第14話:城壁、砕ける
「ってぇー!!」
城壁に兵長の怒号が木霊する。
同時に大砲の火縄が点火され、数秒後に幾つもの砲火が炸裂する。
鋼鉄の筒から勢い良く発射された砲弾は、豪速で弧を描き接近してきたワームの頭や、その周囲、あるいは後ろを走るスケルトンたちの頭上に降り注ぐ。
十分な質量を持ってワームを打ち据え、スケルトンたちの五体をバラバラに打ち砕く砲弾。
しかし、その程度ものともせずに、化け物の軍団は勢いを殺さずにフォルティス・グランダムの城壁へと接近してくる。
弾着位置の観測手を務める衛兵が、望遠鏡を覗き込みながら報告する。
「目標、以前接近!!」
「一射で収まるとは思ってはいないが……」
兵長は歯軋りをしながら指示を出す。
「第二射準備っ!!」
「ハッ!」
兵長の指示を受け、次撃を撃ち込むべく、衛兵たちは弾込めを始める。
当然その間にも化け物軍団はこちらに接近してきている。移動速度などを考えると……ギリギリあと二射といったところか。
(一射は確実……もう一射は状況によりけりだろうか)
衛兵たちの錬度と、敵側の侵攻速度を比較し、そう当たりをつける兵長。
だが、衛兵たちを急かすような真似はしない。
大砲の取り扱いには細心の注意を払わねばならない。迂闊な取り扱いで、大砲内の火薬が誤爆し、自陣が壊滅したなどという話は枚挙に暇がない。
特にここは城壁の上。火薬の誤爆により吹き飛ばされた場合、火薬そのものの爆発よりも落下による死亡の確率の方が圧倒的に高いだろう。フォルティス・グランダムの人間に翼は生えていないのだ。
「兵長っ!」
「よし!」
弾込めの終わりを確認し、兵長は再び手を上げる。
すでにかなりの場所にまで接近してきてしまっている化け物軍団であるが、近づけば大砲の威力も増える。止められる可能性はまだ残っている。
「ってぇー!!」
手を振り下ろした兵長の怒号。それに負けない炸裂音。
再び響いた砲火は、今度は狙い違わず先頭を行くワームたちの頭に砲弾が炸裂する。
「どうだ……っ!」
兵長は固唾を呑んで観測手からの報告を待つ。
常にワームたちの動向を望遠鏡も使って睨みつけていた観測手は、声の中にかすかな失望を混ぜながら報告する。
「……効果認めず! 速度も落ちていません!」
「駄目かっ……!」
目視でもある程度ワームの体表を確認できるほどの距離になってきているが、確かに大きな傷はついていないように見える。あるいは、まったくの無駄ではないのかもしれないが、食い止められぬのであれば意味はない。
「第三射準備っ! 次で最後だ!!」
「は、はい!」
急ぎ、三射目の準備をさせる。
ここまでワームに対して一切の効果が認められていないのであれば、退避を考慮すべきかも知れないが、ギリギリまで敵の勢いを削ぐために留まらねば、衛兵隊の名折れというものだ。
(そう……! 我らは衛兵。第一にフォルティス・グランダムの者たちを守る、盾となるもの……!)
