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第27話:処刑執行

「はっ……! はっ……!」


 トビィは素早く辺りを見回す。

 現在位置は、王城の中庭。城門をくぐってすぐの場所であり、よくニーナ王女が侍女たちと御茶会を開いていると噂の場所だ。

 見れば辺りにはよく整理された花畑が並んでおり、きっと今が平和であれば美しい花々を愛でるに相応しい場所であったはずだ。

 だが、先ほどのトビィの着地によって花畑の一角は無残に潰され、そこかしこに戦場跡のように剣が突き立っている。ここでも、戦いがあったのだろうか。

 中庭から王城内部へ通じる扉はいくつかあるが、そこに飛び込むような余裕は恐らくないだろう。

 辺りを見回している間にも、魔導師――バルカスがこちらを見下ろし、ジッと観察しているのを感じる。肌を突くような静かな殺気。トビィのことを逃すつもりは毛頭ないようだ。

 バルカスはトビィを見下ろしながら、自身の足元辺りに立っているラウムをたしなめる。


「困りますよ、ラウム。不確定要素は排除しなければならないのです。そうでなければ、私の願いも、貴方の願いも叶いませんよ?」

「まあ、そう言うなバルカス。長い人生、刺激も大切だろう?」

「刺激、ねぇ」


 ラウムのその言葉に、バルカスは小さなため息をついた。


「そんなもの、もう飽きましたよ。魔王閣下の復活を志し幾星霜……。もう待ちくたびれました。叶うことなら、速やかに魔王閣下の復活を執り行いたいものなのですが……」


 バルカスはちらりと自身を照らす西日を見やる。

 ようやく沈み始めた太陽は、フォルティス・グランダムを茜色に染め上げながら姿を消している。

 その様子を忌々しげに確認し、バルカスはトビィの方へと視線を戻す。


「まだ時間が足りませんね。月が……魔物たちの象徴たる月が天上に掛らねば」

「ふふん。ならば暇つぶしといこうじゃないか」


 ラウムは笑い、剛斧を肩に担いでトビィを睨み付ける。

 ゆっくりと舌なめずりをしながら、ラウムはトビィに今にも飛び掛りそう様子で体を構える。


「ちょうど、面白い獲物もいるんだ。日没くらいまでは遊べるだろうよ」

「駄目です」


 しかし、バルカスは了承しない。

 固まったまま動かないトビィを睨みつけながら、バルカスは冷然と告げる。


「逃げるだけとはいえ、貴方やポルタの手を掻い潜り続けた存在。そんな不安な要素を放置しておけません。処断は素早く。始末は確実に……です」

「――ヘッ。お堅いことで」


 バルカスの言葉に、ラウムは肩をすくめながら体から力を抜く。

 そのまま剛斧を地面に突き立てると、それに背中を預けてくつろぎ始めた。


「じゃあ、始末はあのガキに任せるぞ?」

「バルカス!!」


 ラウムが呟いたタイミングで、ポルタが城門を乗り越えて中庭の上空へとやって来た。


「ああ、ポルタ。遅かったですね」

「ごめんなさい……。けど、そいつは私が!」


 バルカスの言葉に謝罪をしながら、ポルタはトビィをギンと睨み付ける。

 バルカスとは異なり、怒りに燃えた熱い殺意。トビィはそんな彼女と視線を合わせるのが怖くて振り向かないでいる。


「そいつは私が殺す! 私たちが、殺す!」

「ええ、そうですね。貴女に命じたのです。貴女が殺すべきでしょう」


 ポルタの熱い叫びを受け、バルカスは頷いてみせる。


「私が見ています。必ず、殺しなさい」

「うん……!」


 バルカスの言葉に答えるように、ポルタの全身が再び発光し始める。

 今度こそ、トビィを殺す。そのためだけに力を振り絞っているようだ。

 全力でトビィを殺すための準備を始めたポルタを見て、バルカスが満足げに頷く。


「ふむ……。やはり、貴女たちが作品としては最上ですね」

「唯一、の間違いじゃねぇのか?」


 バルカスの呟きに、ラウムは皮肉げに呟きながら、ちらりと脇を見やる。


「お前はどう思うよ? バグズ」

「主の意思こそ私の意志です」


 ラウムの視線の先に立っていた少年――バグズは、ラウムの言葉に答えながら中庭へと侵入してくる。

