテスト用紙に向かい、唸りながら答えを頭の中から探し始めた。

 トビィもまた、必死に記憶を手繰り寄せながら、テスト用紙の答案に答えを埋め込む作業に没頭する。

 頭の片隅で、村にいた頃はこんな事しなくてもよかったのに、と考えながら。






「“拳骨隆々”ゲンジ。召喚に応じ、参上いたしました」

「おお、すまんな、ゲンジ君。忙しい最中、呼び立ててしまって」


 禿頭の中年――ゲンジは恭しく膝を突きながら、玉座に腰掛けている老人に頭を垂れた。

 たっぷりとした白髭をなでながら老人――今代のフォルティス・グランダム国王、六代目アルス・フォルティスは、微笑みながらゲンジに問いかけた。


「最近は、どうかね? 新しい子達の様子は」

「はっ! 皆、覇気に溢れ、やる気に満ち満ちたよい子たちだと思っております!」


 アルス王の質問に、ゲンジは嘘偽りなく答える。

 いつもの通りの、良く通る彼の返答に、アルス王は嬉しそうに頷いた。


「そうかそうか。君にとっては、初めての一回生の子たちの担当だったが、心配は杞憂であったか」

「戸惑うことも多くございます。やはり、四回生の者たちとは、勝手も異なります」


 回生というのは、フォルティスカレッジで何年過ごしたかを現す呼び方だ。

 フォルティスカレッジで勇者と呼ばれるまでには、通常六年過ごす必要がある。つまり四回生とは、勇者になるまでの折り返しに到達した者たちであるということだ。

 そんな者たちと、勇者としての訓練の入り口に立った者たちとを比較し、ゲンジは顔を挙げ自信満々に微笑む。


「とはいえ、これでも一国の騎士団長を勤めたこともございます。あのようなひよっこたちの訓練も、こなしたことはございますとも」

「おお、頼もしいな! その調子で、よろしく頼むぞ」

「お任せください」


 王の言葉に恭しく頭を垂れるゲンジ。

 そんな彼の耳に、鈴の音のような少女の声が聞こえてくる。


「ゲンジ様。ゲンジ様は、今、私と同い年の子たちの訓練をなさっているのですよね?」

「……ニーナ様は、今年で15歳になられましたか」


 王の隣に座っている少女――ニーナ王女の言葉に、ゲンジは一つ頷いた。


「ええ、その通りです。皆、元気な十五歳でございます」

「そうですか……」


 ニーナ王女はしばし言いよどんでいたが、意を決したようにゲンジに問いかける。


「……そ、その中に、私の御友達になってくれそうな子は、いましたでしょうか!?」

「は?」

「これこれ、ニーナ」


 アルス王は苦笑しながらニーナを嗜め、ゲンジへと詫びる。


「すまんな、ゲンジ君。遅くに生まれた子だからか、同年の友人に憧れているようでな」

「なるほど。確かに、同い年の友人というのは、貴重なものですからな」


 ゲンジは一つ頷き、ニーナへ答えを返した。


「今はまだなんとも。いずれ、儀礼訓練の際に、王女への謁見を求めさせていただきましょう」

「本当ですか!? 私でよければ、ぜひ!」


 同年代のものと接することが出来そうな機会を得て、ニーナはキラキラと瞳を輝かせ始める。よほど出会いに飢えていると見える。

 アルス王は苦笑を深めながら、ゲンジを見て真剣な表情になる。


「すまんな、苦労をかける。……今、この国にいる、唯一の勇者としても」

「滅相もございません。私ばかりではなく、ノクターンを始めとする優秀な英傑たちもおります。私の苦労など、王の苦労に比べれば一抹にも及びますまい」


 ゲンジは王に向かって頭を垂れながら、自分以外の十二人の勇者たちのことを考える。


(現在、俺以外の勇者は皆、国外へ向かっている……。早く戻ってくる者でも、半月は掛る予定だ)


 フォルティス・グランダムの勇者は、百人力以上の実力とあわせ、イデアと呼ばれる特殊な能力を持ち合わせる。

 一人ひとりの勇者に身に付いた、まったくバラバラな特殊能力はその多様性ゆえ、あらゆる国に助力を求められる。故に、勇者全員がフォルティス・グランダムにそろっていることの方が珍しいのだが……。


(ほぼ全員が、この国を出ているというのは解せんな。それぞれの国からやって来た依頼を考えれば、納得ではあるのだが……)


 ゲンジは軽く拳を握り、気を引き締める。

 仮に、何者かの作為があるのであれば……今のフォルティス・グランダムは危うい。


(警戒が必要かもしれん。……ここ最近の、王の召喚命令も妙だ)


 この一ヶ月、ゲンジが王からの召喚を命じられた回数は五回に及ぶ。

 昨年までであれば、一ヶ月に一回も呼ばれればいいほうであったというのに、今の生徒たちを受け持った途端にこれだ。何か、あると考えるべきだろう。


(以前、ノクターンが口にしていた、七星とやらも含めて……少し調べてみるか)


 王と軽い雑談をこなし、一礼を終えるとゲンジはその場から踵を返す。

 差しあたって、当たるべきは同僚からだろう。

 今日、午後の訓練を代わってもらったノクターンのことを思い出しながら、ゲンジは玉座の間を後にした。




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