フォルティス・グランダムには、三つの軍事組織が存在する。
勇者になれなかった者たちを纏め、組織としている英傑団。王国の主戦力たる王国騎士団。そして、町の守備の要たる王国衛兵団の三つだ。
勇者の従者としての仕事を持つ英傑団の者達や、王国の軍団として遠征行動を行うこともある騎士団と異なり、衛兵団は常にこの国の守護を任され、この国を守り続けている。
勇者の従者という華よりも、遠方の地で戦果を挙げるという誉れよりも、国を直接守るという当たり前を選んだ者たちの集まりが、衛兵団なのだ。
故に彼らには、フォルティス・グランダムの盾としての矜持がある。
有事の際には、真っ先に危難を防ぐための防壁となるという、誇り高い矜持が。
「兵長っ!!」
「よし……!」
砲手の報告を聞き、兵長は頷く。化け物軍団は、すでに目と鼻の先まで迫っていた。これ以上、接近させるわけには行かない。
兵長は天を突く様に腕を振り上げる。
ここまで近づけば、さすがにわかる。ワームの頭に傷は一つも存在しない。
だが、だからといってあきらめるわけにもいかない。撃てる限りは撃ち込まなければ、止める希望も持てないのだ。
「第三射っ! ってぇー!!」
兵長は叫び、手を振り下ろす。
その叫びと共に火縄が灯されようとした瞬間。
城壁が爆音と共に激しく揺れる。
「ぬぁっ!?」
兵長は振り下ろした手をそのまま城壁に突き、倒れないように踏ん張る。
砲手たちも、慌てて手にした火種を火縄から離し、大砲の暴発を防ぐ。
「くっ……! なんだ!?」
「じょ、城壁に爆撃が……!」
兵長が回りに報告を求めると、一人の砲手が城壁の下を指差しながら叫ぶ。
兵長がその指の先を確認すると、一部の城壁が黒く焦げているのが見えた。
「爆撃……!?」
「何の軌跡も見えませんでした! 魔術による者かと!」
「報告! 化け物の群れ、後方に人の姿を確認!!」
砲手の報告直後、観測手からの報告が上がる。
「宙に浮いて……! 恐らく魔導師!」
「なに!?」
兵長は素早く観測手の見ている方向に視線を向ける。
接近してきているワームの、さらに向こう側。
地平線にほど近い位置に、確かに人影のようなものが浮いているのが見える。
だが、その姿形まで断定できるわけではない。一先ず兵長は観測手の報告を信じる。
「人数は!? わかるか!?」
「ハッ! 魔導師1! 他にも、人影のようなものが――!」
観測手は、兵長の指示に従い、自身の見たものを報告しようとする。
だが、それは叶わなかった。
観測手が更なる報告を行おうとした、次の瞬間。
「――ぱっ」
「はっ!? 何を言って……!」
奇妙な呟きと共に、彼の姿が赤い霧と化す。
……いや、彼の上半身が、か。
兵長が観測手のいたほうを見やると、彼の上半身は消えうせていた。
その背後を貫いていたのは、巨大な馬上槍。
「―――っ!!」
兵長は瞬時に理解する。
敵の明確な殺意。はっきりとした害意を持って、この一撃は放たれたのだと。
「砲手! 撃てぇ!!」
「は、はい!!」
兵長は砲手たちに檄を飛ばす。
そして手元の伝声石にも、指示を飛ばす。
「射手! そちらも攻撃開始!! ワームは無理でも、スケルトンどもの数を減らせ!!」
『は、ハッ!!』
若干ノイズは混じっていたものの、下の射撃窓からも大量のボルトや矢が発射され始める。
それらの一撃を受け、ワームの足元を走っていたスケルトンたちの何体かが倒れ付す。こんな時のために用意していた、アンデット用の特殊銀を用いた矢じりだ。射手たちの技量も合わさり、スケルトン程度では耐えられないようだ。
だが、後続のスケルトンたちは倒れた同属を踏み荒らし、前進してくる。やはり、圧倒的に攻撃の手が足りないのだろう。押し寄せてくるスケルトンの数は、こちらの射手の人数などあっさり上回ってしまっている。
さらに言えば、先ほど魔導師からの爆撃を受けたらしい位置からは、攻撃がされていなかった。恐らく、射撃窓の中は悲惨な有様となっているだろう。
「発射ぁー!!」
兵長に代わって、砲手たちの声が響き、炸裂音がする。
