第20話:人理を超えるもの
フォルティス・グランダムの擁する王国騎士団は、近隣諸国は当然として、同盟六国の中でもトップクラスの実力を持つと言われている。
その総数は、六大国で最大の国力を誇るアインアッシュ帝国の“煉血騎士団”の十分の一程度であるが、その少ない数をフォルティス・グランダムの王国騎士団は、個々の錬度で補っている。いや、騎士団だけではない。王国衛兵団、そして英傑団。フォルティス・グランダムの擁する軍事組織は、他の国々と比べて圧倒的に優れた資質を有していた。
その最大の理由は、勇者を養成する学園たるフォルティスカレッジの存在だ。王国の有する従者組織として機能する英傑団はもちろんのこと、衛兵団と騎士団の構成員たちも、そのほとんどがフォルティスカレッジによる教育訓練を受けた、元生徒たちなのだ。
フォルティスカレッジでの訓練は、心技体の全てを鍛える。その苛烈さゆえにフォルティスカレッジに入学した者たちの半分は、三回生を名乗るまでには脱落してしまうのである。
だが、その訓練の苛烈さゆえに、例え勇者に至らずに脱落した者であっても非常に優秀な能力を持っていることが多い。フォルティスカレッジに一年も在籍していれば、傭兵として諸国を回れるようになると言われているほどだ。
この噂の通り、フォルティスカレッジから退学した後は傭兵として国の外に出るものも確かにいるが、大抵の者はフォルティス・グランダム内で働くことを望む。いや、フォルティスカレッジが国内の仕事を斡旋するといったほうが正しいか。
概ね、三回生までの者たちを衛兵団に。四回生の者を騎士団に。五回生に至った者たちは英傑団へと斡旋し、彼らのその後の生活のサポートを行っている。
勇者になるまでに、フォルティスカレッジで過ごす事となる時間は六年間。王国騎士団を構成する者たちは、フォルティスカレッジに四年在籍していた者たちとなる。騎士の名を持つ彼らであるが、優れた剣技のみならず、種々様々な魔法を使いこなせる者たちもおり、それ自体が魔導師団と神官戦団も兼ねている。故に、フォルティス・グランダムは王国騎士団一個のみで、あらゆる状況に対応することが可能であるのだ。
「だがそれも、しょせん人理内での話し。我々のような、逸脱した者たちにとって、君たちの強さなど、立って歩くことを覚えた子どものようなものだ」
「クッ……!」
そんな騎士団を見下ろし、空中に立つバルカスは小さく鼻で笑う。
彼の後ろでは、騎士団から取り上げた大量の剣を空に浮かべながら弄ぶポルタの姿があった。
「フォルティス・グランダムの誇る、王国騎士団の諸君! 悔しいかね……? 彼我の実力差が! しょせん勇者に至れなかったものの矮小さが!」
バルカスは声を大にして叫ぶ。彼の叫びを聞き、騎士の何名かが俯いた。
それをせせら笑うように、バルカスは叫び声を重ねた。
「ハハハハ! 恥じ入るかね!? だが、それが君たちなのだよ!! 勇者になると息巻いて、結局何者にもなれはしない! 無知ゆえに、君たちはそうして無力に打ちひしがれているのだ!」
「クッ……!!」
彼の罵倒を聞き、何人かの騎士たちが動く。
手で何か複雑な動作を描き、口の中で小さく呪文を唱える。
バルカスは騎士団の者たちのそれを見ながら、あえて気づかぬ振りをして叫ぶ。
「だが、安心したまえよ! 魔王閣下は、そんな矮小な君たちとて迎え入れてくれるだろう……。その懐の深さは海よりもはるかに広大だ! 君たちのように、塵芥に等しい存在であっても、あのお方は快く――」
「ブラスト・フレア!!」
「アーク・ブレス!!」
「サンダボルト!!」
バルカスの演説は、そこで中断された。
騎士団の者たちが唱えた魔法が、一斉に解き放たれバルカスの元に殺到したのだ。
「エアブレイド!!」
「ショックウェイブ!!」
「フレアランス!!」
「アイシクルバレット!」
「ダークボール!!」
一発や二発では収まらない。最低でも十発以上……はじめの詠唱に続き、その場にいる騎士たちが次々と魔法を完成させ、バルカスに向かって解き放ち始めた。