 その両脇には、先ほどトビィを投げ飛ばした真っ黒な甲冑姿が二人立っている。

 どちらも、腕は四本。二本の足で立ち、静かにトビィを睨みつけてきている。


「彼女こそ、主の最上の作品。その事に疑う余地がありましょうか?」

「ふん。主が認めているから、か?」

「ええ」


 バグズは静かに頷きながら、自身もトビィを睨み付ける。

 いつ、不審な動きをしても対処できるように。


「彼がそうですか」

「ああ。もう処刑だそうだ。つまらねぇ」


 ラウムはそう言って、肩をすくめる。

 ……背後のポルタに、正面のバルカス。

 そして中庭に立っているのはラウムとバグズと謎の甲冑が二体。

 万事休すとはこのことだろう。


「……っ! ………!」


 トビィは必死に視線を巡らせ、逃げ場を探す。

 王城は広く、部屋数も多い。ここを逃げ延びることが出来れば、隠れてやり過ごすことも出来るはずだ。

 だが、恐らくそれは出来ない。


「―――」


 バルカスは依然、冷然とこちらを睨みつけている。こちらを決して侮っていないし、油断もしていない。

 本当に、確実に、ここでトビィを始末するつもりだ。


「うぅぅ……!」


 ポルタの放つ威圧感も、増え続けている。

 あの小さな少女の体から放たれる威圧感は、単純な比較でいえばトビィの目の前で欠伸を搔いているラウム以上だ。一体どこからそんな力が振り絞られるというのか。


「くぁ……」

「………」


 そして、欠伸を搔いているラウムの隣で、バルカスと同じようにこちらを睨みつけているバグズという少年。彼からは殺気の類は感じられないが、それゆえに実直に事に当たろうとしているのを感じる。

 恐らく、真上でこちらを睨みつけているバルカス以上に、事務的にトビィを殺しにくるだろう。ポルタが仕留め損ねた時に真っ先に動くのが、彼であろうとトビィは予感した。

 下手に動けばどうなるか、まったく予想できない。

 さらに言えば、この三人から逃げ延びたとして、ラウムから逃げ切れるだろうか? トビィが姿を消した瞬間、瞬き一つの間に追いつき、再び中庭に連れ戻される予感しかしない。

 万事休す、という奴だろうか。


「あ、あ……!」


 逃げる手段が思いつかず、喘ぎ声を上げ始めるトビィ。

 過呼吸かと思うほど息を吸い、その果てに彼は何とか喉から声を絞り出す。


「あ―――貴方たちは、一体なんなんですか!?」


 絶叫じみたトビィの叫び。

 何とか声を絞り出したものの、その先は続かず彼は喘ぎ声を繰り返す。


「う……あぅ……」

「………」


 彼の絶叫を聞いても、バルカスは眉一つ動かさず、ポルタとバグズもまた同じ。

 唯一、彼の絶叫に反応を返したのは、ラウムだけであった。


「クックックッ。まあ、なんだ? はっきり言えば、悪党って奴さ」


 ラウムは口の中で笑いながら、トビィの問いに答えてやる。


「魔王の復活を目論む、悪い悪ぅい悪党さ。クックックッ」

「ま、魔王……!?」


 ラウムの言葉に目を剥き、信じられないといった様子でバルカスを見上げるトビィ。

 バルカスは始めからトビィに同意など求めていないのか、一つため息を吐きながら彼を睨み付ける。


「……貴方たちの尺度で言えば、ラウムの言うとおり。後は、勝手に想像しなさい」

「そ、そんな……!?」


 あまりにも突き放した、一方的な宣言。

 トビィは思わずバルカスに縋りつくように手を前に出すが、それを遮るように直上から剣が降り注いだ。


「っ!?」

「どんな疑問も無意味。貴方は今ここで死ぬのですから」


 バルカスはそう呟き、上を見上げる。

 それに吊られ、トビィも空を見上げると、ポルタは再び国中の武器を呼び寄せ、トビィに向かって狙いを定めていた。


「今度は外さない……! 必ず殺す!!」


 ポルタは叫び、手を振り下ろす。


双生児による怪奇輪唱(ツインズ・ガイスト)!!」


 彼女の叫びに呼応するように、夥しい量の武器が降り注ぐ。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!??」


