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第16話:源流を知る者

 少しずつスケルトンたちの津波が押し寄せ始めるフォルティス・グランダムを空の上から見下ろし、バルカスはうっすらと微笑を浮かべた。


「一先ず、計画の第一段階はうまくいっているようですね」

「うん……」


 ポルタはバルカスの言葉に頷き、マントの下にある己の腹を撫でながら呟く。


「姉様も、喜んでるみたいだよ……」

「それは重畳。ならば、計画が絶えぬように我々も動かねばなるまいな」


 バルカスはそう答え、自身の足元にあるフォルティス・グランダムの王城を見下ろした。

 バルカスたちの侵攻により、すでに厳戒態勢は整っているのか門扉は硬く閉ざされている。

 そして上から覗ける場内の様子は、慌しさが伝わってくるものの、今だ冷静な様子が見てとれる。

 バルカスは場内の様子を見て、呆れたように呟いた。


「まだ自身の立場を理解していないようだな……。もう少し、必死さを持ってもらいたいものだ」


 そう呟き、バルカスはゆっくりと城門の前に向かって降りてゆく。

 ワームによる城壁の破壊は、王城からでも窺えたはずだ。それを目の当たりにしても、慌てた様子がないというのは余裕の現われか、あるいは現状をきちんと把握できていないのか。

