第17話:少年らの抵抗
フォルティスカレッジの寮から飛び出したダトルたちは、手にした剣を握りしめ、一目散に王都内へと向かった。
彼らの視線の先には、巨大なワームによって破壊された城壁があり、そこから大量のスケルトンが侵入してくるのが、ダトルたちの位置からでもよく見えた。
「チクショウ……! 化け物が王都の中に……!」
王都で生まれ育ったダトルにとって、フォルティス・グランダムを守り続けてきた城壁は、この国の守護神のような存在であった。
それをこうも容易く破壊され、さらに王都の中へと化け物たちが流入し始めていると言う事実……まだ未熟である彼を奮い立たせるには、十分であった。
「行くぜ、お前ら! 王都を守るんだ!!」
「「「おう!」」」
ダトルと共に育った仲間たちは、彼の言葉に応じ咆える。
フォルティス式剣術の道場の門をくぐった際に、師範からプレゼントしてもらった揃いの剣を抜き払い、ダトルたちは駆ける。
王城のすぐ傍に建てられたフォルティスカレッジとその寮から王都までは、そう距離はない。
瞬く間に王都までやって来たダトルたちであったが、それでも津波のように押し寄せるスケルトンたちはすでに彼らの目視範囲内まで押し寄せていた。
「スケルトンたちがもうここまで……!?」
「これじゃ、すぐに王城まで到着しちまうぞ!?」
「うろたえてるんじゃねぇ!!」
汚れのない、新品同然の剣を掲げ上げダトルはまっすぐにスケルトンに向かって突貫していった。
「たかが骨ごときに、俺たちの町を……! フォルティス・グランダムをやらせるかよぉぉぉぉ!!!」
大声で咆えながらスケルトンへと突貫したダトルは、真正面からスケルトンを切り伏せようとする。
彼の剣は、まっすぐにスケルトンの頭蓋へと差し込まれ、あっさりとその頭を断ち割る。
そのまま通り道にある骨を砕きながら剣は振り下ろされ、頭蓋諸共左腕部分も一気に断ち切ってしまう。
ダトルは勝利を確信しニヤリと笑うが、頭を失ったはずのスケルトンは残った右腕でダトルに向かって攻撃を仕掛けてきた。
「なっ!?」
刃こぼれの酷い剣の一撃をギリギリで弾き返しながら、ダトルは一歩下がり、更なる一撃を加える。
返す刀で右手の剣ごと上半身が砕け散るが、スケルトンの下半身はまだ動きダトルに向かって歩みを進めてくる。
ダトルはアンデットと言うものの不気味さを実感しつつ、残ったスケルトンの腰骨を足で踏み砕く。
全身バラバラにされてしまったスケルトンはもはや立ち上がることもままならない……が、砕かれた足はそれでもなお動こうともがいている。
「どうなってやがる……」
スケルトンという魔物の特性を理解していないダトルは、不審を露に自分が砕いたスケルトンを見下ろしていた。
そんな彼の耳に、仲間たちの情けない悲鳴が聞こえてくる。
「う、うわぁぁぁぁ!?」
「助けてぇぇぇぇ!!」
「おい!?」
ダトルが振り返ると、連れてきた仲間たちはあっという間に大量のスケルトンに囲まれ、満足に剣を振ることもできず、苦しんでいた。
ダトルは仲間たちの無残な姿を前に舌打ちしつつ彼らを援護しようとするが、そんなダトルの周りにもスケルトンが大量に寄ってきた。
「―――」
「―――」
スケルトンたちはダトルを見て、何か言おうとしているようだが肉を持たないスケルトンたちに声が発せられるわけもなく。
「どけぇ!!」
さらにダトルのほうにも聞くつもりは毛頭なく、彼が横薙ぎに放った一閃で、あっという間に胴体が泣き別れとなっていった。
自身の周りにいたスケルトンたちを一掃し、ダトルは仲間たちの下に駆け寄ろうとする。
だが、切り伏せたスケルトンと同じかそれ以上の数のスケルトンが、ダトルの周りにまた集まってきてしまった。
「チッ!? 邪魔だっつんだよぉ!!」
ダトルは再び剣を振るい、スケルトンの上半身を切り飛ばしてゆく。
斬っても倒れないのであれば、せめてこちらに攻撃できないようにしようと考えてのことだったが、どれだけやっても後から後からスケルトンたちがダトルの周りを囲んでしまう。
「どういうことだ、こいつら……!?」
ダトルは剣を振るいながら疑問を覚える。
少なくとも、斬り飛ばしたスケルトンたちの下半身は残っている。それが多少でも障害になれば、こうして囲まれることもないはず。
しかし、ダトルの幼稚な考えは、無機質なスケルトンたちには無意味であった。
奴らは上半身を失った自身の仲間たちを、容赦なく踏み砕いてダトルに迫っているのだ。
スケルトンの真骨頂は、無尽蔵ともいえる物量にある。
「くそ……!? このぉ!!」
ダトルの剣が、どれだけ優れ、スケルトンを破壊できようとも。
その一閃が、どれだけ大量のスケルトンを斬り飛ばせようとも。
所詮は剣による一振り。倒せるスケルトンの数などたかが知れており。
「うぉ!?」
「―――」
押し寄せるスケルトンは、ダトルの剣の数をはるかに上回る。
仲間たちは押し寄せるスケルトンの中に埋もれてしまい、すでにその姿が見えなくなってしまっている。
「ちくしょう! お前ら! 無事か!? 無事なのかぁ!!」
