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第21話:終わりの始まり

「―――ッ!」


 ゲンジの出現を前に、ポルタの表情が一変する。

 己のイデアによほど自信があったのだろう。先の一撃を凌がれた彼女は、矜持を傷つけられたのか憤怒の表情で片手を上げる。

 すると、彼女の周辺や上空に浮いていた騎士団の者たちの武器が一斉に動き始めた。


「許さない……っ!」


 その視線はまっすぐにゲンジを睨みつけている。殺意や殺気すら篭ったその視線を、ゲンジは真っ向から受け止める。


「………来るか」

「しねぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ゲンジのその呟きに併せたわけではないだろうが、ポルタは手を振り下ろした。

 瞬間、空に浮いていた武器群はその切っ先をゲンジに向け、まっすぐ突撃し始めた。

 弓矢もかくやという速度で飛翔する剣の群れは、狙い違わず現時の元へと殺到する。

 そして、次の瞬間。その場に閃いたのは、ゲンジの体から溢れる赤い鮮血――ではない。


「オオオォォォォォッ!!!」


 鋭い金属音と共に閃くのは火花。ゲンジは固めた拳を振るい、無数に飛来する剣を全て叩き落し始めたのだ。

 ゲンジが拳を振るうたび、火花と共に突っ込んできた剣が地面へと叩きつけられる。剣の速度はかなりのものであったが、それを物ともしないゲンジの力量は驚嘆に値すべきものであった。

 だが、何よりも驚くべきは、彼の拳の強度だ。普通、こうした形で拳を武器にする場合は、セスタスのようなもので防護を施す必要がある。拳を固める、などと表現はするが実際のところ拳はかなり柔らかい。むき出しのまま、硬い岩肌や鋼の刃など殴れば、あっという間にぼろぼろになってしまうはずだ。