 どちらにせよ、バルカスにとっては面白くない展開だ。もう少し、はっきりと慌ててもらうべく、あえて真正面から強襲することを彼は選んだ。


「ん……」


 ポルタも同意するように頷き、バルカスを追って城門へ向かって降りてゆく。

 バルカスとポルタの二人はフォルティス・グランダムの王城、その城門の前に着地し、硬く閉ざされた門扉を見上げる。

 城壁を閉ざす大橋の大門ほどではないが、歴史を感じさせるその威容は、大橋の大門に負けず劣らずといったところか。

 バルカスはゆっくりと城門に近づき、その表面に触れる。


「これが、かつて魔王閣下の擁した者たちを守った門……フフ」


 バルカスは笑い、瞳を閉じる。

 沈黙はしばし。


「―――」


 しばらくすると、バルカスの体がゆっくりと発光し始める。

 そして彼の口が動いていないにもかかわらず、虚空から魔法の詠唱が聞こえ始めた。


「―――」


 その詠唱は、バルカスの声で行われているようであった。

 しばらくすると、城門もバルカスの呪文に呼応するように輝き始める。

 そして。


「―――ッ!」


 バルカスが目を見開いた瞬間、城門は目も眩むような閃光と共に崩れ去った。

 雷鳴のような音が響き、砂のように崩れ、瞬きの間に風に運ばれていってしまう。

 長い歴史を持っていた、フォルティス・グランダムの城門は跡形もなく消え去ってしまった。

 バルカスは自身の手腕に満足したように頷き、一歩踏み出そうと前を見る。


「………ほう」


 そして笑った。

 消えうせた城門の向こう側。

 そこには、完全武装となった騎士たちを従え、六代目アルス王が立っていたのだ。

 すでに老境にあるはずの国王であるが、騎士たちと同じように鎧を纏い、剣を手にしたその姿はおおよそ老兵に似つかわしくない威容を携えていた。

 アルス王は一歩前に出て、バルカスを正面から睨み付ける。


「そこまでだ。侵入者よ」

「これはこれは……。わざわざ、今代の国王閣下自ら出迎えていただけるとは……」


 バルカスは笑みを深め、恭しく礼をする。ポルタは礼をしなかった。

 バルカスは顔を上げ、呵呵大笑する。


「恐悦至極とはこのことでしょう! ハハッ! わざわざそちらの方から出てきていただけるのだから!!」

「君も、我が命が魔王の封印などと考えている口かね?」


 バルカスの言葉を無視し、アルス王は語る。


「もしそう考えているのであれば、それは愚かな事だ。魔王の存在は事実であっても、後世に伝えられたその伝承はまやかしでしかない」

「ほう?」


 バルカスは愉快そうに眉を跳ね上げる。


「私を殺しても、魔王は蘇らない。仮に、我が一族の命を絶つことで魔王が蘇るというのであれば、初代アルス王が死した時点で、魔王は蘇っているとも。だが、そうではない」

「そうだ、その通りだ」


 アルス王は、バルカスの返答に眉根を寄せた。

 自身の言葉に対する肯定。

 アルス王がその事に対する疑問を口にするより早く、バルカスが口を開いた。


「貴公らの存在が、魔王閣下の封印のくびきとなるなどと言う幻想は、貴公らに対する諸国民の甘えだとも。貴公らがその役割を放棄し、自らが恐ろしい目に合ったとき、全ての責を貴公らに押し付けるための」


 バルカスはクスリと笑う。


「体の良い身代わり(スケープゴート)というわけだ。哀れだな?」

「そうでもないさ。この身の上も、存外悪くない。」


 アルス王はバルカスの言葉に奇妙な違和感を覚えながらも、答える。


「誰かのための支えとなるというのは、それだけで誇らしいものだ。その象徴こそ、勇者であると言える」

「なるほど。なるほど」


 興味深そうにバルカスは頷く。


「奇特なことだ。その身を削ってまで他者を支え、貴公は何を得る?」

「誇りを。唯一無二のものを」


 アルス王は迷いを振り払うように、剣を抜き払う。


「我が身は恐れを払う刃であると……そうあれかしと、願い続けてきた」


 アルス王はまっすぐに、剣の切っ先をバルカスへと向ける。

 揺れることなく向けられた刃は、バルカスの心臓を指し示していた。


「叶わねばよいと、そう思っていた我が誓い……果たさせていただこうか」

「ふむ? これはこれは……」


 バルカスはおかしそうに笑い、肩をすくめた。


「貴公、存外欲深いようだな? 己の誓いのために、我が野望を摘み取ろうと言うのか?」

「………」


 アルス王は答えない。代わりに、背後の騎士たちが一斉に剣を抜き払う。

 王の敵を。眼前の存在を。その刃にて断罪せしめんと、そう言わんばかりに。


「……クク。返答はなしかね? 悲しいじゃないか」


 バルカスは笑いながら、軽く片手を上げる。


「だがまあ、それももう慣れた。速やかに、我が野望を達成させていただこう……魔王閣下の復活という野望をな!」

「例えどれだけ不可能な事象であろうと、それを許すわけにはいかぬっ!!」


 咆哮と共に、駆け出すアルス王。騎士たちもそれに続くように雄たけびを上げ。


「ポルタっ!!」


 可笑しくてたまらない、といった様子でバルカスが叫ぶ。

 名を呼ばれたポルタは、黙ったままアルス王を睨み付ける。


「―――ッ!」


 すると、次の瞬間アルス王の手の中から剣が飛んでいった。


「な!?」


 アルス王が投げたのではない。まるで、剣に意思が生えたかのようにアルス王の手の中で暴れ、飛び出していったのだ。

 そして、そうなったのはアルス王だけではない。


「うぉ!?」

「きゃぁ!?」


 後ろに立っていた騎士たちの手の中からも、剣がひとりでに暴れ、飛び出していった。

 アルス王から伝播していった剣の反乱は、やがてその場にいた全ての騎士に伝わってゆき、あっという間に騎士たちの手には武器が残らず、ポルタの頭上に向かって全ての剣が集まっていった。