色とりどりの輝きを放つ騎士団の魔法は、空中にいるバルカスに叩きつけられ、華のように炸裂する。
バルカスの演説が中断された隙に、騎士団の一人がアルス王の下へと駆けつけ、彼を移動させようとする。
「王! 今のうちに、お引きください!」
「……すまん」
王は一つ頷くと、その騎士の誘導に従い、その場を離れようとする。
彼とてフォルティスカレッジの教育を経た人間の一人であるが、魔法はいまいち不得手であった。
武器を失った今、この場にいても邪魔にしかならないだろう。
そのまま背中を向け、移動を始めるアルス王。その眼前に、一筋の雷光が突き刺さった。
「っ!?」
「中座はいただけないな、アルス王よ……」
声が聞こえてきたのは、未だ魔法が炸裂し続ける爆炎の向こう側。
声がするのと同時に、魔法の爆発は一息で押し返され、その向こう側にいた傷一つないバルカスの姿を曝した。
「せっかくの公演だ。最後まで御付き合いいただこうじゃないか」
「……公演とはな。ずいぶん仰々しい表現だ」
アルス王は騎士を一旦下がらせ、バルカスを睨みあげる。
逃げられぬなら、せめて正対せねばなるまい。一国の王として。
「一体、何を演ずると言うのだね? 貴公は、その力で」
「魔王閣下復活の宴……その前座だよ」
バルカスはうっすらと笑み、軽く片手を上げる。
「かのお方復活のための第一弾……この国には、そのための舞台となっていただいている。今も、私の優秀な友人たちが、そのための準備を進めているところだよ」
「舞台か。貴公一人でまわすには、いささか大きな舞台場だぞ、この国は」
アルス王は話をしながらも、回りの騎士たちに目配せをする。
騎士たちはその目配せに小さく頷き、次の呪文の準備に取り掛かり始める。
「フォルティス・グランダムはこの王都だけではない……。そして、この場にいるものたちが、この国の全てではない。救世のために、世界を駆け回っている勇者が、この国にはいるのだ」
「ああ、彼らのことかね」
アルス王の虚勢に対し、バルカスは小さく笑いながら一つ頷く。
「知っているとも……。私の撒いた火種を消そうと、頑張ってくれている者たちだろう?」
「なに?」
「彼らの出番は、もっと後だよ……。彼らには、魔王閣下のウォーミングアップに付き合ってもらわねばならないからな」
そう言って笑うバルカスに、アルス王は反射的に詰問する。
「火種とはどういうことだ!? いや、ここしばらくの周辺諸国の内乱や、あるいは魔物の増長は貴様のせいだというのか!?」
「左様。魔物はともかく、国々の乱は容易かったよ。元々くすぶっていた火種を刺激するだけだったからな」
今、フォルティス・グランダムにいない勇者たち十二名。彼らは、同盟六国をはじめとする、近隣諸国に出向き、それぞれの問題を解決するために奮闘している。
それは国の内乱であり、あるいは魔物の増長であり、あるいは原因不明の病であり……。
世に広がる事によって、世界に大きな影響を与えかねない事象。そういったものに積極的に介入し、最小限の被害で抑えることこそが勇者の本懐であるのだ。
だが、それらの火種は全て、この男、バルカスによって引き起こされていた。
「何故そのようなことを……! この国を襲うために、世界を滅ぼすつもりだったのか!?」
「そうさせないための、勇者ではないかね? ……奴らを外に押し出すために、世界を利用したのは認めるが」
アルス王の叫びを前に、バルカスは肩をすくめて嘲笑する。
「いや、実に優秀だよ……。普通に対応していて十年は掛ろう問題を、ほんの一月程度で解決しえてしまうのだからな……。その間に、自身の愛する国がどうなっていても、だ」
「貴様……!」
バルカスの嘲笑を見上げ、アルス王は歯軋りをする。
彼の言葉を全て信用できるわけではない。だが、勇者のほとんどが存在しないこのタイミングを見計らい、国を飲み込めるだけのスケルトンを用意してこの国を強襲するなど、偶然にしても出来すぎている。
