第19話:粉砕
「バニッシュ!」
スケルトン包囲網の一部を、フランの神官魔法が消し飛ばす。
無形の衝撃波がスケルトンの一団を薙ぐと、存在を保てなくなった白骨死体が塵と消える。
消し飛んだスケルトンの向こう側にもまだスケルトンの群れの姿が見えるが、この場にいるよりは動くべきだろう。
「ダトル! 先に行きなさい!」
フランは叫び、スケルトンたちと一戦交えるべくメイスを構える。
だが、ダトルは剣を握りしめ、フランの隣に立ちながら叫ぶ。
「俺に命令するんじゃねぇ! お前らも立て! 徹底抗戦だ!!」
「はぁ!? 何を馬鹿なこと言ってるのよ!!」
フランはダトルの言葉に呆れたよう名声を上げる。
「対スケルトン用でもない鉄の剣で、何が出来るのよ!?」
「うるせぇんだよ! 俺に指図するんじゃねぇ! 俺がこの町を守るっつってんだ!!」
「守るって何が!? この程度のスケルトンの群れを満足に滅ぼせないで、なに言ってるのよ!!」
フランは叫びながら、先ほどバニッシュで消し飛ばした一角を示す。
すでにそこは完全に埋まっており、逃げられるタイミングは完全に逸してしまっている。
「見なさい! 対アンデット特化の神官魔法ですらこれなのよ!? 満足な剣技すら持ってないあなたが出しゃばれる様な戦いじゃないの!? 理解してるの!?」
「黙れっつうんだよ!! やるかやられるかなら、俺はやるっつってんだ!」
正論で諭そうとするフランに、暴論で返すダトル。
その目は少しずつではあるが狂気に染まりつつあった。
「俺は勇者になる男だぞ!? この程度の危機、乗り越えてみせねぇで何が勇者だ!」
「あなた……」
「スケルトンがなんだよ! この程度、物の数じゃねぇってことを証明してやるよ!!」
ダトルの言葉の端に浮かび始める、自暴自棄気味な狂気を感じ言葉を失うフラン。
ダトルは、剣を握り締め、眼前のスケルトンたちを睨みつけて叫ぶ。
「選ばれたのは俺なんだよ……! あんな田舎物じゃない! 俺が、俺こそが選ばれた勇者なんだよぉ!!」
「ダトル……!?」
「こいつ、はじめっからいかれてたんじゃ……」
ダトルの口車に乗せられ、こんなところまで付いて来たおかげで逃げられなくなった彼の仲間たちは、今更のように彼の言動や行動に不信感を示し始める。
彼の傍から離れ、フランの背後に隠れるように動き始める仲間たちの様子には一切気づかず、ダトルはスケルトンの一団に向かって一歩前に出た。
「生まれた頃から首都にいた俺が……俺の方が勇者だろうが!!」
「フランちゃん、あいつイッちまってるよぉ!」
「私に言わないでよ……! 何でそこまで、招かれ組に固執するの……!?」
泣きながら縋り付かれたフランは、ダトルの言動に困惑する。
フォルティスカレッジには、招かれ組の存在を快く思っていないものは確かに多い。
難関とされる試験を通過せず、スカウトの目に留まったというだけでフォルティスカレッジの門を潜ってしまう招かれ組という存在は、正直に言ってフランにとっても面白い存在ではない。
フォルティスカレッジに入学するためだけに、優秀な神官戦士を両親に持つフランも三年の月日を費やした。学問は言うに及ばず、父直伝のメイス捌きに、母から学んだ神官魔法。基礎的な身体能力の向上とて人の二倍三倍は重ね、ようやくフォルティスカレッジの入学権を獲得したのだ。
それを、スカウトの目に留まったというだけの理由で試験の全てをスルーした上、そのスカウトに見出された才能とてろくに開花させられないでいるように見えるトビィ・ラビットテールと言う少年は、確かに不愉快な存在と言えるかもしれない。
だが、彼自身はそうした立場を鼻にかけるような性格ではない。ダトルの横暴のせいで俯いていることが多いが、生来の気質は心優しく戦いに向くような少年ではないのは、フランにもわかっている。フォルティスカレッジで学ぶ同胞としては好ましくないが、彼個人そのものは嫌いではないのだ。
フォルティスカレッジは、自主退学は認められていないが、能力不足による退学は早期から行われる。フランとしては、一刻も早くトビィが退学認定を受け、元通りの生活に戻れることを祈るばかりだ。彼に戦いは似合わない。大地と共にあり、田畑を耕す方が彼の生に合っているだろう。
だが、ダトルは違うようだ。理由はわからないが、トビィに……招かれ組という存在に酷く固執している。スカウトによって招かれた彼らを、すでに勇者として選ばれた者であると考えているのだろうか?
