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第15話:侵略の始まり

「クックックッ……! ハァーッハッハッハッ!!」


 深い、深い斬撃痕を刻まれた城壁の上で、ラウムが大声で邪悪な笑いを上げていた。

 彼が見下ろす先では、ワームの砕き開いた城壁の間から、次々とスケルトンたちがフォルティス・グランダム内に侵入している姿が見える。


「ついに、この時が来たわけだなぁ……。感無量って奴だ」


 感慨深げに一つ息を突くラウム。その瞳の中には様々な感情が渦巻いているように見えたが、顔を上げた時には、その顔に浮かんでいるのは狂気と愉悦のみであった。

 城壁の上から、スケルトンの侵攻を受ける王都を見回し、ラウムは残念そうにため息を吐く。


「バルカスの策略のせいで、勇者様はいないのが残念だがなぁ。いれば、イの一番にこの状況に駆けつけるだろうに……」

「やぁぁぁ!!」


 不満を零したラウムの背後から、勇ましい声が聞こえてきた。

 ラウムは軽く体を傾いで槍の一突きをかわすと、振り返るざまの一撃で背後から奇襲してきた衛兵を縦に叩き潰す。

 鎧のひしゃげるいやな音と共に一個の肉塊と化した衛兵を見、それからラウムは顔を上げる。


「くそ……! ジョージ……!」

「仇は俺たちが……!」


 先のワームの攻撃の中で生き残った衛兵たちが、己の武器を手にこちらを睨みつけていた。

 軽く背後にも視線を投げると、そちらの方にも衛兵の姿が見える。

 手にしているのは、剣と槍。どの衛兵も極めて強い殺気を放っているのが窺える。

 彼らの殺気を受け、愉快げに唇を歪めるラウム。

 彼に向かって、衛兵の一人が口を開いた。


「この国を守るのは、勇者だけじゃない……! 甘く見るなっ!」

「――ああ、当然だ」


 衛兵の一人の啖呵を受け、ラウムは鷹揚に頷いてみせる。


「お前たちもまた、この国の守護を担う戦力の一翼。侮ったつもりはねぇさ」


 目の前の肉塊からグレートアックスの刃を引き抜き、肩に担ぎながら目の前の衛兵を手招きしてみせる。


「来な、ウォーリアー。お前たちの力を見せてみろ」

「っうおぉぉぉぉぉ!!!」


 ラウムの挑発に呼応するように、衛兵が一人、剣を振り上げ一気に駆ける。

 狭く、ラウムの一撃によって大きくは介された城砦の上は走りにくいことこの上なかったが、それでも衛兵の駆け抜ける速度はたいしたものであったと言えるだろう。

 少なくとも、その一歩はラウムを切り裂ける間合いまで肉薄する事に成功していた。

 裂帛の気合と共に放たれた斬撃は、きっとラウムの体を斬り裂く事に成功していたであろう。

 その刃が、奴の体に当たっていれば。


「気合はいいなぁ、気合はっ!!」


 ラウムが嬉しそうに放ったグレートアックスの一撃は、目の前の衛兵の上半身を消し飛ばしていた。

 見れば、奴の手にするグレートアックスの刃はすでにぼろぼろに潰されており、刃が刃の機能を果たしていないようだ。恐らく、その攻撃は斬撃と言うよりは打撃に近い性質を持つのだろう。