 だが、ゲンジの拳には保護は一切ないというのに、剣を弾く彼の拳に劣化は一切見られない。むしろ、弾かれた剣の方が刃こぼれを起こしているように見えるほどだ。

 さらに、弾くだけではない。


「シッ!」


 一瞬、ゲンジの拳が奇怪な軌道を描く。さながら、下から掬い上げるような、アッパー軌道。

 その軌道上にあった剣は中空で制止する様に回転を始める。

 ゲンジは自身に襲い掛かる剣を十分に叩き落した後。


「ハァッ!!」


 中空で回転している剣の柄を容赦なく叩く。

 柄が歪み、短くなるほどの衝撃が与えられた剣は、ポルタが操った時以上の速度でバルカスの元へと向かう。


「っ!?」


 ポルタは慌てたように手を差し伸べ、その剣を操ろうとするが、ゲンジの飛ばした剣は容赦なくバルカスの頬を斬り裂いた。


「―――」


 バルカスの白い頬に、一筋の血が零れる。

 真紅に汚れる自らの頬を軽く擦りながら、バルカスは一つ呟いた。


「……ポルタで制することが出来んか」


 バルカスはなおもゲンジに向かって剣を飛ばそうとするポルタを、片手を上げて制止する。


「やめろ、ポルタ。今のお前では、あの男に勝てない」

「っ!? けど、あいつ、私の……あなたを!」


 ポルタは驚き、激昂した様子で支離滅裂なことを口走る。

 なおもポルタは口を開こうとするが、バルカスは静かに彼女を制した。


「やめろ、と私は言った」

「っ……」


 ポルタは唇を噛み、悔しそうに俯く。

 バルカスはそんな彼女には構わず、まっすぐにゲンジを見下ろした。


「……ある程度、その性質は見させてもらったが……よく練り上げているようだな拳骨隆々?」

「いかにも。多くの戦地を渡り歩き、その末に見出した境地がこれだ」


 ゲンジは誇るように拳を固め、天に浮かぶバルカスに向かって突き立てる。


「鋭い剣も、分厚い斧も、長大な槍も……戦場における強力な武器である。だが、この腕に勝る武器と言う者は、この世に存在しないのだ」

「よく嘯くものだ。いっそ、感心するよ」


 バルカスは微かに微笑みながら、素早く視線を反対側に向ける。


「そちらのお嬢さんも、そう思わないかね?」

「……チッ」


 その視線の先にいたのは、物陰に隠れるようにバルカスの隙を窺っていたノクターン。

 彼女は奇襲が失敗したのを悟ると、大人しく柱の影から姿を現した。


「……貴様の言葉には同意する。おおよそ、常人には思いつかない考え方だよ。拳だけで、戦地を制するなどとな」


 ゲンジを示しながら肩をすくめるノクターン。

 バルカスは彼女の言葉に一つ頷きながら、両手を広げて呟いた。


「そう、常軌を逸した考えだ。だが、それこそがイデアに必要なものなのだよ」

「………」

「イデアの本質の一つ、“狂信”。一途に、一重に、それだけを、それしかないと。ただひたすらに信じ、思い込む。そうした狂気の果てに起るイデアも、存在するのだ」

「貴様も、その一人だと?」


 軽く構えながらゲンジが問う。

 その問いに対し、バルカスは首を横に振った。


「私は違う。私は、本質の中の本質に触れたが故に、知ることが出来た。貴公らよりも、多く知ることが出来た。これは幸運なことだ」

「本質……?」

「君もすぐにわかるとも。我が満願成就と共に」


 バルカスは笑いながら、軽く指を鳴らす。

 それと同時に、彼の隣に等身大の姿身のようなものが現れた。


「だが、そのときまでは大人しくしてもらわんと困るからなぁ」

「フン。大人しく、貴様らの言うことを聞くとでも?」

「当然、思わない。なので、交換条件といこう」


 バルカスの笑みが深まると共に、彼の隣の姿見に何かが映りこんだ。


「……? っ!? なんだと!」


 ゲンジの立っている場所からでも、その姿見に映ったものがよく見えた。

 それは、項垂れるダトルたちの姿。先ほど、フォルティスカレッジから抜け出した少年少女たちが、血にぬれた鎧を身に纏った邪悪な戦士――ラウムによって連行されているところが映った。


「あれはまさか、フォルティスカレッジの子どもたちか……!?」

「ダトル……! あいつら、捕まったのか!?」

「そのようだ。その反応から、彼らが君たちにとって大切な子どもということがわかった」


 アルス王とゲンジの反応からダトルたちの正体をある程度察したバルカスは、口が裂けるほどに笑みを深めた。


「どうだろう? 今、最も危険な場所にいる彼らを救うために、少々大人しくはしてもらえないかな?」

「貴様……!」

「もし聞いてもらえんとなれば、彼に子どもたちを一人ずつすりつぶしてもらわねばならんかも知れんなぁ」


 バルカスはわざとらしく悲しげに言いながら、ラウムを示してみせる。

 特に血で汚れている、彼の拳を指差しバルカスは言葉を重ねる。


「……彼は、サンドバックを殴るのが好きだからなぁ。あの子らが、バルカスの拳一発程度耐えられればよいのだが」

「くっ……!」


 ゲンジは悔しげに歯を食いしばる。

 そんな彼に、ノクターンが鋭く叫ぶ。


「応じるな、ゲンジ! あの姿見の中身が本当にあの子らとは限らない! まやかしに決まっている!!」


 ノクターンの言うとおり、バルカスが適当な場面を映し出して、ゲンジの動揺を誘っている可能性は高い。

 確証が得られない以上は、容易く応じるべきではない。

 だが、それにしてはダトルたちの姿が、あまりにも正鵠であった。


「ふむ……一理あるか」


 ゲンジが返答につまっていると、ノクターンの言葉に同意するように頷いたバルカスはどこかに向かって声を上げた。


「……んー、あ、あー。ラウム? すまんが、子どもたちと一緒に、私のいる王城の中庭辺りまで来てもらえんかね? この国に唯一残った勇者様が、その子らの安否を気にかけておられるんだが――」

