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第23話:その男の野望

 バルカスの哄笑が静まった、少し後の玉座。

 会話もなく沈黙を続けているバルカスとアルス王の間に、突然ラウムの姿が現れた。


「っ!」

「戻ったぜ、バルカス」

「あ、ああ。ラウムですか。御疲れ様です」


 あまりにも脈絡のないバルカスの出現に、彼の仲間であるバルカスですら鼻白んだ気配がある。

 無音無動作。出現に際し、前兆すらなく、気づいたときにはそこにいる。仮に彼が暗殺者(アサシン)であれば、誰も彼を止めることは出来ないだろう。

 あまりにも常軌を逸した彼の力を見て、アルス王は一つ呟いた。


「……イデア。貴公も、その力に目覚めているのか」

「あ? ああ、お前らはそう呼ぶんだったか?」


 ラウムはアルス王の言葉に頷き、彼の前へと一歩出る。


開廟の調べ(ノック・ノック)なんて呼び方をしている。どこにでも好きに出入りできる力なんでな。便利なもんだ」

「そうか。確かに、便利そうだ。その力があれば、早馬の類が不要になるだろうからな」


 楽しそうに笑って話すラウムを見て、アルス王もまた頷いてみせる。

 だが、アルス王は彼の話を信じてはいなかった。いや、それが全てではないと考えていた。

 確かに今までの彼の行動を見た上で判断すれば、どこにでも自由に出入りできる類のイデアであろうという想像はつく。

 だが、恐らくそれだけではない。彼が一番最初にアルス王の前に現れたとき、その背後にはフォルティスカレッジの一回生――ダトルたちが立っていた。

 この状況で満足に戦うことが出来るとも思えないほど未熟な彼らが、アルス王たちにも気が付かれずにラウムの背後が取れるとは到底思えない。

 恐らく、多人数の移動も可能なはずだ。総人数はわからないが、彼一人だけで収まるような力とは思えない。


「ああ、そうだ。バルカス、言われたとおり、フォルティスカレッジ?とか言う学び舎にいた連中は、全員地下牢にぶち込んでおいたぜ。地下にあるくせに二階構造になってるおかげで、結構な人数が入るんだな、あそこは。ハハハ」

「ラウム」


 笑いながら報告するラウムをバルカスはたしなめ、それからちらりとアルス王の方を見やる。

 恐らく、余計なことを言うなと言いたいのだろう。実際、今のラウムの言葉がアルス王の推測の裏づけとなった。

 王城中庭付近での敗北宣言から、アルス王が玉座に来るまで三十分も立っていない。その間に、フォルティスカレッジに在学している勇者候補生を全員地下牢に投獄することができるはずがない。

 いくら体力の有り余っている若者が集まっているとはいえ、数百人程度の規模はある。さらに言えば、いきなり血濡れの鎧を纏った戦士に移動を命じられて、大人しく移動するとも思えない。三十分どころか、一時間使っても全員の移動は難しいだろう。

 だが、ラウムが先ほどアルス王が考えたように他者を強制的に移動させることが出来るイデアを持っているのであれば、話は簡単になる。思えば、ラウムの背後のダトルたちも、周囲の光景の変化について行けずに動転していたように思う。

 自分や他人を含め、長距離を無音無動作かつ一瞬で移動可能なイデア。これがラウムの能力の一端であると考えられる。


(……そして、このポルタという少女もイデアの使い手)


 アルス王が横目でバルコニーの方を見やると、こちらに背中を向けてバルコニーの縁に座っているポルタの姿が見える。

 プラプラと足をぶら下げて城下町の方を見ているポルタは、手で触れることなくこちらの携えていた剣を奪ってみせた。しかも、一人ではなくアルス王の従えていた精鋭騎士団が持っていた剣全てをだ。

 さらに、騎士団の者たちが放とうとしたエレメンタルフォースすら、強制的に操り返してみせた。どのような理屈か不明だが、人の所有している物の支配権を奪うような能力なのは違いない。