 それにしたところで、人間の上半身を、皮とはいえ身に着けた鎧ごと粉微塵に打ち砕いてしまうラウムの膂力は、脅威と表現するほかはない。


「チッ!!」


 目の前で同僚が紅い塵と化すのを見ても怯まず、槍を持った衛兵がラウムの顔面めがけて手にした槍を鋭く突いた。

 武器を振りぬいた瞬間を狙った一撃は、狙い違わず奴の眼球を貫こうとした。

 だが、その切っ先が眼球に触れる寸前、ラウムは空いていた手で槍の穂先を掴んでしまった。


「っ!?」

「おおっと。惜しいなぁ。実に惜しい」


 愉快そうに顔を歪めるラウム。見れば、奴は片手で横薙ぎに払ったグレートアックスを保持していた。

 刃の幅だけでもテーブルほどもありそうな、肉厚なグレートアックスを片手で扱うなど、もはや衛兵には信じられない能力であった。

 ラウムは驚愕のまま固まる衛兵を見て笑いながら、槍の穂先を握った手を勢い良く上げる。

 驚愕していた衛兵は、反射的に槍を握りしめ……そのまま槍と一緒にラウムによって持ち上げられてしまう。


「つぁ!?」

「武器を放さないのはいい度胸だ、ウォーリアー! 己の武器は、最期の時まで手放さないに限るからなぁ!」


 衛兵を褒め称えながら、ラウムは背後に近づいてきた衛兵に向かって、槍ごと持ち上げた衛兵の体を叩きつける。


「ぐぁ!?」

「がっ!」

「クッハハハ!! そぉら、もう一撃いくぞぉ!?」


 味方を叩きつけられ、動きが止まる衛兵たち。ラウムは彼らの頭上から容赦なくグレートアックスを叩き込んだ。

 生々しい音を立て、肉塊へと姿を変える衛兵たち。

 二人が一つへと変貌し、他の衛兵たちに動揺と恐怖が伝播してゆく。

 ラウムが、ゆっくりと肉塊からグレートアックスを引き抜く。


「ひっ――」


 にちゃぁ、と瑞々しくなまめかしい音が、いやに大きく響き渡る。

 よほどの速さで振り下ろされたのか、あるいは先ほどまでその肉塊が生きていた証なのか、グレートアックスにこびり付いた肉片から白い湯気が立ち上っている。

 顔に歪んだ笑みを貼り付けたままラウムがグレートアックスを大きく血振りする。

 その刃先から飛散した肉片が、一人の衛兵の頬に付着した。


「ひぎっ!?」


 まだ、暖かい、仲間であった者の一部。それは、今から自身に起こるであろうことを、衛兵に知らしめるのに十分な効果があった。

 ……もはや、先ほどのような威勢は上がらない。


「………シィ」


 ラウムが息を吐きながら、笑みを深める。

 衛兵たちは、震える体に鞭をうち、何とか体を動かそうとするが、あまりにも遅すぎた。

 次の瞬間には、ラウムのグレートアックスが周囲の全てを薙ぎ払ってしまっていたのだから。






 城壁の一部から紅い雨が降り注ぐ中、スケルトンたちはワームの開いた城壁から追うと内部へと次々侵入をはじめていた。

 中身を持たぬ白骨に、申し訳程度の鎧と剣で武装した貧相な姿であったが、その瞳は赤い燐光を宿し、異様な雰囲気をその身に宿していた。

 潰れ、ひしゃげたワームの身体を乗り越え、侵入した王都の西部は住宅街のようであった。

 ぞろぞろと乱れた列で王都の中を進むスケルトンたちの姿を、家の中からフォルティス・グランダムの民たちが怯えた様子で見つめていた。


「ヒィ……!?」

「一体、なんなんだ……!?」


 突然の警鐘と、騎士団の者たちによる避難誘導と外出禁止令の発令。

 平和であったはずのフォルティス・グランダムを襲った侵略者の足音を前に、フォルティス・グランダムの民たちはただ震えることしかできないでいた。

 スケルトンたちは、己を窓からじっと見つめている人間の存在に気がついていた。


「―――」


 かすかな呼吸音のようなものを発しながら、顔を上げ四方に乱立している住宅の窓を睨むスケルトンたち。

 招かれざる来訪者たちの視線に気が付き、慌てて人間たちは身を隠したりカーテンで視線を遮ったりする。

 スケルトンたちはそんな人間たちの様子を見ても、特に気にした様子もなく王都内を闊歩し始める。肉を持たないスケルトンたちに、そのような感情があるのかどうかは甚だ疑問であるが、ともかく家の中に閉じこもった人間に興味はないようだ。

 スケルトンたちの身体が、さながら津波のようにフォルティス・グランダムの王都の中へと広がり始めた、その時だ。


「おおおぉぉぉぉ!!」


 白銀色の全身鎧を身に纏った四人の騎士が、スケルトンの一角へと斬りかかった。

 スケルトンの白骨の身体へ騎士の手にした剣が叩きつけられた瞬間、その骨身が白い粉末状に変化し、そのまま爆散してしまう。

 対アンデット用の魔法がかけられた、特殊銀製の剣であろう。

 その場に集まった四人の騎士たち……フォルティス・グランダムの誇る王国騎士団は、手に特殊銀の剣を構え、スケルトンたちに向かって声を張り上げた。


「生と死を愚弄せし蛮族どもめっ!! 貴様らにいかような遺恨あろうとも、この国を汚させるわけにはいかない! 覚悟しろっ!!」


 敵に対する勧告と言うよりは、味方に向かった鼓舞と捕らえるべきだろうか。そもそも、スケルトンにこちらの言うことを理解する知性があるとは考えられない。

 ……のだが、その場にいたスケルトンたちは一斉に騎士たちの方へと振り返った。

 いや、視線を集中させたと言うべきか。血のように赤い燐光を放つスケルトンたちの両目が、その場に集った四人の騎士たちのほうへと視線を集中させたのだ。


「っ!?」

「怯むなっ! 所詮は、物言わぬ傀儡!!」


 一人の騎士が異様な光景を前に一瞬たじろぐが、先頭を行く騎士は声を張り上げ、スケルトンへと斬りかかる。

 最初のスケルトンと同じように爆散するスケルトン。


「こちらには、我が国の誇る英傑たちの鍛えた武器がある!! スケルトンごとき、何する者ぞ!」

「お、おおぉ!!」


 先を行く同僚に促され、残った騎士たちもそれぞれに刃を振るい、スケルトンたちを屠り始める。

 スケルトンたちも目の前に騎士たちを脅威と判断したようで、手にしたなまくらを振り上げ、そのまま騎士たちに向かってなだれこむように襲い掛かり始めた。

 かくして始まったスケルトン対王国騎士団であったが……その勝敗は歴然であった。


「はっ!」

「デリャァ!!」


 騎士たちが刃を振るうたびに、スケルトンたちは爆散してゆく。

 彼らが振るう特殊銀製の剣は、アンデットを動かす魔法術式を解呪する形でアンデットと言う存在を破壊する。故に、スケルトンのように魔法術式で全身を動かす必要があるアンデットを相手取った場合は、どこか身体の一部に触れさえすれば大抵破壊できてしまう。