「そのために……いや、その果てに魔王の復活を目論むのか!? 存在するかもわからんものを!」
「いるとも! 魔王閣下は、この地に眠っている!」
「戯言を! 魔王はすでに滅んでいるのだ! 我が祖先、アルス・フォルティスの手によって!!」
「傲慢だな、小僧!! たかだか人間程度に、滅ぼせるものかよ!!」
アルス王に反論するようにバルカスは叫ぶ。
「イデアの祖先は! 魔王イデ――!!」
「「「「エレメンタル。フォース!!」」」」
だが、バルカスの叫びは遮られる。
四人の騎士による輪唱。その呪文によって現れた四つの光玉。
赤、緑、黄色、青。鮮やかに輝く光の玉は、激しい稲光のような音を立てながらバルカスの周りを回転し始める。
「――っ! この魔法は……!」
「……知っているようだな。世界の理、四元に繋がる力を呼び出し、対象を滅消する魔法、エレメンタル・フォース」
バルカスの発言が気になりはしたが、アルス王はその気持ちをぐっと抑え、バルカスを睨み付ける。
「どのようなトリックで先の魔法の嵐を防いだかは知らないが……貴公はこれに耐えられるか?」
「……いや、無理だな」
バルカスは自身の周辺を回転する光の玉を見て、首を横に振った。
「さすがに、原理法則そのものを捻じ曲げる類の魔法に対する防御はないな。私もしがない魔導師の一人でしかないのだ」
あっさりと降参宣言するバルカス。
だが、彼はその直後にニヤリと笑ってみせる。
「……故に、私は一人ではないのだよ」
「なに?」
バルカスの言葉をきっかけにするように、ポルタが動く。
「イデア……双生児による怪奇輪唱」
彼女が小さく呟くと共に、その全身が淡く輝き始める。
すると、突然エレメンタル・フォースの動きが止まった。
「っ!?」
「馬鹿な……!?」
魔法を制御していた騎士たちが、驚きの声を上げる。
通常、四元に繋がる力を持つエレメンタル・フォースに干渉することは出来ない。それ自体が、大海の大津波のようなものだからだ。光り輝く四色の玉、一つ一つが別次元の魔力を持っており、その力で対象範囲のもの全てを塵に変える魔法が、エレメンタル・フォースなのだ。
それだけでなく、エレメンタル・フォースは四人の術者による輪唱を利用した、召喚魔法でもある。人のみに余る力を一時的に呼び出すのが召喚魔法。その送還であるならばともかく、力尽くで召喚魔法を止めることは不可能であるはずなのだ。
だが、ポルタはそれを為しえてみせた。その身に宿る、イデアでもって。
止まってしまったエレメンタル・フォースを見て、アルス王は冷や汗を流す。
「イデア……!」
「そう! イデアだよ! 君たちもよく知っている!」
バルカスは高らかに哄笑し、ポルタを見やる。
「さあ、見せてやれポルタ! お前たちの力を!」
「ん……」
ポルタは一つ頷くと、アルス王を見下ろす。
「っ!」
「……消えちゃえ」
慄くアルス王を感情の篭らない瞳で見つめ、指を一振りする。
途端、バルカスの周りを飛んでいたエレメンタル・フォースがアルス王へと殺到する。
「王っ!!」
制御不能となったエレメンタル・フォースを前に、騎士は王の名を呼ぶ。
だが、アルス王を庇うために彼らが動くには、光の玉の速度は速すぎた。
瞬きの間に光の玉はアルス王に叩きつけられる――。
「――ぬぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」
瞬間、響き渡った野太い叫び。
男の声が響いた瞬間、エレメンタル・フォースの光の玉は激しい打撃音と共に空へと吹き飛んでいってしまった。
自身の制御を離れた光の玉を見上げ、ポルタはポカンと口を開け、バルカスは光の玉を突き上げた下手人を睨みつけた。
「……貴様。貴様も、イデアを持っているか」
「いかにも……」
固めた拳を解きながら、アルス王の前に立ったゲンジは腕を組む。
「“拳骨隆々”ゲンジ。王の危機に、推参した」