 さらに、ニーナの証言より、その能力を利用して人間を殺害することも可能なようだ。どのような形で殺しているのかを確認したいところであるが……。


「何だ、細かいこと気にするんじゃねぇよ。この老王がいきなり暴れだすとでもいうのか?」

「例え老いたとて、アルスの名を継ぐ王だ。警戒するに越したことはない」


 ラウムの軽率を避難するように、バルカスは睨みを利かせている。

 恐らく、バルカスがいる間はニーナに侍女の様子を聞くことも難しいだろう。……そもそも、ニーナが喋ってくれるかも疑問であるが。

 ラウムは険しい表情のバルカスを見て、呆れたように肩をすくめている。


「気にしすぎだろ。さすがに、剣の一本もなく戦いを挑むほど無謀じゃねぇだろ?」

「起こり得る全てに対して警戒してこそ万全と言える。楽観しすぎなお前がおかしいのですよ」

「硬いねぇ。俺としちゃ、少しは気骨を見せてもらいたいもんだ。退屈で仕方ねぇぜ」


 そういって欠伸をかくラウム。その動作は隙だらけに見え、不意さえつければ素手でも襲い掛かれそうだ。

 アルス王からみて、バルカスよりは組しやすそうに見える。恐らく、わざと隙だらけを装っているのだろう。


「……暇というには暴れてくれたものだ。その鎧の汚れ、以前からのものではあるまい?」


 ならば、少しの会話で情報が得られるかもしれない。そう考え、アルス王はラウムへと話しかける。


「ん? ああ、こいつか? 確か、ジャック・オルソンという、五回生の神官戦士のもんだな」

「ジャック……彼か!」


 アルス王は聞き覚えのある名前を聞き、愕然となった。


「五回生の中では特に優秀な子で、勇者としての兆しも芽生えていた子であったというのに」

「なんだと……そいつは、惜しいことをした……」


 アルス王の言葉に、何故かラウムまで悲しそうな表情になる。

 心の底から残念だと思っているのか、重苦しいため息を一つ吐いた。


「それを知っていれば、殺さなかったな……。腕が良かったから、思わず手を抜くのを忘れちまっていた」

「……それが慰めになるわけではないが、貴公ほどの力量の持ち主が、手を抜かぬとはな。誉れ高いことだ」


 アルス王は僅かに皮肉めいた物言いをしながら、軽く首を傾げる。


「……だが、おかしなことを言う。まるで勇者と戦ってみたいと言っているようだな?」

「ああ、そうだ。俺はぜひ勇者と戦ってみたい」


 ラウムはそう言って、ニヤリと笑った。


「俺は、勇者と戦い、その果てに歴史に名を残してぇのさ」

「歴史に、名を?」

「そう。唯一無二の存在として、この世界の歴史にな」


 ラウムはまっすぐに天窓を見上げ、はっきりと告げる。


「俺という存在が生きていた証を残す。その、一番確かな方法がそれだと考えている。人間なんざ、死んじまったらただの肉の塊だ。魔物も世間を闊歩するこのご時勢、人間なんざいつ死んだっておかしくねぇ。そうなる前に、俺は俺が生きていた証を、世界に刻みてぇんだ」

「おかしなことを……。貴公ほどの実力者、勇者としてであればどの国でも喜んで迎え入れたであろうに。何故その道を選らばなんだ?」


 心の底から残念そうに告げるアルス王を見下ろして、ラウムは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「フン。勇者といえば、フォルティス・グランダム……。おたくの国の勇者様たちの栄光の前には、他の国の勇者の姿なんざ眩んで見えるのさ」

「……それは」


 アルス王は思わず返答に詰まる。この国にとっても勇者の存在は誇りであるが、一方で他の国にも轟くその勇名が、同じ勇者の光を翳らせているという話は聞いたことがあった。

 ならばこの国にくればよいのでは?と人は言うかもしれないが、イデアが使えぬ者はこの国では勇者になれない。そして、他の国の勇者にイデアが使える者はほとんどいない。

 それゆえ、他の国の勇者たちの一部は、フォルティス・グランダムという国を憎んでいるとも聞いたことがある。自らの栄光が、常に比較されてしまうのだ。フォルティス・グランダムの勇者たちと。

 目の前に立つラウムも、そうした勇者王国の栄光の影にいた人物なのだろうか? アルス王の困惑を前に、ラウムは続ける。


「俺とて努力はしてみたが、常に評価は下の下だったな。フォルティス・グランダムの勇者なら、もっと鮮やかに出来たと」

「……そう、か」

「だから俺は考えたのさ。もっと手っ取り早く、俺の名を世界に残すにはどうしたらいいのかを」


 ラウムは笑いながら、アルス王に自らの身を……邪悪な鎧を身に纏ったその姿を曝す。


「考えてみりゃ、単純だった。悪名を轟かせればいいのさ。小さな勇名は、より大きなそれに塗りつぶされちまうが、悪名ってのは違う。どんなに小さくとも、誰かと比較されることはねぇし、次々へと塗り重ねることで大きく育てることも出来る」