 対して、スケルトンたちの手にしたなまくらは、騎士の鎧に傷一つつけることすら出来ないでいる。そもそも、触れる前に騎士たちの刃で爆散させられてしまうのだ。これでは勝ちようがない。

 とはいえ、後から後から湧いてくるスケルトンの物量は、たった四人の騎士では押しつぶされてしまうほど圧倒的な質量を誇っている。


「このままじゃ、早晩押し潰されて終わるな!!」

「ああ、だから、なるべくハデに暴れて、敵の本体の注意を引くんだ!!」


 騎士たちは話し合いながら、懸命に刃を振るう。


「スケルトンに自我はない! 必ず、こいつらに命令している連中がいるはずだ! そいつらが、俺たちか、あるいは別の場所で暴れている仲間たちの存在に気づき、こちらにちょっかいをかけてくれば――!!」


 スケルトンを相手取る場合の、定石の一つ。無駄にスケルトンたちを消耗することで、その作成主を呼び寄せるというものだ。

 一山いくらで召喚できるスケルトンも、消耗品として考えるといささか高価な魔法術式となる。故に、スケルトンを呼び寄せる魔導師はなるべくスケルトンを消耗したくないため、これを容易に破壊できる手段を持つ者を絶対に無視しないとされている。

 故に、王国騎士団はまずスケルトンの頭数を減らしつつ、各地に分散した騎士隊のいずれかにスケルトンの召喚主が接触してくることを期待したのだが……。


「残念ですが、主はおいでになりませんよ」

「っ!?」


 騎士たちの期待は、あえなく外れてしまう。

 彼らの元に現れたのは、年端も行かぬ少年であった。

 騎士たちが声のしたほうに振り返ると、仲間の一人の頭上に立った少年は、空ろな眼差しで、騎士たちを見下ろしていた。


「数にして、ざっと一万強。今回のために用意したスケルトンの総数です。対してそちらの総力は、百と少し程度。この数の差を覆すのは容易ではないのでは?」

「何者だ貴様ぁ!!」


 少年の問いには答えず、騎士の一人が誰何する。

 少年は軽く目を細めた。


「まあ、良いです。あぶりだされたのは、貴方たちの方なのですから」


 騎士の問いには答えず、少年は両手を広げた。


「さあ。食事の時間だよ」


 少年が何かに呼びかけると同時に、彼の足場となっていた騎士の体が一瞬でバラバラになった。


「「「なっ……!?」」」


 いや、バラバラになったのではない。騎士が身に纏っていた鎧が、解けて地面に落ちたのだ。

 では、その中身はどうなったのか?

 数秒後に、騎士たちはその身を持って知る事になる。


「ぐっ!?」

「な、なんだ!?」

「いだ、いだいぃぃぃ!!??」


 鎧の隙間から何かが侵入し、身体を食い破り始めたのだ。

 はじめは足先から。それがだんだん上に上がり、腹を、臓物を、指を、腕を。

 その内側にある骨すらも食い破られ、瞬く間に騎士の身体はなにかの腹の中へと収まってしまう。

 大量の何かに全身を這い回られ、さらに身体を食い散らかされる激痛を感じ、騎士は絶叫を続けようとするが、すでに喉は存在していなかった。


「―――っ!!??」


 理解し得ない絶望の中、騎士が最期に見た光景は、己の被ったヘルメットの中を飛び回る、油虫程度のサイズの昆虫たちの姿であった。


「………うん。このくらいの身体の人間なら、あっという間に増やせるね」


 少年……バグズは、配下の虫が騎士の身体をむさぼり喰らったことでさらにその数を増やしたのを確認し、何度か頷く。

 彼はバルカスの命を実行すべく、騎士を食いきった食人虫たちに、指示を出した。


「町のスケルトンを排除して回っている騎士たちは、主には不要だ。全て、食い荒らせ」


 バグズの声に従い、中身を失った鎧の中から飛び出していった食人虫たちは四方に散り、王都内を駆け回っているであろう騎士の姿を探し始める。

 その姿に満足したバグズは、死体となったワームの方へと向かった。


「後は、監視用の虫も用意しないとな……」


 群れを成し、王都の中を満たすように行動するスケルトンの波に逆らうバグズの姿は、すぐに白骨死体たちの中に埋もれ、見えなくなってしまっていた。




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