ダトルは懸命にスケルトンを屠りながら仲間たちに声を投げかけるが、すでに返事がなくなってしまっている。
代わりに聞こえてくるのは、すすり泣きのような声。恐らく、仲間たちのもの。
ダトルは連れてきた仲間たちの情けなさに怒りを覚え、その怒りを剣閃に乗せながら咆哮をあげる。
「泣いてんじゃねぇよ、ボケがァ!! この程度ぶち倒せねぇで、勇者になれるわけねぇだろうがぁ!!」
咆えながら剣を振るうダトル。
だが、彼に答える声はなく、スケルトンたちの数がただ増すだけであった。
「うっ……!? くそがっ!!」
一瞬怯んだダトルは、悪態を突き、自身を無理やり鼓舞しながら懸命に剣を振るいスケルトンを屠り続ける。
だが、いくら倒せども倒せども数の減らないスケルトンたちの前に、ダトルは焦り、疲れを覚え始める。
「だ……は……! くそぉ……!」
剣の勢いが鈍り、ダトルの動きも鈍り始める。
スケルトンたちは、彼の勢いが減じてきたのを理解したかのように、そのまま一気にダトルへと押し寄せ始める。
「う……!? ぐ、くぁ……!?」
骨の体を押し付けられ、さらに組み付かれ、圧し掛かられ。
徐々に動きを封じられ始めるダトル。
剣を振るうことすらままならなくなり、一歩歩くことも出来なくなってしまう。
「ぐ……! くそがぁぁ!!!」
さらに詰め寄るスケルトンたちの骨によって、視界すら塞がれ始めるダトル。
最後の足掻きに咆哮をあげるが、彼の声は空しく辺りに響き渡って行き。
「バニッシュ!!」
彼のものなど比較にもならない、強い力の篭った呪文がスケルトンたちを吹き飛ばした。
「っ!?」
「遠吠えだけは一人前ね」
体に纏わりついていたスケルトンが一掃されたダトルは、急いで声のしたほうを見た。
そこに立っていたのは、小型のバックラーと純銀製のメイスを携えたフランの姿があった。
フランはダトルを見下ろしながら、冷徹に告げる。
「おかげで、探す手間は省けたわ」
「フラン……!」
ダトルは忌々しげにフランを見上げるが、彼女はすぐに彼から視線を外し、まだ動き回っているスケルトンの群れに向かってメイスを向ける。
「――バニッシュ!!」
そして素早く呪文を唱え、メイスを振るった。
そうして解き放たれた無形の衝撃波は、瞬く間にスケルトンたちの体を吹き飛ばし、打ち砕いた。
そして、その下に埋もれていたダトルの仲間たちを白日の下へと救い出した。
「―――っは!?」
「オ、オレたち……!?」
自分たちの体の上からスケルトンたちが排除されたのを知り、ダトルの仲間たちは涙でぐしゃぐしゃになった顔を挙げ、フランを見つけるとさらに涙を流し始める。
「ふ、フランちゃん……!」
「あり、ありがと……!」
「お礼を言うのはまだ早いわ。状況が変わったわけじゃないのよ」
フランはダトルの仲間たちの礼を遮り、城壁の破壊されたほうを向く。
そちらからは、いまだに数の減った様子のないスケルトンたちがわんさと溢れ、フランたちのいる方へと押し寄せている姿が見えた。
それを見て、ダトルの仲間たちが悲鳴を上げる。
「「「ひぃ!?」」」
「情けない声上げてんなよ!! あの程度、物の数じゃねぇだろうが!?」
ダトルは悲鳴を上げた仲間たちを叱咤するが、彼らは縮み上がるばかり。
ダトルは苛立ちを隠さず仲間たちを睨みつける。
「こんの……! 役立たずどもが!」
「粋がるのは勝手だけれど、逃げるなら今のうちよ」
フランはそんなダトルを冷ややかに眺めながら、ジリジリと後退を始める。
「あれだけの数のスケルトンを相手にするには、装備が不十分だわ」
ちらりと自身が手にしているメイスを見下ろすフラン。
純銀製のメイスは、ダトルが使っている鋼の剣よりはスケルトンに通用するが、それでも特殊銀製のものほどの威力はない。
バニッシュとて、何度も唱えられるものではない。ここで引かねば、元の木阿弥となってしまうだろう。
「早く引くわよ!」
「はぁ!? 何言ってやがる!!」
だが、ダトルはフランの言葉に首を振り、剣を構える。
「このスケルトン、全部斬り捨てて王都を救うんだよ! こんな骨野郎どもに、好きにさせるかってんだ……!」
「剣一本で、完全に押さえ込まれてた人間の台詞じゃないわ! いい加減、自分の実力を認めなさい!!」
フランは駄々っ子を叱るように声を張り上げ、ダトルを叱る。
「あの数のスケルトン相手に、勝てるような人間じゃないでしょう、貴方は!!」
「ふざけるな!! テメェに何がわかる!? 俺はダトル……ダトル・フラグマン!! いずれこの国と世界を救う勇者になる―――!!」
「勇者!? 呆れてものも言えない! 引き際を見誤る人間は勇者じゃなくて愚者よ!」
「何だとぉ!!??」
フランの罵倒に、ダトルが怒りを吹き上げさせる。
だが、二人の口論はダトルの仲間たちによって遮られた。
「ひぃ!?」
「お、おい!!」
「なに!?」
「何だよ邪魔すん――!!」
ダトルの仲間たちが、王城の方を見て、悲鳴を上げた。
二人が口論をやめ、そちらの方へと向き直ると。
「―――」
「……うそだろ」
夥しい数のスケルトンが、王城へと戻る道を完全に塞いでしまっていた。
逃げることが、出来なくなってしまっていた。