眼前まで迫ってきたワームたちに第三射が撃ち込まれたのだ。
もはや手で触れられそうな位置まで迫ったワームたちの頭蓋に向かって鋼の砲弾が迫ったが……兵長たちの見ている前で、その甲殻によって弾き返されてしまう。
この至近距離でこうなっているのであれば、遠距離からの砲撃など産毛の一撃に等しかっただろう。
「硬すぎる……!」
兵長の悔しさを滲ませた呟きは、魔導師からの第二撃によってかき消される。
再び、射撃窓を狙った一撃は今度ははっきりと射撃窓を内側から弾き飛ばす。
真っ赤に炸裂した爆炎の中に、見慣れた鎧の欠片を確認し、兵長は慄く。
「馬鹿な……!? この距離で、この威力だと……!?」
通常、爆撃系魔法の威力が十全に保たれる距離は、有視界内までであるとされている。
しっかりと目で見た位置でなければ、正確な位置を魔法で狙えないためであると言われている。
故に、こちらで見てほとんど姿が認識できない位置からの魔法というのは、魔力の塊が飛翔するような投擲系魔法が最適であるとされているのであるが……。
相手側の魔導師は兵長から見て、まだ点の姿をしているような位置から爆撃系魔法を放ってきた。
一体どのような知識や技量があれば、そのようなことが可能なのか……。兵長の常識の中に、そんな者は存在しなかった。今、この瞬間までは。
「く、そ……! このままでは……!」
「兵長ッ!! 前ぇ!!」
射撃窓の惨状に気を取れていた兵長は、部下の叫びに我を取り戻す。
そして顔を上げた時には、彼の目の前にはワームの巨体が迫っていた。
「なん―――!?」
自身の頭上に迫るワームの巨体。
その行動が意味するところを理解する前に、兵長は城壁ごとワームの巨体によって打ち砕かれてしまった。
「まずまずですか」
「えげつねぇ」
先頭を行く三頭のワームたちが、その身を使って城壁を打ち砕くのを眺めながら、ラウムはにやりといやらしい笑みを浮かべる。
ワームたちの体は見事に城壁を両断し、堀を乗り越え……そこで、その動きが止まる。
城壁を打ち砕いた部分を見れば、夥しい量の体液がワームの体の下からこぼれ出しているのが見えただろう。三匹のワームは、フォルティス・グランダムを守る城壁を破砕し、その衝撃で絶命してしまったのだ。
「アンだけ頑強なワームを、ただ城壁を乗り越えるためだけに使い捨てるかね?」
「効率が何よりも優先されるべきでしょう。さらに言うなら、贄を用意するのにワームは不要ですからね。あとは、城壁と掘りを乗り越える橋代わりになってもらいますよ」
次々とワームの体を乗り越え、フォルティス・グランダムへの侵入を試み始める。
二度の爆撃と、ワームたちの一撃で数の減った射撃窓から果敢な射撃が試みられるが、もはや焼け石に水の状態である。
バルカスは眼前の戦果を見て満足そうに頷きながら、後ろに控えていたポルタの方を向く。
「ポルタ、観測手の狙撃ご苦労様でした」
「ん……」
体の周囲に物々しい武器をゆらゆらと浮かべているポルタは、バルカスの労いに、満足そうに頷く。
その隣でニヤニヤ笑っているラウムは、バルカスを見て声を上げる。
「で? 俺たちはそろそろ前線に向かって良いのか?」
「そうですねぇ。バグズも潜入しましたし……」
ワームを操っていたバグズのことを思い返しつつ、バルカスは一つ頷いた。
「良いでしょう。私も、ポルタと一緒にアルス国王とやらに、ご挨拶に向かいます。バグズの方を、援護してあげてください」
「ああ、わかった」
ラウムはにやりと笑い、肩に担いでいたグレートアックスを軽く揺らし――。
次の瞬間には消えうせる。
同時に、城壁付近で、巨大な破壊が生まれた。
さながら巨大な斧で打ち砕いたかのような破壊痕を見て、バルカスは一つため息を吐いた。
「はしゃぐのはわかりますが、やりすぎないで貰いたいものです……」
「……」
「まあ、いいです。行きますよ、ポルタ」
「はい……」
バルカスとポルタは、下を行くスケルトンたちの群れはそのままに、空を飛び上がり、そのまま王城へと向かった。