第18話:内側の侵略模様
混乱を極める、フォルティス・グランダム王都。
突如現れた大量のスケルトンは、あっという間に王都中に広がり、徘徊を始めていた。
「ママァ……!」
「大丈夫よ……! きっと大丈夫だからね……!」
白骨死体が街の中を徘徊するという異様な光景を前に、ただ祈ることしか出来ない親子。
震える子どもを抱きしめ、母親は必死に祈った。
外を歩くスケルトンは、閉じられた窓や扉を見やりしばらくぼうっとしていたが、少し経つと興味を失ったように町の徘徊を始める。
城壁を破壊し、王都内に侵入したスケルトンたちは、しかし積極的な王都民への攻撃や家屋の破壊などは行おうとしなかった。
恐らく、スケルトンたちの召喚主の指示にそういった破壊行動が含まれていないのだろう。自我を持たないスケルトンたちの行動を決定するのは召喚主の命令のみであり、それに外れた行動は決して取らない。
故に、王都の家の中は、今のうちはきわめて安全であると言えた。スケルトンたちが家の中に進入しようとしてこないのであれば、無理に排除などを行わなければ、一先ず怪我を負ったり命の危機に瀕することはなさそうだからだ。
だが、そうしたスケルトンたちの沈黙が、何より王都の民たちにとって不気味に映った。
「なんなんだ、連中……」
「どうして、こっちを攻撃しないんだ……?」
スケルトンの……その召喚主の真意が読めず、困惑する民たち。
まだ、家の中に侵入されてその家屋の主たちを皆殺しにするといった凶暴性があったほうが、むしろ安心できてしまう。何しろ、今のスケルトンたちは次に何をするのかわからないのだ。
「……外に出て行って、あいつら追い払えないかな……」
「やめとけっと! 特殊銀すらないんだぞ……」
一部の民たちは物騒なことを呟き、それを実行に移そうとする。
だが、それは大量のスケルトンの群れの中に身をさらすということであり、その結果どういう事になるのかは、想像に難くない。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
王都の中に、悲鳴が響き渡る。
街の中にやって来たダトルたちのものではない。ただ、街の中を徘徊し続けるスケルトンたちの存在に耐えかねた青年が、武器を片手に周囲のスケルトンを追い払おうと飛び出してきたのだ。
手にした武器は、薪割用の斧。重さも鋭さも武器としては及第点な装備である。
しかし、大量のスケルトンに抗するのに、さらに言えば素人が手にして戦うのにはあまりにも力不足であった。
一体二体程度はスケルトンを屠る事に成功した青年であったが、出来た抵抗はせいぜいがその程度。瞬く間に大量のスケルトンに取り囲まれ、彼は完全に動きを封じ込められてしまった。
自身のその後に恐怖し、青年は涙をこぼす。スケルトンたちの手にしているなまくらな剣では、そう簡単に死ぬ事はできないだろう。無謀は止せばよかった。やめておけば、こんな目には合わなかった……。
後悔が後から押し寄せ、脳裏に走馬灯が駆け抜ける青年。これからスケルトンたちによって行われる屠殺劇をただ待つことしかできないでいた。
――結論から言えば、彼の待っていたスケルトンによる死刑執行はいつになっても訪れなかった。
「……いぎっ?」
ただなまくらの剣によって殺されるよりも、はるかに恐ろしいことが自身の体に起き始めたのだ。
はじめは、首筋に小さな痛みを感じる程度だった。
だが、それは次の瞬間に全身を這い回る激痛へと変貌する。
「ぎ、がぁぁぁぁっぁあ!!??」
痛みの走った首筋を基点に、全身くまなく。さながら、体内の血流を何か異常な物体が駆け巡るような、例えようもない、知りえるはずもない異様な激痛。
それに併せて青年の体表が、何か生き物が蠢いているかのようにボコリと膨れ上がり、そのまま全身を駆け巡る。スケルトンたちは、激痛に身を捩り、暴れ始める青年を無感情に押さえ込み続けた。
「ぎ、い、が……!?」
やがて、全身を這い回る激痛は治まった。
次にやってきたのは、体の奥底に留まり、残り続ける鈍痛。
無視できないほどの痛みを発する体内のしこりは複数存在し、それがあっという間に膨れ上がっているのを青年は感じる。
体内のあらゆるものを失い、自身の体が別の何かに奪われてゆく感覚。おぞましいような喪失感を覚えながらも、死ねぬ我が身を青年は呪う。
先ほどまでの後悔も走馬灯も脳内には浮かんでこない。今の青年の頭の中には、ただただ我が身の痛みを呪う呪詛だけが満たされており……。
「―――ぱ」
青年は、そのまま絶命した。
自らを呪う青年の体から、巨大な蛾の様な生物が這い出してきたからだ。
青年の体からその生物が生まれたのを確認したのか、スケルトンたちは青年の体を抑えることを止め、そのまま王都内の徘徊へと戻ってゆく。
青年の体の中に生まれていた大きな繭ごと青年の体を食い破った蛾は、血に濡れた羽を大きく広げ乾かし、そのままフォルティス・グランダムの上空へと羽ばたいていった。
