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第22話:敗北者たち

「思っていたより、質素ですな?」

「質実剛健を旨としておるのでな」


 バルカスの手によって、ゲンジとノクターンの両名が敗北した後。

 バルカスはアルス王を伴い、フォルティス城の玉座へとやって来ていた。

 鎧を着たままのアルス王はバルカスの後ろを歩きながら玉座へと入り、怪訝そうな顔で彼へと問いかけた。


「それで? わざわざこんなところまで連れてきて、何を望むのだ?」

「ああ、貴公らには、一先ず玉座で休んでいていただこうと思ってな」

「貴公ら……?」


 バルカスの言に眉を潜めるアルス王。今玉座にいるのは自分とバルカスのみ。何故に複数形なのか?

 その理由は程なく知れる。

 大きな音と共に開かれた天窓から、聞き覚えのある少女の悲鳴が聞こえてきたからだ。


「きゃあっ!?」

「うるさい……。バルカス、連れてきた」

「ええ、ご苦労様です」


 悲鳴と共に天窓から下ろされたのは、アルス王の娘であるニーナであった。


「ニーナっ!」

「お、お父様!」


 突然の出来事に怯えるニーナの元へと駆け寄り、アルス王は彼女の体を抱きしめる。


「怪我はないか?」

「は、はい! で、でも……」


 ニーナは体を震わせながら、恐ろしいものを見るように自身を連れてきたオルタの方を見た。


「そ、その方が……私を守ろうとした、侍女の一人を……!」

「貴様……!」

「邪魔をするほうが悪い」


 アルス王はありったけの敵意を込めてポルタを睨むが、彼女は涼しげな表情でそれを受け流してしまう。

 だが、ニーナの言葉を聞いたバルカスは、ポルタの頭を軽く叩いた。


「ポルタ。犠牲を出さぬように命じたはずでしょう。貴方なら、侍女の一人くらい、殺さずに済ませたでしょう?」

「う……。だって……」


 頭を叩かれたポルタは、涙目でバルカスを見上げる。

 その仕草は、どこにでもいるような子どもそのものだ。きちんと言いつけを守れたのに、怒られたことを理不尽に感じているのだろう。

 目の前で非道を為した少女の、そのギャップにニーナは思わず目を丸くしてしまう。

 バルカスはポルタの仕草には何も感じないのか、やや呆れたようなため息を吐きながらアルス王たちに玉座を示してみせる。


「さ。せっかく親子揃ったのです。いつものように、玉座にお座りください、王よ」

「………」


 アルス王はしばしバルカスを睨みつけていたが、ゆっくりと立ち上がり、ニーナも立たせる。


「ニーナ、立ちなさい」

「は、はい……」


 ニーナはバルカスの言葉に逆らうことなく立ち上がり、そのままアルス王と共に玉座へと向かった。

 ゆっくりと玉座に腰掛けた二人を見て、バルカスは満足そうに頷いた。


「フフ……やはり、王は玉座に。ごく当たり前のことですが、それがベストポジションということですな」

「……で、貴公は一体何がしたいのかね」


 一人で満足げに頷いているバルカスを胡乱げな眼差しで睨みながら、アルス王は問いかける。


「我々を玉座に押し込みながら、ゲンジ君を始め、騎士たちや勇者候補の子どもたちは地下牢に押し込む……。理屈としては正しかろう。だが、目的に合っているのか? 貴公の目的は、魔王の復活だったはず」

「ええ、その通り。ですが、そのためには手順というものがあるのです」


 バルカスはニヤリと笑いながら、慇懃無礼に跪き、アルス王を見上げる。


「魔王閣下……あのお方のお体は、残念ながら初代アルス王によって粉々に砕かれてしまっています。これはゆるぎない事実であり、遺憾ともしがたい現実。このままでは、あのお方の威光を遍く世界に広めることは叶いません」

「……であろう。魔王の肉体は、五体バラバラにされた上で、時の勇者たちの手によって塵も残さず消滅されている」


 読めぬバルカスの目的を探ろうと、慎重に言葉を選びながらアルス王はバルカスとの会話を試みる。

 今は反撃の時ではない。少しでも、バルカスから情報を集め、そのときを窺わなければならない。


「あくまで伝承の中での話ではあるが……その脅威を考えれば、少しでも復活を防ごうと努力したのは間違いあるまい。少なくとも、体の部位をどこかに残すなどといったことはしなかったはずだ」