 トビィは反射的に叫びながら、頭上で腕を交差し、体を庇う。

 だが、降り注ぐ武器群はトビィの体に直撃しない。

 彼の周囲に向かって、雨のように降り注ぐばかりだ。

 まるで剣山かなにかのように、トビィの周囲を埋め始める武器を見てバグズが怪訝な声を上げる。


「……? ポルタ?」


 見上げ、少女の名を呼ぶバグズは理解が及ばない。

 殺すと宣言し、その周りに武器を降らせる意味は一体何なのか?

 そうしている間にも、武器は降り注ぐ、互いにぶつかり、火花を上げながら、折り重なり、絡み合い、どんどん巨大な塊をトビィの周りに形成する。トビィの姿が、見えなくなるほどに。

 そこまで至れば、バグズも気が付く。ポルタの意図に。


「これは……」

「ポルタの奴、逃げられたのがよほどむかついてたようだな」


 愉快そうにラウムが笑う間に、トビィの逃げ場を埋めてゆく。

 無数に剣や槍、斧などといった武器によって形作られた檻は完全にトビィの逃げ場を奪い、彼の行動をその場に縫いとめていた。


「剣山の檻……!」

「見事なもんだ。――っと?」


 バグズが驚くと同時に、ラウムが驚きの声を上げる。

 彼が背後に突き立てておいた剛斧が、ポルタによって浮かび上がり、回転しながら剣山の檻のてっぺんへと飛んでいったからだ。


「これなら、逃げ場はない……! 確実に、殺す!」

「おいおい。俺の武器を使うなよ」


 ラウムは思わず文句を言うが、それ以上に何かすることはない。別に邪魔をする必要も理由もないのだ。

 ポルタは額に玉のような汗を浮かべながら腕を振りかぶり、剛斧を操る。


「う……うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 全霊の力を振り絞る絶叫と共に振り下ろされた掌から、剛斧が射出される。

 唸りを上げ、高速で回転する剛斧。その質量とポルタのイデアによって得た加速力を持って、剣山の檻にぶつかり、鋼を引き裂く歪な音と火花を散らしながらトビィの元を目指す。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ポルタの絶叫と共に、剛斧が更なる加速を得て、剣山の檻を打ち壊してゆく。

 真上から叩きつけられた剛斧の破壊力は、堅牢に作られた剣山の檻を飴細工のように引き裂き、さらにその衝撃を中庭の大地へと伝え、ひび割る。


「お?」


 ラウムはその事に気づき、足元を見る。

 剛斧の生んだ衝撃により、自身の足元にまでひびが入っている。

 それが意味する事に気づき、声を上げようとするがその暇もなく。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ポルタの操る剛斧が、ついにトビィの元に到達する――。

 寸前。


「……む!?」

「うわ!?」


 木霊するような大きな音を立て、中庭の地面が砕け、剣山の檻が地面の中へと消えてゆく。

 ガラガラと、どこかに落下してゆく剣山の檻。その全貌が消えてゆくまで、ほんの数秒だったであろうか。


「え!?」


 ポルタも驚き、思わず呆けたように己が最後の一撃を叩き込んだ場所を見る。

 そこには、ぽっかりと大穴らしきものが開き、そこに蓋をするように大量の武器と、まるで御鍋の蓋の取っ手のようにラウムの剛斧が突き刺さっているばかり。

 トビィの悲鳴は聞こえない。崩壊した中庭には、魔王復活を目論む一党だけが残された。




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