「なんだよ、おい! 勇者様が残ってるなら早く言えよ!」

「っ!?」


 その男が現れたのは、本当に突然だった。

 バルカスが全ての台詞を言い終える前に、フランやダトルたちと共にラウムの姿がゲンジたちの前に現れたのだ。


「え……!? な、なに!?」

「おい、なんだよこれ……!? 俺たちをどうしたんだよぉ!!」


 突然の変化に戸惑っているのは、ゲンジたちだけではない。ダトルたちも、自分たちのいた場所が唐突に変化した事に驚いているようだ。

 おびえたように震え、叫ぶ彼らを見て、ゲンジは固めていた拳を緩める。


「お前たち……!」

「……っ! せ、先生!」


 最初にゲンジの姿に気づいたのは、フランだ。

 その後すぐにダトルも彼の姿に気づき、彼の仲間たちもそれに続き。


「せ、先生ー!」

「助けて、先生!!」

「オ、オレたち、このままじゃ殺されるっ!」


 口々に、そう叫び始める。

 涙の入り混じった必至の祈りの言葉に、ゲンジの拳が解けてしまう。


「ゲンジッ! 手心を加えるなっ! 今優先すべき事態は、何か考えろっ!!」


 少しずつ戦意を失っていくゲンジを、叱咤するように叫ぶノクターン。

 だが、彼女の言葉はゲンジに届かない。

 それどころか。


「――ゲンジ君」


 アルス王が、最後の決断を下してしまう。


「まだ覚悟も決まっていない子らを、我々の意地に付き合わせるわけにはいかん」

「――ハッ」


 アルス王の言葉を聞き、ゲンジは完全に両手を下ろしてしまう。

 ノクターンの舌打ちが、やけに大きく響き渡る中、ゲンジはバルカスを見上げて問いかける。


「約束を守るつもりはあるか?」

「無論だ。あの子らも、君も、我が計画に必要な存在だからな」

「なんだ、やらせてくれねぇのか」


 ラウムがつまらなさそうにため息をつく中、バルカスは人差し指をゲンジに向ける。


「……だが、貴公は拘束するにはいささか強かに見える。ので」


 瞬いた閃光は一瞬。バルカスの指先から放たれた雷撃は、ゲンジの体を強く打ち据えた。

 稲光の轟音と共に弾き飛ばされ、王城の中庭を転がるゲンジ。


「――ちと乱暴だが、君には眠っていてもらわんとな」

「ゲンジッ!!」


 ノクターンが叫び、急ぎ彼の元に駆け寄ろうとする。

 だが、彼女の首に何かが巻きついたかと思うと、マスクのようなものが彼女の口を覆ってしまう。


「―――ッ!?」

「そしてそちらの君は魔導師だな? 技量はわからんが、そちらの騎士たちよりは格上だろう。時間も惜しいので、口を塞がせてもらうぞ?」


 ノクターンの口を覆ったのは、一匹の虫だ。まるでマスクのようにべたりとノクターンの口に張り付いた虫は、完全に彼女の声を封じてしまう。

 現状最も脅威になりそうな二名を完全に封じたバルカスは、残るアルス王と騎士たちの方へと視線を向ける。


「……それで、まだ戦う意思があるものはいるかね? そうしたものた一人いるたび、差し当たりそこの子どもたちの骨を十本ずつ折っていこうかと思うのだが」

「ヒッ……!?」


 ダトルの仲間の一人が、大きく息を呑む音が響き渡る。

 アルス王は、まだ幼い子どものおびえた声を聞き、首を横に振った。


「我々の負けだ。次の機会が来るまで、お前たちの言うとおりにしよう」

「そんな……」

「フ……賢明な判断だ、アルス王」


 フランは、己がアルス王をはじめとする者たちの足を引っ張ってしまった事にショックを覚え崩れ落ちる。

 ダトルは俯き、他の者たちは人目も憚らず大声で泣き始めた。

 そんな少年たちの反応をつまらなさそうに眺め、ラウムはバルカスを見上げる。


「……んで? 王城は一先ず制圧か? これからどうするよ?」

「計画進行を優先しましょう」


 バルカスは微笑み、アルス王を見下ろしながらラウムに告げる。


「もうしばらくの辛抱ですよ、ラウム。もうすぐ、すべてが始まるのですからね……」




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