「ああ、その恐れは理解できるとも。あのお方の威光は、まさに天衣無縫と言うべきだった。あれほどの威容を持って、世界を支配した者は後にも先にもおるまいよ」


 バルカスはうっとりとした表情で呟き、ほぅと一つため息を吐いた。


「あのままであれば、人類は遠からず滅んでいたはずだ……。そのまま滅びを享受していればよかったものを」

「そんなものはお断りだ。何もせず漫然と滅びを受け入れるなど、愚者の行いだ」


 アルス王は、バルカスを睨みながら力強く宣言する。


「滅びるのであれば、最後まで一歩ずつ進むべきなのだ。例えそれが滅びを助長しようとも、最後まであきらめるべきではない。諦めるのは、死んだ時でよいのだ」

「お父様……」


 アルス王のその言葉の中に、今だ諦めを知らぬ強い意志を感じたニーナは、震わせていた体を押し止め、凛とした雰囲気を取り戻し始める。

 父が諦めていないのであれば、娘の自分も諦めない。それが、王族の務めであるのだから。

 そう言わんばかりのアルス王親子を見て、バルカスは小さく微笑んだ。


「フフ、そうですな。最後まで、諦めるべきではない。それは、私も同じですよ」

「魔王復活を諦めるつもりはない、と?」

「その通り」


 バルカスは立ち上がり、両手を広げる。


「そのための土壌はこの国にある。あのお方が滅ぼされた、この国でならばあのお方も蘇ることが出来るだろう」

「その根拠は? 魔王の肉体は塵一つ残っておらんし、封印碑に当たるような物もないぞ」

「ハッ。そのようなものは不要ですよ」


 バルカスは小馬鹿にするように鼻を鳴らし、玉座の窓から外を示してみせる。


「素材はそこら中に広がっていますよ。この国のね」

「なに……?」


 アルス王はバルカスの示すほうを見て、瞬時に理解する。


「貴様、この国の人間を魔王の素材にするというのか!?」

「その通り! 私の友人であるラウムが、すでに儀式の基点となる道具を設置し終えてくれているでしょう……。後は時が来れば、哀れな国民たちは、何も知らぬままに魔王様の新たな器へと変じるでしょう!」


 芝居がかった演技であったが、その中に垣間見える狂気は本物であった。恐らく、彼の言葉に嘘はあるまい。どのような方法、結果を導き出すかは想像もしたくないが、彼の中には魔王の器を完成させる理論が完成しているのだろう。