これは当たり前の話だが、招かれ組とて必ず勇者になれるわけではない。勇者になりうる可能性が比較的高いと判断されただけに過ぎない。見出された才能を開花できるまで鍛錬を重ねなければ、勇者になることなど叶わない。
故に、招かれ組とてそこまで敵視される存在でもない。多少不愉快であっても、スタートラインは一緒のはず……いや、試験を通過しなかった分、フランたちの方が有利ですらある。ダトルとて、自称ではあってもフォルティス式剣術の有段者を名乗るからには、その資質は十分なものであるはずだ。
「あいつじゃねぇよ……! 俺が、俺こそが……!」
だが、ダトルの瞳にそんな余裕は見られない。
一体何に追い詰められているのか。何が彼を駆り立てているのか。
フランには、到底理解できなかった。
故に、反応が遅れてしまった。
「俺が……俺ガァァァァァ!!」
「っ!? ダトルッ!!」
咆哮と共に、駆け出すダトル。
フランは、一瞬遅れて手を伸ばしたが、届かない。
迷ってしまった。彼を助けるかどうか。
今ここで、彼を助けても足手まといにしかならないのは明白だ。ならばいっそ――。
「――ゴッドブレスッ!!」
一瞬、黒い考えに支配されかけるフラン。
そんな彼女の体を、強大な神官魔法が駆け抜けていった。さながら、突然の突風に呷られたように、フランは何とかその場で耐える。
同時に、彼女たちを取り囲んでいたスケルトンたちを一瞬で塵に変えてしまう。
彼女たちの周辺だけではない。通り一帯を制圧していたであろう、全てのスケルトンが瞬く間の間に滅ぼされてしまった。
「っぐ!? あぁ!?」
駆け出したダトルは、その魔法の勢いに押されて転んでしまう。
それだけの威力を誇りながらも、ダトルの体には怪我一つない。いや、それどころか傷が癒えている様にすら見える。先ほどスケルトンたちに群がられた時についていたはずの鉤傷のようなものも消え、ダトルの肌は張りのある健康的なものへと変わっているのが窺えた。
「っ! これは……!」
神官魔法、ゴッドブレス。
バニッシュ系列の魔法の最上位であり、広範囲にわたってその影響を及ぼす魔法。
生者には祝福と癒しを。死者には滅びと救済を。神の祝福をそのまま再現した魔法は、瞬く間にその場を制圧してしまう。
そしてスケルトンの群れの向こう、フォルティスカレッジの咆哮から一人の神官が姿を現した。
「君たちか! 勝手に現場に飛び出したという愚か者は!!」
「あ、貴方は……?」
声を荒げながら駆け寄ってくれた神官を見て、名を尋ねるフラン。
神官は片手間に皆の傷を神官魔法で癒しながら、答えてくれる。
「フォルティスカレッジ五回生、ジャック・オルソンという! 子どもの遊びもこれまでだ! 君たちには待機命令が出た! 私が先導するので、寮まで戻るぞ!」
「は、はい!」
全員に対し、簡単な治療を施したジャックは有無を言わさぬ勢いでそう告げると、そのまま身を翻しフォルティスカレッジの寮へと向かおうとする。
フランは彼の言葉に頷き、皆を促し彼を追った。
他の者も安堵したように息を突き、ジャックの背中に従おうとする。
「……帰らねぇ」
だが、ダトルは従わない。
剣を杖のようにして体を支え、立ち上がりながら搾り出すように声を出す。
「俺は、帰らねぇ……! お前らだけで、勝手に帰れ負け犬が……!」
「君も帰るんだ! 君に決定権も拒否権もない!」
ゆらりと立ち上がったダトルに近寄り、ジャックは腕を掴む。
「この現場に立つのには、君はあまりにも未熟! そのようなざまで、一体何が出来る!?」
「うるせぇ!! 勇者ですらない、五回生程度の分際で命令するなぁ!!」