「それは勇名でも同じではないのか……?」

「この国がなけりゃ、きっとそうさ。だが、この国はまだ存在する。だからこそ悪名が輝くのさ。勇者の勇名と対になるように」


 アルス王の精一杯の反論を前にしても揺るがぬラウムは、愉快そうに笑う。


「今回の一件が終われば、俺の名は世界中に轟く事になるだろうなぁ」

「ええ、そうですね、ラウム。それこそが、貴方の望みだ」


 後ろで静かに二人の話を聞いていたバルカスが、彼の言葉に同意するように頷いた。


「世に悪名を轟かせる大悪党となること……。そのためであれば、手段を選ばない。魔王閣下の配下ともなれば、世にあなたの名を知らぬ者はいなくなるでしょう」

「そいつは素敵だ。最高だ。そうすれば、俺が生きた証を永遠に残せるってもんだ」


 ラウムはそう言って大声を上げて笑っていたが、不意にその笑いが鳴りを潜め、俯いて小さな呟きを零した。


「……それに、いずれであっても俺に損はねぇ。どう転んでも、俺の名は残せるだろうさ」

「………?」


 その小さな呟きは、誰の耳にも届かなかったが、幼いニーナは彼の表情を見て不思議そうな表情を浮かべる。

 俯いていたため、はっきりと見えたわけではない。だが、先ほどまでの快活な笑みではない。何かに憧れているような、幼い少年であるかのような、そんな不思議な笑みを浮かべている……ように見えた。

 しかし、ニーナの疑問はすぐに霧散することとなる。玉座のバルコニーに、大きな羽音を立てながら巨大な虫が現れたからだ。


「っ!? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

「なんだ……!?」


 突然現れた巨大昆虫を見て、ニーナは思わず悲鳴を上げてしまう。

 アルス王も思わず身構えるが、虫の上に乗っていた少年がバルコニーに下りるのを見て別の意味で驚いた。


「子ども……!? まだ、仲間がいたのか……!」

「主。早急に申し上げたいことが」


 アルス王の驚きを無視し、少年――バグズがバルカスのほうへと進み出る。


「なんです、騒々しい」

「申し訳ありません。ですが、王都に急速に接近する人間が一人、確認できましたのでご報告をと」

「人間? しかも一人で?」


 バグズの報告を聞き、バルカスは眉根を潜める。

 まだ、フォルティス・グランダムの惨状は別の国に流れていないはずだ。流れるにしても行動が早すぎるし、一人だけというのも解せない。


「どんな人間か、確認できていますか?」

「いえ、それが……。速度が速すぎるために、監視用の虫たちではその姿を捉えきれないのです」


 バグズは申し訳なさそうにそう言いながら、頭を垂れる。


「今だ、予定の虫の数が揃っていない件をあわせ、御恥ずかしい限りでございます。この処罰は、いかようにでも……」

「それは後回しです。バグズが捉え切れないとなると……」


 バルカスは思案するように唸りながら、ラウムを見やる。


「ラウム。貴方なら補足可能ですか?」

「ん? ああ、まあな。確かに一人小僧が近づいてきちゃいるが……」


 ラウムはそこでニヤリと笑う。


「こいつはどうするんだ? 捕まえるのか?」

「ふぅむ。どのような存在か不明ですし、バグズの虫が捕らえられないというのも気になります」


 バルカスは、親指で首をかききるような動作をしながら、はっきりと告げた。


「殺してしまいなさい。計画に必要な数は揃っていますからね」

「承知した。鬼ごっこも、悪いもんじゃねぇしな」


 ラウムはそう呟くと共に、消えうせてしまう。

 現れたときのように、唐突に消えたラウムを見送ったバルカスは、バグズを見る。


「バグズ。虫の数が足りぬというのであれば、地下牢の中にいる騎士を使いなさい」

「よろしいのですか?」

「ええ、構いません。贄は若い方がいいので」

「かしこまりました。それでは」


 バグズはバルカスに恭しく頭を下げると、バルコニー付近で待機していた羽虫に乗って、下へと降りていく。目的地は、地価牢だろう。

 最後にバルカスは、ポルタの方を見て指示を出した。


「ポルタ。貴方も一応、バルカスについて侵入者の排除をお願いします」

「ん、わかった」


 ポルタは振り返って頷き、それからふわりと飛び上がり城下町へと向かっていった。

 突然の来訪者。アルス王はその事に驚きながらも、どう動くべきか思案する。


(この来訪者は僥倖と言えるか……? だが、今動くべきなのか……?)


 今、玉座にはバルカス一人。だが、アルス王の手にも武器はない。


(どうする……? いや、どうなる……?)


 突如現れた来訪者……その動向によって、事態は大きく動く可能性がある。

 アルス王は、思案を続けながら玉座に深く腰掛ける。

 いざという時に、いつでも動けるように力を蓄えながら。




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