 バルカスは仰ぐように天井を見上げていたが、すぐに薄ら笑いを浮かべながらアルス王へと視線を向ける。


「だが、当然それだけでは足りない。器だけでは、魔王閣下足りえない」


 当然だろう。例え皮だけ作ったところで、中身が伴わなければ意味はない。

 アルス王の口から、当然の疑問がこぼれ出た。


「ならどうする? 黄泉の門を開き、地獄の釜の底から魔王の魂を救い上げるのか?」

「はっはっはっ。なかなかユーモラスな案ですな、アルス王。そのような場所に、あのお方はいらっしゃらないとも」


 バルカスはアルス王の問いを軽快に笑い飛ばし、そのまま彼に答えを告げる。


「魔王閣下の魂は、汝らの中にあり、だ」

「なに?」

「選ばれた者の中より源流の力を抽出し、それを器の中に注ぎこむ。それで魔王閣下の復活がなりえるのだよ」

「源流の力……?」


 アルス王はその答えに、一瞬思考が停止する。

 何を言っているのか理解は出来なかったが、その言葉は一度聞いている。

 フォルティス城の城門にて、同じ言葉をバルカスが叫んでいた。

 そして、こうも言っていた。魔王がイデアを生み出した、自身は源流を知る者である、と。

 その二つにどのような関連があるのか、アルス王にはわからない。

 だが、いずれにせよ、このままでは犠牲が拡大するのは時間の問題だろう。


「……国内の全ての命を犠牲にするが故の、スケルトン軍団か」

「どちらかといえば、人件費の問題だがね。そういう側面があるのは認めよう」


 目的は魔王の復活。方法は、フォルティス・グランダムの命を使った儀式で。

 今のところ、分かっているのはこれだけだ。圧倒的に足りない。


「それだけ大掛かりな儀式、発動までに時間がかかるのではないかね? そんな長い間、我々に待てというのか?」


 とにかく、時間と情報を稼がねばならない。少しでも、ほんの僅かでも。

 そんな考えが透けて見えるアルス王の詰問に、バルカスは笑いを押さえ切れない様子で答えた。


「案ずる必要はないとも。少なくとも、長くは待たせないさ……一両日中には、けりがつく予定だよ」

「そんな……」


 バルカスの言葉に、ニーナが絶望したように呟いた。

 その呟きを聞いたバルカスは哄笑をあげる。


「そのときが着たら、特等席で観覧させてあげよう! この国……いや、世界が滅びる様をな! ハハハハハ!!」


 バルカスの哄笑が響き渡る玉座。アルス王は二の句が告げずに歯を食いしばる。

 どうにかしなければ……。そんな考えばかりが頭に浮かび、ただ焦りだけが募ってゆく――。






 がちゃん、と。フォルティス城地下の牢獄の中に重々しい金属音が鳴り響く。最後の金属錠に、スケルトンの一匹が鍵をかけたところである。

 なかなかの広大さを誇る、使われたことのない地下牢の中でスケルトンたちの指揮をとっていたラウムがつまらなさそうに欠伸をかいた。


「くぁ……。つまらねぇ仕事だったな」

「な……!? なんだ、ここは!?」


 地下牢の中に押し込められた、フォルティスカレッジの補佐教官の一人である、アル・ベレットが困惑した声をあげる。

 いや、彼だけではない。地下牢の中から、次々と困惑した声が上がってくる。


「え……!? 何これ!?」

「俺、寮にいたんじゃ……!?」

「なんでベッドが石畳になってるのー!?」


 地下牢の中に存在する鉄格子。その全てに、誰かしら人が押し込められ、自身の突然の境遇に驚きと困惑を示しているのだ。

 現状を認識したアルは、汚れた血が乾き、鎧の表面を汚している異様な様相の戦士――ラウムを見つけて叫び声を上げた。


「どういうことだ……!? どうして、俺たちはこんなところにいるんだ!?」

「ああ、悪かったな。いきなりそんなところに飛ばしちまって」


 威勢のいいアルを見つけて、嬉しそうに笑いながらラウムはアルの牢に近づく。

 鉄格子を握りしめ、こちらを睨みつけてるアルを見て、彼は笑う。


「まあ、あれだ。魔王復活を目論む悪い魔導師が、お前らをここに閉じ込めるように命じたんだよ」

「貴様……!」


 アルは、怒りに狂った眼差しでラウムを睨む。

 ラウムは、そんな彼の眼差しを前にしても、笑いながら肩をすくめた。


「はっはっはっ。そんなに睨むなよ。出るのは自由だ。出られれば、の話だがな」


 ラウムは笑いながら、背後を歩いているスケルトンの一匹を指差す。

 アルはそのスケルトンを見て……軽く絶句した。

 明らかに、普通ではないのだ。そのスケルトンは、複数……最低でも十人以上の人骨を組み合わせ、一個の生物のような形を作っているのだ。

 頭は、複数の頭骨が溶け合うように辛うじて丸の形を作っている。だが、この部分はまだマシな方だろう。

 首から下は、もう人間には程遠い。というか、生き物として勘定してよいのかわからない。

 アルの牢の前を歩いている個体は、骨という骨が組み合わさった巨腕が二つと、蛇の胴体のような長大な骨の塊を引きずっている。

 その向こう側に見えるのは、巨人の体を構成しようとして失敗したのだろうか? 人の形を成しているのは二本の足だけだ。異様に細長い手の先には、肉厚なファルシオンが握りしめられている。

 今、地下牢の中を彷徨っているスケルトンたちは、すべてそのような歪な様相をしていた。彼らを見ながら、ラウムは笑う。


「グレータースケルトン、だったか? バニッシュ系の解呪魔法に対抗するため、色々試行錯誤した結果の一つなんだと。バルカス……悪い魔導師の話によれば、組みあがった骨そのものが解呪魔法を跳ね返すような仕組みだとかいってたが……どうなんだろうな?」

「グレータースケルトン……!? そんなの聞いたことがない……!」

「そうだな、俺もはじめてだ。だから、逆らって外に出ても良いぞ?」


 そう呟きながら、ラウムは笑みを深める。


「そのときは、俺が相手をするだろう。そのほうが、大人しいままより、ずっとずっと面白いからなぁ」

「―――っ!?」


 ラウムの笑みの中に、底知れぬ何かを感じるアル。

 思わず言葉をつまらせる彼を見て、豪快に笑いながらラウムは地下牢を去っていった。


「ハッハッハッハッ! 待っているぜ、勇者様方!! ぜひ、俺を楽しませてくれよぉ!!」

「勇者……」


 ラウムの足音が遠ざかり、重たい扉の閉まる音共に完全にその気配が消える。

 後に残ったのは、グレータースケルトンが地下牢を彷徨う気配だけだ。

 それを確認したアルは、悔しそうに俯きながら、乱暴に鉄格子を殴った。


「くそぉ!! 俺が……俺が勇者なら……!」


 彼もまた、勇者になれなかった者……。英傑と呼ばれ、一時期英傑団に所属し、今はフォルティスカレッジで後進を育成するための手伝いをしている者の一人だ。

 一度は、手が届きかけた栄光。自身の力不足により諦めたという事実が、今彼の頭に重く圧し掛かった。

 もっと……もっと努力していれば。

 そんな後悔が、頭の中を駆け巡る。

 だが、そんな彼に声をかけるものは誰もいない。

 地下牢の中を蠢くグレータースケルトンたちは、悠々と牢の中を行き来し、牢の中の者たちは現状が把握できずに暴れている。

 地下牢の中は、騒然とし始めた。わけもわからないままに。




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