ダトルはジャックの腕を振り払おうとするが、ジャックの腕は微動だにしない。
それでも暴れるダトルを見下ろしながら、ジャックは傲然と告げる
「見ろ! たかだか神官職である私の腕すら振り払えない! なんだ、その力のなさは!」
「うっ……!」
「そんな有様で何かを守るなどと、よく大言吐いたものだ! 身の程を知れ、この痴れ者がッ!!」
「ぐ……ぐぅぅぅ……!」
ジャックの罵詈雑言を前に、ダトルが唸り声をあげ、一粒の涙を流す。
どうしようもない現実を前にし、打ちのめされた少年のこぼす一筋の涙。
それを見て、彼に同情するものはこの場にはいなかった。むしろ、覚めた様な眼差しで見下げるものばかりであった。
ジャックはそんな周りの反応を見て、自身の失言と失策を自覚する。
(多少強引にでも、実力を理解させたほうが早いと考えたが……いささか早計。この少年の今後に暗い影が落ちたかもしれないな)
だが、事態は一刻を争う。ジャックはダトルへの慰めをぐっと飲み込み、振り返って進もうとする。
「さあ、進むぞ! すでに騎士隊は動き、勇者様方も戻られつつある! 我々は、まず自らの身の安全を――」
「ほう? 勇者が戻りつつあるのか?」
ジャックの声に、するりと割り込む男の声。
まるで初めからそこにいた、と言わんばかりに男は言葉を続けた。
「そいつは朗報だ。なあ、おい。いつ頃、勇者様が戻られるのか、知ってるなら教えてもらえねぇか?」
「―――」
こちらを小馬鹿にしたような、にやついた低い男の声。
ジャックの背後を振り返ったフランたちは、その存在に驚いたような表情をしているが、ジャックはそれどころではなかった。
背後から感じる気配……その存在が放つ圧力のようなものに心臓が押し潰されそうになっていた。
(なん、だ、これは……!? 勇者様が持つ存在感……否、それよりはるかに禍々しい……!?)
「黙ってねぇでよぉ。教えてくれって、なぁ?」
ジャックの背後の男は、にやけながらこちらに一歩近づく。
「何なら、俺の正体も教えるからよぉ。実は俺、この国を滅ぼしに来た悪党の一人なんだけどなぁ?」
「っ!!」
悪党の一人。その言葉に、まず反応したのはダトル。
顔を怒らせた彼は、ジャック握られていない手で剣を握りしめ、何とか振り返って剣を背後の男に叩きつけようとする。
「テメェ! 悪党なら、俺が――!!」
「んん?」
ダトルの凶行に、男はニヤリと小馬鹿にした笑みを深める。
だが、ダトルの剣が男に届くより早く、ジャックが動く。
萎縮した体に喝を入れ、全身を震わせ、ダトルをフランたちのいるほうに投げ飛ばす。
「ぎゃっ!?」
ダトルが肩の痛みと叩きつけられた衝撃に悲鳴を上げるが、それに構わず振り返り、腰の後ろに帯びていた剣を引き抜き、大上段で名乗りを上げた。
「フォルティスカレッジ五回生!! ジャック・オルソン!! 勇者様が到着されるまで、貴公の相手を仕る!!!」
「ほう!」
振り返ったジャックの視線の先で、男――ラウムは小馬鹿にしたような笑みを引っ込め、心底嬉しそうな笑みを浮かべてジャックを見る。
その表情の変化を見る余裕もなく、ジャックは全霊の力を込めてラウムに向かって斬りかかった。
「アークセイバァー!!」
同時に唱える神官魔法。刃が雷光を帯び、強烈な光を放ち始める。
稲光の音が大気を震わせ、その斬撃の軌跡が輝きの道を作る。
その魔法を見て、フランが息を呑んだ。