そのまま路上に残された、穴だらけの無残な死体を見下ろしながら、バグズは一つため息を吐いた。
「ふぅ……。監視用の虫の育成が捗らないなぁ……。やっぱり、魔法陣用の基点に使う奴より先に生むべきだったかな」
「よぉ! そっちの調子はどうだ? バグズ」
「ラウム」
ため息を吐いたバグズの背後に、音もなく現れるラウム。グレートアックスやその身に着けた鎧は大量の返り血によって汚れており、今だ乾いていない様子で怪しげに輝いていた。
バグズは唐突に現れたラウムに驚くこともせず、振り返りながら首を横に振った。
「あまり芳しくは……」
「あん? どうした珍しい」
「いえ……思っていた以上に、外に逃げ出す人間が少ないみたいで。監視用の虫の数が足りなくなりそうなんです」
バグズはもう一度ため息を吐く。
「基点用の術虫に比べれば重要度は落ちますが、これで手落ちが発生しては主に顔向けできません……」
「なんだ、そんなことかよ……」
ラウムはどうでもよさそうな笑みを浮かべながら、こうバグズに言う。
「気にするなって。今の王都から逃げ出そうなんて考える人間はいねぇさ。なんなら、破損した城壁付近の監視を強化しておけよ。王都の外と出入りのできる大門の大橋は上がったままだし、衛兵ぶち殺すついでに、大橋の開閉をコントロールするレバーもぶっ壊しておいた。他に出入り口のない国だからな。逃げるなら、ぶっ壊れた城壁さ」
「まあ、貴方の言うとおりですが……。そういえば、そちらの首尾は?」
納得の言っていない様子のバグズであったが、一先ず自身の問題はおいておきラウムへと問いかける。
「主からの命は果たせたのですか?」
「まあ、ボチボチだ。バルカスのいう場所に、仕掛けは施しておいたよ」
ラウムはつまらなさそうに欠伸と後ろ頭を搔く。
「単に、物を置くだけの仕事だ。仕損じるもなにもねぇもんだ」
「その妨害要素になりえる衛兵、あるいは騎士の排除は完了しているのですか?」
「ああ。今、この国の中で動いてる衛兵も騎士もいねぇよ」
ラウムはそういうと、ニヤリと笑った。
「だが……さすがは勇者王国。一衛兵も、勇猛さに溢れていたな。城に残っている連中を取り逃すと、色々面倒かもしれねぇ」
「そういう割には……楽しそうですね、ラウム」
ニヤニヤと笑みを浮かべるラウムを見上げ、バグズは無表情の中に、かすかな敵意を織り交ぜる。
「……愉悦のために、主の目的の邪魔はさせません」
「フ……そんなに睨むなよ。俺だって、そんなつもりはねぇさ」
ラウムはバグズから放たれる微かな敵意を前に、小さな笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「進んで敵に塩を送るような真似はしねぇさ。ただ、油断してると足元を掬われかねんと思っただけさ」
「……現状、主の想定通りにことは動いています。失敗要素があるとは思えません」
無表情のままそう呟くバグズを見て、ラウムは小ばかにするように鼻を鳴らした。
「フン。それが、油断というものさ。自分の想像を超える出来事など、絵空事でしかねぇとほざいた独裁者が、どれだけ死刑台に送られてきたと思ってる? 魔王のことだってそうさ。バルカスの言うとおりの存在であった魔王が、何故人間ごときに討ち取られた? 完全に消滅していないにせよ、動けなくなってるのは何故だ?」
「それは……」
バグズは返答につまる。
そのまま黙り込んでしまうバグズを見下ろし、ラウムはまた笑った。
「ハハッ。別に難しく考えることはねぇんだ。別に全ての事象を想像しろといってるわけじゃない。目の前で起きた現実を、勝手な妄想で否定するなといっているのさ。ありえないと否定するのは簡単だが、それで現実が消えうせるわけじゃねぇんだからな」
「……肝に銘じておきます」
バグズは一つ頷くと、王城の方向を指差した。
「……ではさっそく、一つ報告しておく事象が」
「あん? なんだよ」
「成体に至らない人間が五名前後、王城付近の大通りでスケルトンに囲まれています」
「ん? そんな連中、さっきの監視虫の孵化用に使っちまえよ」
「成体でないと十分な数が育ちませんし、恐らく主の言っていた勇者候補生ではないかと」
「勇者……」
バグズの報告を聞き、ラウムは凄絶な笑みを浮かべた。
面白い獲物を見つけた、そう言わんばかりの。
「……なら、無事にバルカスの元に届けてやらんとなぁ。何しろ、計画の要のひとつだ」
「ええ。私では殺してしまう可能性が高い。よろしくお願いします」
「ああ、頼まれた」
ラウムはそう言って笑みを深め――そのまま無音で消えうせる。
バグズはラウムの消え去ったあとを見て、彼が仕事に向かったのを確認すると、また王都の中の監視を始めた。
「……できれば、全域をカバーできる数だけは確保しておきたいんだけどな」
家の中にかたくなに閉じこもっている王都民たちを監視しながら、バグズはまた一つため息を吐いた。