 異様なその光景を見て、アルス王が呆然と呟いた。


「イデア……! そんな小さな子が……!?」

「左様。これもイデア……我が魔王の生み出した御技のひとつ」


 ポルタのイデアにより、取り上げたアルス王の剣を撫でながら、バルカスは嗤う。


「イデア育成は貴公らの専売特許だと過信していたかね? 源流を知らぬ貴公らと違い、私は全てを知っている……。この程度は朝飯前だとも」

「源流……? いや、魔王がイデアを生み出しただと……!?」


 バルカスの言葉が理解できずに、アルス王は反射的に叫ぶ。


「貴様、一体何者だ!? 何を知っている!?」

「私が何者か?」


 バルカスはアルス王の言葉に笑う。


「私など、魔王閣下の第一の僕というだけで十分だとも! あの日、あの時、あの方が滅ぼされたその瞬間からなぁ!!」

「―――!?」


 バルカスの哄笑と共に、天地に雷鳴が轟く。

 呪文を用いずに、バルカスの感情に反応して起きたように見える雷鳴を見上げ、アルス王は慄いた。

 目の前の、正体不明の魔導師の存在に。






「ダトルたちとフランが!?」

「は、はい……! 戦果を上げる、とか言って外に……!」

「チッ。功名餓鬼が……」


 フォルティスカレッジの講義室へと戻ったゲンジたちは、残っていた生徒たちにダトルたちとフランの事を聞き、愕然となる。

 ここに戻ってくる途中で三匹のワームが城壁を破壊しているのが確認できた。すでに大量のスケルトンが王都内に侵入していると考えてよいだろう。

 実戦経験もないような子供が束になった程度で殲滅しえるような相手ではない。スケルトンは特殊銀製の武器さえあればもろいが、そうでなければ骨だけという体の脆さが長所と化す。

 どこを叩こうとも致命傷にならず、武器を失わない限り戦いを続ける化け物。それこそが命のない魔物、アンデットなのだ。

 ダトルたちの王都侵入を聞き、焦るゲンジたちの元に更なる凶報が届く。


「ゆ、勇者ゲンジ様っ! 急ぎ王城へお戻りください!!」

「えぇい、今度は何だ!?」


 息を切らせかけこんできた伝令に、苛立たしげに怒鳴りつけるゲンジ。

 傍で聞いていただけの一回生の子供が縮み上がる恐ろしさであったが、伝令は怯むことなく己の役目を果たす。


「敵方にイデア保有者を確認! すでに、騎士団は無力化されてしまいました!」

「な……!?」

「現在、王国内におられる勇者はゲンジ様のみ! 急ぎ、お戻りを!!」


 ゲンジは歯軋りをする。

 敵にイデア持ちがいるとなると、ゲンジはその対処に向かわねばならない。

 イデア――超常の異能力。世界の理に反する、魔法とも異なる力。ただ、人の意志力によってのみ発動し、森羅万象すら押しのける力を持つ、万能力。

 世界すら押しのけるイデアに抗するには、同じくイデアを持ってのみ可能と言われている。事実、イデアの大半は初見ではその本質を見抜くことすら難しい。相手が不明能力で来るのであれば、こちらも不明能力をぶつけるしかないのだ。


「イデアがいる……となれば! 伝令! 現在フォルティスカレッジに残っている四回生以上を、王都にいってしまった一回生の捜索に当てる! 今から伝える一回生たちを探すよう、四回生以上たちに伝えてくれ!」

「ハッ!」


 ゲンジは素早くダトルたちの特徴を伝え、伝令を放す。

 それからノクターンのほうへと向き直り、頭を下げた。


「すまない、ノクターン。共に王城へ向かって欲しい」

「頭を下げる必要はないさ。もとよりそのつもりだ」


 律儀なゲンジに笑って答え、ノクターンは固まっている一回生のほうへと向き直る。


「おい。三回生以下に伝えるんだ。今日の訓練を中止とし、自室にて待機。外出は禁止すると。いいな?」

「は、はい!」


 ノクターンの伝言を抱えた一回生は、まず後ろの講義室に駆け込む。

 それを見届け、ノクターンは一つ頷きゲンジへと向き直った。


「さあ、王城へ戻ろうか」

「ああ」


 ゲンジは一つ頷き、ノクターンと共に急いで王城へと戻る。

 事態は急変している。今、この瞬間においても。




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