ゴッドブレストと共に語られる神官魔法……どちらも、初代アルス王の仲間であった、勇者の能力を元に開発されたとされる、最強クラスの魔法なのだ。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ジャックは必殺の刃をラウムに向かって振り下ろす。
この魔法の刃を前にした敵は、全て一刀の元に斬り捨ててきたという自信。
五回生……険しいとされるフォルティスカレッジの訓練を、五年間絶え続けてきたと言う自負。
そして……この目の前に立つ、禍々しい鎧を纏った恐ろしい存在から、一回生たる後輩たちを守らねばならないと言う勇気。
ジャックは刃を振り下ろす。胸に抱いた感情全てを載せた、最高の一撃――。
「ッラァ!!」
だが、それはラウムには届かない。
硬めに固めた、彼の拳。左腕で放たれた、まっすぐ叩きつけられたその一撃。
魔力も何もない、ただの拳によってジャックの渾身の一撃は打ち砕かれ、あまつさえ彼の体すら粉微塵に打ち砕かれた。
ジャックは、自身の必殺ごと自分が破壊されたことを理解する間もなく、絶命する。
空間ごと叩いたかのような、乾いた音共に上半身が消し飛んだジャック。ダトルやフランたちは、そんな冗談のような光景をただ見ていることしか出来ない。
「―――え?」
フランの呆けたような声と共に、ビシャリと音を立てて、ジャックであったものの破片が彼女たちの体に降り注ぐ。
鼻を突く、鉄錆にも似た生臭い匂い。
ジャックへの文句を口の中に飲み込んだダトルは、地面に叩きつけられて振り返ろうとした中途半端な姿勢で、自身の頬のべたりとついたジャックの臓物に手を触れる。
「………え、な……?」
手の中に落ちた、見たこともない肉片を見て、唇を振るわせるダトル。
呆然としていた彼らは、残っていたジャックの下半身が地面に落下した音で我に返り、音源へと振り返る。
そこには、力を失いだらりと地面に伸びているジャックの足と、血に塗れた己の拳を見下ろし、満足そうな表情で一つ頷いたラウムの姿があった。
「……いい勇気だったぞ、ジャック・オルソン。手加減を忘れてしまうほどにな」
「……あ、あ……」
ラウムの表情を見て、ダトルは喘ぎ声を上げる。
瞬時に解してしまったのだ。今の惨劇は、この男にとって準備運動にすらなっていないことを。
文字通り、片手間に済んでしまう作業であるということを。
ダトルの理解は、フランたちにも伝播する。全身の血の匂いを払うことすら出来ず、立ち竦むフランたち。
ラウムは満足げに頷いた後、ダトルたちの方を見やる。
「さあ。次に武勲を挙げたい輩はどいつだ?」
朗らかに笑みさえ浮かべるラウムへの返答は、フランたちの上げる、喘ぎ声とも突かぬうめき声。
「……ん?」
「あ、ああ……!」
そして、失禁してしまった、ダトルの悲鳴だけだった。
またぐらを濡らすダトルを見下ろし、ラウムは残念そうにため息を吐いた。
「なんだ……今の奴だけか? 勇者学園と聞いて、期待していたんだが……」
失意をそのまま口にするラウム。彼の言葉に反抗しようという者は、今この場にはいない。
彼は軽く肩のグレートアックスを揺らすと、冷然とダトルたちを見下ろし、顎で王城の方を示した。
「……まあ、いい。とりあえず立て、餓鬼ども」
「ひっ!?」
「死にたくなけりゃ、王城に走れ。……心配するな、スケルトンどもは追ってこねぇ」
ラウムはそう言いながら、ニヤリと凄絶に笑ってみせた。
「なんだったら、そのままこの国から逃げようとしてもいい。……城以外に向かった時は、全力で襲ってやるがな?」
嘘か真か……。その判断がつく者がいるはずもなく。
ダトルたちは、せいぜい彼の言うとおりに王城へと逃げることしか出来なかった。




